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僕もピアノをやっていたが、唯の音には説得力みたいなものを感じる。
それはもう豪快な音で、コンクールでは絶対やらないような演奏だったし、さっき唯が言った通り、叩き出すという表現がしっくりくる演奏だった。感情を音に乗せて僕にぶつけてきているみたいだ。
(え?これ練習になってる?なんかすごく怒ってない?)
そんな風に思うが怖くて聞けない。
予想通り葬送曲を何曲か弾いたあと、唯はスッキリした様子になり、その後も何曲か弾いて聞かせてくれた。その演奏には先ほどのようなトゲがなくなりとてもキレイで丁寧な演奏だった。
「どうだった?」
唯がとても良い笑顔で聞いてくる。
「良かったよ。僕なんかがどうこう言えるレベルじゃないよ。むしろ僕必要だった?」
「必要だよ、こんな音を聞かせられるのは修君くらいだもの」
「・・・そっか、ならよかった。」
どの音のことだろう。もう考えるのはやめよう。
演奏が終わって唯と雑談していると咲姉が部屋にやってきた。
「唯、修ちゃん、準備できたよ。お父さんとお母さんも帰ってきたし始めようか。」
なんだかんだともう夜7時になっていた。
僕たちを呼びに来た咲姉と一緒にバーベキューをやる庭にやってきた。
そこには、バーベキュー用のグリルとその側にテーブルがあり、その上には肉や野菜などが乗せられた皿が並べられている。
そこから少し離れた場所に食事用のテーブルとイスが並べられており、イスに座ってグラスに入ったお酒を飲んでいる人がいた。
「おう、修、よく来たな。高校生活は順調か?」
はっきりとした良く通る声で、唯と咲姉の父、純也が声をかけてくる。
「純也さんこんばんは。順調だよ、高等部は科目が増えて難易度があがっているから少し大変だけど、新しい友達もできたよ。」
吉野家の人たちとは長い付き合いなのでくだけた様子で会話をする。
「修君いらっしゃい。正月ぶりね。高等部でも唯と仲良くしてくれて良かったわ。」
そう話しかけてくるのは唯と咲姉の母、翔子だ。
「翔子さん急にごめんね、僕がバーベキューしたいなんて言ったばっかりに。」
いいのよ。こうやってみんなで食事する方が楽しいじゃない。と明るく答えてくれる。
「じゃあやろうか。食べ盛りなんだ、たくさん食べなさい。」
そう純也が言い、バーベキューが始まった。
純也さんと翔子さんは食事用のテーブルで椅子に座りながら植木さんが焼いて取り分けてきたものを食べている。
僕ら3人は自分で焼きたいのでグリルの周りに集まっている。
「バーベキューなんて久しぶりだね」
「いつ以来かな、修ちゃんが小学校位の頃だったっけ?」
僕達は会話をしながらそれぞれ食べたいものを焼いている。
「そうだね、あの頃の咲姉は僕が焼いた肉をよく横取りしていたよね。それで姉さんが修に意地悪しないでって怒ってたこと覚えているよ。」
肉焼けたけど食べる?と咲姉をからかうと
もう、と咲姉がすこし拗ねる。
「あの頃は修ちゃんが可愛くてね、ついつい意地悪したくなっちゃったんだよ。」
つまり私は悪くない。可愛い修ちゃんが悪い。と謎理論をふっかけてくる。
「修君はその時怒ってなかったけどね、梨沙さんがすごくムキになっていたような気がする」
唯がクスクス笑う。
「でも修君、野菜嫌いは変わってないね。ちゃんと食べようね。」
まるで子供をしつける母親のような言い方に僕は少しむっとする。
「野菜も食べられるようになったよ。ただ、バーベキューみたいに丸ごと野菜って感じの食べ方が苦手なんだよ。」
「じゃあなんでバーベキューしようなんて言ったのよ。」
今度は咲姉が笑いながらそう言う。
「だって咲姉と会える機会も最近減ってきてなんか寂しかったから、なんかとっさにバーベキューって言っちゃったんだ。」
言動を振り返ってみれば僕が子供過ぎて恥ずかしくなってきた。
「うわー!修ちゃんそういうところだよ!高校生になっても可愛いなぁ」
やめて欲しい、すごく恥ずかしい。さっきの発言を撤回したい。
「ほんと修君ってば、そういうとこだよ。学園でも上級生から気に入られる理由は。特に女子の上級生」
急に唯が話を別の方向に持っていくので僕は食べようとしていた肉を落としそうになる。
姉さんが3年ということもあって僕が高等部に入ったときには姉さんの同級生たちが興味本位で僕のところにやってくることが多々あった。
「へぇ、修ちゃん学園でも人気なんだ。それは私や梨沙ちゃんに鍛えられた結果かな」
咲姉がそんなことを言うが、僕には鍛えられた記憶などない。
「姉さんや咲姉は昔からの付き合いでよく遊んでもらっていただけでしょ、鍛えられたっていうのはよくわからないよ」
ふ~ん、と唯がジトっとした目で見てくる。なんだよ。
「修ちゃんは私によくなついてくれていたからねぇ、梨沙ちゃんも大好きだし、修ちゃんって年上が好みなのかな?」
咲姉が笑いながら茶化してくる。
姉弟は関係なくないですかね、咲姉。顔が昔のようないたずらっ子みたいになっていますよ。
咲姉がニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んでくるが、無視して肉を焼くのに集中する。
「でも、今ちょっと梨沙ちゃんと仲悪くなっているんだっけ?」
ドキっとして食べようとした肉を落としそうになるが、持ちこたえて口に放り込む。
肉を咀嚼する時間を利用しながら自分の感情を整理して咲姉に最近の姉弟の関係を説明する。
「まぁね、仲が悪くなったというか、3月の終わりごろから姉さんの様子が変になってきて、最近は僕を避けているように見えるんだ」
う~ん、と咲姉が考える。
「あの梨沙ちゃんが修ちゃんを避けるなんて相当だね」
「でも梨沙さんの状況なら悩みの1つや2つ位ありそうだけど」
唯が姉の状況について、そういう時期だからじゃないかと咲姉に言う。
「私も高校3年の頃は考えなきゃいけないことあったけど、それが原因で唯を遠ざけたことなんてなかったでしょ?」
「私たちは姉妹でしょ。修君たちは姉弟だよ?年齢を考えれば距離感を意識するのは当然だと思うけど」
「そりゃ距離感を意識するのは分かるけどさ、あんまりに極端じゃない?」
うーん、とまた咲姉が考え出す。
そんな咲姉に対して唯が問う。
「姉さんって高等部の時、恋愛してた?」
僕はついに食べようとした肉を箸から落っことして肉が地面にころがる。
なにやってんの修ちゃん。もったいないじゃない。と咲姉が笑いながら注意してきた。