暴れん坊とヤバい宗教の話を纏めると、蒼月譚と言っておこう
俺の後ろに隠れるガルン。
ホブさんには指示してゴブリン達にワイン、ブランデーと俺たちの拠点に運ぶように伝える。
そしてアステマには絶対に与えない事。スラちゃんに棚卸しをしてもらいゴブリン達は休暇に入ってもらって構わない事。
俺のポケットのスマホがアラームする。
“★測定不能の何かが接近しています。敵性であればすぐにその場から離れてください“
流石に慣れると困るのだが、規格外のヤバい奴が近づいてきている。
事業はようやく軌道に乗り始めた。
この世界での知り合いもたくさんいる。
それ故、自ら危険に首を突っ込む必要なんてない。
しかしである。多分、俺が想像するに、先ほどファナリル聖教会に喧嘩を売った何者かじゃないかなってそう思うんですわ……
「マオマオ様。自分にも感じます。これは、恐らく王種等級のプレッシャーとみていいでしょう。お逃げされますか?」
ゴブリンロードのホブさんは自分より、俺の身を案じてくれる。
当然彼を見捨てるような俺じゃない。
「ホブさん、普通に俺たちじゃ当たり前に勝てない。だけど、相手がどんな奴かを知れば交戦する必要はないかも知れないだろ? やばくなったらすぐ逃げるだ!」
「承知いたしました。ガルンとマオマオ様は私が命に変えてもお守りします」
なんだろう? 涙が出そうだ。そしてこの世界、王種多すぎだろうよ?
「確実に相手は近づいてきているけど、多分こっちの事は認識されていないみたいだ。俺のスキルを精霊王様のところのスキルで強化して探り入れてみるわ」
「ご主人! もう近くまで来ているのだ! 怖いのだぁ! 怖いのだ! アステマもエメスもスラちゃんもいないのだ。嫌なのだ……そうなのだ! アズリたん様を呼べば助けてくれるかも知れないのだご主人!」
尊厳とかよりガルンは生存戦略を優先する。
弱小モンスターの為に魔王呼ぼうとか凄いよな。
いやまぁ、生き残ろうと考えるのは大事な事だと思うけどさ……
「ガルン。能力向上。かけっこ系のスキルを使え。俺が強化してやる」
「……そ、それを使って僕はどうしたらいいのだ? 二人を担いで逃げるのか?」
「……いや、偵察行って来い」
俺が伝えたオーダーはこうだった。とりあえず認識阻害をかけている。
その状態でこのヤバいプレッシャーの主を見たらUターン。
俺に状況を伝えて、俺の判断で相手にコンタクトを取るか決める。
あるいは戦略的撤退をする。
ビビりまくるガルンの背中を俺はポンと押して走らせた。
六十秒。
ガルンが走り出して六十秒経っても戻ってこなければ俺とホブさんで様子を見にいく。
ガルンのことなので、対象ではなく、普通のトラップに引っかかりそうだ。
背中を押しておいていまさら俺は後悔してしまった……
さて、六十秒……ガルンは無事らしいが戻ってこない。
あーん、わーんと遠くで泣き喚くガルンの声がこちらにまで聞こえてくる。ご丁寧に、“ご主人““ホブさん!“とこちらの人数を完全にバラしながら……
ガルンがとらばさみのような罠にまた掛かったのか? それとも誰かに捕まったのかで随分話が変わる。
いずれにしても、うちの斥候は安心安定のトラブルに巻き込まれた。
驚きじゃないですか?
一応、あれが一番すばしっこいのでウチの斥候なんですよ……信じられますか?
俺とホブさんが周囲を警戒しながらガルンの元へと向かう。
最悪だ……誰かにガルンは捕まっていた。そして俺たちの匂いを感じて……
「ごしゅじぃいいん! ホブざぁああん! 助けてなのだぁ!」
と、完全に俺たちの居場所まで平気でバラしてくれる。これわざとじゃないだろうな? まぁ、俺のオーダーがまともにガルンに通った事はないし、俺たちは覚悟を決めて、ガルンを捕まえている何者かの前に姿を見せた。
“犬神猫々様。規格外脅威です。今すぐにその場から離れてください! 繰り返します……“
このアプリさ……そればっかりだな……
「あの? こちらのお嬢さんはお知り合いですか? 突然飛びかかってきたもので、つい、捕まえてしまいましたが?」
ん? この人、何処かで見た事があるぞ? そして、見た目の粗暴さに反してえらく礼儀正しいんだな?
「すみません! このあたり、通り魔的な連中がいたらしくて、白い装束の人たちが襲われてたので、用心にウチの従業員に様子見をさせてたんです。ご無礼をお許しください」
腰が低い人には腰低くだ!
お互いが気を遣い合えば争い事は起きないのである。
目の前のエルフの少年だろうか? を連れた恐らくは地球の青年。歳の頃は俺と同じくらいだろうか? 彼は人懐っこく笑う。
一瞬、俺がこの青年を怪しんでしまったのは異世界にいる変な連中に振り回される日々で頭がどうかしてしまったからかも知れない。
手を差し出す青年に俺も自分の手を差し出して握手…………
これで大体人間同士の関係というものは良好になるのだ。
「しかし、もしかして貴方達は白い装束の宗教とかに入っている方々で?」
俺たちがあのファナリル聖教会の信者かと聞いているのだろう。あまりにも心外であるが笑顔だ。
「いえいえ、怪我をしていたので助けはしましたが、あそこは俺たちも少し警戒している過激派っぽいので……」
青年は、それはそれはと俺の話のどこが面白かったのか、ウケて笑った。
俺から手を離すと青年は貴族っぽい作法で挨拶をしてくれた。
「私はカグヤと申します。実はとある街に立ち寄った時、この少年が被災しているところでした。彼はセラヴィ。どこか安全な場所でセラヴィを保護してくれる組織などがないかを探しておりまして、見たところ商人さんでしょうか? もしよろしければそういう街や国などをご教授いただけないでしょうか? そして、後その白い装束の方々も二、三お尋ねしたいことがありまして、総本山などがわかればそちらの方も」
「そうでしたか、それは心中お察しします」
見たところ、セラヴィくんは本当に辛い目にあったのだろう。
カグヤさんの手を握って離さない。今、セラヴィくんが頼れる唯一の大人がカグヤさんだということだ。
俺は善人ではない。だけど、あくまでこれは人理に反さない俺の生き方だ。
「あの、俺は犬神猫々と言います。いろいろありまして北の冒険者の街、ノビスの離れにある虚の森を拠点に商業を商んでまして、土地はありますので、身寄りがなければとりあえず滞在しますか? お食事くらいは出せますし」
「ほ、ほんとですか? マオマオさん……なんとお礼を言えばいいか」
俺は気にしないでくださいと言っている後ろでガルンが超震えている。
このカグヤさん、アプリ上ではかなりの危険人物。
多分、先生達と同じで地球のエージェントか何かなんだろう。
思いの外遅くまでリッケルトさんと話し込んでしまったので、このカグヤさんがいた方が帰路も安心かも知れない。
ガルンのお弁当が余分にあるので、カグヤさんとセラヴィくんにそれを差し出した。最初こそはセラヴィくんは手を付けようとしなかったが、カグヤさんが一口食べると安心してもっもっもっと勢いよく食べる。
よほどお腹が空いていたのだろう。自分の食いブチがなくなって駄々をこねるガルンをあやしたホブさん。
彼は聖人だった。人間に擬態しているとはいえゴブリンなのに、セラヴィくんに自分の非常食のベコポンを差し出したのだ。
それにはカグヤさんが慌てて断り、自分の分を分けると言ってそこは収まった。
どうやらホブさんは子供好きらしい。
商談の話で盛り上がりすぎて、帰るのが遅くなる。もう本日はこの辺りでキャンプを張った方がいいだろうとカグヤさん、ホブさんと意見が一致した。
「あの……カグヤさんはもしかしてエージェントの方ですか? その、地球の?」
ガルンとセラヴィくんが火の近くで丸くなっている中、ブランデーを煽りながら俺はそう聞いた。
一瞬カグヤさんが難しい表情を見せて、そしてブランデーを一口。
「あぁ、マオマオさんももしかして、同郷の方ですか? 気づきませんでした。えぇ、何やらこの世界に脅威が迫っているとか? 元々、小さな街の駐在だった私に何をしろと、ハハッ」
カグヤさんは元々お巡りさんらしい。それが本当なら日本のお巡りさんが世界を救えることになんじゃね?
まぁ違うだろう。
多分、真実を言えない理由とかあるんだろう。
「そうなんですね。相手は世界的テロリストの、セリュー・アナスタシアですから、きっと世界中が本気で人材集めているんでしょうね。俺の知り合いの何やっているか分からない人もこの世界に派遣されたらしいですけど、俺はあれです。姥捨山組ですから」
「……姥捨山……ですか? それはどういうことでしょうか?」
おや? このジョークは通じないのか、これはネットスラングみたいなものだからな、
真面目そうなカグヤさんは知らないか。
「異世界生活特措法でここにいる人たちの比喩ですよ」
「あぁ、なるほど。異世界生活特措法。それは……ハハッ! 酷い言いようですね。世界中の方針なのに!」
何か面白いところがあったんだろう。カグヤさんはそれに涙が出るくらい笑った。
…………いやぁ、ホブさんとカグヤさん。なんか男だけで飲む酒も割と楽しいなぁ。
火の灯りの前で、ブランデーをストレート、ゆっくりと舐めるように飲んで、時折、砂糖とデコポンをかじる。
即席ニコラシカ、今度スラちゃんやエメスにも飲ましてやろう。
ふと見ると、ブランデーをやりながら、カグヤさんがリトルシガーに火をつけた。
先ほどの言動的にはタバコなんてやりそうにないのに、見た目としてはブランデーにシガーは似合いすぎている。
なるほど、絵になるなカグヤさん。男前だもんな。
こんな人が酒場の席で一人やっていたら声をかける女性は多いだろう。
俺はこの異世界という少しだけ心躍る世界でも地球と変わらない事を知っているのだ。なんでもそうなのだが……カッコいい事が許されるのはイケメンに限るのである。
シュッ、シュット木を削って焚き火の中に入れていく。その行動が既にかっこいい。
そして薪が十分になるとブランデーを一口、口の中で転がして、彼はリトルシガーの煙を吸い、甘ったるい紫煙をゆっくりと夜の闇に泳がせた。
なんだろう。
……この人、素でやっているんだろうけど、こんなかっこいいロケーションで、それに負けない行動をすんなり取れるの?
「……? マオマオさん、私の顔に何かついてますか?」
ハハッ、イケメンは言う事が違うなぁ……えぇついてますとも、魅力的な目鼻立ちが。
「いやぁ、カグヤさん、えらい男前だなって思ってですね」
俺はさ、これは普通の褒め言葉だと思った。大体笑って恐縮です的な事を言ってくれるんじゃないかとそう思ったのだが、カグヤさんはタバコを咥えたまま静かに目を瞑り、そして少し頬を染めた。
「そういうマオマオさんも、中々いい男かと……」
何これ? 酒の席だから、酔ってるのかな?
いやまぁ、褒められたら相手に対してもお世辞を返すのが礼儀だしな。
しかし、ちびちびとブランデーを舐めているカグヤさんの俺を見る目がやや熱いぞ。
さて、この話はここで終える事にしようか。
「それはどうも、初めて言われましたよ」
「マオマオ様、晩酌をお楽しみの中大変恐縮ではありますが、何者かの気配です。それも数がかなり多いと思われます。……そちらのカグヤ御仁は自分よりも早くお気づきかと思いますが……」
ホブさんがクイっとコップのブランデーを飲み干すと腰に刺しているロングソードに手を当てる。ホブさんは熟練冒険者のような表情で気配に備える。カッケェな!
カグヤさんもコップを置くと目つきが変わった。俺はこの場から逃げる事を提案
「二人を起こして、この場を離れましょうか」
「マオマオさん。申し訳ありませんが、セラヴィの事をお任せしてよろしいでしょうか? 私が時間を稼ぎますので、その内にお二人はお逃げください。お酒、ごちそうさまでした」
ここは俺に任せて先へ行け! アプリの反応を見るに多分カグヤさんならやってやれるのだろう。
「えっと、カグヤさん。お言葉ですが、セラヴィ君は貴方がいないと悲しみます。これでも一応、俺たちもいろんな鉄火場はくぐり抜けてきました。一緒に逃げましょう」
俺はそう言ってカグヤさんの横に立つともう一度手を差し出した。
「変わった方だ。マオマオさん」
カグヤさんは俺の差し出した手を少し戸惑いながら握り返した……
そしてカグヤさんはタバコの火を消す。この世界の夜を照らす月のような星を見上げて。
「マオマオさん、分かりましたやってやりましょう」
なんだろう? 俺の予想が正しければ……なんだが。
いや、おそらくこの予想はほぼ確信に近いだろう。地球から来たエージェントは総じて喧嘩好きというか交戦的なのだ。
ホブさんがセラヴィ君を背負う。
そして俺がガルンを背負う。こいつも重くなったなぁと成長をしみじみ感じる俺。
「じゃあ火を消して、相手の動きを注視しながら離れましょう」
俺の言葉にカグヤさん、ホブさん共に頷く。
推定30人近い人数がこんな夜中に行動しているとか普通じゃない。虚の森までまだ少し遠い。
夜中に行軍している何者か……
「あれ、白い装束の連中じゃねぇのか?」
さて、俺も一瞬チラリと白い何かが見えたのだが気になるのはそこじゃない。
俺の聞き間違いだろうか? カグヤさんもホブさんも割と言葉遣いは丁寧だと認識していた。
今、なんだかとてもフランクな言葉が聞こえたような気がした。
「月明かりの魔力を集めよぉお!」
どうやら頭上の青い星はこの世界でも月らしい。
そしてこの謎の集団は月明かりから魔力を集めているらしい。
正直、魔法に関して明るい者がここにいないので何をしようとしているかまでは分からない。
まぁウチで一番魔法に精通しているあのデーモン娘も知らんだろうけど……
「何か、魔法を使おうとしていますね」
言って思ったのだけれど。
だろうね! としか言えないような事を俺は口に出してしまった。
それにホブさんは頷き、カグヤさんは口を開く。
「マオマオ……さん。その魔法って言う物に関していまいちピンと来ないのですが……詳しく教えてもらう事は可能でしょうか? セラヴィも弱いながらにあかりを灯す程度の魔法は使えるらしく、それしか見ていないので何かが会ったときに対して咄嗟の備えができないかもしれないと危惧しています。なんでも構いません。マオマオさんが知っている事をお……私にご教授願います」
確かにね。
魔法って言えば俺とかアニメやラノベ、ゲームをしてれば普通だけど。
本来はどんな物か知らなくて当然だよな。一昔前の魔女っ子なんてステッキ一つでなんでも出しちゃうような魔法の概念もあるし……
…………俺もこの世界で経験した事になるが、分かることを全てカグヤさんに伝えた。
「…………なるほど、という事は魔法にも当然限度があるわけですね」
そんな事も知らないのか? と思うかもしれないが、普通の人は実際そうだろう。魔法というと万能な奇跡みたに思っている人も多い。
この異世界で半年ほど暮らした俺にも魔法という物は便利ではあるが、出来ない事も、なんなら地球の科学以下の事の方が多い。
要するに、余程規格外でなければ、魔法は恐るるに足らない。
「どうりで……これで一つ謎が解けたけど、もう一つ別の謎が生まれた。明らかに全員が同時に同じ力を使うのもまた魔法?」
独り言なんだろうが、多分それはなんらかのユニオンスキルだろう。
いよいよカグヤさんの素が現れてきたようだ。
この人、悪い人じゃないんだろうが、こんなに丁寧な物言いは普段からしていない事は話していてすぐにわかった。一応外面の問題かと思ったが……そういう訳でもないらしい。
何故なら瞳がギラギラし始めたのだ。
「カグヤさん。もしかして、その辺にいる何者かに襲撃かけようと思っていますか? できればそれはやめた方が……
厄介ごとはごめんですよ?
「それは相手の出方次第と、相手がどういう存在か……によりますね。相手がセラヴィの街を襲った白装束の連中だった場合は聞きたい事もたくさんありますので……その際はマオマオさんご容赦を……」
うん、だめだこりゃ……
世の中というものはなるようにしかならないと言われているが、できる限り厄介ごとには関わらないようにはできるはずだ。
だがしかし、人間ってやつは基本、助けを求める奴を助けるので、結果こういう事になるんだろう。
「マオマオ様、カグヤ様。奴らに大きな動きがあります! 何やら、複数人のプリーストでしょうか? 上空の月から魔素を集め、なんらかの大魔法の使用準備に入っているようです。いかがなさいますか? 今なら遠くに離れる事も可能だと思いますが?」
さて、ホブさんはホウレンソウを重んじる男、基ゴブリンである。仕事仲間としてはそれはそれは重宝している。
だがしかし、わかっていても今周囲にいる連中が、カグヤさんの探しているファナリル聖教会らしき連中だと言うのはいくない。
だってさ、隣で物凄いオーラを漂わせたカグヤさんがいるんですよ?
“アプリ起動。月帝の真祖の存在確認、敵性で出会った場合……直ちに……“
もういちいち調べるつもりもないけれど、覇王に剣聖に……月帝と来た。
多分、このカグヤさんもアナザーな王種的な何かなんだろう。地球人こんな奴ばっかりなら、絶対異世界に地球人送り込むのよした方がいい思う。
「行くぜぇえええ、白い狂信者達、死ねぇえええ!」
そう言って俺が何かを言う前に、カグヤさんはファナリル聖教会の連中の中に突っ込んでいった。




