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亡国(?)のアズリタンと以下略

 それは壮絶な戦いから一方的にアズリたんが嬲られる状態に至っていた。

 アズリたんの魔法が、暗黒魔法がシレイヌスさんには通じない。方や、シレイヌスさんは神聖と精霊の魔法を使いアズリたんにダメージを与える。

 ほとんど無敵モードでアズリたんを痛めつけていた。

 

 そんな状況を黙って見ていられない少女が叫んだ。

 

「シレイヌスさん! もう十分ですよね! それ以上やったらアズリタンちゃん死んじゃいます!」

「凛子、アズリタン様はこの程度では死にません」


 シレイヌスさんはそう言うとぐったりしているアズリたんの頭を掴んで持ち上げた。

 それでもアズリたんはやはり笑っているのである。

 

「クハハ、気が済んだか? シレイヌスよ。あまり余を困らせるな。もう良いか? なぁ? シレイヌス」

「アズリタン様……いいえ、アズリタン。もう分かっているのでしょう? 今の私には貴女ではもう勝ち目は無いという事を……」


 シレイヌスさんの強さは確かにアズリたんを凌駕している。一体何がどうなるとこんなに強くなるのか…… 

 嫌な予感がするのだが……北の魔王の遺産じゃ無いだろうな。

 

「シレイヌス……どうすれば貴様の気は晴れるのだ? 余に申してみよ! 昔のように話してみるが良い」

「もう……そういうのは結構でございます。私は貴女を上回った。貴女が闇魔界と言われるなら、私は大魔界のシレイヌスと名乗りましょう」

 

 シレイヌスさんは、実に嬉しそうにそう語る。

 魔物達の憧れ、魔王となったことは彼女にとってはかなり意味のある事だったのだろう。

 アズリたんは今にも泣きそうだ。助けてやりたいが、俺たちじゃ力の差で瞬殺される。

 

 そんなヘタレた俺と違い凛子ちゃんは……

 

「アズリタンちゃんを離してください! もう十分でしょう? シレイヌスさん、お願いします」

「……さい……煩いぞ人間っ!」

 

 ヤバい! 凛子ちゃんがやられる!

 

「くそ! プロテクション!」

 

 俺の魔法なんか軽々と突き破られたのだが、凛子ちゃんは魔法の直撃は免れた。何故なら、ディダロスさんが覆い被さるように凛子ちゃん盾として凛子ちゃんを守ったのである。


「凛子様、怪我はないか? 凛子様の勇気には称賛するが、命を粗末にするな。アズリタン様の事は、我とウラボラスに任せておくといい。必ずや、アズリタン様を救い出して見せよう。……シレイヌス、貴様。その力。魔族の物ではないな? 何処で手に入れた?」

 

 ディダロスさんが渋い声でシレイヌスさんにそう尋ねる。


「ディダロス、魔王軍における交渉担当であり、類稀なる怪力を持つ獣人種の最強超魔族。暴獣王。そんな貴方が人間を守ろうとは、やはり……南の魔王軍は錆びつき、弱くなりった。闇魔界二強などと言われても先代魔王に生み出されたお前達はもはや用済みだ。仲よく揃って先代の元に送ってくれようか? 私の描く新しい魔王軍は制圧前身あるのみ、交渉など不要」

 

 シレイヌスさんは自分で既に暴走している事を理解していない。

 魔物の軍としては最悪それで構わないのかも知れないだろう。

 だが、それはあくまで軍での話で王様のする事じゃない。

 彼女はアズリたんの腹心時代と行動理念が変わらない……




「シレイヌスさん、このクーデターが成功したとして、貴女の王政はどうなるんですか? この国はよその俺からしても、素晴らしい幸福度だ」

「誰が口を開いていいと言った? 北の死威王よ。幸福度? お前達人間の物差しで私たちを測るなよ? 今のザナルガランは見るに耐えない。これほどまでに強力な魔物が揃った事、かつてない戦力である。これだけの力を持ってして何故他国を攻めなかったのか? そこにはアズリタンの甘さとそれに腑抜けた国民達の罪である」

「ほぅ、独裁を引こうと……まぁいいや。俺の姿を元に戻せよ!」

「独裁結構。魔物とは本来、他種族を滅ぼす事が本質である。そこには裏切りも、そして騙し嘲笑う事もな。死威王よ。元の愛想の無い顔よりもそちらの魔女の姿の方が愛嬌があって死んだ後もまだ見栄えが良いのではないか? ははははは! そうだな。手始めに北のお前達から処刑しようか?」

「魔王ってのがどういうものかは知らないけどさ、シレイヌスさん。アンタ随分小物なんだな? 鬱拗らせて取り返しのつかない事してさ、言っている事はてんでガキだな? これアンタの単独か?」

「話す事はない……処刑だ! 死威王、貴様を最初に殺してやる」

 


 さて、シレイヌスさんにはどうやら共犯がいるらしい。恐らくその人物。

 既にここにいないルシフェンさんだろう……。

 

 まずはシレイヌスさんが掴んで離さないアズリたんを救出する事が先か。

 ここには意思疎通できる頼もしい魔物がいる……。

 

 そう! ウチのもん娘達……ではなく、先ほどからアイコンタクトをしているアズリたんの腹心二人。

 俺にもう少し時間を稼げと頷く。

 ウラボラスさんがアズリたんを救出。

 そして、ディダロスさんがシレイヌスさんを抑える流れまでアイコンタクトで進んでいた。

 

 てか、すごくね? 俺、こんなエスパー能力があるとは思わなかった。

 というか……ここにきてまともな大人。というか魔物と出会ったわけで、魔物だからといってみんな頭がお花畑ではないらしい。

 

 さらに追い風として俺も驚いた事があった。

 ウチのモン娘達が、ビビりながらも立ち上がった。

 

「お、お前! アズリたん様を離すのだっ!」

「そ、そうよ! ちょっと……失礼じゃない! この……その……バカぁ! ……バカって言ってごめんなさい」

「浅ましき魔物、女児を痛ぶるものではない……愛でる物なり!」

 

 友人であるアズリたんを前にこいつらは立ち上がったのか?

 

「まぁ、いいや! お前達。ありったけの能力向上をかける。ガルンは待機、アステマはウラボラスさんを援護。エメスはディダロスさんを援護。オーダーはアズリたん救出!」

「アズリタンを私から奪い返そうと? どこまで貴様は……人間の分際で盗人甚だしい……ルシフェン! ルシフェンはどこ?」

 

 やはり共謀犯はルシフェンさんか。

 しかし、その姿やもうどこにも見えない。多分だが……いや間違いなくあのルシフェンさんとセリューは繋がっている。

 セリューは元北の魔王シズネ・クロガネの兵器を集めている節が見られる。

 ……これもゴーレムかな?

 シレイヌスさんの変貌。

 

 彼女はその身体をバーサーク・プレートによって包まれつつあった。

 彼女が鳥ならば卵に戻るように……完全に包まれるのに時間がかかりそうだが、このままだとアズリたんが引き込まれる。


 

「アズリタンを貴様らなんぞに渡してなるものか! アズリタンは私と共に一つとなり、真なる大魔王として生まれ変わるのだ! それこそが、アズリタンの心を鎮め、代わりにアズリタンの心を惑わすこの醜くき世界に終焉をもたらす私の使命だ!」


 アズリタンの事が好きすぎて暴走したのだろう。

 しかし、完全に正気を失っている。暴れるアズリたんを殴りつけて黙らせる姿は言動と反し壊れかけているようにも見える。


 このまま、アズリたんを取り込まれると厄介である事、そして俺のこの姿を元に戻させる為。

 俺はユニオンスキルを発動した。


「みんな行くぞ! ウィルオー・ウィプス! そして高域強化」

 

 ディダロスさんとウラボラスさんにもできる限りの加護を付与。

 ……神聖魔法に精霊魔法耐性を持たせた。








 俺たちは今日昨日知り合った仲だったが、そこのコンビネーションは悪くなかった。ディダロスさんシレイヌスの攻撃を受け、エメスが目眩し。

 ウラボラスさんと共にアステマは撃てる限りの最大魔法により牽制。意識を背けるだけでいいのだ。


「……コポルトガール。ガルンのお嬢ちゃん。そこで待機してくださいよ! 大切な物を放り投げる故。落としたら、舌を引っこ抜いて全身の毛をむしりますので……悪しからず」


 ガルンが青い顔をすると真顔で“冗談です“と多分これが冗談だろうと言う忠告。

 

 シレイヌスは鉄壁の守りを見せていたが、殻に覆われようとしている為、動きは比例して遅くなっている。ウチのモン娘には不可能だが、魔王種の二人にはその隙は致命的だった。

 ディダロスさんの一撃がシレイヌスさんの脳を揺らす。


 そして、ほんの数秒の脳震盪があれば、ウラボラスさんがアズリたん奪還に失敗はしない。

 

「シレイヌス……悪いが、私らのアズリタン様はお前にはヤラねぇ! 一人でそのけそけそした殻に閉じこもれぃ! ガルンの嬢ちゃん! アズリタン様。お任せしたぁあ! 落としなヤァ!」


 ぐんと、アズリたんをガルンに向けて放り投げる。

 ガルンはウロウロして、そして自分の背をクッションに受け止めた。


「痛いのだぁ! 痛いのだぁああ! あっ! でも、アズリたん様を受け止めたのだ! アズリたん様はボロボロなのだがどこも怪我していないのだ! アズリたん様を僕が助けたのだぁ!」


 ウラボラスさんが親指を上げ、凛子ちゃんがガルンの頭を撫でる。

 

 アズリたんだけは笑い顔のまま何も言わずにこの状況を見つめていた。アズリたんを奪われたシレイヌスさん……

 


「アズリタンさ……アズリタンを! 私のアズリタンを! 許さない! お前達、皆全員地獄に送ってやる。アズリタンの! 魔王の魔法を覚えた私を止められると思うな? 暗黒魔法術式構成……破壊線。貴様らまとめて消えるがいい! ゲヘナ!」


 あのアズリたんの超魔法をシレイヌスさんが使った。

 ……これはヤバい! ヤバいヤバい! そう思った俺たちの前に立つ二人。

 


「……北のマオマオ様。この愚か者は我ら二人に任せよ。アズリタン様を連れて行けぃ!」


 このセリフは単純にダメな奴だ。ここは俺に任せて先へ行けというあれだろう。それにここから……ウラボラスさんの助言。

 

「ディダロス。お前はいつも話が単調すぎる。逃げろと言われてもどこへがなければ混乱するだけよ。北のマオマオ様。この南のザナルガラン。ここよりさらに南に行ったところに我らがアズリタン様に忠誠を誓わない魔物の集落、バンデモニウムがあります。名の通り、デーモン達の楽園。ここより道理は通りませぬが、シレイヌスの近くにいるよりいいでしょう。ちぃとアレはどうしょうもできる気がしない」


 

 俺は正直にここにいたら全滅だという二人の言葉を聞いて、頷くと全員に撤退指示。

 

「余はいかぬぞ! ディダロスとウラボラス、何をいうておる! クハハハ! 馬鹿も休み休み言えぃ! シレイヌスの大バカを叩き起こして宴の続きに決まっておろう?」


 アズリたんを見て二人は少し優しい顔をした。


 そして、ゆっくりと顔を横に振ると、卵型になりつつシレイヌスさんに備える。

 二人の魔素がぼんやりと見える。やはり二人も魔王種。相当な力を持っているのだろう。

 その二人がアズリたんに振り返ることもなく言った。



「アズリタン様。貴女様はアズリエル様の後継。我々を生み出してくれた魔王の子。位こそ違えど、我らはアズリタン様の兄。兄とは妹を守るものなのです。そして貴女がいればザナルガランはなくならない。行きなさい」

「そうそう! アズリタン様。アズリタン様以外に魔王などいるわけもないでしょう。あのシレイヌスはこのウラボラスがきっちり鉄拳制裁しておきますので、少しご旅行を楽しんで戻ってくる頃には土産話などお話ください」


 これはいかん……覚悟を決めてやがる。

 この二人は最初からアズリたんに俺たちを逃す事を決めていたのだろう。もう俺たちは逃げるしかない。

 

 アズリたんが暴れても、全員でこのザナルガランの城から退避。


 

「離せぇ! 離さんかぁ! ガルン。魔法力が戻れば八つ裂きにするぞ! 余の命令が聞けぬか? マオマオぉ! ウラボラスとディダロスが一緒ではないではないか! それにシレイヌスもぉ!」

 

 アズリたんもこれから起こる事を予想しているのだろう。

 ジタバタする。魔法力やらをシレイヌスさんに吸われているのか、俺達で抑えれるのはありがたい。


「アズリたん。ワガママを言うのもいい加減にしろ! お前の大切な二人が命をかけてお前を逃がしてくれとお願いされたんだ。だったら約束を守らないとダメだろ? 今は逃げる。そして必ずもう一度ここに戻るんだ。お前さんは一国一城の主で魔王なんだろ? この国の事を思うなら俺に従えって! じゃないと、二人があまりにも不憫だろうが! 分かったら黙ってガルンにおぶられておけ! エメスは凛子ちゃんを、アステマ、浮遊の魔法を使え、強化する」

 

 ………………あれ?

 

 なんかみんな静かに俺の言う事に頷いて従う。普段の俺の声より随分高いだから聞き慣れていないとかじゃないな。

 多分、こいつら大小あれど最初は俺を人間として舐め腐ってたから、いざ魔物というか魔女になった俺、かつこいつらより上位種である事。

 

 要するにまぁまぁブルってるって事か……こう考えるとどんだけ普段の俺可哀想なんだ?

 


 まだ納得がいかなそうなアズリたんは悔しい涙を浮かべている。

 

 

「オーダーを伝える。これより南のバンデモニウムに直行。そもそものルールが通用しない土地らしいから、全力全開のユニオンスキルでいく。場合によってはグラトニーも視野にいているから、お前ら注意しろよ!」

 

 真顔でエメスですら頷く。

 いや、いいんだけどさ! 物凄い助かるんだけどさ……なーんか腑に落ちないな。

 

 俺たちが去って行くのを確認してディダロスさんとウラボラスさんは本気になった。

 背後から幾度も火柱が上がる。魔王種同士の戦いとはこうも壮絶な物なのかとサウンドだけでも十分だった。

 

「おい、アステマ! バンデモニウムってデーモン達の集落だってウラボラスさん言ってたよな? お前の故郷か何かなのか? もし、そうなら今回の頼みの綱はお前さんなんだが?」

 

 アークデーモンにクラスチェンジしているアステマはふふんと笑う。

 

 

 アステマ曰く、バンデモニウムとはデーモンの中のデーモンが住まう場所。この時点でアステマとは一才関係ない場所だと分かっていたので残りは聞き流していた俺。だが、少々ウザくなったので核心をついた。

 

「初めて行くんだろ?」

 

「そのあれよあれ! 当時、私ってまだリトルデーモンだったでしょ? 今でこそアークデーモンに……主の力でなれるけど、違うの! 主、違うのよ! むしろ逆なの! 逆に私がバンデモニウムにいなかったの!」

 

 逆の意味わかんねーよ


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 中央ヴェスタリアの王、謁見の間で地べたに座るビスクドールのような少年? 少女と美しい女性はボードゲームのような物を広げて楽しそうに遊んでいた。王の玉座には誰も座っていない。


「ママ、僕は怪鳥王で海竜王と猛獣王を撃破、そして進化の卵に進めるよ。逃亡なんて時間稼ぎさ! 今回は僕の勝ちだね!」

 

 用意されたお菓子の中からビスケットを手に取ると溢しながら食べる。

 それに女性は口元を拭いてやりながら優しく、愛おしい目をして微笑んだ。そして駒を動かす。


「可愛い、私のアルモニカ。怪鳥王を魔王種から第二級魔王へ進化させるのね」


 そんな二人の元へやってきた恰幅の良い男性。頭には王冠。

 その隣には、ドレスを着た若い女性、彼女もまた豪華なティアラをしている。そんな二人は飲み物をボードゲームをしている二人に差し出す。

 

「ゆ、勇者王アルモニカ様。そ、それに……その母君、セリュー・アナスタシア様。本日もご機嫌麗しゅう……この度、他国の大連より使者が抗議に来られるそうです……その、勇者王のお力は大変存じております故、どうか! どうか穏便に! 慰謝料であれば宝物庫を開きますので」

 

 二人はこのヴェスタリアの王、そして王妃だった。

 ヴェスタリアを守る勇者召喚という儀を行なったのが間違いだった。

 

 勇者は藤堂アルモニカと名乗り、見惚れる程の美しい子供だった。

 その力は絶大無比。

 恐らくは他国の王種への絶対的抑止力になると思われた。

 秩序を守る5大国の長としてヴェスタリアは責任があった。


 しかし、蓋を開ければアルモニカは異常だった。

 山賊討伐をお願いした時、盗賊を山ごと、近隣集落ごと叩き潰したのである。当然中央への報告とその被害に王や王妃は走り回った。

 危険な魔物がいるという渓谷に行った時はただ他の討伐隊が魔物にやられるのを傍観していただけだった。

 アルモニカは物を食べるという事への執着も人一倍だった。一日5食、ご馳走を並べ、それを長い時間をかけてゆっくり食べる。

 それでもなんとか、王と王妃は子供だからと。

 なんとかアルモニカを勇者として教育しようとしていた。

 

 そんな時に教育係としてやってきた……アルモニカの母を名乗る女性により、状況は一変した。


「王様、そして王妃様。何を怯えていらっしゃるのでしょうか? そんな無礼な者、私たちの勇者王アルモニカがいれば恐るるに足らないのは自明の理。それに今は私たちは、東西南北を全て統一支配する為のシュミレーション中です。これが終われば、アルモニカにおやつ後のお散歩がてら、その蛮族共を血祭りにあげて差し上げますのでお待ちください」

 

 それではいけない。

 

 王様は手をついて、本来座っているはずの玉座に向けて頭を垂れる。

 アルモニカの力を持ってすれば使者団を返り討ちにはできるかもしれない。が、それをしたら。

 他大陸との……

 全面戦争となる。


 王様は二人にこの世界の情勢を説明した東西南北以外にも国々はある事。そんな国々全てを敵に回せば……


「いいじゃないですか、叩き潰せば。王様は今まで殺した羽虫の数を覚えているのですか?」


 毒婦だ。このセリューという女は危険だ。

 王も王妃も分かっているが、彼女は誰にでも、当然王や王妃にも礼節を持ち、丁寧で優しい。国民や王宮の多くの者が、自分たち王族よりセリューを支持している状況になるくらいには……

 

「セリュー・アナスタシア様。かつては各国戦争、戦争の日々でした。ですが、もうそんな時代はとうに終わったのです。今は諸外国と交流し、仲良く争わずにしていくのが普通なのです。この東西南北中央のような国々など他を見ても殆ど存在しないのです」


 王様の懇願にセリューは少しばかり反応した。その世界のあり方を聞いて不快な表情を見せる。

 それに気づいたアルモニカも同じ反応。前髪で隠れた瞳が光る。

 

「王様さぁ! そういうところあるよね? 僕はママとゲーム中なんだけど? でもいいよいいよ。王様は温かいご飯をくれて、フカフカのベットで眠らせてくれる……恩着せがましい人だもんね? 悪者をやっつけてくるよ」

 

 セリューはそんなアルモニカを抱きしめた。

 アルモニカは虚な瞳を大きく開き、恋する少女のような表情で嬉しそうに身を任せた。

 セリューの温もりをアルモニカは十分に楽しむと、名残惜しそうに離れる。そんなアルモニカにセリューが手渡す物。

 水筒、オヤツ、ハンカチにちり紙。そして用意させたお弁当。

 遠足にでも行くように……他国と一戦交えるのだ。

 

 王様は何度も叫びそれを止めようとする。

 同じく傅く王妃を無視するアルモニカニ王様は歯を食いしばり叫んだ。


「もはや、これまでか! ロイヤルナイツ達よ! 誠の勇者達よ! 中央に巣食う悪しき者を討伐するのだ! もう我慢の限界だ!」

「おや? おやおや? 王様、面白い方々を呼びましたね? 勇者召喚、それをもう一度行ったんですか? 確か? その王では一度きりと聞きましたが?」


 王様は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「一度ではない! アルモニカを討伐する為、剣士の勇者、僧侶の勇者、魔法師の勇者、そして格闘家の勇者。四回だ!」


 ロイヤルナイツと呼ばれた四人がアルモニカとセリューの前に立った。


 時間にして1時間と少し。

 

 王様は絶望した。国の禁を侵して呼び出した神の奇跡をその身に宿した勇者を四人も呼んだのだ。

 彼らはアルモニカと違い、正しい心を持っていた。

 彼らは誠の勇者だと……だが、勇者王ではなかった。苦しそうに横たわる四人の少年少女達。


 剣士の剣戦はアルモニカを追い詰めたのに、突然アルモニカニ見切られ破られた。魔法師の強大な魔法に防戦一方だった筈なのに状況は一変した。

 格闘家も同様に、アルモニカを言葉通り子供扱いだった筈なのに、軽々と敗れさり虫の息なのだ。

 頼みの綱の不思議な頃を身に纏った僧侶、いや神官に至っては。

 両手を上げた。それが降参の意味を持つことを王様は知らない。

 セリューは神官に皆を回復させるように話した。

 


 召喚されるや否や、戦えと言った王様。

 ……相手は理不尽なまでに強かった。

 方や……このセリューという女性は優しく諭してくれる。

 


 地球の少年少女達は……どちらに尻尾を振るだろうか?

 自分の力をただアテにした王様と、優しく説き伏せ、手当てをした。

 そして勝った筈のセリューが頭を下げて力を貸してほしいと懇願した。

 そこには大人を信じられない思春期の子供達の心を動かすには十分だった。


 

 英雄・勇者王へのクーデターを起こした事件として、

 王と王妃はその身分を剥奪。

 



 ……中央ヴェスタリアは勇者パーティという地上最強の暴力を得た。



 




 セリュー・アナスタシアの計画が最終段階に移行した。

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