オールラウンダー・エクス・マキナ
まだ小さい子供であるライル様に大臣イスパの処遇を決めさせようとした小狐さん、決めかねていたライル様を見て。
ロープで縛っているイスパ大臣とララさんを並べると小狐さんは刀を一本抜いた。
「…………まぁいい。君主に謀反を起こした奴。己は腑が沸繰り返すくらい気に入らん。己が一思いに首を落としてやる。ありがたく思え」
そう、足利義輝に仕えていた小狐さんにとって謀反は踏んでは行けない地雷だった。
「小狐さん。ありがとうございます。私はお仕えしていたライル様に行った罪の重さ。生きている資格はございません。決めかねるライル様の代わりに処していただく事御礼申し上げます。ただ、イスパ様はお助けください」
そう言われてイスパ大臣はほっとした顔をする。まぁ、これでイスパ大臣が自分は殺しても構わないからララさんはと言えば俺でも情が湧くが?
さぁ、男見せてくれよイスパ大臣さんよぉ!
……まぁダメか。
「……小狐。やめよ! ララは……私に様々な事を教えてくれた。それは魔法だけではない。殺そうと思えば殺せたろうに、憎き怨敵である私に優しくしてくれた。もういい。小狐。その者達を離してやってくれ」
ライル様はどうやら情に流されたらしい。大人である俺からすればそれは少し最適解ではないが、ライル様が決めたなら致し方なしか。
目の色を変えている小狐さんは舌打ちをすると刀を鞘に収めた。
納得はいっていないのだろうが、自分の言った事には従う小狐さん。
剣聖レキはうんうんと、名捌きでも見たように頷く、コイツはやはり馬鹿だな。
二人はちゃんとした裁きが決まるまで幽閉される事になった。これで終わりかと思ったが……
「小狐。しばらく私と共にこの国、いやライル殿下の護衛をしてはくれないか? 私はイスパに騙されていたとはいえ、謀反に手を貸した。それを無罪放免というわけにはいかない。が私が出せるものはこの剣技しかないし、この私を破った小狐が私の監視役となればよかろう?」
それに小狐さんが、うーん、うーんと考えてから頷く。
「まぁ、それもそうだな。お前がイスパを助けるかもしれない。そうなると厄介だし、しばらくここに居座ろう。マオマオ達は一度帰るといい」
その言葉を聞いて、ドラクルさんも残るという事になるはずだったが
小狐さんがドラクルさんは先に虚の森に行くように諭した。
なんでだ……まぁご年配だからだそうだ。
見た目は若いのに……
「マオマオ。今回。本当に助かった。お前達が困ったことがあればいくらでも我がスケール国は手をかそう。今は払えるものが何もないが、お前達とのユニオンと同盟を行うくらいはさせてくれ」
「こちらこそライル様。お兄さんと弟さんといい国を作ってくださいね!」
俺はそう言って握手を求めた。それに照れ臭そうにライル様は握り。
「年は変わらぬはずなのに、マオマオは大人だな……」
そう少しだけ、何か思うところがあるように言ったのだが、俺は完全に大人なので気にするな!
ライル様。
……俺たちがスケール国を出たその日の晩。
まさかのイスパ大臣が脱走した。憲兵が探すも足取りが掴めない。
「助かりましたぞルシフェン殿」
仮面をつけた女性にイスパはそう言う。そしてそのルシフェンという女性は口元が笑う。それにイスパも笑った。
「ルシフェン殿、というのは誰でしょうか?」
「何をご冗談を! 闇魔界のアズリタンの片腕であるルシフェン殿はルシフェン殿ではないですか!」
「私ですか? ルシフェンではなく、私は精霊王ツィタニア様の守護者、ニンフィと……ははは、あぁそれとも、聖女王様、お付きのサンデー、いいえ。中央。勇者王と母子の契りをかわしたセリュー・アナスタシアとでもいいましょうか? イスパ大臣。あなたの役目は終わりました。最高の敗北をありがとうございました」
「何を言って……」
「ご退場を!」
イスパ大臣はスケール国から少し離れたところで何者かに打殴された姿で見つかった。かろうじて生きているイスパは廃人のようになり、何があったかは分からない。スケール国の騎士団により牢に戻され、この件は継続捜査される事担った。
俺たちはそんな事も知らずに、精霊達のティルナノ領の小国と関わりを持つという手土産に我々の商店街になる虚の森跡に戻ってきた。
虚の森に戻ってくると、笑顔で迎えてくれるかと思ったが、少し様子がおかしい。
「マオマオ様! マオマオさまぁ! 大変でございます!」
「マオマオ様! 凄い人間がやってきておりますぞ!」
「えっと、スラちゃんにホブさん、落ち着こう! 何? また聖女サマ?」
二人のテンションが明るいので、どうやら違うらしい。
二人が見る方向から、二十代くらいの女性? 異世界の人なのかな?
日本人ではない方が深々と頭を下げる。
「貴方が、マオマオ様ですか? お話には聞いておりました。異世界生活特措法で選ばれて、精霊王という方に子供の姿にされてしまったんですよね? あっ、申し遅れました! 私、ムジカ・セプテンバーと申します。マオマオ様と同じく地球から来たんですが、心の準備もできずこちらに来たのでしばらくおそばで働かせてはくれませんか? クズハラという女性に強引に送られたので困っておりました。そんなおり、マオマオ様のお話を伺って」
うん、この人は俺と同じ被害者だ。
「そうでしたか、ムジカさん。改め犬神猫々。日本人です。そしてそのクズ原という人物は少し俺も覚えがあります。さぞかしお辛かったでしょう。ムジカさんさえよければいくらでもいてください。なんなら商店街を作ろうと思っていますので手伝ってくれますか? それに地球のお話も伺いたいですしね。お茶を用意してもらいます。その小さな小屋が僕らの事務所です。どうぞ入ってください! お菓子やフルーツもありますよ!」
「ここはモンスターばかりなのですね?」
「驚かれましたか? 俺が父親から渡された斧がかつて北の魔王って人が所有していた道具らしくて、魔物連中がそれ見て怯えて、いつの間にかついてきたり、ここに集まってきたりで一緒に働いています。案外モンスターという連中はまともですね。スラちゃんやホブさんは本当に助かってます。があの少女のモンスター三人はまぁまぁ地雷なので気をつけてくださいね。まぁ、悪い奴じゃないんですけど」
……ムジカさんは静かに俺の話を聞く。
そして紅茶を一口、お茶菓子のビスケットをぱきりとかじる。なんか様になる人だな。
「それはそれは、マオマオ様は凄い方ですね! 魔物は危険だと地球では教わったのですが、共存されていらっしゃる! それにお仕事も」
ムジカさんは妙に俺を褒めてくれる。悪い気はしないが、ちょっとこそばゆい。
ムジカさんは地球では財務や経理のような事をされていたらしい。
そして我が、商店街でも同じように物流関係からお仕事を行ってくれる事になった。
「アステマ様、いつもお美しいですねぇ! これ、この前見つけてネックレスにしたのですがどうでしょうか?」
ムジカさんは、モン娘たちの機嫌を取るのも異様に上手だった。
「あら? 魔石じゃない! ムジカ、こんな物をこんな風に、アンタ手先が器用なのね。ふふん! せっかく作ってくれたんだから、貰ってあげるわ。ありがたく思いなさい! このグレーターデーモンがお礼を言うなんて滅多にないんだから、その……ありがと」
ガルンにはどこから持ってきたのか、美味しい甘い焼き菓子やキャンディーで餌付けをされている。
そしてエメスには地球から持ってきたという薄い本。
エメスが「我、新たな世界を知り!」と叫んでいるので随分ハードコアな物なんだろう。後で取り上げよう。
ムジカさんが来てから、商店街作りは一気に進んだ。
どうしても物流品への精霊の加護に関してだけがクリアできなかった。
ただしそれを除けば、下水に関しても魔法や魔道具を駆使して試験運用のレベルに到達。
シェフの作ったお弁当を国境線沿いで兵士に販売。
俺なんかより圧倒的にニーズを抑えた商売ができる。されど彼女は慎ましい。
正直な話、俺はこの世界に来てから商業を行なっているが
ムジカさんは経営学とかそういうのをまともに学んでるんだろう。
なんか、組織を動かすのも異常に上手だ。滞っていたタスクが随分進んだ。
「CEO、流通に関わる部分なのですが、この素晴らしい道路の脇に、馬車を止める駐車場などを作られてはいかがでしょうか? それと、有料で利用が可能な高速道路を作られては? 高速道路は改修費という名目で区間ごとに料金を変えましょう」
「……あぁ、確かにこの速度で道路ができたならそれいいですね。お願いできますか?」
ムジカさんが持ってきた提案書はどれも矛盾なく完璧だった。
俺は自分の無能さとムジカさんの有能さに少し凹んだ事は内緒だ。
ただ、会社って案外こういうものだろう。
経営者より、社員の方が有能だ。
「我ら、産廃となりつつあり」
エメスが今の自分たちの現状を正確に的確に言ってのけた。
悲しくないのだろうか?
「……お前ら、とりあえずこれが仕事だ」
「「「…………」」」
自覚があるのかないのか分からないが、もん娘の三人はムジカさんという優秀な社員を前に焦り出す。
「……とりあえずお前ら、部屋の掃除でもしてこいよ」
「わかったのだ!」
「仕方ないわねぇ!」
「我、マスターの下のお掃除を……むっ! 思考にジャミング」
仕事の基本は掃除だとか言う馬鹿が世の中にはいるが、掃除は生活の基本であって仕事以前の問題だ。
とりあえずもん娘達が少しは静かになるだろう。
「ムジカさん戻りました。おや、どこか具合でも?」
下の事務所に降りるとムジカさんは脇腹を押さえて青い顔をしていた。
そんな俺に気づくとムジカさんは笑顔を向ける。
「いえ、お腹が空きすぎていたところにミルクとビスケットを頂いたので、お腹がびっくりしてしまったのかもしれません。ふふふ。お恥ずかしい限りです。そんな事よりもCEO。モンスターの方々との生活楽しそうですね?」
楽しいか、楽しくないかと聞かれればそりゃ楽しいが、まぁ色々大変だ。
「まぁ、そうですね。あいつら馬鹿だけど……おっと、スラちゃんとホブさん達じゃなくて立ち上げの三人ね。なんというか学生時代? そうだ。知っての通り、本当は俺、それなりにいい大人なんですよ。だからですかね? イラつかされる事もある……いや、ありまくりなんですけど……思い出したら腹立ってきたな。まぁでも、飽きはしないですね。この世界」
「マオマオ様は恵まれていますね。いい仲間に出会い。見知らぬ世界でも楽しくやっていけるなんて、それほど嬉しい事はありませんよ!」
まぁそうなのだろう。しかし、ムジカさんは一体おいくつなんだろうか? なんか悟ってるし、俺より年上か? 女性に年齢を聞くのはアレなので聞けないけど……
そして俺は少しだけムジカさんについて疑問に思うところがあった。
この人、俺を頼ってきた割には、なんか慣れてないだろうか?
いや、安心故の今なのかもしれないけどね。
ムジカさんは俺に提案を再びした。冷蔵庫を作らないか? というものだった。魔法があれば比較的容易く作れる。
善は急げという事で、アステマとスラちゃんを呼ぶ。二人に氷結系の魔法をお願いし、やたら褒めるムジカさんにアステマは気分をよくする。
冷蔵庫にはとりあえずバナナやらベコポンやらを保存用に入れてみて数日様子をみつつ調整。
海外で働いている人は日本と違って実力を出していかなければならない。
だがらこそ、ムジカさんは現在この世界で一番最適解と思える事を行なっているのだろうか?
ムジカさんは楽しそうにその光景を見て、想像と現実のベンチマークテストを行なっていた。
ほぼほぼムジカさんの想像通りだったようで笑顔になった。
そんなムジカさんに俺が凝視していた事に気づかれてムジカさんは顔を赤らめる。くそ、かわいいな。
仕事がひと段落ついた。
食事の準備をと思った時である。
ムジカさんはいつの間にか、食事の準備も終わらせていた。
サンドイッチにクリームシチューらしい。
もん娘の三人はもとより、スラちゃんにホブさんも舌鼓をうち、当然俺も美味しくいただかせてもらった。
なんだろう。人間同士って素晴らしい。
我さきにとガルン、にアステマが器を持ってムジカさんの前に並ぶ。ゴブリンやスライムが礼儀良く食べているのにである。
そんな中、ドラクルさんがじっとムジカさんを見つめる。
ムジカさんはそんなドラクルさんにも優しく微笑んで見せた。ドラクルさんは静かにシチューを食べる。
「そちらの方は、お口に合いませんでしたか?」
不安そうにそう言うムジカさんに俺がすぐ補足。
「ドラクルさんは、ドラゴンなんです。世話係の剣士の小狐さんって方がいないので寂しいのでしょう」
「……ドラゴン、そんな凄い魔物までここにはいらっしゃるんですね……ちょっと驚きました」
まぁ、でしょうな? ここの所有者である俺も扱いに困るくらいですから……流石にムジカさんでもドラゴンというビックネームには心底驚いたようだ。
そんなムジカさんを安心させる為に俺は説明した。
「大丈夫ですよ。ドラクルさんも優しいので、なんなら三人よりも良くお手伝いしてくれますしね……」
「ち、違うのだ! ドラクルが木材を運んでくれると言ったのだ!」
「そ、そうよ! 移動も楽にできるって、私の魔法よりも少し速い速度で飛んだのよ! 仕方なく乗ってあげたのだけれど」
真剣に弁解する二人だが、説明すればするほどにボロが出ていく。その辺の落ち葉掃除もドラクルさんに一吹きさせたとか、こいつらサボタージュの天才か?
とりあえず、俺は二人に罰を与えることにした。
「お前達の給料から天引きな? その分、ドラクルさんに支払う事にするよ。ちゃんと働いてるし」
「違うのだ! 違うのダァ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、主ぃー!」
うるせぇ! 男子ぃ! みたいなノリで俺を呼ぶな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
食事を食べると妙に眠たくなり、みんな今日は疲れたなという事で早めに就寝する事を俺は指示した。
ムジカさんの部屋と寝床も用意ができたので、俺は送ってから自分の部屋へ。
ぐぅぉおおおとガルンのイビキが聞こえる。いつもならオヤツでも食べてる時間なのに本当に珍しいな。
とりあえずもん娘達の布団とかかけ直し、俺も寝ようかと思った時、外で何か光った。
警備のゴブリンから何も連絡がない事に一応周囲を調べに俺は一度事務所を後にする。
「うん、やっぱおかしいな……警備ゴブリン達もみんな眠ってやがる……これ、なんか盛られてないか?」
俺はそんな独り言を言いながら、光が見えたあたりへと向かう。
「あら、マオマオ様。ぐっすりお休みかと思いましたが、周囲のパトロールですか? 素晴らしい心得ですね」
まぁ……ね! 薄々は感じていたさ。この人、どこかおかしいなってさ。でもこんな気配り、目配り、心配りができる人が、まさか……ってね。
でもこの感じは俺のなんとなく勘でダメな感じのやつだな。
「何やら、光っている物が見えたので、何かなって? おっしゃる通りパトロールです。ところで、ムジカさんこそこんなところで何をされているんですか? 用意させていただいたお部屋とは随分真逆になりますけれど? それにその手に持っている物は?」
ムジカさんは何か、いやどこかで見たことのある宝玉を持っていた。
「それ……先生達と……どこで手に入れましたか?」
「これですか? 近くの行商店で売られてました」
「うそ、ですよね? 貴女はここにきてすぐに俺を頼ったと言った」
俺の言葉を聞いてもムジカさんは表情を変えない……こいつは黒だ。
本来は何か戸惑ったりしてもいいものを余裕すぎる。
「えぇ、それに関してはお伝えした通り、突然現れて色々と話題になっているマオマオ様がいらっしゃると聞いておりましたから、それに私が飛ばされた場所はここではないティルナノ領というところでした。そこからこの北に向かっている最中、明らかに焦っている行商人がいらっしゃいました。その方が二束三文、私の持っていたお菓子と交換してくださいました。どうやら誰かに追われているようでしたね」
俺はこのムジカさん程じゃないが人間をよく観察している。
この人の話は全てそういうストーリーがあったように語られているものだ。だから嘘の中に事実を織り交ぜて語る事でそれっぽく聞かせる。だけど、異様に状況をこと細やかに語るのは作られた話だから、要するに嘘だ。
この宝玉の背景を知った上で、整合性が取れるように、嘘を実に本当のように語る人物はふた通りである。
詐欺師か、サイコパス。そして一般的にはそういった類の人間とは絶対に関わってはいけない。
俺は記憶力も悪くない。ムジカさんは脇腹を痛めている。
俺の記憶が間違っていなければ、この宝玉を先生から奪っていた奴は置き土産に一発先生から打撃を受けている。
恐らく同じ位置だ。
俺はもう殆ど確信していた。ムジカさんはこの異世界に違法な方法でやってきて何かを企んでいると地球からエージェンまで派遣されている大犯罪者。
俺は鼓動が早くなるのを、表情に出ない事を意識して言った。
「ムジカさん、貴女の本当の名前は、セリュー・アナスタシア。テロリストの首領ですよね?」




