大人になればチートなんかより謝罪の方が強い。土下座はもっと強い
俺たちが虚の森に戻る前、ムジカさん、いやセリュー・アナスタシアは精霊の国ティルナノにいた。
「魔王アズリタンと同盟を? 人間が?」
「ニンフィ=ムジークさん、その名前はここでは汚れます」
「申し訳ございません。ですが、ツィタニア様に何かあったら大変です」
ニンフィという名前で人間を蔑むはずの精霊達と対等に語らうセリュー。彼女はこの時、既に行動を開始する準備を整えていた。
北の魔王の後継者ということである俺相手に精霊王サマは歯牙にも掛けなかった。
子供の姿にされて、抵抗することもできずに追放。ちなみにティルナノでは子供を処刑する事ができない。
馬鹿なんだろうか? いや、精霊王サマは馬鹿だ……まぁそのおかげで俺は助かったわけだが……
「皆様、この地よりお出になる事がないのでご存知ないと思いますが、あの北の魔王の後継者は西の聖女王に勝っています」
「ニンフィさん! それはあまりにも過ぎますよ! ツィタニア様も手を焼くあの異常者相手にこの前の無抵抗な人間が勝てるわけないでしょうに?」
セリューは精霊達に語ってみせた。
北の魔王後継の恐ろしさを、そして何かここに仕掛けられている可能性を話す。
「……そ、そんなまさか! いえ……数々の情報を私たちにもたらしてくれた貴女がいうので嘘ではないのでしょうね……しかし、その場合はどうすれば? 精霊王様にお伝えしなければ」
精霊達は焦り出す。その様子を見て、セリューは単独行動を開始する。
そう、恐れ多いと精霊達が中々近づかない精霊王ツィタニアの部屋。
そこをノックすると無邪気な顔でツィタニアが顔を出す。
「これはこれは、ニンフィさん。どうされましたか? あっ! お茶でしょうか? いいお茶菓子を皆さんにご用意していただいたんですよ! それにこんな可愛いカップも! 最近の流行りだそうです! 精霊王たるもの流行りには敏感でいなければならないとノルンさん達がおっしゃいますので! 流行のリーダーです! さぁさ! 甘いスコーンに私が美味しくなる加護をかけた紅茶です! これはまさに自給自足ですね!」
「ははっ、いつもながらありがたいお言葉感謝痛み入ります……時に精霊王さま、この前の侵入者により何かが仕掛けられている可能性があります」
「あら! それは大変ですね! それを私に教えに来ていただいたんですか? では国内を探してみましょう」
精霊王ツィタニアは黄色く輝く宝玉を取り出すとそれを掲げて目を瞑る。ゴクリとセリューは喉を鳴らした。
目を開く精霊王。
「うん! 大丈夫そうですね! ニンフィさん、皆さんにお知らせください! この国内に危険な物は何一つありません! ノルンさんにも共有を」
そう言って微笑む精霊王ツィタニアに、セリューもどっと笑ってみせる。そしてゆっくり近づく。
精霊王ツィタニア。こいつの愛すべき馬鹿っぷりは半端じゃない。多分、誰かを疑うというネジが外れてしまっているのだろう。
「精霊王様、その宝玉は?」
「これですか? これは生命の宝玉と呼ばれ、かつて異世界から来た魔物を討伐する際に使われた精霊の国。ティルナノの国宝です。これは全ての精霊達や人々に奇跡をもたらすエルミラシルの力を制御する機能もあるですよ! 実はエルミラシルは元々悪神の樹と言われ、あらゆる生命を吸って大きくなる大変な精霊樹だったのです。それを制御し、皆の平和の為にこうしてこの宝玉でバランスをとっているのです!」
その話を聞いてセリューは作戦を開始する。さらに近づき微笑む。
セリューが悪意を持って近づいているだなんて精霊王サマは全く考えてもいなかった。スコーンを手に取り渡そうとした時。
セリューは精霊王様がもつ宝玉によく似た宝玉を取り出してそれを精霊王様にみせた。まだその意味を理解しない。
再びセリューは自分のもつ宝玉を精霊王様にみせる。すると精霊王サマは一瞬口を開けたまま動かない。
その一瞬あれば、精霊王様が持っている宝玉をセリューが奪うのは造作もない事だった。精霊王様は自分の手に宝玉がない事をようやく気づく。
二つの宝玉をもつセリュー。それでも尚人を疑わない精霊王サマに、セリューは元々精霊王様が持っていた宝玉をみせる。
「悪神の樹。エルミラシルよ! お前を長年縛り付けていた精霊王への復讐の機会を与えます。彼女の力を吸い。成長し、この国を枯れさせなさい! もうお前に恐る物はない!」
「……ニンフィさん、それを返して……このエルミラシルは大変危険な物なんです」
「……ふふっ」
巨大な樹は動き出し、ギリギリと精霊王の体を締め付ける。精霊王の途方もない魔法力があるからなんとか縛っているが……
精霊王の力が尽きた時、まさにティルナノは滅ぶ。
そんな姿を見てセリューは言った。
「この世界にいる連中は、魔物も人間もそしてお前達精霊も本当に馬鹿ばっかりですね! 指を咥えて自らの国が滅ぶ音を聞くと良いですよ!」
「……誰か、アズリタ……ン」
これはティルナノ、精霊樹暴走事件の始まりである。
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ムジカさん、いやセリューは余裕の表情で俺を見ている。
彼女は小悪党じゃない……悪党も極めればここまでのプレッシャーがあるのだろう。
彼女は俺の行動を俺の反応を冷静に観察しているのだろう。
今までの彼女の異常とも取れる統率力は今にして思えば頷ける。
彼女は何らかのユニークスキルを持っているのだろう。何せ、地球では彼女は相当な数の構成員をまとめ上げるテロリストのボスなのだ。
今は彼女を守る護衛もいない。彼女は単独でここにいる。そしてここは俺のホームグラウンドであるのに、一ミリも彼女を拘束できる気がしない。
セリューは口を開いた。
「ここでの生活は楽しかったですが、バレてしまったのでお暇、いただきますね」
彼女はじゃあ帰ります。くらいの勢いで俺にそう言うと俺の方に歩いてくる。
俺は咄嗟にアズリたんの魔王権限を発動した。
「そんな、はいさようならで見逃すわけないでしょ? あなたをエージェントに突き出します」
「無理ですって、ふふ」
魔王耐性を持っているように、セリューは俺を見て苦笑しながら俺の横を通り過ぎていく。
何もできなかった……お世話になりましたと言う彼女を振り返ってみる事もできない。
だって俺、元々日本生まれの日本人ですもの。
テロリストなんてニュースか物語でしか見たことですわ。
この世界にきて色んなモンスターを相手にしてきたが、そのどれとも違うヤバさを俺は感じていた。
セリューはそういう俺の心理も十分に理解した上での行動だったのだろう。だがしかし、俺に近づいた理由は何か。
彼女にそれだけは聞いておきたいと俺はできる限りポーカーフェイスを装い口を開こうとした。
セリューはそういった俺の行動や反応も全て見透かした上でこう言った。
「唇、震えてますよ? こういう時は大袈裟に怖がった方がまだ強く見えます。ではごきげんよう。北のCEO。犬神猫々様」
彼女はそう言うと、俺の肩に触れて去っていった。
目的は? テロリストだけに爆弾とか? いや、ないか?
どうすればいい? どうしたらいい?
焦っている俺。
気がつけば俺は立ち尽くしたまま朝が来た。
救いが一つあった。
シチューに盛られていた物は毒ではなく睡眠薬らしかった事。
俺はその日、先生にセリューが来た事を報告すると先生から多分あのイカれ聖女サマの話を聞かされて鬱々した気分になった。先生はなんか若い男の子か女の子を連れて宜しくやってそうだ。クソが……
一日仕事を休みにして、全員の健康診断の日とした。俺が本能から震えたあのセリューが俺の従業員達に何かをしたのではないかと気が気ではなかったのである。
1日かけた健康診断は問題なく終わった。体に不調を訴える者は誰もいなかった。
まぁ、これに関してはさすがモンスターといったところのなのかもしれない。今回の件は危機管理ができていなかった俺の問題だろう。
セリューの顔は覚えた。奴の目的は分からないし、俺の知るところではないが、あいつは異世界生活特措法でこっちに来た人間を狙っているのかもしれない。
念のため、枢木さんにも注意を促そう。
シェフのところから仕入れているパンを齧りながら俺はいい加減この体である事を卒業しようかとカリムの民からもらったオリハルコンの武器……というか元々俺たちのオリハルコンなのだが……を持ってもう一度ティルナノに向かう。
「みんな聞いてくれ、精霊王にそろそろ元の姿に戻してもらわないと正直困るわけで、手土産に下げたくもない頭を下げに行こうと思う。ただし魔物はティルナノには入れない。だけど、ティルナノまでは結構険しいので護衛として何人かついてきて欲しい。ちなみにアステマは今回留守番だ」
何でよ! と不満を露わにするアステマを俺は無視する。
そしてここでイケメン顔でエメスが片目を瞑り言った。
「……アステマ。デーモンと精霊種は天敵のようなものと知り、マスターの思いやりに気づかぬという具の骨頂に我著しく失望。されどそれもマスターを思うが故とマスターもその心知らず……いずれも良き、我が許しカバーせんとここに誓いけり、故に我が行こう」
エメスさんがいやにまともなことを言っているが俺は騙されない。
「必ずやマスターのショタ化よりの復帰を阻止せんが為にこの命尽きようとも精霊共と戦争をする所存なりっ!」
ほら、そしてうるせぇ黙れ!
しかし、何を共感したか、もう一名名乗りを上げた。
「……そうか、ならばこのドラクルも共にしよう」
なんか、テンションを上げたドラクルさんが挙手する。
「……えっと、ドラクルさん、戦闘をするわけではないですよ? あとこいつら馬鹿なので言ってる事は無視してください」
「昨晩逃した人間の女。あれや小狐と剣を交えた女剣士、あれらが出てきた場合。ここにいる連中では全滅は免れない。おそらくそれを小狐は良しとしない。であれば、それらを撃滅できるこの竜王であるドラクルがついていく事が最良であると容易に考えつくではないか? 違うか? 主上、マオマオ」
いや、違わなくないけどドラクルさん一応お客さん扱いだしなぁ……それに彼女がいる方が虚の森が安全……
あっ……!
「すみません。ドラクルさんはこの虚の森で留守番していてください! その代わり、また変な奴が来た時、ここにいる従業員を守ってください。代わりにティルナノにいくメンバーはガルンにアステマ、そしてエメスだ。この四人の方が色々と諦めもつくしな。いつも通りスラちゃんとホブさんは作業お願いします!」
正直扱いに困るもん娘三人だが逆に言えばイレギュラーはこいつらの付き物だし、危機管理を考えるとこのチーム分けが最善だろう。
そして……
「一応、ライル様と同盟を組んだことで一応、東のティルナノとも小さな繋がりができた。さらにどの程度効果があるかは分からないけど、俺の交渉スキルが王族や貴族にも効果がある物に大幅強化されたので今回は前とは違う良い環境にはなっている……ハズだ」
あのスイーツな精霊王様に通じるかは未知数なのだが……
ここは出たとこ勝負だな。入国禁止にされた俺が次にどんな目に遭うかはわからない。
しかし、大人の姿でないと困る事の方が多すぎる。子供の姿に転生したりとかあれは正直なところデメリットしかない。
これも葛原さんに報告だな。
正直な話、先生に来てもらって困った時は全力で虎の威を借りたいのだけれど。
セリュー・アナスタシアを追う方が優先順位として高いらしく、残念ながらその助力は期待できそうにない。
女の子を説得するくらい自分でしろとの事だ……イケメンは言う事が違いますわな? クソが……
小狐さんはスケール国の立て直しに剣聖レキとしばらく滞在するみたいだし。
女一人、口説き落とすのに策なんか持つなとの事……多分これ以上なんか言うと殴りに戻ってきそうだ。
まぁ、覚悟決めるか……俺が大人の姿に戻りたい理由は色々あるのだが、やはり仕事終わりの一杯。これがこの姿だと異様に回って翌日に響くのだ。
数少ない俺の楽しみであるブランデーを楽しむ為、譲れない。
魔王アズリたん、聖女王、そして精霊王様、いずれも真っ向からやり合って組み伏せれるような相手じゃない。異次元の化け物である。
要するに連中とは戦わないで同盟関係やらとにかく敵対しない状態に持ち込む事が事実上の勝利だ。
あるいは、それらのどれかと同盟、結託し、相手の勢力もとい、王を冠する連中を滅ぼすという手段もあるにはあるが……
俺はそういう武力による平定なんてものは気に入らない。戦争なんてものを政治手段にするというのは原始的な思考回路を持った旧世代の連中が行えばいい。無血開城は可能だ。
ソースはアズリたん。
まぁ今回は手土産を用意している。
モン娘三人を連れて行くという事がかなりビックに心配事の一つではあるが。
俺は数多のシュミレーションを繰り返しティルナノへ向かう事を伝えた。
大きなリュックを用意させて、食料やら野宿にも必要な物をノビスの街で購入するとエメスに管理させる。
ガルンにはいつも使っている短剣だけでなく、ショートソードの魔剣を購入して渡す。
それぞれアステマには耐魔のローブ、本来は魔性の者からの魔法除けなのだが、対精霊用にも効果的だろうと購入。
エメスは各種ステータスを上げるピアスを、俺のイヤーカフとお揃いで所望したのでクルシュナさんに作ってもらった。
俺と言えば、とりあえずオリハルコン製の武器、これは贈り物だ。で、氷漬けにしたカレーに果物。これも贈り物。
そして枢木さんのところのビスケット。つまり、商人らしく珍しい贈り物でへりくだる作戦なわけだ。日本の政治家にはそこそこ効果がある。
大丈夫かな?
精霊王スイーツだしいけると信じたい。
そう、俺たちは喧嘩をしに行くわけじゃない。
とりあえず大人に戻せやゴラぁ! と言いに行き土下座するのだ。
謝罪は大人の最強の武器である。相手をたたせ、自分を下げて臭い物には蓋をする。
きっと俺が夢見る少年時代とかなら無謀にも精霊王に挑もうとかしたのかもしれないが、そんな非効率生存戦略は大人になった俺はしない。
しかし、この前のルートではティルナノには行けそうにない。
何故なら、交通手段の全てが俺やスペンスさん達を拒否された。ティルナノからのおふれか何かあったのだろう。
騎乗系の動物や魔物、ドラゴンライダー。
それらを駆使して一週間、多分徒歩で行けば数ヶ月はかかるだろうが、俺はスケール国との同盟がある。
「よし、じゃ。ポータル開くからお前ら遅れずについてこいよ! 一気に半分以上ショートカットするぞ!」
俺がそう言うと……多分こいつら馬鹿なんだろうな?
全員、ムカデ競走みたいに引っ付いてきた。
まぁ、はぐれなくていいと言えばいいのだが……誰かに見られたら死にたくなるな。
クソ、恥ずかしい。
「出るところは、狭い地下だからお前達、受け身とかしっかりしろよ? いきなり泥だらけになっても知らないからな?」
俺は自分で言って、フラグを立ててしまったなぁとか今更後悔。
俺の予想は予言のレベルで外れない。
「も、もう! 私のマントに泥がついたじゃない! 主ぃ! もう少し出る場所考えなさいよ! もう、無理ぃ……早くお風呂に入りたいから戻りましょ! ね? 主、そうしましょ!」
「いや、戻ってる暇ねーから我慢して」
「やーだぁー! ガルンにエメスもほら……なんで? 泥ついてないじゃない!」
そりゃ、お前さんが一人だけ鈍臭いからだろう。それ以上でもそれ以下でもない。
「これから、精霊王の元に行くんでしょ? そうなればどうしても私の魔法力が絶対に必要じゃない! ふふん! そうよ! 私に全力で頑張って欲しかったら主、どうすればいいか分かるわよね? そう、私は今、お風呂に入って着替えたいの! そう、今の私の言う事は聞いておいた方がいいわよ? 主!」
そう、俺たちの中では魔法に関しては頭一個分抜けているアステマ。
こいつが大分俺の逆鱗に触れやすいとはいえ、魔法に関しての才能は当然認めている。
うん、その状態でも間違いない事。
言えば泣くだろうなとか今の俺にはなかった。
「いやさ、お前。相手は精霊王サマだよ? あの、南のアズリたんとガチンコで喧嘩できる相手だよ? アステマさんよぉ、確かにお前さんの魔法に関しては大したもんだと俺も思っているけど、正直、お前今あのアズリたんに勝てる? 無理だよね? 最初からお前の魔法なんて精霊王サマ相手には今回アテにしてないの」
アステマはしばらく泥だらけで大泣きした。




