魔王様、始まりの街に来てはいけません!
「うぅ、なんらかの呪いを受けたようね……頭が痛く、異様な程に吐き気を覚えるわ……」
アステマさん、それを俺の世界、いや多分この世界でも二日酔いと言います。
二日酔いは考えようによっては状態・毒なわけだ。
俺の状態回復魔法が役に立つだろうか?
「全く、この世界の法律的な物がどうなっているか知らないけど、俺は酒を呑むなと言ったハズだからな? そしてお前さんはどうやらとんでもなく酒に弱いらしい。今回はその程度で済んだからよかったけど、酒は怖いんだぞ? 急性アルコール中毒で死んでしまう人だっているんだからな? もう辛そうだから、今回だけは俺が魔法で楽にしてやる。これに懲りたら今度俺が許可するまで飲むんじゃないぞ? かの者の毒素を取り除け、アンチポイズン!」
段々と顔色が良くなっていくアステマ。
「主、フン。別に助けて欲しいなんて私は一言も言ってないんだからね。私は中級魔族のグレーターデーモンよ? あらゆる状態異常への耐性を持ってるんだから! 今回の毒に関しては経験がなかったから解毒に時間がかかっただけよ。主は魔法の無駄撃ちと言っても過言ではないわ。でも一応言っておくわ、ありがと」
腹立つなコイツ……父親を邪険にする娘ってこんな感じか?
もういいや、アステマの二日酔いに時間を取られて、すっかり時間も遅くなってきた。
今日は適当に宿を借りて寝よう。
「お前ら、もう腹も満たされたし、誰かさんのせいで妙に疲れたからこの敷地内の宿に泊まって早めに休もうぜ。明日はおそらくそこそこの金が入ってくるから今後のヴィジョンを考えたいし」
流石に金を持っている連中が集まるオークション会場。盛り場である公営ギャンブルも出店している。
遊びたいと喚くかと思ったアステマはまだ少し本調子じゃない。
お腹を満たされたガルンは多分すぐ寝るだろう。
未だ分からないことが多いゴーレム、今はなんとか機人だったか? コイツのことは分からないがとりあえず黙ってついてきてる。
「マスター、夜は長いと知り。我、覚悟したり」
うん、早くコイツをなんとかしなければ、とか俺は思わない。コイツはこういう奴なんだろう。とりあえず適当に選んだ宿。
「いらっしゃい……あぁ、今回の目玉商品の出品者さん? どこであんな物を?」
「あぁ、父親が収集癖のある人らしくてね。ところで四人なんですけどいいですか?」
宿屋を出店している男は俺と連れの三馬鹿を見て何を考えたのか、俺の肩をパンパンと叩いて鍵を渡してくれる。
「お盛んですな。旦那! いい部屋サービスしといたんで、今後ともよろしくお願いしますネ」
宿代は相場の二倍近い。しかし、出品者はこの施設利用も賄われる。どうやら出品手数料から支払われているのだろう。
案外異世界もまともな仕組みが出来上がっているんだな。異世界を原始的だと考えるのは今後はよそう。
「おい、ガルン。部屋についたぞ。制服着替えてから寝ろ。今日は湯浴びはしなくていいかなら」
「わ……分かったのら……ご主人、お休みなのだ……明日はもっといっぱい美味しいものが食べたいの……」
食欲の権化がベットに寝落ち。
同じく未だ気分を悪そうにしていたアステマも制服を脱いでガルンのとなりのベットに横になった。
「悪いけど、今日は魔法力を使いすぎたから先に休むわ」
うるさいこの酔っ払いめ。さっさと寝て、水飲んで毒素を出し切れ!
デーモンも酔っ払う。俺は異世界でどうでもいい事を知った。
そして最後の長身残念美女。
「エメス。お前も今日はもう休め。眠ったりしないのなら、休眠モードにでも入ればいい。俺は少しだけやりたいことがあるからな。明日から多分忙しくなる。お前の怪力やらはそこで役立ってもらうわ」
エメスは席を立つとトンと俺の前にグラスを置いた。
「マスター、部屋の棚にあった焼いた酒を氷創造でオンザロックにしてみた」
「気がきくな……あぁ、元々執事型ゴーレムをつくろうとしたんだったか?」
「さぁマスター。それを飲んで我と一つに」
「ならないよ? あとお前が盛った怪しげな薬はユニオンスキルで解毒してるから」
「……さすがは我がマスターなり」
俺は耳に息を吹きかけてきたり、どエロい下着姿になって誘惑してくる頭の悪いゴーレムをとりあえずベットに寝かしつけてノートパソコンを開いた。
今後、俺が得れるであろう運転資金とそれを持って商売の形を考える。最初はショッピングモールだなんて大きな事を考えていたが
「まずは商店街を目指してみるか」
この世界にもあれなら受け入れられやすいだろう。
それは翌日のことだった。
「緊急事態! 緊急事態です! 戦闘が可能な冒険者の方はノビスの東門前に集まってください」
そう言って叫びまわる人たち。多分ギルドの職員だろう。緊急事態が起きたという。強大な魔物でも現れたか?
この声に釣られて目を覚ましたガルンが毛を逆立たせている。
無理やり鎖でベットに縛り付けていたハズのエメスはそんな鎖の拘束を解いてから冷静に言った。
「マスター、全滅級の危険度と魔法力を持った何かがやってきたらしい」
「ちょっと……今までと違って何馬鹿正直な感じで反応してんだよ……お前がいきなりそんな事言うとヤベェやつだって思っちゃうだろ!」
俺が冗談だよなとアイコンタクを取ってみるが、エメスは少し困ったような顔をして鼻をフンと鳴らす。腹たつけど事実なんだろう。
レベルも大したことがない俺と魔物のパーティーに何かできることはないだろうが、一応冒険者登録しているので行くしかあるまい。
「一応顔出すだけ出して、ヤベェと思ったら速攻でトンズラする。お前達も無謀に戦闘することはないと思うけどいいな? 俺の指示を聞かなければ死んでもマジで知らんからな」
俺がそう言ってもアステマあたりは何か生意気な口上一つでも垂れるかと思ったが、目が泳いでる。よっぽどやばい奴なんだろうな。
エメスはゴーレム故か、危険度の測定は最速だったが、恐れるとか怖いとかの感情がそもそも備わっていないのかもしれない。相手と自分の能力を比べて全滅級と言ったのだから、故にもう諦めているのだろうか?
「クハハ、人間風情の巣にこの余がきてやったのだ。喜べ、そして恐れ慄き逃げまどえクハハハハ!」
この街の名前。ノビスの看板って素敵だなぁ。
そんな事を考えながら俺は馬鹿みたいな高笑いをあげるセーラー服みたいな衣装のガキを見て力が抜けた。
「で? あの恐ろしく偉そうなお子様が緊急事態なのか? そして全滅級脅威なのか? ひ弱そうな女の子が馬鹿力を持っているとか、あんな感じのガキがめちゃくちゃ強いとかってお約束はラノベかアニメで結構」
“アプリ起動。想定外超級脅威。危険度世界規模。レベル推定カンスト。南の魔王。通称闇魔界のアズリタンと一致。今すぐにその場から三十キロ以上離れてください……繰り返します“
嘘でしょ……完全に小学生くらいのちびっ子。とびきりの笑顔にギザギザの歯が見え、無駄に長いマントをしたオツムの悪そうな……
「おい、三人とも。俺が合図を出したら全速力でここから逃げる。俺のユニオンスキルで全能力を強化するとりあえず真っ直ぐ走れ。いいな?」
ヤベェ、ガルンとアステマはビビって聞いちゃいねぇ……そんなにやばいのか? アプリの反応が本当ならあのクソガキは核兵器以上にヤバいという事だ。
「ここに破滅の主。北の魔王がいるのだろ? 破滅の魔斧ヘカトンケイルの匂いがするぞ。ククク、シズネとは決着がまだついてはおらぬ。ここに連れてこい。さもなくば、この小さな巣を消し飛ばしてやるぞ! クハハ!」
まじかーい! この魔王。俺が持ってきた斧に釣られてきやがった。
やっぱあれ呪いのアイテムじゃねーか……
「南の魔王っ! ここには北の魔王なんていない。速やかに去れ! さもなくばこの街の総勢三十人からなる冒険者がお前の相手になるぞ!」
この街でも有数の冒険者達がそう叫ぶが、俺でもわかる。
多分、瞬殺されるだろう。アステマがガタガタ震えているのだ。
俺は二人の手を引いて、唯一まともに動いてくれるエメスと共に悪いがこの街から一刻も早い脱出をと、異世界きていきなり死ぬなんてないわー。悪いな。俺が勇者じゃなくて……
この街の冒険者達は即興とはいえ、ギルドという名の大型ユニオンの力をかり、ギルドマスターによるユニオンスキル。
上級精霊魔法を完成させたらしい。
「「「不浄なる者への天の裁きを!」」」
神の一撃神の一撃! すげぇ魔法だ。
アズリタンなる魔王はこの街の冒険者達、何気に俺たちも所属してるから俺たちの力も使って放たれた魔法に飲まれる。もしかしてこれ結構いい感じなんじゃないか?
まぁでもだ。異世界アプリで核兵器以上の脅威と判断したアズリタンに対してこの街の最強戦力の魔法は良くて戦艦の大砲クラス。それはそれで凄いのだろうけど……てんで効いてねぇ……
アズリタンは何か重いものでも持ち上げるようにこの街の最強魔法を跳ね除けた。
そして嗤う。それはそれは嬉しそうに嗤う。これは新しい玩具を見つけた時の子供の邪悪な笑顔だ。
アズリタンは冒険者達を見渡す。これはいよいよやばい、俺は叫ぶ。
「アステマ! 全員に魔法防御、俺もユニオンスキルでそれの効果を上げる。ガルンはアステマ、エメスは俺を担いで全力ダッシュ。唖然としてないで頭使え! コイツは俺らでどうにかできる相手じゃねぇ!」
ガルンとアステマの頭を軽く叩くと二人はようやく我を取り戻す。そして俺の指示にアステマが頷いた。
「な……何よ。聞いてるわよ! 私の至高の魔法障壁でしょ? 初めて魔王種を見たからどんな物かと観察していたけど、ふふっ。あれは私たちには絶対勝てないわね。こんな人間の街に単独で来てんじゃないわよ魔王。ふん、四人に私の魔法障壁を使ってもあんまり意味ないわよ」
自信あるのかないのかどっちだろう? いや、遠回しにないな。
「ボクがアステマを担いで逃げればいいんだな? エメスがご主人なのか? ボクがご主人を運びたいのだぁ! そしてご褒美を……」
「なんでも買ってやるからアステマを担いで走れ!」
アステマが魔法防御の呪文を詠唱。
そしてそれの完成と発動を待って俺のユニオンスキル。全体効果倍増。全体能力増、ユニオン結成してて良かったな。
エメスは俺を背負うと前を向いて、走る格好をしながらやや息が荒い。
うん、いつかコイツの頭にケーブル繋いでソフトだかなんだかを改変してやろうと思う。
逃亡こそが無敵。
まず魔王とか異世界きて序盤に出会う奴じゃないだろ。
いや……俺の記憶が正しければロープレとかだと序盤イベントでモブが滅ぼされる強制イベントとかあるわ……
それを機に勇者達は魔王討伐の冒険の旅に出るわけですわ。
……要するにこの強制全滅イベントから回避する事が俺の今のミッション。
エメスにガルンは一気にトップスピードで飛び出した。
いい感じだ。
「よっしゃ! いいぞ、そのまま虚の森まで走れ! 追加の『エキスパンション!』速力増加!」
俺の新しい補助スキル。エメスとガルンにさらなる能力強化。正直いい感じだったのに……
ものすごい禍々しいオーラを放った斧がエメスとガルンの前にズドンと落ちてきた。
「……ヘカトンケイル! やはりいるのだな北の魔王。いや! 貴様か? 貴様が北の魔王の後継か!」
「いえ……違いますけど? 俺は魔王じゃなくてCEOですけど? 故に、そこをどけ。俺たちは俺たちの拠点に帰るだけだ」
相手は見るからに頭の悪そうなメスガキにしか見えない。
が、魔王である……が、頭はとにかく悪そうだ。
魔王という存在が魔物連中の王であれば、多分頭は悪いかもしれない。ソースは俺のパーティー三人である。
ここでタイマン張ればほぼ百パーセントお陀仏だろうが、俺は一点もしかしたら頭悪いかもに賭けることにした。
ビビりまくるアステマとガルン。
そして色々計算した結果完全に諦めているエメス。
俺は俺の目の前に落ちてきたオークションの目玉商品。
それを持ち上げると、そーっとアズリタンを見る。あぁ、こいつ魔王だわ。今までこの斧を見て逃げ出すか従う魔物しか見てこなかったけど、
コイツはそういう小手先が通じない系だった。今から俺と異世界にありがちな超バトルを期待している顔をしている。
アズリタンが口を開く。
「クハハ、いいぞ。それは実にいい。余に届く魔神器が一つ。北の魔王いや、シーイー王。戦いを楽しもうではないか!」
うはー、かっこいい。一度言ってみたいセリフをアズリタンはほざきながら何やら詠唱しながら近寄ってくる。
「おい、アズリたん。お前は戦って死んでしまうことが怖くはないのか? 俺はちょっと勘弁して欲しいんだけど?」
俺の素直なセリフにアズリタンは嬉しそうに口を開く。綺麗に揃えられた前髪、漆黒でキューティクルの効いた黒髪。お人形みたいだな。頭が悪いけど、コイツなんかマスコット的に可愛いな。
「これだけの力を持ったのだ! 力を受け、止める相手は少なかろう? 滅び結構。それすらも悠久の戯れだ! クハハ! まぁ余達は滅んでもいずれ蘇生するからな」
うん、魔王はリスボーンできるんかい!
そりゃ、無限コンテニューできれば楽しいでしょうな。
一触即発。冒険者達は俺とアズリタンの動向から目が離せない。そして俺はもう一つ。魔物の反応に賭けてみた。
「アズリたん。その前に飯にしないか? すげぇ美味い物があるんだ! お前に敬意を評して、お・も・て・な・し!」
モンスターは食い意地が異様に張っている事。ソースはウチのもん娘。
どうだ?
「くはは! 良かろう! シーイー王である貴様の最期のもてなし、謹んで受けてやる!」
乗った!




