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お控えなすって、さしつけました仁義失礼さんでござんす、手前エルフに御座い、サブレ・ココナツと発します

 さて、俺はまだ未完成のカジノ奥、慎ましいバーでブランデーをなめるように飲んでいた。

 

 目の前ではシェイカーを見事に振る音が聞こえる。

 

 そう、バーテンダーは見つかったのだ。

 年齢の方は確か48歳だったか? 大体俺の倍くらいだ。

 少し酔いが回った俺に、バーデンダーは口元を緩めて水を出してくれる。

 

 俺は会釈すると、チェイサーを口に含む。このゆったりとした時間を楽しめる。やはりバーは良いものだ。

 

「マスターくん!」

 

 空耳が聞こえる。

 

 

「マスターくん! 酷いじゃないかぁ!」

 

 さて、このゴーレム娘、エメスの姉に当たるプレアデスはなんで怒っているんだったか?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「すげぇ! めちゃくちゃちゃんとしたお酒だ! これ、リッケルトさんがお一人で?」

「えぇ、元々ワイン農家でしたからね。マオマオさんはブランデーの方が好きだとか?」

 

 俺は異世界生活特措法でこの世界にやってきて、この世界のヤマブドウみたいなグレプンという果物で本格的なワインを作っているリッケルトさんのワイナリーにやってきていた。


 赤、白と俺の商店街や、ノビスの街で先行販売し協力関係になろうと話を詰めていた。お酒好きとして今日はホブさんも一緒に来てもらった。

 

 グラスに注がれたワインの香りを楽しみ。


「マオマオ様。これは……風味も口当たりもなんというか」

「ハハッ、ホブさん。これが俺たちが飲んでいたワインですよ。そして、リッケルトさんが作るこれはかなり上物です」

「恐縮です。まだ若いワインですけどね。私もここに来て三年目ですが、今後もっと熟成された物が提供できますよ。東のティルナノや南の暗国などでも販売できれば嬉しい限りです」

 

 ホブさんがゴブリンであるという事をリッケルトさんは気にせずに、フラスコに一度入れ、空気を触れさせた物を出す。

 

 実はこのワイナリーに行きたがった奴が二名いた。お酒という飲み物に異様な憧れのあるアステマ。デーモンとワインの深い関係性を俺に説いてくれたが、全く理解できなかった。あいつバカだからな。

 そしてもう一人、リッケルトさんが男性でワイナリーを経営している事で、勝手にナイスミドルなオッサンと勘違いしたプレアデス。残念ながらリッケルトさんは働き盛りの30歳だった。


「マオマオさん。このグレプンを使ったブランデーの方も用意させましたので、是非テイスティングして行ってください。自慢ではないですが、地球時代でも中々このレベルの物は飲まれたことがないかもしれませんよ?」

「はい、いただきます!」

 

 グラスも錬金術士の職人に依頼したおしゃれな物だった。

 三分の一程注がれたブランデーの香りを楽しみ口に含んだ。

 俺とホブさんは顔を見合わせる。

 

「マオマオ様。これは普段夜に我々が頂いている物とはその……雲泥の差ではないでしょうか? 香りも深みも別格」

「リッケルトさん。これ、俺用にとりあえず4、5本売ってください!」

 

 ブランデーに目がない俺でも、地球時代に普段飲んでいた物より遥かに美味しい。これは大当たりだ。リッケルトさんも業務提携には明るいし、なんてスムーズに進むんだろう。

 

 エメスとプレアデスにはカジノ場のバー設営。

 アステマはノビスの街で新作の服のモデル。

 ガルンはシェフのお手伝い。

 

 そしてスラちゃんは全体の監督。


 そろそろ、ホブさんやスラちゃんを連れて顔を覚えてもらい。ゆくゆくはモンスター達と街のみんなの共存。

 

 ……実に予定通りだ。


「そういえば、バーテンダーを探しているんですが、アテとかないですか?」


 最高に美味いブランデーを口の中で転がしながら尋ねる。

 すると、リッケルトさんは自前のシェイカーを持ち出して、ブランデーベースのサイドカーを出してくれた。


「下手の横好きですけど、私も一応このくらいならできまして、今は留守にしているのですが、こちらに興味を持っている従業員がいまして向かわせましょうか?」

「マジですか? ちなみに、おいくつくらいの方でしょうか? 面接官が異様に年齢に厳しくてですねぇ、若すぎる方はちょっとお呼びでない的な偏見者なんですよ」

「確か、四十後半だったかと」

 

 うん、商談は驚くほど綺麗にまとまった。というのも、この国の連中がリッケルトさんの作った酒を飲みもせずに相手にしなかった事でどうしても販売ルートが欲しかったリッケルトさん。

 

 決して俺はお酒のプロではないが、地球のお酒のプロであるリッケルトさんの商品であれば間違い無いだろう。

 ミルクと違ってこの世界、お酒は割とどこでもある事、国によっては水くらいの感覚で飲まれる為、中々価値がつきにくいらしい。


 俺の予想では、リッケルトさんが当初考えていた十倍近い価値で平然と取引される商品価値はある。

 

 一旦、ノビスの街で知り合いの商店、そしてギルドの食堂で試飲を含めて広めてもらう。

 ギルドの食堂はおそらく最初の卸先になるだろうし、シェフのレストランでも置いてもらおう。そして宣伝が広まったところで完全受注販売。


 俺はこの前のウルスラ討伐の第一級功労者として結構なお金が入ってくる。

 代わりに、助太刀に近くまで来ていたファナリル聖教会の軍勢。

 あれらが無駄足になった事で、少しばかりの恨みを買っているかもしれないがとりあえず無視だ。


 しばらくワイナリーを見学、このワイナリーはドワーフとエルフ。あまり北では見ない種族で構成されていた。手先が器用な種族と頭がいい種族、そのくらいの知識は流石に地球の俺にもありますとも。

 しかし……帰り際。お土産を持ってきてくれたリッケルトさんの横に、ガルンくらいの幼いドワーフの少女。手を絡めて繋いでいる。


「先ほどまで買い物に行っていまして、私の事業がマオマオさんのおかげで軌道に乗りそうな事を伝えると、妻が是非お礼を言いたいと申しまして、妻のエダです」

「エダです。随分主人と顔つきが違いますが、主人と同郷の方だとか? この度は主人の事業にお力添えいただき誠にありがとうございます。これ、グレプンで作ったジュースとジャムです! 是非、お持ち帰りください」

 

 俺は笑顔でそれを受け取り、エダちゃん、もといエダさんの目線に腰を下げると握手をした。

 

 あんまり考えたくは無いのだけれど……、俺はリッケルトさんのワイナリーを去った後に少し考えた。エダさんのご年齢は不明だが、きっと成人しているのだろう。が、見た目は十代前半? 少し手足は短めかもしれないが、非常に愛くるしい見た目だ。

 

 リッケルトさん……ろりこんじゃね? ……いや、やめておこう。

 俺はこの事をもう少し深く考えておくべきかどうか考えて忘れる事にした。

 虚の森跡に戻った時、お土産を渡しながら本日、バーテンダー予定の人物がくる事を伝えた。

 ジューにジャムやワインを楽しんでいた中、プレアデスが身を乗り出してきた。

 

 

「そうそう、四十八歳だってさ。お前さんの眼鏡に叶うかは知らんがな」

「し、じゅうはちぃ……だって? マスターくん。それは素晴らしい年齢じゃないか、もはや決まりでいいだろう! そのオジ様が来るのを楽しみにしているよ」


 俺の肩をパンパンと叩いてプレアデスは鼻歌なんかを歌ってワイングラスに注がれたジュースを飲み干した。

 そしてグラスに再びジュースを入れてかかげると。


「オジ様と唯に、乾杯!」

「……か、乾杯」


 カチン。

 

 グラスはいい音を鳴らした。


 カジノの完成度。

 見るからにエメスのやる気がない。

 

「エメス、なんだ? さっきも静かに飲んでたし、調子悪いのか?」

「……ショタ要素が皆無也」

 

 あぁ、どうでもいいやつだったわ。

 ウルスラの一件があるので、気が向いたら子供化はしてやるとして、今はそんな遊んでいられない。

 カジノ作りが当面の目的だ。


「俺たちの商店街に出店してくれる店も置いてくれる商品も随分増えてきた。それらの設営は割とすぐにできるけど、プレオープンでの目玉は銭湯、フードコート、そしてこの遊技場だからさっさと形にしようぜ」

「御意。マスターが、カジノスタッフの格好をした我にセクシャルハラスメントでもしてくれればやる気も出よう」

 

 すごい宗教だな。

 地球の皆さんに聞かせたら大問題になりそうな事を平気で言うエメスに憧れも痺れもしないが、危険視はするな。


「むしろ、バーテンダーがお前好みではなく、オッサンで良かったと俺は思っているよ。ちゃんとお前仕事するだろ」

「機能不全を起こしかけている人間の雄への生産性は皆無」

「それもまた物議を醸しそうな発言だな。俺の世界にお前さんは絶対に連れて行けないわ」

「マスターの世界。それは酒池肉林。我などとは足元にも及ばないハードコアな世界が広がると大いなる期待をせり」

「うん、俺の世界。マジでそういう部分あるから笑えねーわ」


 俺とエメスは一人、テンションを上げているプレアデスを遠目に見ながら笑った。


 こうやって普通にいてくれるとエメスは本当にいい女なのに、本当に勿体ない。

 そろそろ件のバーテンダーが到着するだろうと、俺は事務所兼部屋に戻った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺の仕事はというか、異世界でも仕事は案外地味である。

 支出と収入から今後の事業に分配する戦略を立てる。

 これはプレアデスが来てくれた事で殆ど任せているのだが、しっかり確認しないとオジ様費なる意味不明な物があったりするから全面カットだ。

 

 月末……。

 要するに給料の計算をしているわけである。

 アステマ、ガルン、エメスは諸費用を引いて減給。

 スラちゃん、ホブさんはいつも依頼しているよりも成果を出してくれるので、給料アップ、傘下のゴブリンとスライムにも配給量の質をあげよう。


 何も言わずに俺を見かけるとコーヒーを入れてくれるスラちゃん。会釈をして作業を進める。

 

 プレアデスは空中神殿大破につき、俺の持ってきたサブ機のパソコンをあげると改造し始めた。

 今現在のブレインとして必要な資材がいるかもしれないので、これに関しては経費で落としてやる事にしようと思う。


 コーヒーを一口飲む、そして伸びをする。

 ふと思うんだ。今、俺仕事してるわぁ。

 

 ダンジョン、冒険、命懸け……

 異世界のこういう生活、なんの保障もねーからな。


 俺が夢見る十代じゃないという事を常々感じさせる。正直、その日暮らしのブラック企業に近い冒険者家業なんて俺は絶対無理だね。


 例えば音楽などの芸事で生きていこうとしたが、家族がいたので会社員を選んだとか……俺はそういう人を称える。安定を取ることは生きていく上でとても大事なことなんだ。


 ドンドンとノック。

  

「リッケルトのワイナリーからきたエルフのサブレという者だ。バーテンダーを探していると言われて伺った」


 それは、人生の酸いも甘いも経験して来たような低く、落ち着いた大人の男の声だっあ。

 見てもいないのに、哀愁漂う声音に彼が俺の商店街でバーテンをしてくれるんだなと思った。

 俺はコーヒーを一口飲んで、こう言うのである。

 

「どうぞ、お入りください」







 サブレさん、フルネーム。

 

 サブレ・ココナツというらしい。

 

 昔は大勢で賑わう一部では伝説的な冒険者ユニオン、シスコ・二シーンにいたらしい。

 

 されど、時代か?

 段々とそのユニオンも数が減り、ぎっしりと詰まっていたようなアジトは一番賑わっていた時の8割ほどになった時、冒険者を引退したのだという。


「そうかそうか、マオマオさんはまだお若い。そして自分が言うのもなんですが、中々色男だ。リッケルトもそうだったが、エルフやドワーフ族などいかがかな? ハハッ」

 

 サブレさんは俺の横を堂々と歩く。彼の一挙動や話は、何か深く感じる。年下の俺に対しても礼儀を弁えている。


「いえ、結婚なんて考えた事もないですし、今はこの商店街をオープンする事しか考えていないので、それに手のかかる連中もいますしね」

 

 俺が冗談めいて、モン娘の3人を見ながら話すとサブレさんはそれに手を叩いて笑ってくれる。

 

 ……時折、遠い目をして、彼は安息の地を求めていたのかもしれない。

 彼の腕や頬には冒険者時代の古傷が見える。

 スペンスさんところのキロカさんと同じ、魔導アーチャーだった彼はいろんなクエストを駆け回ったのだろう。

 彼は瞳を閉じれば、その色褪せる事のない思い出が今なお蘇ってくるのかもしれない。

 

「これですか? いやはやお恥ずかしい。エルフだというのに、魔法の方はからっきしでしてな。弓の方はどうにかこうにかと言った具合でした……毎日、傷だらけで、仕事が終わるとワインを仲間達と飲み交わした物です」


 在りし日を思い出して微笑むサブレさん。

 

「いやぁ、そういうの男なら誰でも憧れるんじゃないですかね? 俺もそんな冒険をって、今更ながら思っちゃいますよ」

 

 商店街の遊戯場、カジノの近くにやってくると、サブレさんは立ち止まった。


「しかし……ここはいいところですな? 周囲の自然も残っている。信じられないが魔物達がマオマオさんと一緒に働いて街づくりをしようとしていると、こんな場所で酒を振る舞えるなんて夢のようですな」

 

 片目を瞑るサブレさんは、なんというか渋かった。


「こちらこそ、サブレさんが来てくれて嬉しいですよ。ただぁ……ちょっとこのカジノにいるゴーレム姉妹が、おかしいというか、病気というか……」


 その俺の言葉に、サブレさんは俺の背中をパンパンと叩いた。


 “女の子は少しくらい他と違っている方が可愛げもあるというものですよ“

 

 とかなんも知らずに言う。


 いつもの俺なら、俺の普段も知らずに「殺すぞ!」くらいは言ったかもしれないが、なんとなく、サブレさんならしてくれるかもしれないと思った。

 

 そしてカジノの扉を開ける。

 備品整備をしているエメスとプレアデス。

 二人を見て、サブレさんは腰を中腰におろし、右手のひらを見せて前に突き出した。

 

「手前、ココナツ・サブレと申す、しがないエルフに御座います……」

 

 一通り、任侠映画みたいな挨拶が終わると、サブレさんが新しく来たバーテンであると知った二人は同時に別々の反応を示した。


「マスター! そちらは? どういう性的なご関係か? 詳しく!」

「マスタくん! これは一体全体どう言う事だい!」



 俺は横で姿勢よく頭を下げているサブレさんを紹介した。

 

「こちら、ご挨拶の通り、エルフのバーテンダー。サブレさん、四十八歳」

「お恥ずかしい。まだまだエルフとしては若輩者ですが、皆さんにお伝えできる与太話もあるでしょう」

 

 そう、エルフは何百歳、場合によっては千歳とか生きてしまう種族らしい。

 そして四十八はまだまだ垢抜けない年齢らしく、ぱっと見は中学生くらいの見た目で、えらい野太いお声を持った御仁。

 

 二人のゴーレム姉妹はゲシュタルト崩壊を起こしてバグった。

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