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僕の家はいわゆる分家だ。父は純也さんの弟であり、吉野家の企業経営を手伝っている。
そんな僕の家は、本家たる吉野家と比較的近い場所にある。本家は駅から少し遠い所にあるが、僕の家は駅に近い場所だ。
夜も9時を過ぎていたので純也さんが手配してくれた車で家に帰ってきた。
運転手に礼を言って車を降りる。時間は9時半になろうとしている。
家のドアを開けて玄関に入ると以外な人が迎えてくれた。姉の梨沙だ。
長い黒髪が特徴的で、咲姉のように綺麗な人だ。ただ、咲姉とは違って近寄りがたい雰囲気が漂っている。特に今の僕にはその美しさが威圧的に見えてしまい、姉と向かい合うと少しひるんでしまう。
「おかえり修、遅かったのね」
最近避けられているように感じていたので姉がそう言って迎えてくれることに驚いた。
(なんか怒ってる?)
最近は難しい顔をしていることが多い姉だが、今の表情には苛立ちの色が濃く見える。
「ただいま姉さん、唯に誘われて本家に行ってたんだ。そしたら咲姉もいて、一緒に食事をすることになったんだよ」
父さんは海外出張中で、母さんも今週は国内出張で家にいない。
母さんには本家に行って遅くなることを伝えていたが、姉には何も言っていない。
僕の説明を聞いた姉は眉間にしわを寄せた。
「私は何も聞いていないわ。遅くなるなら私にも連絡しなさい。心配するでしょう」
そう言うが、今の僕は姉と関わることが少し怖くなっている。これ以上姉弟の関係を悪くしたくないという気持ちと、姉にそっけなく返されることに少しの恐怖心があり、連絡できなかった。
玄関で迎えてくれた姉が心配すると言ってくれた。こんな形で姉の興味を惹いても意味がないのだとわかっているのに、申し訳ないという気持ちと嬉しい気持ちが僕の中に混在している。
「ごめんなさい姉さん、次からは連絡するよ」
「そうして、修も高等部に進んで友達と遊びに行くことや急な用事で遅くなることもあると思う。でも連絡がないと何かあったんじゃないかって心配になるわ」
姉さんはそう言いリビングに向かって歩いていった。
僕もそれを追うようにして靴を脱いでリビングに向かった。
リビングに着くと姉はソファに座って紅茶を飲みながら本を読んでいた。
そっけない態度ながらも明確に心配してくれている様子の姉だが、やはり不機嫌そうだ。
僕はそんな姉の隣に間をあけて座り、今日本家であったことや、最近の姉さんの様子を純也さんたちに伝えたこと、何か困っているならいつでも相談してほしいと言われたこと。
それと純也さんや翔子さんが姉さんに会いたがっていたことを伝える。
姉は本から僕に視線を移して言う。
「そう、本家には今度顔を出すわ。でも咲さんが戻っているって何かあったの?」
咲姉が戻っていることを疑問に思ったのか、そう聞いてくる姉に、僕も詳しくは知らないけれど、どうやら家の用事でゴールデンウィークが終わるまではこっちにいるらしいことを伝える。
咲さんも大変ね。と少し同情した様子だが、本家の用事ともなれば何も言えない。
僕もそうだねと苦笑しながら相槌を打つ。久しぶりに姉とちゃんと会話しているような気がして少しうれしく思っていると姉が僕の予定を聞いてくる。
「修はゴールデンウィーク何か予定があるの?」
明日の金曜日が終わればゴールデンウィークだ、今年はうまく祝日が重なって9連休となっている。今のところ確定している予定はないが、土曜日は真鍋の練習試合を見に行こうと思っていると姉に伝えた。
「そう、新しい友達ができたのね、ちゃんと応援してあげなさい」
姉が微笑みながらそう言うので、僕は少し驚く。姉がこんな表情を見せてくれるのは久しぶりだ。
少し前まで当たり前だったやりとりをしているだけなのに心が暖かくなる。
もう少し姉と話しをしていたくて、姉が興味を持った新しい友人のことについて話す。
真鍋は人当たりがよくてクラスにもすぐに馴染んだことや、スポーツだけでなく勉強も出来ること、最近では唯とも仲良くなって三人で話すことも増えたことなどを伝える。
「唯ちゃんとは高等部でも仲がいいのね」
そんな当たり前のことを確認するように聞いてくるので不思議に思う。唯と同じクラスになっていることは知っているはずだ。
姉が何を聞きたいのか分からず、僕は高等部でも唯とは一緒にいることが多いと言う。
「あなたたちは・・・」
何か聞きたそうにしている姉だったが、何でもないわと話を打ち切り、そろそろ部屋に戻ると言って立ち上がる。
久しぶりに話せたせいで僕は少し舞い上がっていたのかもしれない。
つい言ってしまった。
「久しぶりに姉さんと話せた気がして嬉しいよ、最近僕を避けているように見えたから心配だったんだ」
部屋に戻ろうとした姉が立ち止まって振り返る。
「避けてなんかいないわ、修が離れていっているのよ」
そう言って部屋に戻っていった。僕は意味がわからず茫然とする。
(僕が姉さんから離れていっている?どういうことだ)
記憶をたどるが一切身に覚えがない。いくら考えても思い当たることがなかった。
シャワーを浴びている間も、部屋に戻ってベッドに入った後も僕は姉が言った言葉の意味を考えていた。