【先着10名】詐欺師だと思われたくないのでお金はとりません。ドラゴンの釣り方を教えましょう。
これは俺たちのピンチを聞いた同盟アズリたんの国の会議を人伝に聞いた内容である。
「何ぃ! マオマオ達が何やら鬼強いドラゴンに襲われているだとぅ! くはは! それは実に面白いではないか! 余が屠りさってくれる! 少し北のマオマオ達の小さな国に遊びに行って参る! おやつを用意せよ!」
南の暗国ザナルガランにおいて、俺たちの危機を知ったアズリたんはそれに興味を持って行く気満々だったらしい。
アズリたんの前には巨大なテーブルに各種ご馳走が並んでいた。そしてアズリたんに次ぐ豪華な椅子に座った四人の魔物達。
アズリたんの腹心である。
三人の魔物はそれぞれ魔王種である。
そして新参の一人は参謀として他の追随ならぬ頭脳を持ちここに座っている。
「アズリタン様。魔王種ではない私めが話すことをお許しくださいませ」
中級デーモン種と思われるその女性の魔物は周りの腹心に頭を下げる。
……すると、アズリたんは笑顔で頷き、それに不愉快そうにその女性を見る真っ白な翼を持った女性の魔王種は顎で話せとジェスチャーした。
「それでは……偉大なる我らが闇魔界の御前、そしてそれに連なる。魔王ディダロス様、ウルボラス様、シレイヌス様。私めの矮小な言葉に耳を傾けていただき感謝でございます! 今北の地は聖龍が降臨されました。あれは神の領域、いかに魔王種の皆様といえど……手を焼くでしょう」
……そう、この謎のデーモンがいらんことを言った事。
このおかげでアズリたんの助力を俺たちは得られなかった事。
それに食いついたのは不快そうに見ていた白い羽をした魔王シレイヌス。
「貴様、耳が腐ることを我慢して聞いてやればそれか? アズリタン様も我々もとうに神などという領域に足を踏み入れているに違いないだろう! 軽々と粉々にしてくれる。なんなら、このアズリタン様、教育係兼魔軍司令、怪鳥王シレイヌスがその聖龍の首持ってこようか!」
熱り立つシレイヌスを止めたのは、隣に座する。牛の角を持った魔物の男。
身の丈は三メートルはあろう大男。
「アズリタン様の御前。血気盛んなのもいいが、参謀ルシフェンが話す事、誠であればここにいる者で対抗できるのはアズリタン様しかいない事を考えよ。シレイヌス」
もう一人の蛇のような鱗をした優男はうんうんと頷く。
それにシレイヌスは怒り、そして自分を落ち着かせて言った。
「神……などという存在が権限した事など数える程しかあるまい……私はまだルシフェンなる者を信用していない」
明らかに格下の種族が自分達と同じところに座するその状況。
それもまたシレイヌスが納得いかない要因だったのだろう。
「そう皆、怒鳴るでない! 何があっても貴様らは余が守る。が、マオマオならその神とやらもなんとかするかもしれぬ! それもまた良い! おもしろし! 参謀続けよ!」
そう、面白くはないし全力で助けて欲しかった。
それと俺を過大評価するのやめて……
「私めの言葉を聞いていただき、至極恐悦。今宵も闇魔界は一層美しゅうございますよ!」
闇魔界というのはアズリたんへの敬称なんだろう。
呼ばれたいですか?
………イライラしている人が一人。
「余は褒められなくても美しくカッコイイものだ! 続けよ」
アズリたんの絶対的自信も大概だった。
その言葉に傅いてルシフェンは話す。
「ジェスノザイン聖女王は、自らを糧に強制的世界平和を実行しようとしているのでしょう」
全ての生命が無くなれば、誰も争わない。
誰も苦しむ事はない。一度全てを破壊。
そして、その後、聖ファナリルなる神に認められた聖女王を筆頭に信者達は復活をとげ永劫の楽園を創造する。
破壊と再生……大体の宗教ってのは考えが似るのだろうか?
腕を組んでいるアズリたんの元へ、給仕の格好をした悪魔みたいな羽を生やした魔物の少年少女が料理を運んでくる。
アズリたんや他魔王達が汚れないようにエプロンをして、彼らは魔王達の隣に立つと料理を切り分ける。
アズリたんは自分で食べようとするが、ダメだと言われ、給仕係に食べさせてもらっては口を拭かれる。アズリたんの世話役の魔物は嬉しそうだ。
他の魔王達も同じように食事の補佐をされるが、補佐役はアズリたんの補佐役を羨ましそうに見つめている。
アズリたんが指をさし、飲み物が飲みたいと指示をすればそれはそれは給仕の女の子は嬉しそうに果実のジュースを取る。
「食事とは自分で好きなように食べる物ではないのか? 私は今までのやり方が良かったぞ! これではなんだか食べるだけでどっと疲れるではないか! これは良くない!」
アズリたんの拒否。
それに、給仕係達が目に涙を溜めて震え始める。
その様子を見て、アズリたんも少しばかり困る。
「泣くでない……貴様ら余を好きすぎるあまり、余の一日において順番に世話役を行うというルシフェンのルールはどうにも好かん! これでは余が自由にマオマオのところに遊びにいけないではないか!」
ルシフェンという参謀は南のザナルガランにおいて一つのルールを作った。
魔王であるアズリタンへの絶対的信仰。
位が上がれば上がるほどにアズリたんと関わる事ができる法律。それを認めたのは他三柱の魔王達であった。
今後他の国々を征服した際、人間や亞人、よその魔物達を統率するルール。
ある矛盾に誰も気づかない。
アズリたんの気持ちである。
アズリたんの為、という理由で自分達もよりアズリたんと関わる事ができる法律作りにルシフェンを起用した。
突如現れた名も通っておらず、力も大したこのないレッサーデーモン種のルシフェンという女。
物ごしは柔らかく、上にも下にも対等で嫌われることのない性格。
彼女はいつしか支持を受けて、気がつけば魔王達と座している。
それを気に入らないのはたった一人、シレイヌスだけだったが……
「我らが闇魔界。象徴でいてくれればよろしいのです。その為に、私にはできませんが、シレイヌス様がつきっきりで闇魔界の今後の立ち振る舞いをお伝えいただいているのです。私からすればシレイヌス様ですら、恐れ多いのにぃ」
シレイヌスはプライドの高い魔物だった。
「……フン、もしアズリタン様の教育などと貴様の口から出よう物ならその首落としてガルーダの餌にしてくれるところだったがな……しかし、アズリタン様の教育係に私を選ぶのはイイ目をしていると褒めてやろう」
「これ以上ない幸せぇ」
ルシフェンが深々と頭を下げているのを他二人の魔王種は見つめ、そこに悪意を感じられないことに食事に集中した。
ザナルガランの食もこのルシフェンが来てから驚く程変わった。
……雑な料理しかなかったのだが……
料理人達に一から技術を教え、見てくれも味も今までとは比べ物にならない出来だった。
全ては、アズリタンが他の地域でも恥ずかしくないように……
「むしろ、北と西の戦いは傍観、中央がどう出るかを我々も高みの見物かと」
南の暗国、ザナルガランは中央と戦争する準備をするべきだと語った。
それには魔王達も口にこそ出さなかったが禁忌とされていた。
……中央には唯一、魔王アズリタンの天敵となりえる存在がいる。
中央の勇者王。トウドウ・アルモニカ。
未だ動きを見せてはいないが、数々の話がザナルガランにも回ってきていた。戦闘能力だけであれば魔王級。
魔獣や聖獣と呼ばれる幻獣種。
それらをピクニックにいくように狩っているという。
あくまで噂でしかない、が一番実践経験を持つ王種。
それが……最強と謳われる。
勇者王……。
魔物達からすれば恐怖の逸話の数々。
人間を守り、魔物達を滅ぼす存在。
当初力ある魔物達は口々に勇者王を倒すと意気揚々と出かけていき……
誰一人として戻ってはこなかった。
南の暗国ザナルガランにおいて、勇者王討伐は今現在許されていない。
それができるのは恐らく自分たちの王、魔王アズリタンをおいてあり得ない。
されど、腹心の三人もまた魔王を名乗る事が許された剛の者である。
頭の片隅には自分が勇者王をと思う日々は募っていた。
いつかは近郊が崩れ何処かの国が戦を始めるであろうと思っていた。
そして今、北と西が戦争状態……。
その状況を狙ったかのように現れた参謀。
この混乱に乗じて中央と戦をする準備をしろというのだ。
弱体化した北や西を狙うわけではなく、中央を狙うという。
ただの一般モンスターの女。
すぐに魔王アズリタンに気に入られ、取り入るその姿、周りの者への配慮も欠けない。痒いところに手が届くその行いに他魔物達の覚えも良かった。
今まで、力だけが全て、日々好きなことをして楽しんで生きているという南の暗国にルールという概念を定着させた。
魔王アズリタン一強で、それが他国の権勢となり、それが正しい事だと思っていた魔物達は生まれ以外でも自らも上に立てるという魅力を見出した。
そんな状況において、たった一人、魔王アズリタンの教育係であるシレイヌスはこのルシフェンに何かきな臭い物を感じていた。
捻り潰してやろうと思えばすぐにでも可能だが、魔王アズリタンにより、止められている。
されど、ルシフェン自体は腹心の一人になるつもりがあるわけではなく、本来喉から手が出る程欲しいアズリタンの教育係をシレイヌスに直々にお願いしにきた。
異様な程にシレイヌスに媚びへつらうルシフェン。
他の魔王種達は同じ女性であるシレイヌスに対して尊敬の念を持っているのだろうと話を聞かない。
本当にそうだろうかとシレイヌスは疑念を感じていた。
ルシフェンが話す内容はどれも驚くほど無駄がない。
なんなら自分ですらルシフェンの参謀を認める程に。
とはいえ彼女は自分を大きく見せようともせず、なんなら場合によってはアズリタンに背く考えも述べる。
本来であれば極刑あるいは南からの追放。
それを誰もが行わないのは、皆アズリタンと関われる機会が今までより増えたという事。
南の王であるアズリタンは自由が過ぎた。
気がつけば城を空ける。
本来王としてはあるまじき行いであるという事、誰もが分かっていたが、アズリタンがそうしたいのであれば……と。
誰もが暗黙の了解としていた。
それを間違ったことであると説いたのはこのレッサーデーモンルシフェン。
当然、アズリタンに叛いたという事で即座に処刑が決まるはずであった。
だが、彼女はこう言ったのだ。魔王アズリタン様の事をこの国の者は愛している。
アズリタン様の責務。
その愛に向き合う時ではないだろうか? と。
その一言がルシフェンを処罰する手を止めた。
この国の者はもっとアズリタン様と共にいたいのであると、ルシフェンはこの国を豊かにしたいと。
魔物達の支持を瞬時に得た。
それからシレイヌス達の位に並ぶのに時間は掛からなかった。
それからというもの、シレイヌスにルシフェンは付き纏うようになる。
どこでドレスを手に入れているのか?
昨日は何を食べたのか?
どうすればそんなに美しくなれるのか?
シレイヌスは自分が女であるから分かる事があった。
このルシフェンは自分を見てはいない。
とはいえ、自分を踏み台にする様子もない。
何故ならこのルシフェンは、言葉ではアズリタンを讃えているが、見ていない。誰しもが少しでも同じ空気を感じていたいアズリタンをである。
その疑念に気づいているのはシレイヌス。
そう、自分だけであると確信を持って言える。
「ルシフェン貴様、そろそろ本当の目的を話したらどうだ?」
他の腹心達はルシフェンとシレイヌスを見つめる。ルシフェンは笑顔のままでこう答えたのだ。
「ふふっ、隠しても無駄のようですね……秘密兵器をと考えております」
そう言って大きな魔法水晶に映し出された物。
大型の見たこともない形状をした巨大ゴーレムの姿。
それを使い中央に宣戦布告をかけるという話をした。
しかしこれは壊れている。
故に少しばかり修復の時間がかかるということ。それが終わるまでは現在の他国の状況はしばらく様子見してほしいという提案。
今回の件も他腹心全員が満場一致でルシフェンの言う事に賛成する形で会議は終了する事となる。
腹心達は自らの仕事へと戻っていき、アズリたんは昼寝の時間。
シレイヌスが一人になったところでルシフェンに近寄る。
「シレイヌス様、貴女様にだけは本当のお話を……と」
シレイヌスはルシフェンを睨みつけ、爪を長く伸ばして振り返る。
事と次第によっては即殺する為。
その姿を見て、ルシフェンは傅いた。
それにシレイヌスは驚く。
それは、自らの仕える者にする服従の仕草。
本来、南の暗国。ザナルガランにおいてこの仕草をしていい相手はたった一人、魔王アズリタンにのみである。
それなのにルシフェンは自分にそれを。
殺すに十分たる理由。
首を刎ねる為に腕を高く上げた時……
「シレイヌス様、貴女こそが本当の魔王と……」
「ルシフェン何を言っている! 与迷いごとは良い! 処刑してやろう!」
「いいえ、私はこの今のザナルガランのあり方はおかしいと感じています。魔王アズリタン様は人間と関わり、魔王の責務を捨てました。もはや魔王とは呼べません。それに比べて、他の魔王種の中でも貴女様は別格、私ならシレイヌス様をもう一段上の魔王種に、あの魔王アズリタン様をも凌駕するお力を与える事ができます。さぁ、お選びください! 私を殺し、怠惰な今までに戻るか! 私の手をとり、貴女様のアズリタン様がいる今を取り戻すか……」
魔王種シレイヌスを躊躇させるルシフェンの表情。
それは小さな暗黒が生まれた日だった。
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「みんな下がれ! 聖龍の目覚めだ! あいつに最高の朝食を用意してる! 最後の朝食かもしれないが、俺たちも飯にしようぜ!」
シェフが作ってくれたスペシャル弁当を食べる。すげぇうまいハズなんだが味がわかんねぇ……
「マスター、性女王に動きを確認。天空を焼き尽くす程のドラゴンブレスを空に向けてはき、我らが用意した餌をじっと見つめており! 食欲の限りをぶつけようとしており、これを食欲占いとす! 食べ方で奴の性癖が全て分かると我答えけり!」
すごくどうでもいい話付きだが、聖龍は俺たちの罠に興味を持った。
「……食いつけ! 頼む食いつけよ!」
「マスターが真剣な顔で食いつけと言うその言葉、情熱を感じる事を我禁じえず……しかしマスター、少し弱いと答えたり! この場合は我はこの言葉を提言す! 俺の熱い……なんと、こんなときに頭にジャミングが……俺の……食いつき、俺を見上げろと言うのが最高のシチュエーションと答えたり……まさか、このジャミング……あの性女王の巨大すぎる力だとでも言うのか……我がライバルながら恐ろしい者であると我決定す!」
「……多分違うし、いつから聖女王サマがお前さんのライバルになったよ? 確実に向こうはお前の事虫けら以下に考えてるよ」
なんだろうな、世界の明日がかかっている筈なのになんというかアレだ。
魚釣りしている気分。
「ご主人! ご主人! シェフの新しいお弁当、とっても美味しいのだ! このクリームシチューみたいな物が入っているコロッケなのだ! これ! これ! 僕大好きなのだ! 何これ! にゃにこりぇ! もっとたべたいのだ! 一人三個なんてごしょうなのだぁ! もしあの怖い人間の女に負けたらこのご飯が最後のご飯なのだぁ! だったら僕はお腹が壊れるまでこれを食べて、それで死にたいのダァ! もう僕のお弁当のクリームシチューの入ったコロッケがないのだぁ! ご主人、お願いなのだ! ご主人のこのコロッケを僕に恵んで欲しいのダァ!」
ほら、もうガルンもこの状況に若干慣れてきている。
死ぬかもしれないと言って俺の弁当のおかずをもらおうとしている魂胆はもう分かりやすすぎる。
当然、俺がこいつに弁当のおかずをくれてやる必要はないのだが……
「ふむ、ガルン。このクリームコロッケをくれてやるのはやぶさかでもないのだが……一つ俺の約束をしてもらおうか、あの聖龍があれをもし食べたなら、の話なんだけどな? いいか?」
俺がガルンの耳元である事を呟くと、ガルンは少し身を守るような仕草をとる。それにエメスが反応した。
「マスターがガルンに何やら非常にアダルティックなお願いをしていると我、嫉妬を隠せずにいる。いや……マスターがあるいはショタ化し、ガルンに甘えるというおねショタであれば一見の価値があると我新たな世界を見開く……これは心のクラスチェンジとも言えるかもしれぬと考えたり、これをマスターの知人が持ってきた本によるとプラトニックラブなる脅威の感情とでも言うのだろうか?」
多分違うと思うが、葛原さんが持ってくる物、今度精査しよ。
「いやまぁ、エメス。お前にも同じことを頼もうと思っていたけど、お前さんはあの聖女王サマとやる気満々だったから言わなかっただけだから変な期待すんなって」
そんな俺たちのやりとりを他人事のように弁当食いながらアステマが言った。
「ねぇ、主ぃ。楽しそうな話しているけど、あのイカれ女が変身したドラゴン、増えるワカメとあのとーっても美味しいポーション食べ始めているけど何かしなくていいわけ? あっ、このお弁当おいしー!」
……いや、アステマは今回何も悪くないんだけどさ……なんか腹立つんだよな。
そう、アステマが呑気に言っているが、今回の最大最後のタスクである聖龍にエルミラシルの破片とポーションを食べさせるという作戦が成功した。
遠目から見ても、まだ警戒はしているが、エルミラシルをパクリと。
……。
しばらく咀嚼を繰り返す。
「おぉ! 食べてる食べる! なんか野生動物に餌やってる気分だな」
それが野良犬らや野良猫なら、近隣の人とかお巡りさんにこっぴどく叱られるんだろう。
しかし、俺たちが見つめている先で警戒しながら食べているのは世界くらい滅ぼせるドラゴンである。
「ふふ。あの性女王、自らは極Sの極みに達していると言うのに、自らが極Mプレイをする事には全くの初心者である事があの食事の仕方から見て取れると分かりけり、マスター! 我ならば、極Sもまた極Mもどちらでも平然とこなせる事を宣言せり、ようやく我、性女王に対して一つのアドバンテージを得たりと、心より報告せり!」
いや知らねーよ。多分、まずいかもと思って少なめに食ってんじゃね?
「……しっ! 静かにしろって」
「ふふん、マスターこそこそしちゃって! もう成功したんだから早くパーティーの準備をしましょうよ!」
食べさせる事が確かに作戦だが、実際のゴールは聖龍の腹を破裂させる事。
……エルミラシルをたらふく食べて、ポーションもがぶ飲みが必要だ。
「おい、ほんと静かにしろって! 今釣りで言うとようやく浮が反応したに過ぎないんだよ! あそこにあるのを全部聖龍が食べたら初めて獲物がかかった状態なんだって、お前らに警戒して食わなくなったらどうするんだよ! 空気読んでくれよ今回はよぉ!」
俺が声を荒げてバンバンと自分の腰を叩く、それにガルンガ申し訳なさそうにした。ようやくわかってくれたか?
「ご主人、ご主人が大きな声をあげたからあのドラゴン、あたりをキョロキョロしているのだ……しー! なのだっ!」
「オーケー! 久しぶりにお前達に殺意が湧いたが、今のは興奮した俺にも問題はあったと思う。当然静かにする。うん。だからお前らも黙ってろよ。あと……覚えてろよ……この件済んだらひどいからな!」
「……マスター、我、そのひどい仕打ちを楽しみでたまらぬと宣言す」
「うん、お前にはお前専用のお仕置きを考えている。数日間、超可愛い服を着せて一度も喋らずに過ごしてもらう。日課にノビスの町まで散歩だ」
「……我、我……興奮を隠せず!」
嘘だろ。こいつの弱点は意外な恥じらいだと思ったのに。
このゴーレム最強の人かよ……
今回は輪をかけて扱いづらいエメス。最悪スラちゃんに5時間くらい説教してもらうという手もある。
そして、聖龍である。
「とりあえず黙って小さくなってよう。お前ら、割と余裕ぶってるけど、あいつが何気なく咆哮したら、瞬時にこの辺吹き飛んで跡形もなく俺たち死ぬからね」
「我、マスターと共に死ねるのであれば、それもまた最高の終わりの一つであると、心よりマスターに告白することを辞さない」
勘弁してくれ。別に理想があるわけじゃないけど、どうせ心中するならもう少しまともな異性がいい。
いやぁ、今ぶち殺されたら最初の創設メンバー四人なのか……
ガルンは俺とエメスの間から顔を出してベコポンを齧る。
そしてアステマのやつは、秘蔵のビスケットを取り出して齧る。
さらにエメスはバナナを向いて舌を出すので頭をぶっ叩いてやった。
完全にオヤツを持ち込んでの動物園気分で聖龍を観察してやがる。
……聖龍はエルミラシルの破片をバクバク食べ始めた……。
そして喉を潤すに大量のポーションが入った樽に頭をつっこんだ。
「おぉ! これはいい感じに飲み食いしてくれてんな。というか、あんだけポーションの類取り込んでも満足しないのは神だからなのか?」
「マスター、それは否と訂正せり! ポーションは最初は気分が良くなる程度。されど、二回、三回と度を超えて使うと、興奮状態が続けり、そしてそれをさらに超えるとポーションの事しか考えられないようになり、ポーション欲しさに犯罪に溺れる者も現れり、そしてそれを超えた者は裏返りといい、ポーションの効果のみを享受できる覚醒者となり」
やっぱヤベェ薬なんじゃねーのか、回復系のポーションってさ……そんな薬なんで規制かからないの?
「でもあれでしょ? ポーションって基本的に一日に一回使えばいいもので、最近遠い地から来た人間が過剰に使ってるんじゃなかったかしら? ほんと田舎者っていやね! ふふん」
あー、この世界の人はしっかり用途守ってんだ。
と言うことは、ポーションで廃人化するのって……地球人(同郷の人)ってことか。
「なるほど……。肝に銘じておこう。そんな中で、聖女王サマはその覚醒者ってことか……教会関係者は修行の一環としてポーションの過剰利用とかすんのかな? いや、ファナリル聖教会くらいだろう」
しかし、聖龍の食欲なのか、ポーション中毒なのかは強烈だった。山程押し付けられたエルミラシル。
そして、一年分はあったはずのライル様からのポーション。
それらがみるみるうちに無くなっていくではないか。
「しかし、どうしようかと思っていた扱いに困るエルミラシルの破片はいいとして、ライル様からもらったポーションはちょっとばかし勿体無いなと思うけど、世界を救う為と知れば許してもらえるだろう」
聖龍はエルミラシルの最後の一山に向かって大きな顎門を開けてラストスパートをかけた。
何度も咀嚼し、喉が詰まったのか、樽ごと咥えてゴクゴクと質の良いポーションを飲み干した。
時間にしてどのくらいだろうか? 俺たちも朝食を食べ、オヤツをモン娘達が食べていた。
そして、非常食にと用意していた魚の干物を火の魔法で炙って齧っているアステマ達、要するに昼も回っているのだろう。まぁ、スマホ見ればいいんだがな。
「…………聖龍は食べ終わったらシエスタの時間だろうか? 丸くなって目を瞑ったぞ……しばらく待ってみるか……普通に考えればそろそろエルミラシルがポーションで戻って大きくなるハズなんだけどな」
もし、もしである……あの巨大化したエルミラシルでもダメだったら。
……………………。
まぁ、俺たち頑張ったよな?
「……普通に昼寝みたいね」
アステマも手を口元にあくび。
そしてガルンは、アステマの膝枕で昼寝。
「マスター、あの性女王。我らの想定していたレベルの極M耐性を遥かに超えていたと言う事ではないかと推理せし。あのエルミラシルの破片は自己増殖を繰り返した精霊王と同等の力を持つ生命の精霊樹だった物。いくら神といえども、腹痛の一つや二つは起こしてもおかしくないと知る。あれがなんの痛痒も与えぬのであれば、アズリたん様、精霊王を持ってしてもあやつを屠る事叶わず」
……いや、そうなんですよ。
倒すことはできなかったとしても、確実になんらかの効果くらいはあるだろう。普通。
「うん、普通に寝てますわな? しかも鼻提灯というなんというか、最近中々見られない感じの昼寝の仕方ですね。聖女王サマ、鼻炎でも持っているのかな? と流石に俺も現実逃避したくなってきたわ。とりあえずもう少し待って見ようぜ! 単に時間がかかってるだけかもしんねーしさ」
…………。
俺は数学に精通しているわけじゃない。
だけど、パッと見の聖龍の質量とエルミラシルが増える大きさ的には聖龍の胃袋じゃ受け止めきれないとハズなのだ。
「ねぇねぇ、主! この前、私が瓶を壊した時って、すぐにパリンって割れたわよ。あのイカれた人間が変身したドラゴン。もう随分時間もたっているし、それで破裂しないってことは、もう消化が始まったってことじゃないのかしら? もしかして私が最初に気づいたって事? ふふん、私、賢い」
……いや、うん多分全員そうじゃないかなって思っていると思うよ。
「さすがはアステマなのだ! ボクもご飯をお腹いっぱい食べて苦しくなっても横になってしばらくすると楽になるのだ! そうなったら、またお腹が空いてくるのだ! あの怖い人間が化たドラゴンもきっとそうじゃないかボクは思ったのだ! ご主人! ボクとアステマ。今の状況を冷静に判断できたのだっ! すごい?」
……うん!
最悪だぁ!
「ふぅ……ブランデーって持ってきてたかな? あったら最後に一献やっておきたいな。できれば記憶がぶっ飛ぶくらいガブガブ飲んで、気がつく頃には俺もお前らも天国で再開って感じの方が案外ありなのかもしれないぜ。マジかよ。増えるワカメの拡大速度より消化速度が速いとかそんなチートあり得るのか? でもどう考えてもそうなんだろうか?」
……半ば諦めていた俺だったが、聖龍の様子が変わった。
ビクンと目を覚ましたのである。
……俺たちはあの聖龍がどんな行動に出るのか目が離せない。
「マスター、あの性女王。目を丸くしているように見えるのは我だけにあらずと自信を持っていえると確信をもてり。……あれは、マスターやアステマ、ガルンがお腹を下した時の反応と似通っていると見たり! これは効果ありという事で問題なしと尋ねたり」
…………。
「うん、完全に聖龍驚いた顔に変わってるよな?」
そう、多分お腹が一杯になって眠ったのは間違いない。
「寝てるとさ、割とどんな症状でもある程度我慢できるんだよ。本来、エルミラシルを馬鹿食いして、ガブガブと水分であるポーションを飲み干した聖龍の腹の中で、もう既にパンパンにエルミラシルは膨れ上がってたんだよ! なのに寝ていてその苦しさが先送りになっていた。要するに、俺たちの作戦は成功していたんだって! 聖龍は寝ぼけていた。なんか腹がおかしいなと、そして覚醒をしたと共に、今自分の腹の中がえらい事になっている事に気づいた。しかし、もう手遅れだ」
俺の言葉を聞いて、三人は聖龍の腹が破裂するとそう思ったのだろう。
一瞬、俺もそう思ったけど、普通に考えてそうはならないわな。
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
強烈な雄叫びと共に、聖龍は大量のエルミラシルをリバースした。
「……年末のホームとかにあーいうサラリーマンいるよな」
俺にしか分からないその言葉、聖龍はリバースと共に、大きさが小さくなる。
「あれ、エルミラシルと一緒に、信者達の力も吐き出している感じだな……というか、服も無しに人間の姿に戻るって……」
これは事案かもしれない……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺たちはドラゴンのリバース。
恐らく世界初の光景……
テレビ局の取材班ならこの光景を待っていたという大スクープ。
正直、みたい物ではないが、ある程度吐き終えた聖龍。
もといは、一糸纏わぬ姿の聖女王サマ。
まだ苦しそうに、口元を拭きながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして、少し歩くと何かをつぶやいて、適当な岩を背に座り込んで聖女王サマは再び眠りついた。
まさに、年末の飲み会で終電を逃した酔っ払いのような行動だった。流石にスッポンポンはいただけないので俺の上着を脱いだ。
それをかけてくるようにアステマに頼む。
なぜアステマか? ガルンはちびりそうで、エメスはいらんことをする。
アステマは自分が逆立ちしても勝てなかった聖女王サマに情けをくれてやれるという事に敏感に反応して俺の指示を聞いた。
とりあえず俺の上着なら聖女王サマの大事な部分は全部隠せるだろう。
だって、聖女王サマが目覚めた時、心外な勘違いをされるのは大変困る。
安堵している俺たち、とりあえず世界の崩壊は防げたわけだ。
とはいえ、狂犬みたいな聖女王サマが残った。拘束すべきだが……
普通の縄なんかじゃ聖女王サマは平気で引きちぎるだろうし、聖女王サマのトレードマーク。
多分あの金色の鎖を拾ってきて、聖女王サマに巻きつけとけばとりあえず聖龍にはならないんじゃないか? そして最悪、俺のグラトニースキルでダメージが与えられるかもしれない……
さて、ここでブルブルと震えているガルンの肩を俺はトントンと叩く。
ガルンは俺が震えているガルンを心配していると都合の良いことを考えて抱きついてきた。そんなガルンの頭を撫でて優しい声で俺は言った。
「ガルン、クリームコロッケをやったさっきの約束だ。聖女王サマの金色の鎖を拾ってきて、聖女王サマの腕につけてこい」
それを聞いたガルンの瞳から色が消えていくのが俺には分かった。所謂これがレイプ目か……
「い、嫌なのだぁ! ご主人、怖いのだ! あの人間はとっても怖いのだ! 殺されちゃうのダァ!」
人間を滅ぼそうとしていた奴がよくいう。
……まぁ怖いのは認めるが。
正直、これもエメスに任せたら何をやらかしてくれるか分からないのでガルンの役目だ。
まず、ガルンに聖女王サマの金色の鎖を拾って来させる為のクラスチェンジと加速系スキルをかけて背中をポンと押した。
ガルンは泣きながら、走って聖女王サマが引きちぎった金色の鎖を拾いに走っていく。
聖女王サマの金色の鎖を見つけたガルンはそれを持ち上げて俺に見せた。
前々から思っていたのだが、聖女王サマの金色の鎖ってさ、出来る系の女性が手首側に文字盤つけてる時計じゃね?
俺が手をあげてゴーサインを出す。
するとガルンは心底辛そうな顔をして眠っている聖女王サマの元へ。
なんというか、芸能人の寝顔を見にいく番組を見ているようだ。
コソ泥のような足取りガルンは聖女王サマの前に立つ。
そしてゆっくりと金色の鎖を聖女王サマの手につける。右腕につけたらしい、俺をみるので頷く。
そして首を振るガルン。
もう、限界だということだろう。
だが、ダメだ。俺も首を振ると涙をポロポロ流しながら聖女王サマの左腕をあげて金色の鎖をつけた。
ガルンは涙が流れるのを手でゴシゴシ拭きながら俺たちのもとへとやってきた。アステマが泣くガルンを抱きしめる。
ちょっと、主。可哀想じゃない! とガルンに味方するが無視だ。
でもしかし、頑張ったガルンには今度美味い肉でも食わせてやろう。とりあえず聖龍から聖女王サマに戻す事に成功した。さらには力を抑える金色の鎖も取り付けた。とりあえず出来る事はやったはずだ。
問題はこの状態でも俺たちより遥かに強い上にドラクルさんはまだ復帰できる状態じゃないという事。
このまま起きないでいてくれないかなと思う俺。
そして今か今かと出番を待っているエメスはシャドーボクシングを始めた。
「マスター、性女王が目覚めた時が我の出番の時と知る。プレアデスにより、我、北の魔王。シズネ・クロガネの特殊戦闘魔法の使用が可能とここで告白せり! どちらが性に関わる女王に相応しいか、どちらがマスターの女王様として相応しいかの白黒をつけるとき来れり! 流石に我の心のムチの音が聞こえるようと宣言せり! 蝋燭、ヒール、ムチ! そして……聖水なるパワーワードアイテムを持ちてゆくゆくはマスターの為だけの女王様へとクラスチェンジする事を義によって約束せりぃ!」
一人で興奮しているところ悪い。
本当にこいつは何を言っているんだ? 最初は、おっ! とか思った俺の気持ちを返せ!
まぁ、聖女王サマが目覚めた時は確かに。
「エメス、お前の性癖は知らんが、俺とお前のツートップで聖女王サマを足止めする。だからアップはそのまましとけ」
聖女王サマが喧嘩両成敗を受け入れるとは思えないが、現在この聖女王サマとやりあえるのはユニオンスキルを使った俺だけだ。
とはいえ、一方的に殴られても死なない程度のサンドバックになるだけなんだけどな。
両親に言われていた事があった。
自分の信念を持って生きる事を家訓にはしていたが、一つだけ。
絶対に宗教関係者とは揉めるなと言われてきた。ただし、その状況を作ったのもよく考えればウチのアホ親父のせいだ。
「さぁ……。覚悟を決めようか? 聖女王サマがもぞもぞし出したわ。多分、あれそろそろ目覚める感じじゃね? アステマは全力全開の魔法準備。ガルンはアステマを連れて逃げる準備、エメスは一瞬時間稼ぎだ。いいな」
俺の最後のオーダーを伝えたところでプレアデスから連絡が来た。
“マスターくん! 成功したみたいだね! ようやくこちらかの魔法通信ができるようになったよ。聖龍に比べれば雲泥の差だけど、相手は王種。マスター君のユニオンスキルでも正直叶わないと忠告しておくよ!“
「うん、知ってるけど士気下がる事いちいち言うのやめて、心折れるから」
プレアデスと連絡が取れた事で、聖女王サマの能力は現在だいぶん弱っている事だけは分かった。
「ぶっちゃけあんだけリバースしてて、全く異常なしとかだったらあの聖女王サマ、完全に未来から来た殺戮マシーンかなんかだろうが、ただ絶不調の聖女王サマでも俺らより強いのか……」
聖女王サマの様子は、依然としてもぞもぞ動いている。
おや? 聖女王サマ、ポカーンと空を見上げている。とてもアホの子みたいだが、腕を見て金色の鎖。
そして服がない事に気づいた。俺の上着の匂いを……嗅ぐのはやめて!
「なんだこれ? 私は確か……クソドラゴンと戦って、力を解放したところまで覚えてたが……クソ信者共の力が足りなかったか? クソが、だから役立たずのユニオンなんて物は気に入らねーんだよ。で? 聖龍になった私がどうして元に戻っているのかっつー事だな?」
独り言なんだろうか?
それとも思いっきり隠れている俺たちがバレているのだろうか?
「おい、お前らとりあえず静かにしろ! なんか聖女王サマ。ダウナーな状態に入って独り言ぼやいているのか、完全に俺たちの居場所がバレてんのか全然分からん。なんなら息もするな! キョンシーって化け物は息を止めていれば存在に気づかないんだ!」
俺の言葉を聞いて、エメスは息を吸わなくても生きていけるので親指を立てる。しかしである……
パニクった俺の言葉を魔に受けた二人。
「うぷぷぷぷ……く、苦しいのダァ! ぷはぁあ! もうダメなのだ!」
「あ、主ぃ、息を止めるなんてそんな拷問できるわけないじゃない!」
聖龍の時の方が実際の脅威レベルは振り切っているのだ。
だが、聖女王サマの姿を見た俺たちは震えた。
銃とナイフだとナイフの方が日本人はビビるらしい。刃物の危なさは経験がある。そう、聖女王サマのヤバさは経験済みなのである。
聖女王サマのぼやきは続く、悪酔いするタイプだなぁ。
「おい! いんだろそこによぉ! どういう状況か教えろやコラぁ! なぁ? オイ! 私には分かってんだぞ。ぶっ殺すぞ!」
あっ、やっぱバレてたんだ。もう仕方がない。と思ったのだが……
「神、私のことが好きで好きでたまらねぇんだろ? なぁ! だったら、テメェの魔法力さっさとよこせよ! こちとら目覚めたらすっからかんなんだよ! 服もねぇしよ! クソが! おい! 我らが愛すべき神よ! この弱き私めに力をお与えください……おい? もしかしてこの状態で私が魔法を使ったら体がイカれるから無視してんのか? だったら殺しにいくぞゴラぁ!」
おっと、どうやら聖女王サマは神様とやらに鬼電しているようです。クレーマーみたいだ。しかし聖女王サマ、付き合ったが最期。めちゃくちゃヤバい系だな。これもある意味メンヘラの一つだろう。
「そうかい……そこまでして私に魔法力を寄越したくないと……これならどうだよ? あぁ!」
信じられるでしょうか? 聖女王サマ、神様から魔法力を出させる為に自分の土手っ腹に穴を開けました。
「がふっ……おい、死んじまうぞ……良いのかよおい? ……チッ、グダグダしてねぇーでさっさと魔法力寄越してくりゃ良いんだよダボが! 神よ! 我らが愛すべき神よ! その偉大であり、優しき光をもって小さき私を癒したまえ! チッ、まぁいいや。魔法力はちったぁ戻った。さて……と、いんだろそこによぉ! 死威王っ」
「嘘だろ……」
聖女王サマは持っているタスクを一つ一つ処理していくタイプだったようだ。案外事務とか向いてるかも。まずは神様から魔法力をもらう。そして、俺をぶち殺すと……
多分、仕事できる系なんだろうな。聖女王サマ……そして上司にでも平気で暴言を吐くタイプだろう。
そして俺をみると、聖女王サマは頬を赤く染めた。そして嬉しそうに笑う。これが恋人を相手にした時の女の子表情ならきっと俺でも少しばかり可愛いなと思ったんだろうが、俺は鳥肌が、粟立つのを感じていた。
「そうか……そうかそうかぁ! あのクソドラゴンをぶっ飛ばしたところまでは覚えてたんだけどよ……聖龍でもお前には勝てねぇってか……最高じゃねぇか! 胸が高鳴りやがる!」
凄い、勘違いだ。聖女王サマの中の俺はどれだけインフレしているんだろう。玉砕覚悟の気持ちなんだろうか?
「初めてだ! 私をここまで夢中にさせた野郎は! 死威王、テメェがな!」
俺も初めてですよ。こんなにも出会いたくない女の子がいるなんて、
「聖女王サマ、少し勘違いをしていると思う。大司祭サンデー……あの人は本当はセリュー・アナスタシアって人物で、なんというか……説明が難しいんだけどいろんな国々で厄介な問題を起こして、今回の件もあの人の仕業だと思う。信者達の力を使って聖女王サマを聖龍に変えて、なんなら世界を滅茶苦茶にしようとしたんだって、俺たちはそれをただ止めただけだ」
「ほぉ……サンデーのクソ女。あいつはいずれぶち殺してやろうと思ってた……そんな事より今の話だ……私の切り札レヴァティンを倒したんだろ……てめぇ、クッソ。記憶がねぇや」
そうなんですけど、一応。作戦が功を奏して成功しましたけど! 違うんですって、聖女王サマが思うような負け方じゃないんですって!
多分どう説明しても聖女王サマは信じないだろう。なんなら聖女王サマは格上に戦いを挑むつもりでいるわけだ。
ほら! もう、あのセイクリッド神殺拳の構えを取ろうとしている。可愛いアホ毛とけしからん胸が揺れる。
「ちょ、待てって! お前ももう今日は疲れたろ? とりあえず西のお前達の国に帰れって! なんなら近くまで送るよ? ね? そうしよ!」
「テメェ……そこまで私をバカにして楽しいか? 私は……そこまでお前と戦うに値しない女か? 死威王ヨォ! 私は......そんなに魅力がないか?」
いや、言い方。
聖女王サマは怒りで魔法力を無理やり跳ね上げた。何この人、もう完全に主役級なんじゃない?
多分、聖女王サマの中の物語はこんなだろう。
勝てぬと知っても俺に立ち向かう最後の力を振り絞った状態。それで死んだらそれはそれで本望なんだろう。
なんなのこのバトルマニアは……なんか振り切りすぎててちょっと面白くなってきた俺がいるわ……鳥肌は立ち続けてるけど……
「なぁ、構えろよ! 私はまだ生きてるぜ?」
聖女王サマは切り札である聖龍化も敗れ、ここで死ぬつもりなんだろう。
まぁ、聖女王サマの中での凶悪すぎる妄想上の俺を相手にした場合の話なんですがね……実際は殺人罪に問われるのは聖女王サマですよ?
しかし、俺たちの生存ルートは聖女王サマより俺の方が強いと思わせている今である事も間違いない。
太陽はゆっくりと落ちて、そろそろ夕刻の時が来ようとしていた。
聖女王サマは全裸に俺の上着を着ているだけなのに、恥じらいというものは一切ないようで、ちょっとばかし目のやり場に困る。
セイクリッド神殺拳なるカンフーみたいな構え、痛いんだよな。この聖女王サマのどつき……
「おい、丸ごしか? あの時の力を使って見せろよ! お前から魔法力を一才感じねーぞ? そんなてめぇをぶち殺しても意味ねぇんだよ!」
「聖女王サマ」
「アラモードだ。プリン・アラモードって名前があんだよ死威王!」
プリン・アラモードなんだ。やっぱり。
でもおかしくない? 俺の事は死威王って呼ぶくせに自分は名前で呼べってことか?
いや、もしかし俺の名前が死威王だと思っているってこともなきにしもあらずだろうか?
……いや、落ち着け俺。
聖女王サマの事を俺は名前で呼んで良いらしい。
だったらここから仲良くなって平和的に解決……できるような相手ではない。何故今更名前呼びを強要しようとしているのか? あれか? もしかして自分より強い俺に惚れた……感じの表情じゃないな。
「えっと……プリン」
「そっちで呼ぶんじゃねぇよ! 馴れ馴れしいな死威王」
そっちは馴れ馴れしいのか。
「じゃあ、アラモード」
すると、聖女王サマはめっちゃ清々しく、そして毒気が抜けたように可愛らしく笑った。
俺はほっとして笑い返した。
今なら、男勝りな女の子と言う感じでアラモードとも仲良くなれる事なんてありえなかった。
「じゃ、殺し合うか!」
…………え?




