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灯台下暮らし  作者: 夜寝眩
8/22

咲の気持ち

学びたいことがあるから東京の大学に行きたい。そう家の人たちに言って東京に出てきた。

それは理由の一つではあるが、一番の理由ではない。


私が渚学園の高等部に進んだ頃から自分の気持ちに違和感を覚え始めた。

これはそういうものではないと言い聞かせて、その気持ちに蓋をした。

でも進路を決めなければならない時期にはその蓋が緩んできて気持ちが漏れ出してきた。


違う、違う、違う、違う。と私はそれを否定した。


このままではいけないと思った。ここにいるとそのうち蓋がどこかにいってしまってその気持ちを否定できなくなる。だから東京の大学に進学した。


東京では吉野家の吉野咲ではなく、ただの吉野咲として学生生活を送った。

どこにでもいる普通の大学生になって、今までとは違う人との繋がりができた。


そうして過ごしているうちに二十歳になった。

ある日、友人たちにお酒を飲みに行こうと誘われた。友達とお酒を飲みに行くという初めてのことに楽しい気持ちになっていた私だったが、約束の店に行くと友人たちの他に複数の男性がいた。

何も伝えられず、ただ友達と楽しくお酒を飲んで過ごすつもりだった私は少し苛立ちを覚えたが、顔には出さずに席に着いた。

その時は何事も経験だと思ったし、そういうことにも興味を持てるかもしれないと期待したからだ。


その場にいた男性は私と同じ大学の人や他大学の人もいた。共通しているのは皆四年生で、就職が決まってあとは卒業を待つだけの人たちばかりだったことだ。

男性たちは自分がどういう人間なのか、就職先はどこそこだとか、私たちに対して積極的にアピールしてきた。友人たちは興味深そうに話を聞きながら相槌を返していた。男性たちは飽きさせないように私たちに話を振りながら、女性が喜びそうな言葉を次々に口にする。

友人たちは気をよくして楽しそうにしているが、私はあまり良い気分ではなかった。


良い時間となったのでお会計を済ませ店の外に出た。皆は二次会に行くそうだが、私はこの後予定があると言って辞退した。男性陣は残念そうにしていたが、友人たちがなだめて連れて行った。


後日、私を誘った友人が何も言わずにあの場に招いたことを謝ってきた。

私としては良くも悪くも経験になったので、もうしないでねと言いその謝罪を受け入れた。

友人は確認するように、どうだった?と聞いてきたので、ああいう場は好きになれないと思うと伝えた。

友人は再度謝りながらも二次会の様子を私に話してくれた。

どうやら飲み会にいた男性の一人から私の連絡先を教えてほしいと言われたそうだ。

もちろん私は断った。

「咲は恋愛とかに興味なさそうだよね。でもいい人だったよ、一度くらい遊びにいってみたら?」

友人はそう言って私を説得してくる。

それでも気が進まない私は首を縦に振らない。それでも友人は、意外と興味を持てるようになるかもしれないよ。とそう勧めてくる。

うんざりした気分になり、押し問答を続けるのも面倒になってきた私は、しぶしぶ連絡先を教えることを了承した。


その後、その男性と何度か連絡を取り合ったがやはり興味が湧くことはなかった。

男性はしつこく一度だけでいいから二人で出かけないかと誘ってくる。

またもうんざりして一度だけならとその誘いに乗った。


その男性は車を持っていて、ドライブをすることになった。ドライブ中は私の学生生活のことや友人のこと、恋愛に対する考え方などいろいろなことを聞かれた。私は作った笑顔で当たり障りのないことを言い、男性の話にも適当に相槌を打ちながら外の風景を見て過ごした。

なんだかんだと朝から夕方ごろまで、途中休憩や昼食などをはさみながらドライブをしてその男性とは別れた。


一人で住んでいるマンションに帰宅した私は吐き気を覚えてトイレに駆け込んだ。


気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


品定めするような下卑た目で私を見て上辺だけの言葉を並びたて、私を口説こうしてくる。その言動にこれまで感じたことのない強烈な嫌悪を感じた。

最悪だ。こんなことなら行かなければよかった。


気持ちの蓋がまた緩む。

家を離れてからそんな気配がなかったのに。


あの子の笑顔が脳裏をよぎる。


あの子は私をそんなふうに見ない。邪心のひとかけらもない綺麗な笑顔で私を見てくれる。慕ってくれる。


「会いたいよ、(しゅう)ちゃん」

そう口にしてしまうとその蓋は更に緩まってしまった。


四月も終わりに近づいた頃、両親から帰ってきてほしいと頼まれた。

本家は表を、分家は裏を、祖父がそう決め今の吉野家がある。

生前の祖父が吉野家とはかくあるべきと家の者に強く言い聞かせていたのを覚えている。

いずれ本家の長女として表に立つ必要がある私には両親からの頼みを断る選択肢は無かった。


しかし気持ちの蓋は緩んだままだ。彼と会うべきではないと思う自分と、会いたいと思う自分がせめぎあっていた。

そんな私は両親に家に戻ることを唯に伝えないで欲しいと言った。

当然両親は疑問に思ったのだろう、何故かと問われた。

「唯は高等部に進んだばかりでしょ。家のことで余計なことを考えさせたくないし、驚かせたいの、だからお願い」

そんな風にいい加減な理由をこじつけて両親を黙らせた。

私がいることを彼が知る可能性を低くすれば、会う可能性も低くなる。

そんな安い保険をかけて、蓋から漏れ出す気持ちをごまかした。


実家に戻った私はほっとしていた。外とは隔絶されたような家だ。自分の気持ちを整理するのに丁度よかったのかもしれないと思った。

自室で大学のレポートをこなしながら、自分の気持ちにまた蓋をしようとしていた時だった。

唯が学園から帰ってきた。会いたくて、でも会いたくなかった彼を連れて。

突然のことに心臓が跳ねた。そんな心臓をねじ伏せて、驚いた顔をいつも表情に戻して話した。


求めていた無邪気な笑顔に気持ちの蓋がガタガタと震え出す。


まずいと思った私は、彼の願いを忙しいからと断ろうとした。でも、あからさまに肩を落とす彼に私は勝てなかった。

彼は唯のピアノを聞きにきたようだった。昔と変わらないやりとりをしていて仲がいいことが見てわかる。そんな唯と彼を見送って、私は自室に戻りドアを閉めてうずくまる。

もうダメだった、気持ちの蓋が吹き飛んで中身が溢れ出した。


彼が好きだ。どうしようもないくらいに。


深呼吸を繰り返し、気持ちをどうにか抑え込んで、植木さんの元にバーベキューの準備をお願いしに行った。


バーベキューが始まり、昔に戻ったような雰囲気に私は救われた。

二人が最近の学園生活について無邪気に話をしてくれて微笑ましい気持ちになる。二人とも私を慕ってくれていることがよくわかる。

彼は私と会えたことを心から喜んでくれているようで、そんな彼をからかいながらもその言動に心が揺さぶられていた。


彼とその姉との関係が悪くなっていると聞いたときはさすがに驚いた。

過保護すぎるくらい彼をかまっていたのに、梨沙が弟をぞんざいに扱うところなど想像も出来ない。でも今の彼を見ていると相当なものなのだろう。

彼にこんな顔をさせるなんて何を考えているのか、怒りにも似た感情が芽をだしそうになる。

なにか思い当たることがないか考えていると、急に唯が恋愛について私に聞いてきた。

一番触れられたくない事に動揺したが、彼が肉を落としてそれをからかうことでその動揺を隠すことができた。

思い出したくもない事に顔をしかめそうになったが、どうにか張り付けた笑みで私の恋愛事情について話をした。

逆に私が二人に問い返すと二人の反応は正反対だった。彼は、今は忙しいから考えられないと言い、唯はうつむいて何も言わなかった。そんな唯の反応が意味することを私は知っている。


唯は彼のことが好きだ。それはずっと前から知っていたし、唯のことを応援してきた。

彼は昔から梨沙の背中をずっと追いかけている。それは何かに取り憑かれたかのような必死さだった。

そんな届かない姉の代わりに私に好意を向けてくれていることも薄々気づいている。

でも、私の好意と彼の好意は別の意味を持っている。私は梨沙ではない。代わりになどなれないし、仮に同じ気持ちだったとしても、私は唯を裏切りたくない。


どうしようもない気持ちを抱えながら話を打ち切り、片づけをしてバーベキューが終わった。

彼を見送った後、両親と唯に疲れたからと言って先に自室に戻った。


限界だった、さっきまですぐそこにいた彼を思い出してしまう。

溢れ出した気持ちは私の体は熱くする。

「修ちゃん、修ちゃん」

彼の名を呼びながら何度も自分を慰めた。


正気に戻った時には息も絶え絶えになり体は蕩けきっていた。

重い体をどうにか動かし、シャワーを浴びようと廊下を歩いていると唯とすれ違った。

「姉さん?」

唯の顔を直視出来ない私は、ごめんねとだけ言い、逃げ出すようにシャワールームに向かった。

シャワーを浴び終えて自室のベッドにもぐりこみ目をつぶる。


私の望みはかなえてはいけない。唯を傷つける。それはできない。

途方に暮れる私を置いて夜は更けていった。


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