第02話 縁切り、絶縁、奉公構。
半泣き通り越して半狂乱、大騒ぎする穂根川が仁王院に引きずられ。
扉の前で小さく頭を下げた豪俵、仁王院親子と一緒に退場。
ゆっくりとドアが閉まると、会議室の中は息を殺したような静寂に包まれる。
これで残されたのは俺たちと『吸血線虫』だけになったわけだが。
「まったく、騒がしい人間がやっと居なくなったわね」
ため息をつくかのようにそう口にしたのはカズラさんが、それなりの距離を挟んだ向こう側に腰を下ろす爺さん一同を隅々まで睨めつける。
「それで? あなた達は夕霧さんにどのような用件でこちらに?」
いつもとは違う、お貴族様モードのカズラさん。
もっとも、手負いのドラゴンみたいな気配を滲ませてるんだけどさ。
先程までの会話で彼女、彼女たちがどのような身分の人間なのか、ある程度理解したであろうクソ爺がそんな彼女に視線を右往左往、言葉を詰まらせながら答える。
「い、いやぁ、その、あのですね。
ゆ、夕霧……そちらのお嬢様方は……」
「はぁ……質問しているのはこちらだと。
その程度のことも理解できないのですか?」
「も、もうしわけありません……」
「今後一切かかわりあうことのないあなたたちに、わざわざ名乗る必要も無いのですが」
普段の上から目線はどこへやら、萎縮したままの爺さん。
カズラさんから順番にその家名と爵位、名前を名乗っていく。
「こ、侯爵家に伯爵家のお嬢様……。
し、失礼ですがその、孫とはどのような」
「生まれてこの方一度もあんたの孫だなどと思ったことはないが、全員俺の婚約者だよ」
「……は? ……はぁ!?
だ、大貴族のお嬢様がお前の婚約者だと!?」
俺が答えた、想像も出来なかっただろうまさかの言葉に部屋の中が大きくざわめく。
「そもそもあなたがた。
先程から何を勘違いして偉そうに、馴れ馴れしく彼のことを名前で呼んでいるのか知りませんが。
夕霧さん御本人も今年中に、子爵位に叙爵されるのですよ?」
……えっ? 何それ初耳なんだけど!?
『バッ!!』と、音がなりそうなほどの勢いでカズラさんに顔を向ける俺。
『ドッキリ大成功!』みたいな、いつも通りの悪戯っ子のような笑顔で見返された。
そんな、俺が子爵位を叙爵するという話で今日一番の大騒ぎになる会議室の中。
何を勘違いしたのか、目を輝かせながら口々に、
「なんと……なんという!
我が一族がまさかの貴族に!?」
「子爵様って男爵様より上なのよね!?」
「ははっ!
俺が貴族になるってマジかよ!」
などとほざいてるけど……こいつら、本気でそんなおめでたい事を考えてるのか?
「目出度い! まことに目出度い!
夕霧! いや、ご当主様!!
これからも親族一同、あなた様を盛り立て」
「あら、何か勘違いしてるみたいだけど」
そんな爺の戯言を、花が咲くような笑顔のカズラさんが遮る。
「あなた達もさっきの穂根川という男と同じよ?
本日中に侯爵家から絶縁状と奉公構の回状が回るんだから」
「……なっ!? どうしてそんなことに!?」
心の底から驚いたように目と口を大きく開く爺。
むしろ、そこで『どうして』とビックリ出来ることに驚きなんだけど?
「わ、我々は夕霧の身内で」
「あら、こちらで調べたところ彼のお父様、柏木芳喜さんとそちら方の縁切りはすでに済んでいたようですが?」
「い、いえ! あれはあくまでもあの男が勝手に」
「役所でもちゃんと手続きが終わっていることですよ?
そもそも勝手なことというなら、そのような状況で彼らの遺産を貴方がたが好きにしたことこそ勝手なことでしょうに」
そんなショウコさんの一言で、途端にその場の全員が目を逸らす。
……もっとも、それも一瞬のことで。
そこから始まるのは元凶とも言える爺さんに対する全ての罪の擦り付け。
「そもそも俺は何も知らされてなかったんだ!」
「ならどうして今日はこのような集まりに顔を出しているのですか?」
「わ、私たちはお爺さんの言葉に乗せられただけなのよ!」
「幼稚園児じゃあるまいし……。
いえ、頭の中は幼稚園児レベルなのでしょうけれども。
いい歳をした大人が、そのような言い訳が通用するとでも?」
「あれは全部岸田の爺さんがやったことなんだ!!」
「あら、それではあなたは一銭たりとも受け取っていないと?
こちらの資料では家屋売却のさい、代金の二割ほどがそちらの口座に振り込まれているようですが?」
浮気の言い訳よりも程度の低い自己弁護を繰り返す連中。
そんな反論をショウコさんが丁寧確実に一つづつ潰していく。
「さて、これ以上無駄な時間を侯爵家、伯爵家の人間に強いるという方はいらっしゃいますか?
いらっしゃらないのならこれにて解散。
以降、二度と夕霧さんの前に顔を出さないと誓約書にサインをいただいて解散しようと思うのですが」
「ゆ、夕霧! 儂が、儂らが悪かった!
もちろんお前の前に二度と顔は見せんし芳喜たちの遺産は全部お前に返す!
だから絶縁だけは……どうかそれだけは勘弁してくれ!!」
……こいつ、それでも頭一つ下げようとはしないんだな。
ていうか、もともと縁切りしてたんだから絶縁したところで一体何の問題が……と思ったんだけど。
身内との『縁切り』が『今後一切てめぇとは付き合わねぇよ!』という意思表示だとすれば、自分より上位の人間――貴族から『絶縁される』というのは、男爵家でも市町村、子爵家ともなれば県内、伯爵家や侯爵家ともなれば『国単位の村八分』のような扱いになるみたいで。
そこに『奉公構』まで加われば、今の職場や学校を無条件に退職退学させられても何も言えず、以降はまともな職業につくことも出来ないというね。
……大貴族、なかなかえげつないことするな!?
もちろんここで少しでも甘い顔をすれば、これからも二度三度と絡んでくること請け合いの腐った連中。
そんなやからを俺が助けてやろうなんて思うはずもなく。
「まぁあれだ。これからのんびり苦しみ続けろ」
その一言だけを残し、部屋を出ていくことにした。




