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「さて、僕も帰ろうかな」
「修君、今日は一緒に帰ろっか」
「あれ?唯部活無いの?」
彼女は幼いころからピアノをやっていて今でも続けている。腕前はコンクールでよく入賞する程で、高等部に進んだ彼女は協奏曲をやってほしいとオーケストラ部から誘われて所属している。
「今日は自主練なんだ。たまには家で練習もいいかなと思って」
それにねと続ける
「少し修君と話したいこともあるんだ」
唯との帰り道。学園から駅までの道中にある公園のベンチに座って話をすることになった。
「修君、梨沙さんとまだ話せてないの?」
「うん、なんか最近は話かけるなっていう雰囲気すらあって話しかけることすら出来てないよ」
「そっか、梨沙さんにも色々あるんだろうね」
なにがあるのか具体的には言わないがきっと先ほどまでの真鍋とのやり取りの内容が含まれているのが容易に想像できて、少し居心地が悪くなってしまう。
「修君はさ、結局梨沙さんにどうなって欲しいの?」
「ん?どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。梨沙さんの悩み事が解決して欲しいのかってこと」
「そりゃそうだよ。あんな姉さんを見てると僕も不安になっちゃうし」
そっか、修君にこういう話は嫌かもしれないけど。と少し間を開けて言う
「あえて言うけど、その悩みが恋の悩みであっても解決して欲しい?」
言葉に詰まる。仮に姉が恋に悩んでいるとして、それが解決すると言うのはどういう結末の解決を意味するのだろうか。
考えている間に唯が続けていう。
「修君は恋愛に興味とかないの?」
考え込んでいる様子の僕をみて苦笑ぎみに唯が問いかけてくる。
「僕?あまり意識したことは無いかな。今も高等部の勉強を頑張らなきゃいけないし、そういう暇がないっていう方が正しいかな。僕だって恋愛はしてみたいとは思うよ」
僕だって普通の男子高校生だ。恋愛に無関心というわけでは無い。ただ今は本当に余裕が無い。高等部に入ってから新しい科目が増え、難易度も上がった。今手を抜くことはできないと思っている。
「そうなんだ、修君も恋愛に興味はあるんだね」
少し微笑みながら唯が続けて言う。
「なら、梨沙さんも同じように思っててもおかしくないよ」
確かにそうだ、姉は3年で普通に考えてそういうことに興味があるのは当たり前のことだ。
それにね。と唯が真面目な顔で言う。
「修君は梨沙さんを追いかけすぎだよ。修君はさ、梨沙さんみたいになりたいって思って頑張ってるけど、そういうの私はあまり良くないと思うんだ」
「修君は中等部でも成績はずっと上位をキープしていたし、高等部でも十分頑張ってると思うんだ」
梨沙さんみたいにって気持ちはわかるけど、修君はそこに意識が向きすぎている。
私たちも高校生になったし、少しずつ将来のこととか、今やりたいことに意識を向けてもいいんじゃないかということみたいだ。
姉の背中を追いかけているし、姉に憧れを抱いているのは事実だ。かといって僕に今やりたいことがあるのかというと分からない。スポーツは苦手ではないが、人よりできるというほどではない。ただ勉強だけは中等部からずっと成績上位を維持し続けている。だから今はその唯一の取柄というべき勉強に勤しんでいる。ただ、この勉強も姉には劣る。姉はずっとトップレベルの成績だし、大学も国内1の大学を目指せると言われている。
「修君は梨沙さんと自分を比べすぎだよ。だれでも得て不得手があるものでしょ?」
比べるか、と思う。これまで姉と比べられるという経験があまりなかった。でもそれは、姉が他の人より優秀すぎて僕なんかとは比べる程のものではないからだと思う。両親や周りの大人も僕と姉を比べるようなことしなかったし、友人などもお前の姉さんすごいなと褒める人たちは大勢いた。
両親は僕がスポーツで上手くやった時は良く褒めてくれたし、テストでいい点を取った時も褒めてくれた。なので、回りの影響で姉の背中を追いかけているというわけでは無いと思う。
ただ、昔から姉はなんでも出来た。それを見てきた僕はその姿に憧れていたし、そうなりたいと思ってきた。これは僕自身が勝手に思いこんでいることだ。
上手く言葉に出来そうにない僕に唯は言う。
「修君、梨沙さんじゃなくて、同級生と比べてみたら?」
修君は気づいてないと思うけど
「スポーツもそこそこできて、勉強もできる。容姿だって女子には結構人気なんだよ?」
かわいい系っていうのかな、保護欲をそそられるらしい見た目らしいよと唯が言う。
「私もそう思うもん。修君は頑張ってるし・・・」
少し詰まりながら
「可愛いなって思うよ」
そうなのか、言われてみれば同級生と比べるということをあまりしていないと思った。
それはともかく可愛いってなんだ?そんな風に思われていたのか僕は。
「女子の言うかわいいって誉め言葉なのかな?どちらかというとカッコイイって言われた方が僕はうれしいんだけど」
「まぁ、男の子はそう言う人多いよね。女子がいう可愛いって色んな意味があるからね」
そんな言葉に続けてなぜか少し機嫌が悪くなった様子の唯がいう。
「それにしてもさ。修君って本当に周りを見てないよね。」
「え?どういうこと?」
意味が良くわからず聞き返すと唯は一瞬見せた不機嫌そうな表情を切り替えて
「まぁいいや、ところで修君今日この後あいてる?」
「うん?まぁとくに予定はないけど」
「じゃあ家においでよ。久しぶりにピアノ聞いて感想言ってよ」
「え?唐突だね。別にいいけど。自主練なんでしょ?僕がいて邪魔にならない?」
「人に聞いてもらってる方が緊張感あっていいでしょ?今ショパンの2番を無性に弾きたい気分なんだよね。聞いた後感想言ってね」
あれ葬送曲だよね。なんかあったのか?昔からたまに聴かされてるけど、あれ鬼気迫るほどの迫力があってちょっと怖いんだよね。