世界なんてどうでもいい
私の世界は完成されていた。
手に入らないものなどないと思える。ただ、与えられるばかりの人生。
だからだろうか、幼い頃からぼんやりとしたつまらなさを感じていた。
そんな幼少期に好きだったことは、積み木崩しだった。木製のありふれた積み木を自分の思うように組み立てた。そして自分の手で壊すことを繰り返した。
組み立てることよりも組み立てた積み木を壊すときの方が快感だった。
そして少し成長し、ある程度自分の置かれている環境や周囲を理解し始めたころ、私が好きになったものは壊れていく人を見ることに変わっていった。
九宝院家にはいろいろな人がやってくる。
壊れている人もいれば、今まさに壊れようとしている人も。
私は壊れてしまった人に興味は無い。
壊れようとしている人の多くは、苦しみ、悲しみ、憎しみ、怒り、焦り、嫉妬、色々な負の感情を煮えたぎらせている。善人も悪人も関係ない。
そして壊れる瞬間、おおよそ美しいとは言えない感情を爆発させる。その時、人間が持つ全ての力を解放したかのような壮絶な輝きを放つ。
その輝きが私は好きだ。
歪んでいることはよくわかっている。
自分の育った環境がそうさせたのか、生まれ持った特性か。それでも私はこういう自分を気に入っている。
人間だれしも、好きになったもの遠ざけて、それを求めないように抑制する者などそうそういない。
そんな輝きを求めて、私は人を観察するようになった。
高等部に進み、私はサッカー部のマネージャーになった。
理由は特になかった、ただの暇つぶし。
私が求めている輝きは、高校生程度が放てるものではない。
だから出来るだけ面白そうな部活を探した。
ある程度規模が大きく、人数が多いこと、そして歪なこと。
この条件に当てはまったのがサッカー部だった。
歪だったのは、試合に出られる選手の選定が杜撰だったことだ。
多くの優秀な選手を抱えているサッカー部だったが、逆に優秀な選手が多いせいで誰を試合に出してもある程度結果が出せてしまうという事態になっていた。
そうなると選手を起用するとき、指導者は自分の都合に合わせてくれる使い勝手良い選手ばかりを試合に出場させるようになった。選手の能力や適性ではなく、指導者の好みによって優遇される者と冷遇される者。
そこから生じる歪が選手と部を腐らせようとしていた。腐ると壊れるは似て非なるものだ。けれど、これも一興かと思っていじくってみることにした。
私は雑務をこなしながらひたすら人間観察をしていた。
選手の得手不得手を把握し、選手同士の相性を見極めた。
そして、私の中で最適だと思うチーム編成を考え、私は行動を起こした。
まずは、指導者たちに重用されている選手を排除していった。
色々な手を使った。選手に取り入り、トレーニングメニューを改善したと思わせ、わかりにくいように少しずつ負荷を大きくしていき、ケガをしやすいように仕向けたこともあれば、好意を寄せる相手を引き合わせて色恋に現を抜かすようにしたこともある。
前者は当然、ケガをすれば前線に加わることが出来なくなり、後者はサッカーよりを恋愛に意識がいってしまったため、練習に身が入らなくなった。そんな不真面目な選手を起用しては流石に部内の秩序が保てないと思った指導者たちは、そんな選手たちを起用することはなくなった。
そうやって指導者の周りから使い勝手の良い選手をある程度取り除いたら後は、私が考えたチーム編成を提案した。
私は入部当初から指導者たちに気に入られるような言動をしていたので、私の話に耳を傾けてくれる土台はできていた。
その結果、提案はあっさりと受け入れられた。
そもそもどの選手を起用したところで、ある程度結果が出せるのだから、何パターンか提案して選択肢を絞り、考えるストレスを減らしてやれば良いだけの話だった。
なまじ結果が出ている分、指導者たちもずいぶんと怠慢だと思った。まぁ私には都合がよかったけれど。
後は私のチーム編成で結果が出せれば良いだけだったが、それも問題なかった。私が考えたチーム編成は上手く機能して以前よりも試合で良い結果をだしていった。
一度実績を作ってしまえば信用される。その信用を使ってまた提案し、そして結果をだす。その繰り返しをしていくだけ。サッカー部に入って半年くらいで、そこは私の思うように動くおもちゃ置き場になっていた。
つまらない。
多少面白味はあったけれど、私の求めているものとは違う。
そろそろ全部壊してやろうかと思っていた頃だった。
吉野梨沙と出会った。
もちろん彼女が学園にいることは知っていたし、接触する機会を探っていたこともあったが、おもちゃ置き場で遊んでいる間に後回しになっていた。
きっかけは、体育祭の実行委員会だった。
彼女は二年の実行委員として参加し、私は一年の実行委員として参加した。
私は彼女を観察した。
彼女は優秀だった。
淡々と仕事をこなしていく姿は美しいと思えるほどだった。
私はそんな彼女にわざとイレギュラーな仕事を増やしてみたり、わざとミスをして彼女の足を引っ張ったりしたが、どんな状況でもすぐに対応し、私に対しても感情を露わにすることはなかった。
体育祭は滞りなく進行し、つつがなく終わった。
体育祭が終わり、実行委員会の打ち上げが終わった後の帰り道で彼女から声をかけられた。
秋など存在しないかのような残暑の熱がしつこくまとわりついてくる夕暮れに、彼女だけ秋を通り越して冬のような空気を身に纏っているようだった。
彼女は感情の無い様子で言った。
「彩音。才能の無駄遣いはやめたほうがいいわ」
彼女は分かっていた。私もそれは気づいていたけれど、何となく面白くて終始彼女の足を引っ張るような動きをしていた。
「才能ですか・・・、私にどんな才能があると思います?」
試すような私の発言に、彼女は眉一つ動かさずに答えた。
「あなたは人を導くことができる人間だわ、良くも悪くもね。まだその能力を存分に活かす場所が無いようだけれど、その能力を間違った方向に使っているのは良くないわ」
忠告してくる彼女の表情や瞳からは何一つ読み取れるものが無かった。まるで虚無を相手にしているようだった。
無を壊すことなど出来ない。
面白くない。
「そういえば、梨沙さんには成績優秀な弟さんがいましたよね?」
そこでようやく彼女の瞳の奥に何かが見えた。
けれどはっきりとは分からなかった。だから私は彼女を見誤った。
「言いにくいですが、梨沙さんには到底及ばないでしょう。梨沙さんが私の能力を評価してくれるのならどうでしょう」
皮肉を込めた微笑を浮かべ、間を空けて私は言った。
「私が弟さんを導いて差し上げましょうか?」
その一言で彼女の瞳の奥に炎が舞った。
禍々しく燃え滾る炎。その炎から私が読み取れた感情は、憤怒、嫌悪、憎悪そして、愛情。
彼女が何を抱えているのかは想像できない。あくまでその炎が何を依り代にして燃えているのかだけだった。
だが、私の人生で見てきた人間で、ここまでの感情を燃え滾らせる人間は初めてだった。
私が静かに驚愕していると、彼女は表面上何事も無かったかのように言った。
「冗談にしては笑えないわね」
そう、笑えない。自分の顔が引きつるのが分かるほだった。
「あなたも九宝院家の人間であるのなら、自分の言葉には責任を持つべきね。迂闊なことは言わない方がいいわ」
そう言って彼女は踵を返し、立ち尽くす私を置いて帰っていった。
その出来事があった後、私は彼女瞳に宿る炎が頭から離れなかった。
アレは、人が抱え込むには過ぎたものだ。そのうちその炎が彼女自身を焼いてしまうだろう。その時、きっと見られるはずだと思った。私が求めていた輝きを。
事が起こったのはそれから一か月ほどたった後だった。
何の予兆も無かった。突然彼女が私のおもちゃ達を奪っていった。
いつの間に、と思った。どう対処するか少し考えている間に彼女は全てを変えていった。
それまで、私の思う通りに動いていたおもちゃ達が、私の言うことを聞かなくなった。いや、もはや私のことなど視界に入れないようになっていた。
正直そのことについては大してショックは受けなかった。おもちゃが私に少なからず不満を持っていることは分かっていたから。
ただ、わざと私の能力に依存する余地を残したシステムに仕上げたのは少し癪だった。
どうせなら全て奪ってしまえばいいのにと思った。
そんなことがあった後、学園で彼女が話しかけてきた。
「どう?最近のサッカー部は。上手くいっている?」
彼女の瞳にはまだ炎が宿っていた。少し弱くなってはいるが。
「ええ、おかげさまで、順調に成果をのこせていますよ」
「それはよかったわ」
まだだ。
私はあなたの炎をもっと見たい。自身をも燃やしてしまう程の炎を。
「梨沙さんの弟。修っていう名前なんで―――」
「あなたの口からあの子の名前を聞きたくないわ。二度と」
私が言い切る前に彼女が遮った。
「そういえば、サッカー部に導入したシステムなのだけれど、面白いわね」
そう言って彼女は自分のスマホの画面を見せてくる。
そこにはシステムの運用実績をわかりやすくしたグラフが映されていた。
「あなたの選択した最適解とAIが最適だと考えたものの一致率が八十七%。興味深いわ。あなたが優れているのか、AIが優れているのか。一体どちらなのかしらね」
彼女はそれだけ言い放ち、去って行った。
ああ、面白い。ゾクゾクする。もっと見たい。
それを見るには彼女に近づく必要がある。その炎が私を焼き尽くすとしても。
かまわない。
完成された私の世界。もし、その世界が終わるときに見られるものがその輝きだったなら。
世界なんてどうでもいい。




