戦国少女は辛辣で、チートを望まない。だが、それがいい。
俺が投げたデュポーン・キラー。
それを受け取った小狐さんは、それが意思を持ち、使用者を選ぶだなんて事は知らない。彼女は握りを強く掴み、鞘からその海色の刀身を抜いた。
それは見事な日本刀だった。
「マオマオ、いいの持ってるじゃねぇか! これだよこれ! これなら、この大将トカゲ、斬れるぜ!」
俺が投げたデュポーン・キラーからは想像できない姿の刀。
それを構えた小狐さんはドラゴンの炎を切り裂いた。ラムジーさんに至っては涙すら浮かべている。
ドラゴン相手に恐ることすらない小狐さん。
「小狐様ぁ! そのドラゴンの弱点は喉元の鱗がない部分ですぞ!」
「爺さん、そんなもん見りゃわかんだろ! 黙って見てな!」
し、辛辣ぅ! 確かに俺でも分かるけどさ、ほら、ラムジーさん泣きそうじゃん。
小狐さん、空気読んで……
「いいぜ……お前なら己が高みに上がれる。俺の剣が天に届く一歩になる。俺の妖狐剣術、俺の全てをかける。トカゲの大将、テメェも全力であがけよ?」
“アプリ起動。剣聖が出現。危険度測定不明。剣聖とは剣に愛され、剣を愛した一千年に一度の確率で出現する超剣士です“
ほら、やっぱり小狐さんはチート持ちだった。
「おぉ……おぉ! マオマオ殿。私は生きていて良かったですぞ! 生きている間にまさかこの目で剣聖を三人も見ることができたなんて……剣聖マリナ様、剣聖レキ様、そして剣聖小狐様。剣に生きる者としてこんな奇跡と光栄、もういつ死んでもいいですぞ! ドラゴンとはいえ剣聖そしてドュポーン・キラーが揃えば討伐も可能でしょう。我々は今、歴史の証明者になりますぞ! どうか、一挙動も目を逸らさずに…………マオマオ殿、見ておりますかな? 成長できますぞ!」
うるせーなラムジーさん、ドラゴンとのガチンコの戦い方なんて見ても何も学べねーだろ。
真似できるか!
「いや、というかあのドラゴン。殺す必要あるんですかね? 小狐さんの攻撃に対して反撃はしてるみたいですけど……なんか」
蚊や蝿が鬱陶しいくらいの感じに見える。
そしてどうやらそれは小狐さんも感じ取ったらしい。
「こいつ、やる気ねぇな……最初は火を噴きやがるから驚いたがやる気ねぇやつを虐める趣味もねぇ」
小狐さんはドュポーン・キラーを鞘に戻す。するとドラゴンはしばらく小狐さんを見て目を閉じた。
「ドラゴン、寝ちゃいましたね。やっぱりあのドラゴン、敵意や害意はないんじゃないですか?」
俺の言葉にラムジーさんが反応。
「マオマオ殿、小狐様。相手は古の時代から生きてきた最強の生物ドラゴンですぞ! 何を世迷いごとを、エンシェント・ドラゴンがここに腰を下ろすということは、我々カリムの民を強者とみてやってきたに違いありませぬ! ドラゴンとはいつの世も力を持つ者を贄としてきたと語られます……」
多分、ラムジーさんやその集落では一つの物語が出来上がっているのだろう。どう考えても野良猫が昼寝するくらいの感覚でここにいそうなドラゴン。
そのドラゴンにカリムの民とやらは選ばれたと……そう決めつけたか……
「そんなわけねーだろ! 爺さんよりはるかに強い己を前にしてもこのトカゲの大将は、必要最低限の反撃しかしてこねーじゃねーか、これはあれだ。野良猫が昼寝してる見てーなもんだろ」
「いや、そんなことは……小狐様、ドラゴンですぞ! あの地上最強の……」
小狐さん、いや……戦国時代の女性は辛辣さがマックスだった。
呆れた顔でこう言い放った。
「爺さん、さっきから都合のいい事ばっかり言いやがって、このトカゲの大将がそう言ったのか? 俺は刀を向けて分かった。こいつ、本気を出せば己とかなり面白い戦いができる。己が本気を出せるくらいのな? でもしねーんだよ。じゃあ聞いてみようぜ? おい、トカゲの大将。聞こえてるか?」
……小狐さんがドラゴンに話しかけた。
話が通じるとは思えないが、ドラゴンは面倒くさそうに瞳を開ける。
「おい! お前、ここでなんで寝てやがんだ? 爺さんがビビって困ってんだってよ! 悪ぃけど場所変えて昼寝してくんねーか? なぁ? 俺の声聞こえてるか? 聞こえてたら返事しろぉ! トカゲの大将!」
…………いや、流石に……
「……ミコカ? ………………モウ…………ショクジノジカンカ………………ミコ……ワレワ……ドレホド……ネテイタ?」
しゃ、しゃべったああああ!
「なんだよ。寝ぼけてんのか? ミコじゃねぇ! 己は小狐だ。それにしても案外いい声だなトカゲの大将。食事ってお前、腹減ってのか? マオマオ、爺さん。なんか食い物持ってないか? 飯食わしてやったらどっか行くじゃねーか? 腹減って動けねーのかも知んねーからなっ!」
「ええっと……ベコポンに、バナナなら……果物だけど」
俺がそう言って持参していた食べ物を渡す。すると、小狐さんはバナナの匂いを嗅いで一口齧った。きっと毒見だろう。
そしてバナナが口にあったのか目を瞑って「うんめぇ!」と一言。
「おい、トカゲの大将! ほら、飯だぞ! 毒も入ってねぇ! 一口齧ったがすげぇうまい! これ食って食休みしたらもっと人目のつかねーところに行けよ! ほら、投げるから口開けろよ! この黄色いやつは皮はねー方がうまいぜ! あとこっちのみかんはそのままでもうめぞ!」
忘れていた……本当に忘れていた。
目の前の異常な出来事に呆気に取られていて……
“犬神猫々様からエンシェント・トラゴンにバナナ及び、ベコポン。ギフトが贈られ、幾何学的な確率で犬神猫々様のユニオンに加わりました。よってエンシェント・ドラゴンはレジェンド・ドラゴンへクラスチェンジが実行されます“
「ちょまっ……無理だって!」
エンシェント・ドラゴンは段々と姿が小さくなる。そして小狐さんと同じくらいの身長の大きさ、まだ何処かドラゴンの面影が皮膚に見られる姿に変わった。
「風雲急を告げる。いつとせ夢見しかは覚えず。ただ闇の中ひたすらに巫女を探し追い求めしはいつの事か……やうやう忘れようと夢に逃げ万の季節と別れては出逢い。それでも太陽のした巫女を見つけるには叶わず……天よりの神々、暗澹よりの邪神共、いずれに願い訴えても我がのぞみ叶わず……小さき者を失いし日より絶縁の日々来れり……ありしひの事、忘れえなき日の事、されど巫女の姿はなく……されど……されど……今ここに巫女現れ出る。一時の夢幻であったとしても忘れえぬ……その瞳、愛しみ……忘れえぬ……巫女よ! もう一度言おう。食事の時間か? 巫女よ!」
なんか、すごい何を言っているのか分からないんですけど、凄い威圧感だ。
小狐さんと巫女? を勘違いしているらしい。
だが、ドラゴンからすれば感動の対面なんだろう。どうする小狐さん。
「おい、ボケてんのか? あれか? 見た目は若いけどばーちゃんか? なら合点が行くな! 飯はさっき食ったろ?」
小狐さんはブレない。っていうか、ドラゴンってボケるのか? ラムジーさんにガルンにアステマはあまりのことに声が出ない。
小狐さんの手を掴んで離さないドラゴン少女。
振り払うわけでもなく困る小狐さんは少し考えて言った。
「おい、マオマオ。この若づくりのばーちゃん。面倒見てやってくれよ」
簡単に小狐さんはそう言う。
「ばーちゃん。名前なんてんだ? 行くとこねーなら、俺のダチが面倒見てくれっからよ! そこで暮らした方がいいぜ。こんなところだと風邪引いちまうだろ? 年寄りにはこたえんぞ?」
「……そうか、其方が我が守上か? 巫女がそういうなら再び人間に知恵を与えん。我が名を呼べ、守上」
令呪を持って命じたくなるのを俺は抑え。
とりあえずドラゴンを連れて行かない方法を考える。
「いやいやいや、ウチの弱小ユニオンにそんなドラゴンなんて強烈かつ強靭な魔物が入られるとか扱いに困るというか、恐れ多いというか……あのですねぇ。俺のユニオンは商店街。そう、俺たちは戦闘とか冒険とかじゃなくて本質は商人なんですよ。…………申し上げにくのですが、完全にそちらさんのドラゴンに商売ができるか……と言いますとですね。ウチにいる魔物三人を見ても……無理かなぁと……面接的に言えば前向きに検討した結果、ちょっと今回はお見送りさせて頂ければなぁとか思うわけですよはい。えぇ、それにウチの従業員、ほとんとゴブリンとスライムなんですわ。そんな弱小モンスター達がいきなり……ドラゴンと働くとか……ねぇ? 流石に職場環境的に……はい」
できるがきりドラゴンを刺激しないように俺は小狐さんに説明。
「うるせぇ! マオマオ! グダグダ言ってねーで置いてやれよ! ばーちゃん大事にしねーやつは地獄落ちるぞ!」
「巫女がいう通りだ。地獄に落としてやろうか?」
このドラゴン……下手に出てたら、腹立つなぁ!
「はぁ……じゃあまぁ、小狐さんもその介護要員に入ってくれれば」
俺は遠回しにお前が面倒見るなら考えてやるよと言ってみた。
どうだろうか? 想像がつかない。
「己か、己は修行中の身だからなぁ、だが、拠点はあったほうがいいか、いいぜ! お前の領地に傭兵として入ってやる。ばーちゃんもな!」
“正式に剣聖・小狐。レジェンド・ドラゴンが犬神猫々様のユニオンに参加されました。これでユニオンレベルが大幅に強化されます“
「はぁ……じゃあ。ドラゴンさんというのもなんなので、う〜ん、ドラクルからきてんだっけ? あっ、やべ」
“レジェンド・ドラゴンにドラクル。固有名の付与。幾何学的な低確率でクラスチェンジが行われます……クラスチェンジ承認成功。レジェンド・ドラゴンは竜王にクラスチェンジします“
「おぉ、ばーちゃん! 見違えたぜ! ほとんど己達と変わらねー姿だなそりゃ! これならマオマオも文句ねーだろ?」
いや、ないことはないんですけど……まぁ小狐さんがこのドラクルさんの面倒見てくれればまぁいいか……
「じゃ、じゃあ取り敢えず今回の件はドラクルさんを引き受けるので完了ということでラムジーさんいいですかね? 報酬の方も」
当然、いいだろう。ちゃんと報酬の方も弾んで貰わないと割りに合わない。
「それはもちろんですぞ! しかし、どうせここまで来られたのであれば、我々の集落で是非お茶でも、いや食事。なんなら二、三日滞在して頂いても構いませんぞ! 本来外とはあまり交流しないのですが、強き者は別です」
「そ、そうですねぇ……できれば俺は元の姿に早く戻りたいので、オリハルコンの武器をいただけて、ひとまず自分の拠点に戻れるとすごーく、すごくありがたいのですが……」
そして、俺は忘れていたのだ。このラムジーさんは人の話を聞かない。
「我がカリムの里にはこういう諺がありましてな? 剣を向ける者には剣を返せ、尊敬を向ける者には親の仇でも尊敬を返せと、そう!そして礼を頂いた相手には礼を返すのです。今回のドラゴン討伐の件、そしてドュポーン・キラーの所有者として小狐様。我がカリムの里の新長に相応しい! その儀式も兼ねて、どうでしょう? 里一番の剣士である我が孫と会ってはいただけますぬか?」
「あ? そうだな。こんな良い刀をもらって飯までご馳走してくれるなら断る義理もなしだな」
多分、微妙に噛み合っていない二人の話。
「ははっ、そう来なくては! 小狐様はお酒はいける口ですかな? カリムの里の酒は甘くて飲みやすいが恐ろしくキツくてですな! 私も若い頃は飲み比べもした者ですぞ。まぁ私よりも大酒飲みはおらなんでしたがな。食事は歓迎の時にしかださない最高の料理をお出ししますから楽しみにしてくだされ! ははっ! 今日は良き日だ! ささっ、マオマオ殿達も」
「えっと……はい、じゃあ少しだけ……はぁ」
俺のこういう押しの弱いところがきっと弱点なんだろうな。
俺たちはテンションを上げたラムジーさんの後ろに続く。
「流石に四人乗りはきついかと思ったけど、この牛。大した根性だな! 己は気に入ったぜ!」
そう、パイコは凄い。ドラクルさんも乗せてるのに、変わらぬ速力。
「そうでしょう! そうでしょう! 我が、カリムの里でもそのパイコは一番の足と体力を持っていますからな! 気に入ったのであれば小狐さん、そのパイコ差し上げましょうか? 集落の長ともなろうお方が乗るにはそれほどのパイコではなければ格好もつきませぬからな! 構いませんよ! 是非、使ってやってくださいね!」
「くれるのか? じゃあもらうとしよう」
「小狐さん、多分。ラムジーさん、小狐さんを里長にしようとしてますけど大丈夫ですか?」
俺の言葉に小狐さんは耳元で囁くように言う。
この人、わざとやってんのかな?
「己は里長なんかには興味はねぇ。爺さんが勝手に言っているだけだろ? 己には関係ねー話だ。己はこの世界でさらに剣の腕をあげる。ようやく必要な刀も手に入ったし、この世界。どらくるばーちゃんみたいなのがゴロゴロいやがんだろ? なら武者修行には困らねーな。飯食って金もらってからだな。しかしマオマオが君主か」
そして、小狐さんもまた我が道を行く人だった。
なんか、俺が普通なんじゃなくて、異常なのだろうか? もうこの異世界ほんと嫌だなぁ……
俺の中の常識でまともな人がほとんどいやしねー……やっぱり親父は一発ぶん殴る!
「まぁ、分かりました。一応俺のユニオン。人々の集まりみたいな感じなんですけど、俺が責任者ではありますが、小狐さん的に君主みたいな物じゃないので、大きな商人の集まりみたいな物だと思ってください。そうですね……時代的には堺の港街みたいな物を作ろうと思ってます」
小狐さんは少し考えながら俺の頭をポンポンと叩いた。
「要するに、マオマオは偉そうな事は言わねーってことだろ? いいぜ、己としても帰る場所があるのは悪くねぇからな。己はもっとこの世界を旅して回るつもりだからしばらくは戻らねーが、一旦、お前らの領地にも行ってみるから案内しろよ。取り敢えずは爺さんのいう宴を堪能してからだな! 刀にあのペコラだったか? 牛も手に入れたし、あとは金としばらくの食い物だな。二足歩行のトカゲとか犬とかもまずかねーけど、二本足を食うのは少し抵抗あったしな。あと魚だ! 魚が全然ないんだ。鯉に鮎、岩魚とかが己の大好物なんだが今のところ川を見てもそれらしい魚はおらんし、牙のある魚はまずかないが淡白だしな……この世界の味を知るのもまた一興だ」
戦国時代の女性、まじパネぇな……多分十代なのに貫禄で言えば俺より先生側だろこれ。
ただ小狐さんが言うことも確かに頷ける。
「まぁ確かに興味がないかと言われれば、他地方の料理には興味がありますね。一応俺の作ろうとしている商店街でもフードフェスタ。いろんな地域の料理が楽しめる催しをと考えていますから、これも勉強ですかね。一応ラムジーさん達とも今後なんらかのお付き合いをしていく事になりそうですし……とはいえ、小狐さん。ドラクルさんの件は小狐さんが面倒見てもらいますからね? 流石に俺たちでどうこうできる相手ではないですし、小狐さん何故かめちゃくちゃ懐かれてますし、ここだけは俺も流石に弾けないですよ?」
小狐さんは面倒そうな顔で俺の額をデコピンした。
「全くガキの内から心配ばっかりしてんじゃねーよ! ガキの内は何事にも挑戦だ。そして失敗を楽しめ。な? マオマオ!」
「二人で何を話していらっしゃるのかな? 小狐様、マオマオ殿。さぁ、この屈強な門が開いた事は過去に数度しかなく、無理にここに入ろうとした者達は……このお話はまた別の機会にしましょうかな。最強を知り、最強を求めたくばカリムの里に至れ! とはよく言ったものでしてな? 近隣諸国の腕自慢達が、一時期よく集まってきたものですぞ! まぁいずれも敗北し我らカリムの里の名前を世に知らしめるに至ったのですが……この私がダークナイトと激闘を繰り広げたお話があるのですが、これは宴が盛り上がってからのお楽しみにしておきましょうかな? ほら、見てご覧なさい! ここからでも分かるでしょう? 屈強な我が里の戦士達のお出迎えですぞ! あの血走った目、全く血の気の多い奴が多くて困ったものですぞ」
「あれ、本当に歓迎してくれてますか?」
俺の心配に対してラムジーさんは意味深に笑う。
「ふふっ、我が里のもてなしの一つに、強き者か試して通すというものがありましてな? 連中はその古いしきたりを行おうとしておるのかもしれません。まぁ、軽くあしらってやってください。あれらは私よりは強くはありませんので、中には我が里の宝剣であるドュラポーン・キラーを持ち出し里の者以外に使わせる事に反対していた者もおりましたがそれはそれ、まぁ戯れみたいな物だと思ってちょっと撫でてやってください。連中も少しは痛い目を見ればわかるでしょうに、本当に困った連中ですよ!」
「おいラムジーさん、完全に敵意ありじゃねぇか! どうにかしろよ」
俺とラムジーさんの横を小狐さんが突き抜けていくように連中の中に飛び込んだ。
そして、結果。
「小狐様ぁ! こちらへ」
「いや、小狐さまはヘイ家がもてなすんだ!」
襲いかかった敵意あるカリムの民を小狐さんは峰打ちだが、完膚なきままに叩きのめした。そしてもう里のヒーロー、いやヒロインです。
「ちょ、ちょっと主。本当にあの人間なんなの? 襲いかかってきた人間連中。私やガルンと同等か、もしかすると少し強いわよ? そんなのを一人で殺しもせずに手懐けたんだけど? あれ、絶対オロナイン先生と同じ種族でしょ」
「お前もその呼び方かよ。いや、ぶっちゃけ」
知りませんよ。剣聖とか言うチートなんでしょ?
引いているアステマと違いガルンは目をキラキラと輝かせる。
「……す、すごいのだ! ここ、すごい剣の技なのだ! ボクもここと同じ剣を使えるようになりたいのだ! とお! ってやりたいのだっ!」
うん、俺も覚えあるわ。
チャンバラにハマって両親におもちゃの刀買ってもらったわ。
そりゃ目の前にリアル眠狂四郎みたいなのがいたら子供は憧れる。
同じく剣を使うからよりガルンはそう思うのかな?
「では、宴の前に皆にはこの方々を紹介する。魔神器の所有者、マオマオ殿とその従者、ガルン殿にアステマ殿。そして、我が里の秘宝に認められし剣聖、小狐殿ォオオオオオオオ!」
耳が痛くなるくらい里の人たちはラムジーさんのリリックに反応する。地方の音楽フェスタか何かかな?
小狐コールが流れ、アステマとガルンもテンションを上げて真似している。
俺だけがなんか乗り切れてない感じがなんとも言えない空気を作っているけど小狐さんは目の前のご馳走に我関せずで食べ始めている。
ちゃっかり小狐さんの隣で食べるドラクルさん。彼女がドラゴンだとはラムジーさんは説明しなかった。
そんな小狐さんを見るカリムの里の男性陣。
「小狐様……ぜひ、宝剣、ドラゴンを屠ったという剣技を見せてはいただけないでしょうか?」
口いっぱいにご馳走を頬張りながら悪ガキみたいに小狐さんは笑った。
「いいぜ、お前ら。稽古をつけてやるっ! まとめてかかってこい。食後の運動ってやつだなっ! ドラポン丸もまだ馴染んでねーしな!」
ドュポーン・キラーは小狐さんによって改名されていたらしい。
「では、里一番の高速剣の使い手と言われているこの、リベリーからよろしいか! ぐっ……」
高速剣のリベリーさんとやら。
はじめの合図もなしに小狐さんに峰打ちで気絶させられる。それにその他剣士達は一斉に小狐に向かった。
中には女の子の剣士もいる。がしかしだ……
小狐さん、マジで強すぎる。
「お前ら、殺気も技も悪くねー。だけどお前達の剣はどうも経験が足りてねー気がする。お前達。全員同じひっかけに引っかかってんぜ? 要するにこの里の剣技意外には実力だけで勝ってきたわけだ。偶然返し技を使える剣士がいなかった。お前達、格上と戦うと全員死ぬぞ」
そう言って小狐さんはドラポン丸を鞘に収めて再び食事を始めた。
小狐さんを見る目が疑念から尊敬に変わる里の人々、そしてウチのもん娘ガルンもその一人だった。
「小狐ぉ! かっこいいのだ! とてもかっこいいのだっ!」
アステマは俺の目を盗んで酒を飲もうとするので素早くジュースと取り替える俺。
見てくれだけは可愛いから里の人にちやほやされて喜んでいるが、隙あらば飲酒しようとするのは未成年の酒への憧れか?
学園祭の打ち上げに浜に集まって飲酒する連中が知り合いにもいたわ……
「主ぃ! 今日は無礼講ってラムジーも言っているじゃない!」
だめだという俺に、アステマはぷくーっと頬を膨らませて怒って見せるがどうしょうもないので目の前にあるジュースをやけ飲みする。
そんな監視体制の俺にラムジーさんがやってきた。
「マオマオ殿、楽しんでいますかな? 剣聖小狐様が来られ、ドラゴンの難も去り、少々我が里の者も浮き足立っていますな。して、小狐様と私の孫の婚儀について挨拶などお願いしたいのですが」
この人、頭の中そればっかりだな。俺は甜茶みたいなお茶を口につけながらラムジーさんの孫を視線で探す。
色黒の……中々のイケメン、素人目に剣士としても強そうだ。
俺の世界にいれば多分凄いモテる系の男だろう。そして彼も小狐さんに熱い視線を送っている。
歳の差は4、5歳ってところだろうか? 案外ありなのかもしれない。
俺の世界なら超がつくほどの美少女である小狐さん。美男美女カップルか。
ラムジーさんの孫は、意を決したのか、今まで小狐さんを見つめているだけだったが、彼女の元へ。
「剣聖小狐様。俺は、カリムの里。最強の剣士。ラーマ。是非お手合わせ願いたい。もし、俺が勝ったら、剣聖様を嫁にもらいたい」
盛り上がる里の人々、しかし。小狐さんはまぁ確かに! という辛辣な返しをラーマさんにした。
「は? それ己に何の得があんだ? 己が勝った際の報酬がねぇぞ」
まぁ、確かにね。
それにラーマさんは
「剣聖小狐様が持つその宝剣ドュラポーン・キラーを差し上げましょう!」
その言葉にラムジーさんは「勝手な事を」と笑うが小狐さんの口撃は続く。
「お前バカか? これは己がもらったものだ。もらった物が報酬になるわけねーだろ? もう一本同じくらいの業物用意するとか、あとは金だな。対価ってのは対等じゃねーと意味ねーぞ。学のねー己でもわかる」
「……ハハッ、これは一本取られました。では、盗まれたもう一本の宝刀。ドュラポーン・スレイヤーを盗んだ者の情報などは?」
そうだ。この魔神器って特殊武器。俺の斧とは違って、小狐さんが持つのは二本で一つとかラムジーさんが言ってたな。
それを聞いて小狐さんはふーむ、ふーんと考えて嗤った。
「……悪かねぇな。刀は二本あって侍だ。いいぜ、この勝負のった」
絶対に負けないという自負に自信があるのだろう。
ラーマさんの表情が変わる。これは……ラムジーさんより遥かに強いぞこの人。
「カリムの次期里長。ラーマ!」
何らかの身体能力強化を複数使って小狐さんに迫る。
小狐さんは強い。しかし小狐さんもこの世界が魔法やらスキルという物がある事を理解していない。いかに剣技が上回っていたとしても、人智を超えた水準まで能力を上げたラーマさんは流石に厳しいのでは……
そして俺は同時に、戦国時代の剣士という存在をなめていたのかもしれない。小狐さんは反応した。
圧倒的な力で振り抜かれたラーマの一撃に体が浮かぶ。小狐さんは空中で体を捻り反撃に転じた。
「ほぉ……ラーマ。お前……確かに強いな。感じたこともねぇ力だ。少し舐めてたぜ……いいぜ、少しだけ己の本気を見せてやんぜ、いくぜ?」
「必殺剣技だったんですけどね! さすがは剣聖。是非ともあなたを倒して嫁にしたい! 小狐様に相応しいという事をお見せしよう!」
何これ? スキルを使って全力で剣を振り回すラーマに、戦国剣術でそれを受け流す小狐さん。完全に置いてきぼりの俺たち。
カリムの里の剣術、これは恐らくスキルで能力向上させて使う技なんだろう。
流石の小狐さんも割と苦戦しているように見える。
このまま万が一負けたら小狐さんはラーマさんの嫁になってしまうんだろうか? 言ったからには引かなさそうだし……
防戦一方の小狐さんが離れた。
そして深呼吸を繰り返す、呼吸が乱れているのか、ラーマは勝鬨であると判断し、さらに力を高めている。勝負あったか?
「しゃーねーな。外すか……女神の戒め一枚・解!」
小狐さんがそう言うと、今まで防戦一方だったのが嘘みたいに攻める。
ラーマさんの動きと並ぶ……いや、超えている。恐らく小狐さんは異世界転移者……俺の知識通りならチートをもらったのか?
「小狐さん、力を使った?」
「逆だマオマオ」
小狐さんは俺の想像に対して逆だと言った。
逆というのは……力を使っていない?
一体どういう事だろうか? それはみていると段々分かってきた。
小狐さんは力を制限していたのだろう。何故なら、小狐さんは何もスキルを使っていないのだ。
これが本来の小狐さんの力なのだろうか? そう皆が思っていた。さすがは牽制だと……しかし違った。
ラーマは息を切らせ、小狐さんは余裕。そして小狐さんは語った。
「己がここに来る前、女神とか言う奴が俺に何か一つ力をくれると言ったんだ。凄い力とか武器とかな? お断りだ! 強さは自分で研鑽するもんだ。だから代わりに己は女神に言った。己の力を縛る力が欲しいってな。修行をあけたあと、己がどれだけ天に届くのか、楽しみだろ?」
小狐さんはあの、何らかのチートをもらえるイベントで自分に戒めを望んだ。
そんな事望む奴……いや、俺たち令和の人間じゃない……戦国時代の人間なんだ……
「まさか、剣聖小狐様はこの俺相手に手加減をしていた……そういう事でしょうか? 俺は今の今まで剣聖に近づいたとその背中に触れられる距離に手が伸びたと思っていましたが……違うのですね? 剣聖小狐様」
「あぁ、悪ぃがお前の剣は己には届かねぇ……それに俺は剣聖なんてもんじゃない……俺は侍だ。いや、剣に取り憑かれた鬼。剣鬼だな」
そう言って小狐さんは刀を振り上げた。同時にラーマさんはゆっくりと倒れていく。
小狐さんの峰打ちはここにいる誰にも見えない速度で既に決まっていた。
それを見たラムジーさんが震えなが、恐れながら小狐さんに聞いた。
「剣聖、小狐様。恐れながらお尋ねします。あとどれ程力がおありか?」
「……ん? 俺を縛っている力って事か? あと九つ程だな」
勝負はあったらしい、この里における最強剣士であるラーマ。
彼に十分の一程の力で圧勝した。
「さてと、これで己の力はよく分かったろ? 己はまだ強くなる。だから金と食い物だ」
小狐さんがそう言うと、小狐さんがもらったパイコに食べ物と水が乗せられていく。
そして、小狐さんは容赦なかった。気絶しているラーマをパンパンと叩いて無理やり起こす。
そして、ドュラポーン・キラー。現・ドラポン丸の片割れである剣の行方を聞いた。
まだ完全に意識が回復していないラーマさんは語る。
「この先、精霊達の西の国にいくまでに小国があります。そこに傭兵として雇われている剣士がドュラポーン・スレイヤーについて聞いてまわっておりました。其奴が何か知っているかと……」
うん、クエストだなぁ、そう言う情報を追っていけば目的の物に辿り着けるというアレだが……
「テメェ! 結局知らねーんじゃねーかよ! ったく意味ねぇ戦いさせやがって、じゃあ少し寝たらマオマオそこ行ってみよーぜ!」
辛辣。本当に戦国の日本人は辛辣だった。
適当に麻袋を枕に小狐さんはクークーと寝息を立てて寝てしまった。
自由だなぁ……




