異世界半年目の面談という名の東京での軟禁
葛原さんから送られてきた不幸の手紙、もとい現状報告依頼。
俺は半年目の面談として東京に一週間滞在する事になった。政府が用意した宿泊施設に滞在はしているのだが、来賓扱いで、食事は俺が日本で生活していた頃には食べた事がないような物が出てくる。
しかし、
しかしだ……
「サッポロ一番が食べたくなってきた頃じゃないですか? 犬神さん」
出たな妖怪、俺の心を読むお化け。
もとい、葛原さん。俺専用の部屋に来ては、自分の部屋のシャワーより良いと勝手に使っていく。が、確かにサッポロ一番食べてーなとか思ったのは間違いない。
「今回の面談というかレポート、何故一週間も日本に帰国を?」
「帰ってきたくなかったですか? まぁ、今や一国一城の主ですもんね? 魔王だけでなく、精霊王までたらし込むなんて中々のジゴロですしね」
髪を乾かしながら葛原さんはそう言って俺を煽る。異世界での生活レポートはようやくあの無意味な紙媒体からアプリを通じてデータで提出できるようになったわけだが、俺の商店街作りや、枢木さんの牧場、その他異世界移住者の報告を見て日本や海外の政府はどえらい事を考えているらしい。
「異世界に、日本や、ステイツ、あるいは中国、ユーロ圏の領土を作ろうと考えている人々が出て来ているんですよね。これは元々の異世界生活特措法の考えから逸脱していまして、いえ……言うなれば侵略行為に他なりませんからね。犬神さんには異世界の王を冠する連中がいかにヤベェ奴かをプレゼンテーションして欲しいんですよ」
俺もこの部屋で資料を読んだけど、アメリカと中国、ロシアあたりは秘密裏に自国の特区を異世界に作ろうとしている。正直、異世界という物が見つかった時点でまぁ大体の国がその考えに至るんだろう。
お気楽な俺たちの日本ですら行動には出ていないが、プロジェクトを進めている。
「サッポロ一番食べます? 味噌と塩どっちがいいですか?」
「塩でお願いします」
冷蔵庫には俺の好きな人を選ぶ食い物、マーマイトやからすみまで用意されており、今回。俺は本当に要人として呼び出されたらしい。しかし、無理矢理異世界に送っておいて、次は力を貸してくれだ?
そんな虫のいい話があるわけ、
「犬神さん、サッポロ一番できましたよ」
「あぁ、いただきます」
貧乏学生時代から、そこそこお金が自由になってもこの味はたまらん。というか……葛原さん、こういうの食べそうにないのに、うまそうに啜っている。仕事をする相手とは同じテーブルで食事をするという一点においては俺と葛原さんの感性は近いらしい。
「ちなみに、他の国は大体わかりますけど、日本は異世界に、まさか軍を?」
「えぇ、戦うつもりはないにしても、管理やら土木やらの工事で自衛隊の派遣。それも北海道のあの機甲師団投入する気でいますね。どうです? 戦争なんてした事ない自衛隊もとい、日本軍に勝機はあります?」
さて、世界各国がどんな超兵器を持っているかは一般人の俺には分からないけど……異世界という土俵であのアズリたんや、精霊王サマや、イカれ聖女を相手にするという事だよな?
「核兵器でも無理じゃないかと、第一次異世界戦争勃発で両方にどえらい傷を作りますよ」
「犬神さん、その言葉を待ってました」
俺は要するに世界に向けたプレゼンとその資料作りのためだけにこの施設に缶詰にされる要因として地球に戻されたという事だけはよく分かった。当然タダ働である。
やっぱり葛原さん、クズ原だな……
が、鞭に対して飴の用意の仕方が逸品である。葛原さんはラフなイブニングドレスのまま、グラスを用意してくれる。
そう、部屋に用意された、俺が東京でよく飲んでいたレミーマルタンの最上位に舌鼓を打ちながら、俺は葛原さんとプレゼン用の資料の最終チェックを行う。なんだかんだ言ってこういう仕事が俺には性に合っているらしい。
なんとか急造でこしらえた資料を叩き台にさらに精度を上げるべく、葛原さんの職場に持っていくということで、俺は部屋の馬鹿でかいテレビで最近のニュースをぼーっと眺めていた。
顔出しNGだったハズのアーティストが顔出してテレビ番組に出演していたり、タイトなニュースであれば、セリュー・アナスタシが何故異世界に逃げたのかのドキュメンタリー、そして痛々しい事件はやはり当たり前のように起きている。
生まれてから戸籍もなく、育てられるわけでもなく、幼い子供が育児放棄の末、餓死し亡くなったニュースに胸が痛くなった。
地球の俺が生まれた日本は、生活水準や文化レベルで言えば、世界でもトップクラスだろうに、どうしてここまで幸福感を感じられないのか? 異世界で、非効率に汗水垂らして働いている人たちは笑顔が絶えない。というか、俺も割とストレスフリーとまでは言わないが楽しくやっている。
「この世界の、陰鬱とした空気感を異世界にもちこませたくはないなぁ。しゃーねーな。今回だけは、葛原さんに力かしますか」
多分、こういう俺の生き方がダメなんだろうなぁ。
陽キャになれず、比例して異性からも恋愛相手としてはモテず、結果卑屈なのにいつも何かを期待して見返りを求めずにこうして誰かにアテにされる。都合のいい人間というやつなんだろう。
でもさ、異世界が地球から狙われていると聞いた時、ノビスの街の人たちの顔とか、異世界で知り合った地球の人とか、それにガルン、アステマ、エメス。あいつらの顔が浮かんだのは俺がちったぁマシになったって事なんじゃないか思う。
なんとなく、テレビのチャンネルを変えていると、定期的に夜中のロードショーで放映されている国民的アニメスタジオの映画が流れていた。
テーマは家族愛だったか? 主人公に力を貸してくれる魅力的なキャラクター達と共に、元の世界へと戻る為の物語。
俺は元の世界から異世界を守る為に、地球のクズみたいな女性に力を貸しているわけだが……広義の意味で言えば、俺も異世界でできた家族を守る為なんだな。
アニメや漫画から社会性を教わってきた俺としては、何か問題が起きる度に、これらを悪しきものとして捉えるメディアが大嫌いだった。
大人になるとそういうものは全て筋書きやら台本やらがある事を知った。今回もそういう感じだろう。異世界超ヤベェって思わせるプロパガンダを演出してやればいい。
そういう事ですよね? クズ原さん、あんたは多分俺が出会ってきた女性の中では、かなりの美女だと思いますが、最高にクズですから。そういうの超上手いんでしょうな?
俺は気がつくと、ソファーで寝落ちしていて、翌日葛原さんに用意されたオーダーメイドのスーツを着て、各国の要人たちが自分では理解できないので、各識者を用意して俺と葛原さんのプレゼンを聞いた。葛原さん、質疑応答に関しては、俺と各国の人々に同時通訳、そして何ヶ国語喋れるんだこの人。
この前の、暴走精霊樹事件をモデルにいかに連中がヤバい奴らかを説明して見せた。大型の爆薬でも傷ひとつつかない神殿に、傷ひとつつかない生命体精霊王サマ、というかそんなのがゴロゴロ存在している事。
セリュー・アナスタシアを捕らえる為の規格外のエージェント達の事を出されたらどうしようかと思ったが、不思議なことにどこの国の人々もその話はしてこなかった。
多分、どの人も国レベルで扱える連中じゃないんだろう。多分、異世界対地球をしようと思うと第一線で戦うのはエージェント達だろうが、先生とか、好んでアズリたんとか精霊王サマとかと戦わないだろう……聖女王サマは分からんけど……。
最後に俺も異世界で小さいとはいえ領土を持つ事を話すと、我先にと、俺と外交をしたがる奴らが群がってくる。まぁ、これですこれ……この感じが俺の生まれた世界の連中なんですね。
俺はそんな連中にこう言った。
いや、通訳された。
「黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって、お前らが勝手に作った制度の被害者なんだよ俺は、その俺がなんでお前らと仲良しこよしヤンなきゃ行かねーんだよ! はっきり言ってやる。お前達なんて俺たちの異世界には迷惑でしかねーんだよ! 分かったら尻尾巻いてさっさと帰れ! このクソぼっこ共」
と言った事に勝手にされてしまった。葛原さん、どんな通訳してくれたんだよ。めちゃくちゃ各国の要人ブチキレてましたけど?
俺が異世界へと帰り際、葛原さんは前回よりも沢山のお土産を用意してくれた。ウチのモン娘達が喜びそうなお菓子等、数々。
「犬神さん、今回は本当に助かりましたよ。次回は居住から一年目ですね。それにしても先ほどの犬神さん、中々に格好良かったですよ!」
「いやいや、勝手にクズ原さんが盛りましたからね?」
「あぁ、その悪意ある呼び方が半年も聞けないなんて悲しくて泣きそうですよ。私は案外犬神さんみたいな男性が好きなのかもしれませんね」
「嘘をつくならもう少しマシな嘘ついてくださいよ」
「後半は、嘘じゃないですよ」
「……まじすか?」
「すみません、嘘です」
やっぱクズじゃねーか。
ささやかな送迎会を葛原さんは開いてくれると最後に前から調べてもらっていた話について語った。
「シズネ・クロガネという人物はやはり世界中の行方不明者を探しても見つかりませんでしたね。偽名なのかもしれません……まぁ関係はないんでしょうけど……平安時代にシズネという幼児が行方不明になったという眉唾な文献はみつかりましたが、BL同人誌好きという事ですし、流石に関係はなさそうですね」
多分関係ないだろう。
北の魔王、シズネ・クロガネが謎すぎるがもうあの人の事調べても意味なさそうだしもうどうでもいいかな。
一週間、商店街予定地を離れていたけど、みんなしっかりやってくれているかな? とか、早く帰りたいなとか……次は何しようかなとか、目を瞑って開けると、そこは半年くらした第二の故郷。
さぁ、仕事の時間だ。




