アルバイトは自称勇者のパーティー募集という見るからに地雷な件
クルルギさんの牧場との契約ができて街に戻った俺達。
プリンを作るとなると卵やら砂糖が欲しくなってくる。
「マスター、クルルギのミルクを温めるのだな? それより我のぼにゅ」
エメスの言う事を無視してプリン作りの指示を出す俺。クルルギさんから通常の半額で卸してもらったミルクを沸騰させないように温める。いい香りがしてきた。このままホットミルクで飲んでも美味いだろうな。
……ちょっと味見するか。
「エメス、そのミルク。少しコップに入れてくれ」
「我のミルクを飲みたいと言うのだな? マスター、そういうのは……お子様のいない時が良いと判断」
エメスが恥じらったようにそう言うが俺もいちいちツッコむのはやめた。
反応するから面白がって同じような事を言うのだ。
クソガキかエメス……
「エメスは、分量やら数値に関しては安心できるんだけど、残りの二人だわ……ほれ、もう卵を四個溶かせって言ってるのによ」
「コッコの卵ぉ……美味しいのだっ! いっぱいあるのだ! ご主人は一日一個っているっているのに……いっぱい! いっぱい!」
卵は1日一個と言い聞かせていたので、目の前に沢山の卵に興奮するガルン。
なんだか俺が普段ご飯を食べさせていないように見られているんじゃないかと嫌な気持ちにさせてくれる。
比較的卵はこの世界でもポピュラーな食べ物でコッコという鶏亜種の物を食べるのが主流だ。
実はコッコは俺も3羽程飼っている。虚の森で放し飼いだ。
餌を与える時間になるとちゃんと戻ってくるし、朝はアラーム要らずで同じ時間に起こしてくれる。日本にいた時はペットなんて飼おうとも思わなかったが、案外いい物だ。
この三馬鹿よりずっとね……
おすすめのスイーツ依頼に関して既にバナナプリンは納品済みである。これよりもさらに美味しい物があると言って店主が気に入れば言い値で出してくれるからプリン作りは割と俺の中で重要タスクである。
商店街運用コストを考えると、今の資金力ではまず破綻する。それをクリアできそうなのがクルルギさんのミルクを使った商品。
既に商店の新作スイーツという事でバナナプリンはよく売れている。
隣の街からも買いに来る程という事で、冷凍ベコポンは大成功だったのだろう。
店主のオヤジは王都の方で店を出さないかとバイヤー達に言われたそうだが、どうやら俺との商売の方が美味しいと感じてそれらを断ったわけだ。
実に信用を得るということはありがたいことである。店主の親父は俺の商店街でも二店舗目を出してくれる事が決まっているし、大事にしよう。
そう、そんなこんなでプリン作りは負けられない戦いの一つなのだが、三馬鹿どもが甘いと知るやつまみ食いが酷い。
そんな中でも今回、ミルクを除き次に高価な品物・砂糖。
「ふふん、この白い粉、いいじゃない! 気に入ったわ! この白い粉無しには生きていけなくなるかもぉ」
他所で絶対にそんな事言うなよ。
俺が憲兵に連れて行かれたらどうする……
プリン作りの為に購入した高級品、砂糖を指につけてぺろぺろと舐める小娘。
いや、これでも人間にそれなりの脅威であるグレーターデーモンのアステマ。
「一舐めするだけで脳が蕩けそう……これ、チョコレートやゼリードリンクとは純度が違うわ……ふふん。きっと愚かな人間には分からない事でしょうけど、そう、純度が違う」
「おい、アステマ。砂糖が甘いのは誰でも知ってる。純度もクソもなく、チョコレートやゼリードリンクを甘くしてるのは砂糖なんだからな。つーかそれ材料なんだからいい加減つまみ食いするのやめろよ。お前がつついた砂糖で作ったお菓子です! とか、一部のマニアにしか売れなくなるだろ」
「気高きグレーターデーモンである私が食べてあげた材料で作る。それいいわね!」
「よくねーよ! どんなプレイだよ!」
どこの世界に気高きグレーダーデーモンがみみっちく指に砂糖つけて舐めるんだ……いや、この世界だ。
頭が痛くなってきたのでこれ以上アステマと問答を繰り返しても無駄だと砂糖を取り上げる。
「あぁーん! 主、それわーたーしーの! 取らないでー!」
「バカタレェ!」
「ば……この私をバカって言ったー!」
アステマを馬鹿と言ったのはこれが初めてではないはずだが……
いや、面と向かって馬鹿と言ったのは今日が初めてかもしれない。
「主ぃ! もしかして……主、私の事好きなの? 私がグレーターデーモンの中でも超美形なのは分かるけど、他の二人に失礼じゃない!」
「お前天才だろ……好きな女の子に嫌がらせをする男の子! ってか? 馬鹿にするな。俺は子供でもこどおじでもない。そしてお前さんはアウトオブガンチューだ。砂糖から手を離せ!」
俺が動揺している間に砂糖を食べようと思ったんだろうがそうは行かない。
「やぁあああダァあああ! それ、私のぉおお! 私にはわかるのっ! この白い粉は他の物に混ぜて食べるよりこのまま白い粉として体内に取り入れた方が最高にハイな気分になれるんだからー! だから私からこの白い粉とりあげないでぇええええ!」
砂糖を我が子のように抱きしめて白い粉、白い粉というアステマさんの姿は末期の中毒者のそれであった。
「とにかく砂糖の事を白い粉というのをよせ、そんなに砂糖が気に入ったなら今度お前用の砂糖買ってやるからとりあえず今食ってるそれを離せ、いいな? そういえばお前達に給料払ってなかったわ。まぁ給料払うほどの仕事もしてないんだけどな? お前の給料は砂糖だ」
衣食住を保障された職場。
そして、お金の概念にあまり興味がない。まぁこれで金にまでがめつかったら捨てるけどな。
給料という意味は分からないらしいが、砂糖を貰えると分かったアステマはようやく砂糖を手放した。
プリンを作る。ただそれだけの事に俺はどうしてこんなにも苦労しているんだろう……考えるのはよそう。涙が出ちゃう。
そもそも、異世界生活特措法によって無理やり異世界にやってきた俺だが、それなりに頑張っているんじゃないだろうかと思う。普段ならテイクアウトの昼食でも食べながらビールを飲もうか迷っている頃だろう。
かつてなんの考えもなしにこうして旅に出たことがあった。
あの頃は俺も青かった。生涯初めてできた要するにガールフレンドに突然の別れを告げられた時だった。今思い返しても恥ずかしい……
前回と今回の違いは大きく分けて三つ。俺が自発的に飛び出したか、強制か、彼女を失ったか、とてつもない三人のオツムの悪い女がいるかどうか、そして重要な最後。帰れるか、帰れないかである。
物思いに耽っているとアステマが俺の袖を引っ張る。
「主ぃ! あの白い粉にゃ! 早く! 早くちょうだぁい! 主は私にくれるって言ったわよね! 約束を守らないなんてデーモンの世界ではあり得ないんだからね! デーモンは契約したらそれが矮小な人間でも必ず命と引き換えに願いを叶えるのよぉお! 早く! 白いこなぁ!」
「前言撤回だ。お前は砂糖をキメたらダメだ……なんかヤバい」
ガルンがつまみ食いをしながらかき混ぜた卵にアステマから取り上げた砂糖、そしてエメスが卑猥な事を言いながら温めたミルクを混ぜる。
「おい、アステマ。氷の魔法で氷の塊を出せ。それでプリンを冷やして固める」
「……コルド」
砂糖を全て使われてテンションが下がったアステマはポツンとそういう。
お前の砂糖ではないし、迷惑しているのは俺なんだがな。腹立つわぁ。
エメスとガルンはプリンが早く固まって味見ができないかワクワクしながら待っているが、まぁそんなに早くは固まりませんよ。
店主のオヤジに進捗を報告して、完了。多分このプリンはかつてない売り上げを叩き出すだろう。
「主の嘘つき……こんなよく分からない黄色いポーションを作るのに私の白い粉をとった……デーモンを騙すなんて地獄行きよ……これだから人間なんて信用出来ないのよ……うぅ……」
俺が悪いん? 泣き出したけど……
昔から俺はこう言われてきたのを呪いのように思い出す。
女の子を泣かしたらその時点で男の負けであると……こういう時はジェンダーなんとかの人たちも男女差別とかは言わないんですよねー
「全く……分かったよ。この仕事が終わったら、何か簡単な仕事を請け負ってその報酬で砂糖を少し買ってやるから我慢しろ」
俺がそう言うとパッと明るい笑顔を見せるアステマ。羽をバタバタばたつかせている。
「ご主人! お仕事なのか? ボクも手伝うぞ! ご褒美は頭を撫でるのと味付け肉でいいのだ!」
「……我、常時戦闘可能と宣言したり! 故に、マスターからのご褒美はあらゆる攻め苦を所望す」
要するに君たちもご褒美目当てなんですね。まぁでも給料に関しては考えないとな……
エメスに至ってはもう一線超えるとただの頭やばいメンヘラゴーレムでしかないからね。何かいい仕事。
最近気づいたんだけど、異世界生活アプリを入れたスマホで滞在している街のギルドが募集しているクエストを見れる事を知った。
これ……どういう仕組み?
プリンが固まるのを待つがてら俺たちはギルドに顔を出した。
「主、これにしましょう」
「どれどれ……お前マジで言ってるのか?」
アステマが自信満々に指差しているクエストについて……
“アプリ起動。アステマ様の選んだクエスト。北の魔王が残した遺跡に封じられた魔神の討伐。推定脅威★十五。今の犬神様のパーティーは90%の確率で全滅します。おススメはできません“
「おい……死ぬぞ」
アズリたん程ではないが、オーガやキリングタイガーを遥かに超えるモンスターだ。
ユニオンスキルを使おうが逆立ちしたってクリアできるようなクエストとは思えない。
「……主、もしかして北の魔王が残した魔神とやらを恐れているの? こちらにもいるじゃない……魔導機人のエメス。ふふん。あの程度のモンスターでしょ?」
アステマは自分の事を棚に上げてエメスをなんだと思っているのだろうか? レベルが上がらずに1のままなのに、君を遥かに越える人工生命ですよ。
エメスは男にならなかったから封印されていただけだが、このクエストの魔神とやらは北の魔王が手に負えなくなった系だろ……
「もう……主の意気地なし、じゃあこれならどうなの?」
またしょーもないクエストだろう……
“アプリ起動、ユニオン空色旅団に属する勇者パーティーを名乗る冒険者達がウィザード級の冒険者を募集している。一週間の長期巡行クエストになる為、それが可能な人に限る。また中級以上の魔法を扱える事を必須条件とします。勇者と自称していることが少しばかり怪しいですが、経験と実績は高いパーティーのようです“
「あぁ、お前さんは確かにメイジやウィザード級だよな……他のパーティー参加とかお前一人でいけるの?」
俺の質問、それに目を丸くするアステマ。
「な、なに言ってるのよ主! あの同盟組んだ冒険者の人間共とも私たちはうまくやったじゃない! 馬鹿ね……もう」
「いや、俺たちというか俺いたからじゃん。お前一人で行くんだよ? 募集ウィザードだもん」
「…………わ、私一人で行くなんて何の冗談よ! あ、主達もその、来ていいのよ……うぅ……一緒にきてよぅ! あーるーじー!」
ツンデレってさ、お手本の可愛いヒロインのトレードマークみたいなもんだ。
でも目の前でやられると俺はこう思うんだよな。
この女、頭沸いてるんじゃないだろうか? ……ってね。
「はぁ、まぁいいや。とりあえず行くだけ行って見て俺たちはダメって言われたら知らんからな。自分で決めた事はしっかり全うしろよ?」
俺がそう言うとアステマは口を尖らせる。
「や、やーだぁー! 主、私を変な人間達に任せていいの? この超絶魔王級美少女のグレーターデーモンよ! 何をされるか分からないじゃない」
腹立つわ。
なんだろう。こういう女に振り回されてやれやれ! とか言って惚れちまう男は極Mなんだろうか?
俺は既に三回はアステマを殴りたい。
「……うぅ、主?」
「砂糖くいてーんだろ?」
砂糖か、一人ぼっちになる事かアステマは考えた結果。
一人になる事が嫌らしい。今時の子か……まぁそうなんだけど。
「い、いらない。あんな白い、デーモンをダメにする白い粉なんか……粉なんか……い、いらないわ」
制服を掴んで嫌々そういうアステマ。俺は一つだけ学習した。モンスターも我慢できるじゃないか……仕方ない。
「とりあえず俺たち参加がダメなら断るか」
「……ほんと? 本当ね? もう、仕方ないわね! 私の至高の魔法を使わせてあげるんだから人間達はひれ伏すべきなのよ!」
……なんだろう。アステマは俺とコンビを組んでコントしたいのだろうか?
もし、そうじゃなかったら本当にオツムの方がヤバい子だぞ。
知ってるけど。
「とりあえず、その自称勇者様パーティーとやらに会いに行ってみようか?」
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募集場所・ギルド内食堂の角。
併設している食堂。ここにもいくつか料理を教えたので俺がきた頃より格段に人気が出来た酒場兼食堂となった事で経営者とも顔馴染みでる。
軽く手を上げて、会釈すると俺たちはその勇者一行という連中を探す。
おぉ、多分あれだ。魔法使いのローブを着た男、そして反った剣を持つ戦士。
そしてだ。私が勇者です! と言わんばかりの主張をした男。
頭にロレックスみたいな額当てをつけて、肩と胸に大鷲みたいなレリーフのあしらわれたプレート。
「……おかしな格好の人間ね……あれが勇者?」
当初裸みたいなおかしな格好だったアステマに言われれば連中はだいぶおかしいのだろう。
俺はそんなアステマに声をかける。
「ほれ、連中に話しかけてこいよ。私、メイジです。中級以上の魔法を扱えるのでパーティークエスト応募します……ってな」
見るからに嫌そうな顔を見せるアステマだが、こいつが言い出した事だし、自分の事は自分でできるようにさせないとな。
ガルンとエメスと俺は遠くで見ておくことにする。
アステマはやむなし自称勇者パーティーに話しかける、いちいちポーズをとりながら話すのがなんとも鼻につく。
伸縮自在のデーモンの羽が後ろから見ていると小刻みに震えている。あいつ、ブルってやがるのか? それでも尚いつもの様子でアステマは話を続けていると勇者が立ち上がった。
もしかして、本当に凄い勇者でアステマがデーモンだと気づいたか? だとしたらヤベェ。
俺の心配をよそに自称勇者はアステマの両手を握って頬を染めている。
まぁ、モンスター娘達は見てくれだけは確かにいい。二次元から出てきたような可愛さ、美しさがある。
だがしかし、こいつらはモンスターである。そして極め付けは馬鹿だ。
そんな事を知らない自称勇者はどうやらアステマの容姿が気にいってパーティーに入れる事を承諾したらしい。
アステマは俺たちの方向を見て指を刺す。今度アステマには一般常識を教えようと思う。
こっちに来いというジェスチャーをとる自称勇者様。
多分、アステマが俺たちがいないとパーティーには入らないと言ったのだろう。それを飲むとか大丈夫か自称勇者。
仕方がないので、俺達は自称勇者パーティーが俺がこのギルド食堂に教えたサムギョプサルもどきに舌鼓を打ちながら、少しばかり酒の勢いで上がったテンションで握手を求めてきた。
ノップ村なるところから千年に一度生まれるという龍の紋章を持った者が勇者となるらしい。そして自称勇者はその龍の紋章なる俺にはただのアザにしか見えないそれを見せつけてくる。
要するに俺たち商業ユニオンよりも立場が上だと言いたいのだろう。ただ装備も使えるスキルもまぁまぁグレードが高い。
俺たちにもそれなりに報酬をくれるというから文句もない。
自称勇者、タルバンはアステマの手を握る。
「アステマ、どこかの姫君だろう? 何が目的でメイジのフリなどしているのか知らぬが、いつか話したくなった時があれば聞いてやるぞ」
ゾワッ! キモチワルイ! 俺がそう思ったのだ。手を握られたアステマさんは……白目を剥いている。グレーターデーモンさんよぅ……メンタル弱すぎだろ。




