父(?)と息子達(?)の異世界の日常
その焔は留まる事を許されない。
その炎は魂を休める事を許されない。
温めることのできない炎、冷たく、等しく焼き尽くすことしかできない蛇の抜け殻。
そんな仮そめの命を不憫に思った神は尋ねた。
生まれ変わり、今と違う世界で今と違う普通の幸せの中で一生を終えなさい。
さすればそなたの何処に向ければ良いかわからない永劫の行灯はようやく静かに消えゆくであろう。
「いやですよ」
それは拒絶した。
神を世界を、それは光を駆逐するには足りなかった。一言で言えば悪だったのだろう。
純粋な悪、それは許されるという事を拒んだ。何故なら自分は許されざる者だから、神だとかいう者に自分を値踏みさせる事なんて我慢ならない。
それは命を呪った、全てを呪った。
ならば、その暗黒をお前のその炎を、神に使える神獣の炎で消し去ってやろう。
神獣・イフリートよ、かのものの罪を煉獄と共に許せ!
目の前に現れるは炎の魔神。煉獄の炎、それを見て、それは自らを思い出す。自らは罪である! 悪である! そして……贋作なのだ。
ならば、ならば……いらないと言われた者が、すりつぶされて捨てられる者がどれほどの痛みと苦しみを貴様らに与えるのか……それは開眼し青白い炎を纏った。
「煉獄なんて生ぬるい、地獄の炎であっためてあげますよ! 親愛なるクソッタレな神様」
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「すげぇな雪之丞、忍者ってそんなに重装備なのか?」
エージェント、秀貴とそんな彼の寝首を狙っている忍を名乗る少年、雪之丞は絶賛クエスト中である。セリューの足取りを追ったところ、面白いくらい情報の代わりにやれ、伝説の薬草をとってこい、やれ、村を襲う魔物を退治せよ。
そして、今回。炎の悪霊、イフリートを退治して欲しいと言われたのだ。岩をも溶かす炎、触れると瞬く間に体が燃え尽きてしまう恐ろしい存在。
それを聞いて、雪之丞が手首、腰、懐、口の中とあらゆる隠し武器を装備。いく先々で秀貴がもらった報奨金を使って雪之丞は自分の納得のいく武器を鍛冶屋に作らせていた。
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「あのさー、ちちうぇ。相手の素性が分からない以上、準備や警戒はしすぎるくらいでいいんだよ。分かる? ちちうえみたいに神通力やまほーなんてずっこい力、僕にはないからね」
「お前もあり得ない体術と身体能力だろーが、あと。お前の親父じゃねぇよ」
「あれあれ? もしかして分かんない? 年寄りを馬鹿にしてんだよ、あたっ!」
ごつんとゲンコツを振り下ろされる。この一撃を避けられないのである。生まれてこの方、まともに一撃を受けた事なんて無かった。なのに、この男の一撃は避けられない。
「あり得ない……」
頬を膨らませながら、秀貴の横を歩く、雪之丞。本来、人間を狙い襲ってくる筈の魔物達が姿を見せない。雪之丞は小さな短刀を二本装備、秀貴が注意して見張っていないと、彼は殺しすぎる。
息を吸って、吐くように、家に帰ってきて手を洗うように、襲ってくる者を一帯の同種族を滅ぼし尽くす。そこには魔法という物がさして意味をなさないように思える程だった。
「お前、その武器しまってろ、この先……何かいるな」
遠くが明るい。
そして異様なプレッシャーを感じる。雪之丞は口角が上がるのを感じていた。剛の者がいる。
そして否や。
「おい、雪之丞。走るな。チッ、ガキが」
雪之丞を追いかける秀貴、そこには洋服を来た雪之丞にそっくりな……いや、もっと知人に瓜二つの少年が手から出した炎で周囲を照らし、何かを燃やしている姿だった。
その少年は秀貴と目が合うと、狂気的に咲う。
そして……
「なんでお前がそこにいるの? ねぇ? ねぇ!」
少年は強烈な炎を秀貴に向ける。火炎放射器のようなその威力に、回避したのだが……
「おい! なんでお前も俺に襲い掛かってんだ?」
「ははっ! なんで? だって僕は父上を殺す為についてきてるからに決まってんじゃん! ねぇ、君。気が合いそうだ! この秀貴殺すの手伝ってくれないかな?」
殺意、狂気……そしてそれは同気相求となした。
「あはw ……いいですね! 貴方、そのお話乗りました! 殺しましょう! このクソったれな秀貴を」
燃え盛る炎、そして風のように命を奪いにくる刃。上等すぎる超暴力、そんな者共を相手に、成山秀貴という男は、本気を出した。
本来炎の方が強いハズなのに、秀貴が突き出した掌底。炎が殺される真空を生み出し、真空下でも存在できる電磁界は少年を撃ち抜く。
「やぁあああ!」
倒れた少年を見て、瞳孔を開いた雪之丞。自身の限界を超えた体術を披露する。何重にも重ねたフェイクの中で秀貴の瞳を貫こうとした短刀は彼の頬を斬る。そして瞬時に傷が塞がる。
だったら首をへし折ろうと、抜き手、暗器からの、掴み技、投げる瞬間に首を……
「う、うわあああ!」
雪之丞の、秘伝とも言える投げは、秀貴が返しで放った御式内で脳天から落とされる。
この瞬間、わずか5分の出来事である。
ゲンコツを頗る頂き突っ伏している二人。秀貴はこの地にいた洋服を来た少年の襟元を掴んで持ち上げた。
「お前、水無だったか?」
「そうですよ。この化け物め! 死ね!」
「お前には言われたくねぇよ。何してんだお前、あれか? お前が噂のいふりいとって奴か?」
水無と呼ばれた少年は少し考えるそぶりを見せて、手をポンと叩く。
何かを閃いた、あるいは思い出したかのように。
「あぁ、それでしたら、コレ」
秀貴に、頭をさすっている雪之丞は先ほど、水無が何かを炙っていたところを指差す。何かの燃え殻が炭化し、ややタンパク質が燃えた匂いがする。
「お前が燃やしたのか?」
「えぇ、クソッタれな奴が生み出して出会うなり襲ってきましたから」
「えぇ、やるねぇ水無!」
「そういう貴方も悪くない殺意で、心地いいですよ」
「僕は雪之丞」
「雪か、宜しくお願いします!」
村の人から言われたクエストはこれにて完了に至った。
しかし、後ろを見ると、焼いたパンのような物を並んで頬張っている二人。
「増えやがった……」
そして、煽りも二倍になる。
「ぱぱー!」
「ちちうえぇ!」
こういう異常な力を持った子供ばかりが収容されている学校があったなとか、この仕事が終わったらそこにぶち込もうかなとか思っていたら、スマホが鳴る。
“メールが届きました! メールが届きました!“
スマホがそう言うので、秀貴は後ろでアホ面でパンみたいな物を齧っている水無にスマホを投げる。
「そのめぇるってやつ、何が書いてあるんだ?」
「は? なんか、猫に久々とかの下の部分の人から、凛子ちゃんって人を保護したって書いてあるけど? もしかして、秀貴。スマホ使えないんですか? ウケるー!」
秀貴はスマホを水無から受け取ると、唐突にモーションなしでゲンコツを水無にくれてやる。
「うぁ……」
その瞬間、四方から放たれる雪之丞の手裏剣に模した刃物。そして憎悪と殺気を含んだそれに、死角も含めて全部回収するように手裏剣をキャッチすると、同時に突っ込んできた雪之丞にもゲンコツを置き土産。
二人の少年がまたしても地面に倒れる。頭からは軽く湯気が立ち、そして思い出したかのように水無にいった。
「犬神か、猫に久々の下をかいてマオマオってんだよ。ウケるだろ? まぁお前らも変な名前だけどな。お前ら、遊んでないで南って地域の端にいくぞ。そこで日本の女子高生を回収して一度北の地域に戻るぞ」
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道中、食事中、就寝中、ふと秀貴が景色を眺めていた時、風呂やお花を摘みに行く時、あらゆる時に二人は命を狙ってくる。
秀貴をしてこの二人はかなり危険な力を持っている。命を狙ってくる割に、二人とも恐らく本気ではないのだろう。ただし精神面が未熟すぎる。
元々強い力を持って生まれてきた者所以。
「まぁ、俺には関係ねーか」
スマホが鳴る。
“雷獣サンダイオン出現、★100を超える危険種です“
南という地域に入ると、星の数が桁違いに跳ね上がる。シベリアタイガーより二回りも大きい獣が秀貴に飛び掛かってくる。
そんな怪物相手に……
「昔、公園にいた猫に餌付けして怒られたことがあったなぁ」
そう言って怪物を撫でる。怪物は喉を鳴らし、秀貴に懐く。
そして二人の若者も動じない。
「父上、野良猫に餌やってたの? 寂しー! 友達いなかったんだ?」
「ウケるー! パパ、見るからにスカして友達出来なさそうですもんね!」
「お前達も友達いねーだろーが」
しばらく怪物をもふもふしていると後ろからついてくる怪物。そしてそんな者がいたら二人は当然無視しない。
巨大な背に乗って……
「走れ! 走るんだ! “たま“!」
「“たま“今日のご飯は、秀貴の足ですよ!」
「お前ら猫いじめんなよ」
縄張りを抜けたあたりで雷獣が去っていくのを三人は名残惜しそうにして尚すすむ。
大きな湖が見えてきた。見るからに魑魅魍魎が住まうそこを見て、秀貴は一言。
「飯にするか」
小石を拾うと電磁砲。通称ピカバン! を湖に放ち、巨大な魚がプカーと浮かび上がってくる。
「雪之丞、捌け」
「はいはい」
丘に上げると高速で身と骨を分る。
「水無、火」
「仕方ないなぁ」
切り分けた魚に火を通してこんがり焼く。
「「父上、(パパ)、味付け!」」
懐からケッコーマン的な表記のある醤油を取り出すとそれを魚にかける秀貴。この世界の魚は不味くないが淡白な味のものが多い。今回丸やきにした魚も類に外れず。
“魔界の淡水魚、危険度★35 淡白な味わいから、揚げ物にして柑橘類の汁をかけて食べることが多い。危険度が人間レベルでいうと脅威の領域の為、人間側が食べられることもしばしば“
フィッシュ&チップス的な食され方をしているのだろうが、料理道具がないので今回は素材の味を醤油で楽しむ。
「美味しいね。水無」
「美味しいですね雪」
秀貴も適当な棒に刺してある魚をパクリと食べて、醤油を垂らして味を調整しながら胃に入れる。
十メートル程の大きさの割に食べる身は少なく、骨は雪之丞が削って暗器に変わる。食後に水無と雪之丞が追いかけっこをしながら先を行く。
そこで何かを見つけたらしい。
いや、正確には秀貴も知っている果物。
「柿だー」
雪之丞が木をピョンピョンと飛び乗って、それを何個かもぎってくる。そして、地上にしゅたっと降り立った。
そんな雪之丞の元へ、水無が珍しそうに尋ねる。
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「雪、柿って何?」
「美味しいですよ! 水無も食べましょうよ!」
隠しているつもりだろうが、屋敷が秀貴には見える。そしてその敷地内にある柿の木だ。
「おい! 人ん家 (?)のモン勝手に食うなよ!」
一応、自分のつれが窃盗を行なっているのでそう言ってみるが。
「「父上 (パパ)うるさーい」」
「……」
シュルシュルシュルっと皮を雪之丞は手慣れた様子で剥くと、それを水無に手渡した。
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「どうです?」
「おいしー!」
女子ばりにキャッキャっと喜ぶ二人を見て、ふと秀貴は我に返った。
「俺、何してんだろ……」
自慢ではないが、仕事はそつなくこなす方で、それ故に今回異世界に逃げたテロリスト。セリュー・アナスタシアを追う依頼を受けたハズなのだが、異世界、次々にイレギュラーが起きて、本来の仕事が全く進まない。
この様子をどこかで知り合いが笑って見ているんじゃないかとふとそんな事を考えていると、遠くで犬神猫々の娘というか、知り合いの子と写真で見た保護対象と見知らぬ少女が待っていた。
そしてぎこちなく手を振る彼女の仕草を見て気づいた。
「あれ、犬神か、いや犬神っていうよりマオマオって感じだな」




