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88/95

セーラ服と聞かん坊、闇魔界の我らが魔王様

 私は、普通の女子高生だった。

 キラキラ輝いている物を遠くから見ていた。

 非日常なんて望んではいない。

 普通が一番だ。

 でも、どこかで何かが起こるのを待っていた。

 

 凛子は、異世界に派遣されたエージェントというイケメン成山秀貴先生とその息子らしい美少年の二人に連れられ日本に戻れる場所に向かっていた。

 

 

 危険な異世界から安全な日本に帰れる事になるのだ。

 そこで考えた。

 

 このまま帰っていいのか?

 アズリタンの国があんな事になったのに一人だけ。

 

 そんな考えが悶々としながら、凛子は三人の後ろを歩く。



 凛子を心配してか、クロネコといたちおは小さくなって頬擦りをしている。

 

 そんな二匹を撫でる凛子、この二匹も自分の為についてきてしまった。

 せめて二匹がアズリタンの元にいれば役にも立ったろう。

 そう、凛子は異世界から日本に戻るという事に関して躊躇していたのだ。


 ……どうしたらいんだろう?

 

 凛子は考える。自分が生きてきて学んできた事。学校で教わった事、それらは何の意味もなさない事を知った。



 幼少期は夢を見ろと言われ、高校生になると夢ばかり見るなと言われた。


 凛子は少し諦めとやる気がなくなっていた。


 そんな中、遠くへ行きたいと思った時、異世界での林間学校が行われた。

 手違いで、一人だけ魔物達の巣窟、ザナルガランに転送された。

 最悪だと思ったのだが、そこは裏表のない可愛い妹みたいな女の子。


 彼女は、誰からも慕われ、愛され、自分とは生きる世界の違う存在だと思っていた。

 だが違ったのだ。

 彼女は国を追われても笑顔を絶やさず変わらない。必要なのは自分自身の在り方なのである。

 

 そんな事を幼いアズリタンに教わった。


「ねぇねぇ、凛子。顔色悪くない? 今から元のあのくだらない世界、安心感の中に戻れるハズだよよね? 僕らみたいな、黒により近い灰色の世界になんかに偶然足を踏み入れちゃって、普通ならすぐにでも戻りたいハズなのに、何か迷っている! おっと、その猫と鼬、あんまり威嚇しないで欲しいな。僕さ、怖くて燃やしちゃうかも……」


 中学生くらいの少年、水無と呼ばれる彼は空に赤々とした炎を放った。

 

 そんな水無の言葉に凛子は、虚をつかれたように固まっていると、現在の保護者である成山秀貴はハァとため息をつく。

 そして、水無という少年の頭にガンとゲンコツ。


「……あー、水無。あんまり、凛子に変な事を吹き込むな、困ってんだろ?」


 その行動に、何かお菓子でも食べて歩いていたこちらは十六、七の少年、雪之丞は目の色を変えて言った。


「……ちーちうえ、何やってんの? 水無に折檻しなかった? 死ぬの?」




 二人の少年は秀貴にウザ絡みしたが、ものの数分で地面に伏せる。






 水無に雪之丞、この二人ははっきり言って弱くない。凛子は今までの道のりで、様々なモンスターに襲われた。

 笑いながら、この二人はそれらモンスターを焼き、切り刻んだ。

 時にはこの世界の冒険者と呼ばれる人たちに感謝され、食べ物や、金品をもらうこともあった。

 魔法のような力を使う水無と異常な身体能力で武器を使う雪之丞、普通の世界で生きてきた凛子ですら彼ら二人が、規格外であると理解できた。

 そんな規格外の二人を簡単にぶっ飛ばしてしまう成山秀貴という先生、マオマオが言う通り彼の近くにいれば安全なんだろう。

 

 ……でも彼は仕事があり、アズリたんやマオマオを手伝う事ができない。

 どうすればいい。

 自分はアズリたんを助けたい。

 それをこの成山秀貴先生は許してはくれないだろう。




 一つだけ、アズリたんとマオマオを助ける方法をがあるのだ。それはとても簡単な方法。

 クロネコといたちおを連れて、自ら、アズリたんを助けに行く。

 それをする為にはこのマオマオ曰く、地球最終防衛ラインを突破する必要があるのだ。

 それは、アズリたんを助けるより難易度が高いかもしれない。

 その為には、凛子は頭のたんこぶを撫でながら秀貴の背中を睨みつけている二人に賭けた。


 凛子は深夜の街に親に黙って一人繰り出すように少し興奮していた。

 

 凛子は、二人の前に立つと、頭を下げた。


「お願い、雪くんに水無くん、私はアズリタンちゃんのところに行かないといけないの、力を貸して!」


 二人はキョトンとした。

 そして、同時に同じ狂気的な笑顔を見せる。


「だってさ、ちーちうえ、行かせてあげてよ!」

「ダメだ。それにお前の親父じゃねぇよ」


 秀貴は面倒臭そうにそう言う。

 

 水無の腕に炎が蛇のように絡まって轟々と燃え盛る。


「雪、最初っから全力で秀貴を殺しに行くから合わせてよ!」

「御意、ぎょーい!」


 凛子の異世界用の簡易スマホが反応した。

 

“騰蛇の空蝉、邪朱雀・水無が出現、冥府の鬼人・雪之丞が出現、覇王種・成山秀貴から離れないでください“

 

 スマホのアナウンスとは別に凛子は雪之丞と水無の後ろに隠れた。それに秀貴は懐から腕を出すと二人を睨みつけた。


「お前ら、ほんといい加減にしろよ!」

 

 水無の放った炎は秀貴の電磁界に曲げられ、雪之丞の隠し武器は摘むように止められる。




「凛子さん早く行って!」

「じゃあね凛子!」

 凛子は、二人にお辞儀をすると回れ右。

 




「……雪くん、水無くん、ありがとう! 成山先生、ごめんなさい! 私、行かなきゃなんです!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ザナルガラン、アズリたんの城。

 少し見ない内にかなりリフォームしたようだ。

 結晶のような物がそこらじゅうにあって、魔物達が結晶に閉じ込められている。

 さぁ、このザナルガランを見てアズリたんはどう思うのだろうか?

 

 笑っているなぁ。


 遠くに見える城を指差して大笑いだ。

 それでいいのか? 魔王様。まぁでも前に言っていたよな。

 

 もし、自分がいない間に自分の地域が制圧されていたら、自ら撃滅するとかしないとか、あれマジなのか?


 たぬきちさんの手を引いて、何ならきつねのさんの手も引いている。

 アズリたんはどうやら、妖怪が物凄く気に入ったらしい。そして妖怪も嬉しそうなのでウィンウィンか?

 このままだと何の策もなしにアズリたんは自分の城に戻りそうだ。

 

 今は、シレイヌスさんに制圧されている。

 それを伝えても真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす的な事を言いそうなので、俺は考える。



「アズリたん、今は城にはシレイヌスさんが待ってるだろ? 真っ直ぐ行ってそのまま城の中に入ってもこの前と同じようになるだろ? 今回はたぬきちさんときつねのさんがいるから、ありえないところから脅かしてやろうぜ!」



 モンスターは基本的にパリピである事を狙った作戦だ。

 それにアズリたんは腕を組んで考える。

 

 

 アズリたんはきつねのさんとたぬきちさんを見る。

 二人は、笑顔のアズリたんに同じく笑顔を返す。本当に妖怪のお二人には頭が上がりませんわ……。

 


 二人を見て非常に機嫌良くしているアズリたん。

 何だろう? めんどくさい社長を相手にしているようだ。


 ……これだけお膳立てすればアズリたんも俺の言う通りに動きてくれるだろう。


「クハハハ! 良い良い! ここは余の城である! 正門から案内してやろう!」


 ほうら! さすが魔王だなぁ、全然ブレないわ。

 

 さすがにこの前と同じ結果になる事に俺は物申す。


「……アズリたん! 言っちゃ悪いけど、この前の二の舞になるって! 今回は戦うにも話し合うにも奇襲をかけて優位に運ばないとダメだって!」


 当たり前の俺の発言をアズリたんは聞いてくれる。

 彼女はどこまで行っても魔王なのである。

 俺の言う事を途中で否定する訳でもなくちゃんと聞く。

 


 そして、王者としてのポーズをとりバカ笑い。



「クハハ! マオマオよ! 心配性というやつだな! 余は一度として不利にはなっておらぬぞ! 安心せよ!」


 いや、どこか! というこのやりとりは何回目だろう? しかしだ、さすがは魔物達の王なのだ。


 ガルン、アステマ、エメスはアズリたんの言う事に頷いている。地域は違えどモン娘達も魔物の頂点の言う事は信じるみたいだ。

 アズリたんは魔王である。そのヤバさは俺も知っているし、否定はしない。だけど、シレイヌスさんは多分、セリューの力を使っている。

 どういう理屈かは分からないが、聖女王、聖霊王の力まで魔物であるシレイヌスさんが使えるようになっているのだ。

 流石にそれは反則だろう。次は下手すればアズリたんがやられる。

 デーモンの助力を断った。

 そしてほぼノープランで戻ろうとする。

 

 

 勘弁してくれよ。

 


 アズリたんは言っても聞かないだけでなく、上手いこと口車にも乗らない。

 厄介な部分だけ王種なのだ。先生とかカグヤさん、小狐さんとか来てくれないかな……

 

「なぁ、アズリたん。俺はさ、お前が滅茶苦茶強いのは知ってるし、疑ってないよ? でもあのシレイヌスさんはヤバいだろ?」

 

 何度目の会話だろう。

 

 アズリたんはてくてくとザナルガランの領地に入る。

 そして両手の妖怪達と腕を上げながら答える。


「……確かにあのシレイヌスは余は好きではないな」


 普段とは違う。シレイヌスさんの変化に関してだけは分かってくれたらしい。

 

 しかし、アズリたんはたぬきちさんに頬擦りをしながら答えた。


「……あぁ、アズリたん様、耳は……噛まないでぇ……」

「クハハ! シレイヌスの奴は喜ぶのだが、たぬきちめ! 憂やつよ!」


 耳を責めるということにエメスが開眼する。

 


 魔王を俺は操る事はできないとよく知った。

 この愛すべき馬鹿である魔王アズリたんは好きにやらせるしかあるまい。

 俺は自分のスキルと今いるメンツで出来る事を考える。

 

 しかし、アズリたんはそんな事ですら何故かお見通しだった。


「マオマオよ! 小賢しい事を考える必要はなし! 貴様らは余にとってはゲストである! クハハ! ゲストの手を煩わせるなど、魔王のする事ではないとシレイヌスの奴も言っておったからな! 邪魔をするのであれば、余の大事な腹心であるシレイヌスであろうとも、撃滅である! が、シレイヌスの奴は余の事が大好きだからな! そろそろ余に助けでもこうてくるであろう!」

 

 何という楽観的なんだ……アズリたん。


「いや、この前……もういいや。アズリたん、お前が魔王で好きに行動するのであれば俺も北のCEOだ! だから好きにさせてもらうからな! お前の流儀に合わせてるんだから、これなら問題はないだろう? 俺はお前と対等なんだからな! 俺が小賢しい事を考え行動するのは俺の自由だぁ! どうだぁ!」


 アズリたんの精神年齢に合わせて叫んだ。


 アズリたんは目を点にして俺を見つめている。そして、それはそれは嬉しそうな顔をして笑った。


「クハハ! 良い! 良い! マオマオは余と対等であるからな! 好き勝手にすると良い! クハハハ! それでこそマオマオよ! しかしだ。マオマオ、それにガルン、アステマ、エメス。それにバトルモンスターの二匹よ。シレイヌスには手を出すでないぞ!」

 

 それに、妖怪の二人は静かに頷く。

 そしてそれを倣ってウチのモン娘も同じ反応をして見えた。

 

 いやいや、お前達ハナから絶対関わろうとしないだろ。

 目の前でアズリたんを好き放題嬲ったシレイヌスさんに歯向かうわけがない。

 

 されど、アズリたんに譲るような態度。


 

 こういうつまらん事はすぐに覚えるのな? 今の若い奴は。


「クハハ! さすがはマオマオの腹心であり、余の友であるモンスター達だ! 物わかりが良し! これほどまでによき者で物わかりもよければマオマオのやつも大いに満足し、いつもマオマオの役に立っているのであろうな! クハハ! 余もほんの少しだけ羨ましいぞ! 褒めてつかわす!」


 あのアステマですらアズリたんに傅いてやがる。


「いやぁ、どうだろうな? 俺の役に立つ事もあるけど、迷惑かけられる事のが遥かに多いよ!」

 

 そんな俺の悲痛な叫びにアズリたんは笑う。

 

「クハハ! それも受け入れるが王よ!」

「さすがはアズリたん様ね! そうなのよ! もっと主は褒めるべきよ!」


 あー、腹立つなぁこいつ。アズリたんと同じポーズで笑いやがって……。


「アステマお前っ! 今回の件が終わったら覚えてろよ! 何がどう、お前さんを褒めるところがあるのか、小一時間、問いただしてやるからな! アズリたんがいるからって調子に乗りやがって……こんな事なら呪印つけたままにしとけばよかった」

「主、なんでそんな事言うの! 私だって死天使になった時、大いなる力を手に入れてしまってこのまま一人で王国を作るのも悪くないわって思ったけど、思ったけど! バンデモニウムのデーモンレジェンド達と同じくらい力しかなかったじゃない! そんな私をグレーターデーモンに戻すのに必死だったくせに! 主素直じゃないわよ!」

 

 ふむ、アステマの中ではそういう話になっているんだな。

 本当に都合のいいように解釈する死ぬ程イラつく感性をお持ちのグレーターデーモン様だな。

 

「クハハ! アステマよ! マオマオも口ではあー言っておるが、腹心であるアステマの事を大事にしておるのだ! 王と呼ばれる者は皆そうであるからな! クハハハ!」

 

 だそうです。


 するとアステマが、少し生娘みたいな顔になって俺を見つめている。

 なんかその反応も腹立つし、こいつ俺をイラつかせる天才か?

 俺が今回是が非でもこのミッションを攻略しなければならないのはシレイヌスさんの呪い。

 

 俺の姿を可愛らしい魔女っ子に変えてくれたのを戻してもらわないとならないからだ。

 毎朝、鏡に美少女がいるんですよ。

 

 そしてそれが俺だと思うと死にたくなる。



「ご主人、お腹すいたのだ!」

「ガルン、君は君で……。本当に空気を読まないね。食べ物なんて持ってきてないからね。我慢しなさい」

「我、バナナを保有せり!」


 もっとんのかい!

 

 何故か房でバナナを持っているエメスからもらったバナナを食べながら、俺たちはアズリたんの城に侵入した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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「クハハ! 余の帰還である!」


 アズリたんはいつもの王者のポーズで、自らの領土へと戻ってきた。

 変わり果てたザナルガランの領地、遠くから見ていた時より酷い有様だ。そこら中が結晶化している。

 逃げようとした魔物達、何かに抗おうとした魔物達。

 ……アズリたんを出迎える魔物の姿はどこにもなかった。みんな結晶化してしまっているのだ。 

 

 これは、地獄絵図だ。


 アズリたんは周囲を見渡す。誰一人として声をかけてくれる者はいない。アズリたんは結晶化した魔物をコンコンと叩いてみた。されど、それはそういう置き物のように微動だにしない。


「余の国の者共が皆物言わぬ石のようになってしまっておる……クハハ! これはどういうことだ!」


 笑うアズリたん。

 そこ笑うところじゃないだろう。魔王の考える事は分からないが、これはシレイヌスさんの仕業だろう。


 アズリたんは国の中をうろうろする。誰か、アズリたんの帰還を喜ぶ者がいないのかと、探して回る。


「アズリたん……、多分、みんなもう同じ感じだろう」


 俺の言葉にアズリたんはやはり笑った。

 

 そして彼女は言う。


「仕方のない奴らだ! 余が元に戻してやるとしよう。そして、これを行った者を余が直接消滅させてやる事で余の魔王としての威厳が保たれるというものである! クハハハ! 余は逃げも隠れもせぬ! どこからでもかかってくるがよい! 城に向かうぞマオマオ!」

「いや、その城に」


 アズリたんが消滅させてくれようとしているのはシレイヌスさんなわけで、それをアズリたんは分かっているのだろうか? どうなんだろうな? 結構馬鹿だからなぁ。


 自分の腹心はそんな事しないといいそうだ。


「これ、シレイヌスさんの仕業だと思うぜアズリたん」

「マオマオよ! 馬鹿を言うな! シレイヌスがこんな事をするわけがないであろう! あやつは自分より弱い魔物に手を上げぬ奴だからな!」


 やはりアズリたんはシレイヌスさんを心から信用しているらしい。でもこれ、絶対シレイヌスさんの仕業なんだけどなぁ。


「も、もし……シレイヌスさんだったら?」


 アズリたんの肩、そして頭のあたりでバチンと黒い魔法力が爆ぜた。それはアズリたんの機嫌が悪くなった合図のように。


 アズリたんはそう信じてやまないのだろう。

 てくてくと城へと向かう。

 城には、あの給仕をしていた魔物達が皆結晶化して石像のように立っている。

 アズリたんの世話をしていた魔物は拝んでいる。誰に? 当然アズリたんにだろう。アズリたんのストレスが大分大きくなっている。


 一歩、一歩進む先にアズリたんですら一瞬瞳孔が開くような物が横たわっていた。アズリたんの腹心の一人であるウラボラスさん。彼は、大勢の給仕の魔物を守ように結晶化している。

 そして、アズリたんの本来いる筈の謁見の間、そこでは腹心達のリーダーであるディダロスさんが苦悶の表情を浮かべて結晶化していた。

 共に魔王種である二人、それを同時に相手をしてシレイヌスさんは勝利してしまった。冗談抜きでやばい魔王種になったのだろう。


「アズリたん。この先に多分居るぞ……、……俺のアプリが反応してやがる。アズリたんと同等かそれ以上の化け物。お前の腹心の一人、怪鳥王シレイヌスさんが待ってる」

 

 俺に言われなくてもアズリたんは分かるのだろう。

 

 ガルンやアステマだけではなく、きつねのさんや、たぬきちさんが怯えている。それは十分すぎる脅威として認識できるだろう。


 本来なら警戒して扉に近づき、そして様子を伺うのだろうが、アズリたんは違う。自分の家の扉を普通に開ける。

 開けた先でプレッシャーを飛ばしてくるシレイヌスさんが玉座に座り待っていた。怯む俺たちとは違い、アズリたんは謁見の間を進む。

 

 そして本来アズリたんの玉座であるその場所まで歩み声を上げた。


「シレイヌスよ! 留守の番、ご苦労であった! 余が帰ってきたぞ! 歓迎するがよい!」


 アズリたんはそう言った。もはや、煽っているようにすらも思えるそのセリフにシレイヌスさんは反応した。


「おかえりなさいませ! アズリタンさ……いいえ、アズリタン。ザナルガラン、気に入ってくれたでしょうか?」


 結晶化はシレイヌスさんの仕業だと。

 アズリたんはその事実を聞かされても笑う。

 そして、信じられない事を言ってのけた。

 

「クハハ! よくぞ余の国と余の国の者共を守った! 褒めて使わそう! 貴様であれば心配はいらぬがな!」


 シレイヌスさんはアズリタンに褒められたのだ。これには空いた口が塞がらない。


「そ、そこまで頭がお気楽だったんですか? アズリタン。この惨劇を起こしたのは私ですよ! 恐怖しませんか? 怒らないんですか?」


 何故か、その惨劇を起こしたシレイヌスさんが焦っている。

 

 そんなシレイヌスさんを見てアズリたんは大きく口を空けて、笑った。

 

 楽観的だとかそういうレベルではない。アズリたんは底知れない。

 

 シレイヌスさんも流石にこのアズリたんの反応は予想外だったらしく、どう対応すればいいのか困った様子だ。

 そして、一番簡単な方法にでた。


「ねじ切れ闇の風よ! デッド・フーン!」


 シレイヌスさんは風で周囲の瓦礫を巻き上げる。

 そしてそれをアズリたんに向けて放った。


 攻撃する。何とも簡単な意思表示だろうか? アズリたんがこれほどまでに信用しているというのに、それを裏切るかのようにアズリたんを切り裂く瓦礫。間髪入れずに魔法を絶やさないシレイヌスさんは本気だ。

 巻き上げた物の中には刀剣らしき物まで混じっている。ザナルガランにある剣だ。並大抵の代物じゃないのだろう。

 

 妖怪、たぬきちさんときつねのさんの後ろに隠れるアステマとガルンとエメス、恥ずかしいからやめて!


「これでも、アズリタン、私を信じますか?」

 

 アズリたんの頭に瓦礫がドンとぶつかる。されどアズリたんは気にも止めずに腕を組む。そして肩上部にあの亜空間が現れるとそこから悪魔の翼のような物が再びばさりと現れた。

 その翼が上下すると、シレイヌスさんの魔法が打ち消される。これぞ魔王というアズリたんの力だ。

 俺はこの間に何かできる事はないかと考える。

 

 だが……、


「……マオマオ、何もするな。クハハ、そして余はシレイヌスに話をしておる! 下郎は黙っていろ! 何が望みか申してみよシレイヌス」


 アズリたんはとんちんかんな事を言い出したのである。

 いや、今のシレイヌスさんは別人なのか?

 そんな事なさそうだけどなぁ。しかしシレイヌスさん、見るからに戸惑っている。


 アズリたんはゆっくりと近寄る。

 それにシレイヌスさんは怯えるように魔法を放つ。

 次はあの結晶のような鋭い凶器をアズリたんに向けて次々放つ。

 

 アズリたんに直撃し、突き刺さる。



 アズリたんは埃でも払うようにそのまま歩む。

 シレイヌスさんも小手先の魔法ではアズリたんにダメージを負わせられないと知り、この前のように本気を出した。

 アズリたんは種族こそ不明だが魔物達の王である。魔物である以上、神聖魔法や精霊魔法ならダメージを与えられる。

 そして、シレイヌスさんはそれが使える。あのバーサークプレートが飛び出した。

 

 シレイヌスさんがアズリたんに向けて神聖魔法を放つ。

 アズリたんの体を縛り、消滅させていく、それに精霊魔法による確率消失を同時にかける。アズリたんの体が二方向の魔法によってかき消されていく。そして、その時。

 

 不思議なことが起こった。



 消えた部分が亜空間に変わる。

 亜空間から消えた部分の代価になる悍ましい身体。

 あの亜空間は一体何なんだ? アズリたんはやはりそのままシレイヌスさんの元に、やってくると、一瞬にして元の姿に戻る。

 そして、手を差し出したのだ。


「許してやろう! 手を取るといい!」


 一瞬、シレイヌスさんは手を伸ばしそうになった。だが…………


「アズリタン、もう貴女の一強という時代は終わったのですよ! 暗黒魔法力場展開!」


 シレイヌスさんのバーサークプレートが力を増幅する。

 

 アズリたんの魔法ですらシレイヌスさんは扱えるのだ。

 アズリたんは笑いながらシレイヌスさんの魔法をその身に受けた。


 暗黒火炎魔法・メギド。


 たぬきちさんときつねのさんが結界術で俺たちへの衝撃を抑えるが、至近距離でそれを打ち込まれたアズリたん。

 

 身体の殆どを焼き尽くされながら壁に激突する。


「どうです? あの五大国の中でも最強と謳われた闇魔界のアズリタンを完全に私が凌駕しているのですよ。もう旧世代の魔王の時代ではない……そういうことです」

 

 アズリたん大丈夫かな? とか思っていたら、起き上がり、パンパンと服を叩く。

 

 白いセーラー服、そしてマントのように着ている上着、その汚れが消えていく。

 

 アズリたん、これは怒ったか?


「シレイヌスよ。その程度か? クハハ! それでは余を滅する事などできぬわ! そして、元々シレイヌス、こんな力に頼らずともこの程度ではできたであろう? どうして欲しいのだ? 申してみよ! 聞いてやろう! 話せ」


 アズリたんはそう言うが、シレイヌスさんはさらにバーサークプレートを展開する。

 さらに強力な魔法を放つつもりなのであろう。アステマは何かに拝んでいる。ガルンは目を瞑りビビる。

 エメスは完全にフリーズし、この状況下で役に立つのは俺のユニオンスキルで強化された妖怪の二人だけらしい。

 今度おいしい物を食べさせてあげよう。


 アズリたんはようやく魔法を詠唱し始めた。とんでもレベルの暗黒の魔法。それを両手に溜め込むと、アズリたんは駆けた。

 

 シレイヌスさんは神聖魔法でアズリたんを牽制し、精霊魔法でアズリたんを妨害。そして決め手は暗黒魔法なのだろう。

 シレイヌスさんも相性が悪いからか、暗黒魔法以外は正直魔法の安定性に欠ける。それらをアズリたんが力任せに突破するが、

 目の前でシレイヌスさんはプレートを並べ、

 一斉に暗黒魔法の全弾発射をアズリたんに叩き込む。



 アズリたんの戦い方は、基本ノーガードなのだ。相手の攻撃を全て受け止め、そこから攻撃に転じる。

 自分への絶対的な自信と、異常すぎるスペックがなせる技だ。


 アズリたんは両手を合わせて暗黒の衝撃波を放った。多分、俺たちが受けたら考える時間もなく全滅する。

 しかしシレイヌスさんはバーサークプレートにより、神聖魔法結界を張り受け止める。


 ヤベェ!

 

 アズリたん、打つ手なしなんじゃないだろうな。


 確実にシレイヌスさんはアズリたんの動きも魔法も読んで対処する。


「あれだけ崇拝していたアズリタンも、こうなってしまうと、ただ硬いだけの魔物でしかありませんね? もう眠りなさい! 闇魔界のアズリタン」


 シレイヌスさんは翼を広げ、バーサークプレートと共に魔法を詠唱。



 アズリたん……

 


 今までの暗黒魔法とは一線を画する破壊力を込められているのだろう……。

 アズリたんがその魔法を見て固まる。

 そしてアズリたんは初めて闇の障壁魔法を張った。自分の身ではない。

 

 俺たちに被害を出さない為に、初めて防戦に転じた。


「これがアズリタン、貴女のフェイバリット魔法ですね? 暗黒極炎魔法・ゲヘナ!」


 シレイヌスさんの、いやアズリたんの最強魔法かもしれない。

 しかし、アズリたんは俺たちを守り、吹っ飛ばされた……。


「アズリタン、惨めですね……古き王はここで眠りなさい」


 シレイヌスさんは真っ白い翼を広げて飛んだ。

 フラフラのアズリたんの元へ、そして頭を掴む。

 雷の魔法をアズリたんに何度も放ち、壁にアズリたんを打ち付ける。


 逃げようとするアズリたんを神聖魔法で縛り。精霊魔法でダメージを与える。

 これは……アズリたんが死ぬ。


「お、おい! もうやめろ……! 元々はお前達の魔王だったんだろ? やりすぎだろうが! エメス、ガルン、アステマ、きつねのさんにたぬきちさん。アズリたんを助ける! 力を貸してくれよ! 魔王権限・ウィルオーウィプス! 全員、オーダーを伝える! アズリたんの救出だ!」


 いてもたってもいられない俺がそう言ってユニオンスキルを使う。それにアステマが、ガルンが、エメスが、そして妖怪達が……

 この未来は分かっていたことだったのだ。

 アズリたんをぶん殴れる奴からアズリたんを助けるなんて不可能だった。

 

 アステマの渾身の魔法を初級魔法で返され黒焦げに……

 

 …………ガルンとエメスの両サイドからのフェイントを軽々と叩き潰す。

 結界術でシレイヌスさんを縛っていた妖怪達に結界を跳ね返した…………





「あとは、北の死威王……お前だけだ」


 みんな血を流して倒れた。勝てないと知って、俺の命令だから、アズリたんは友達だから助けようとして……。

 

 俺のせいだ。

 そもそも、アズリたんを倒せるようなやつに俺達が、

 何かできるわけなんてない……。



 …………………痛ぇなぁ



 …………………………まだ痛覚があるから、まだ生きてる。



「ふふふ! アズリたん、見てください! 無謀にも貴女を守ろうとしてこの有様ですよ! 貴女が私をまだ家来だと勘違いしているからこうなったんですよ? 今、どんな気持ちなんですか? まだ、これでもまだ私を下に見ますか? 闇魔界のアズリタン、もう貴女の時代は終わりですよ!」

 

 アズリたんの周りで火薬が炸裂するみたいに魔法力が破裂する。

 かなりイライラしているに違いない。シレイヌスさん、ドSだなぁ。

 俺の考えでも読めるかのようにエメスが、俺を見て何度も頷く、こんな状況でも君はすごいなエメス。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ! あまり……余を……怒らせるな! その顔で、その声で……流石の余も少し怒ってしまうぞ! まだ今なら、許してやる。いい加減、もうやめよ……話を聞いてやろう。どうしたいのだ?」


 アズリたんはまだここまで我慢し、シレイヌスさんにそう言ったのだ。それにシレイヌスさんは明らかに不快そうな顔をした。

 そしてバーサークプレートから、おいおいおい! なんでこんな物がこの世界にあるんだよ。

 

 無防備なアズリたんに向けて、シレイヌスさんは、ミサイルを放った。あの戦闘機とかから発射される……あのミサイルを。


 アズリたんは魔法ではないミサイルが何か分かっていない。「アズリたん! 逃げろ! それはヤバい奴だ!」俺の声を聞いてよそみをしたアズリたん。

 ミサイルの直撃は爆風と炎を撒き散らし、アズリたんは咄嗟に俺たちを魔法で守った。



「……北の死威王……何故、今の法が危険な物と知っていたのか? 答えるといい! 魔女の姿にされ、二度とここには近づかないと思っていたが、愚かな者よな? 人間とは、が。答えろ。なぜあの火の柱を知っている?」


 俺が、異世界の存在である事をシレイヌスさんは知らない。

 セリューに何も教わっていないのか。


「……シレイヌスさん、それ俺が教える必要ありますか? てゆーか、知らないのにミサイル使ってるとか……どういう事なんですかねぇ……痛てて」


 俺が虚勢を張って、そう言うとシレイヌスさんはあからさまに怒りの表情を向ける。

 

 くっそー、流石にここまでか……アズリたんでも歯が立たないシレイヌスさん、アズリたんはミサイルという多分生まれて初めての火力の前に吹き飛ばされて転がってる……死んでないと思うけど……

 

 “アズリたん頼みがある。動けるようなら、ウチのもん娘と妖怪連れてここから逃げてくれ、できる限り俺がシレイヌスさんを引きつける“


 同盟であるが故の思念会話、俺ももうボロボロだけど……それでもみんなが逃げる時間くらいは……

 

 そう、俺はやっぱり持っていなかった。



「アズリたんちゃん! マオマオちゃん! 大丈夫? 私たちが助けにきたからもう大丈夫だよ!」



「凛子……ちゃ?」



 凛子ちゃんと、クロネコに、いたちおさん。

 





 …………もん娘に妖怪の二人も驚く。

 そんなみんなを見て凛子ちゃんは言った。


「きちゃった!」

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