第06話 アテナの日記。 その2
そんな、『ある意味(良い意味とは言っていない)』気になる柏木くんのことはさておき。
迷宮科に入学してからの僕――とくにダンジョン実習が始まってからの僕は、正直いいところがまるでなくて。
もっともそれは、鳴り物入りで入学した仁王院くんもだったんだけど……。
ダンジョンに入るためにクラスの中で行われたパーティ編成。
仁王院くんなんて、『寄生してやろう』という見え見えの魂胆をもった人たちから引く手あまただったんだけど、彼の婚約者である豪俵さんがそれら全てを退けて、
仁王院くんと彼の婚約者である豪俵さん。
何を考えているのか、表情からまったく読み取れない稗州さん。
そして、その稗州さんに対する下心しかなさそうな秋吉さんという、彼を独占したい彼女にとっては無害なメンバーだけを集める。
……この時、柏木くんが入学式の時に言った、
「そうだ! それでこそお前だ仁王院!!
これからはそこの久堂と二人!
研鑽を重ねながら俺の後ろを……いつかは俺の前を走るが良い!!」
を覚えていたというか真に受けた仁王院くんに誘われてしまい、僕までそのパーティに参加することに……まぁこれといって一緒に組みたいと思うような人たちが居たわけじゃないからありがたいお話なんだけどさ。
ちょっとだけクセが強すぎると言うか、あまりにもまとまりがなさすぎると言うか。
あえて一言いわせてもらうとしたら、
『何この罰ゲーム?』
だけどね?
今度彼に会った時は絶対に文句を言ってやる……そう、絶対にだ!!
そんなこんなで。
流されるままのパーティ編成、そしてダンジョン実習に入った『豪俵班』の面々。
女性陣の三人は一週間、長くても半月ほどで魔力酔いを克服。
それなのに僕と仁王院くんはといえば、ひと月が過ぎてふた月目に入ってもまったく改善の兆しすら見えてこなくて……。
もうね……ダンジョンゲートをくぐったとたんに訪れるあの不快感ときたら……。
身体はそのままなのに、頭だけを上下左右に激しく揺さぶられるような独特の感し。
例えるなら、『ニワトリの体をどれだけ動かそうと、その頭だけは微動だにしない』の真逆みたいな?
うん、自分でも何を言ってるのかちょっとわからない。
あれよあれよという間に、豪俵さんたちは魔物狩りへと進んで。
それなのに、僕たちは三分も持たずにダンジョンを出ていくしかなく。
一日のほとんどの時間をゲート前の広場で、ひたすら強烈な吐き気と戦うだけの毎日……。
もちろん? そんな彼女たちに早く追いつこうと仁王院くんと二人。
日曜祝日関係なく、朝から夕方までダンジョンに通い続けたんだよ?
もっとも、そこまでしたって僕達の状況はまったく改善することはなく。
報われない努力に体も心も限界、
『もう……諦めてもいいよね?』
という言葉をいつ口にするかという状態まで追い詰めたれていた五月も末の日曜日の朝、
「あれ? 仁王院と久堂じゃん。
朝っぱらからそんなとこで寝転がって何してんだ?」
気の抜けたとしか言いようのない声で話しかけてきた柏木くん。
いや、何してるも何も、この顔色を見れば分かるよね?
このへんに転がってる人たち全員、腐りかけの魚みたいな目をしてるよね?
ほら、僕の顔も『寄せて(こみ上げてきて)は返す(飲み込む)波(苦いモノ)』のせいでえらいことになってるよね?
まともに喋ることも出来ず、『魔力酔い以外に何があるのさ』とだけ返した僕に、それでもまだ不思議そうな顔をする彼。
いや、柏木くんも初めてダンジョンに入った時は同じ思いをしてるはず……えっと、どうして君は『自分は一度もそんな経験をしたことがありません』みたいな、きょとんとした顔をしてるのかな?
そんな彼に、魔力酔いについての説明を始めた後ろの女性。
ていうか、さっきから気になってはいたんだけど……柏木くんの隣――フルフェイスのヘルメットを被ってる、おそらく明石さん以外にも同じような格好の人が二人もいるんだけど?
なんなの? もしかしてその二人もパーティメンバーなの?
いやね? 明石さんとは入学の時から親しげにしてたから良いんだけどね?
でもほら、多人数でパーティを組むなら組むで?
どうして僕のことも誘ってくれなかったのかな?
……もちろんその理由が無いのはわかってるんだけどね?
ていうかこの男……あれだけ僕のことを良いように使っておいて『友達じゃない』とか言い出したんだけど?
魔力酔いをどうにかする方法はないかと、アドバイスを求めた僕に『そういう性癖の女性もいるよ?』……違う、僕はそういう気休めが欲しいわけじゃないんだよ!
あまつさえ『諦めて異性を接客する仕事に就いたらどうか?』などと言い出す始末。
それでなくても仁王院くんは君の言う事を疑いなく受け入れるきらいがあるからそういうこと言うの止めてあげて!?
豪俵さんに知られでもしたら命に関わっちゃうんだからね!?
もっとも、彼に最後に聞かれた、
「どうしても探索者にならなきゃいけない理由でもあるのか?」
の一言で冷静さを取り戻したんだけどさ。
……そんなの、あるに決まってるじゃないか!!
ていうか柏木くんがダンジョンに入るようになった理由は――
『一文無しでボロアパートに放り込まれて他にどうしようもない状況に追い詰められた』
一体君に何があったのさ!?
* * *
場所は変わってここはダンジョンモール南館の談話室。
僕、管理局の設備とか初めて使うんだけど?
ていうか柏木くんのパーティメンバーの人がポケットから鍵を出して勝手に開けちゃったんだけど、その人って一体……なるほど、管理局の職員さんなんだ?
えっ? どうして君のパーティメンバーにそんな人がいるの!?
あまつさえ、センニチダンジョンの支部長さんから許可を貰ってるっていったいどういうこと!?
いったいどのような関係なのかという質問に返ってきたのは『婚約者』という回答。
いや本当に、本格的にどういうことなのさ!?
僕だって中身は女の子だからね? その話、物凄く気になるんだけど!?
……彼に支部長さんたちとの関係を詳しく聞こうとしたら、何故かNTR男認定された。
と、そんなことはどうでもいいとして。
僕より先に、探索者を目指した理由を語り始める仁王院くん。
なるほど、カカカズ……鷹司葛さんに憧れて。
確かに彼女は中身女の子の僕から見てもカッコいいもんなぁ。
……どうしてだか、その話を聞いていた柏木くんたちが生暖かい雰囲気になってるんだけど?
でも! 探索者を目指すんだったら、そのテッペンにいる彼女に憧れるのは……いや、仁王院くんの雰囲気からすると恋い焦がれてるって感じなんだけどさ。
とりあえず、豪俵さんの前では絶対にその話はしないでね?
熱く、どこまでも熱く鷹司さんのことを語る仁王院くん。
そんな彼に非常に申し訳なさそうな感じで、
「えっと、カズラさん。
そういうことらしいんですけど……」
と、並んで座るパーティメンバーの一人に問いかける柏木くん。
「平等院くんだっけ? ごめんね?
カズ、顔の濃い男の子はちょっと無理かも?」
「いや、我はどうして身知らぬ女性にいきなり振られて……うん? カズ? カズラさん?」
……いや、まさか。そんなことありえる?
だって、鷹司さんって金級探索者で侯爵家のお姫様なんだよ?
それがこんなところで、迷宮科の学生と一緒に――
「えっと……こちら、お前がさっき熱弁してた女神さん」
「どうも! お兄ちゃんの婚約者、鷹司葛です♪」
兜を脱いだその顔は国内の探索者なら、それどころか小さい子供からお年寄りまで誰もが知っている『カカカズ』その人だった。
……ていうか葛さんって二十代半ばだよね?
それがどうして柏木くんのことをお兄ちゃんなんて呼んでるの?
あと婚約者って……明石さん、それからそこのショウコさんって人、さらには支部長さんも婚約者なんだよね?
えっと、僕の同級生って……一体どういう人なの!?




