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灯台下暮らし  作者: 夜寝眩
18/24

土曜日4


「久しぶりに修ちゃんの家にきたなぁ」


咲姉は家に入るなり、何やら荷物をダイニングテーブルに置いて、リビングのソファに座って周りを見やりながら感慨深そうに言った。


玄関を開けていきなり、「来ちゃった」と一言だけいって唖然とする僕をすり抜け家に上がり、さも当然かのように振る舞う光景に既視感を覚えて、ああそういえば朝は唯がこんな感じで僕の部屋に入り込んだと思い出して、二人は姉妹だなと遠い目になった。


「咲姉どうしたの?いきなりでびっくりしたよ」

「ん~?今日は昼過ぎには用事が終わって暇になっちゃってさ。唯に連絡したら、学校でピアノの練習してるって言うし。なんかすぐ家に帰る気にもならなくて、そういえば修ちゃん一人だなって思って、晩御飯でも一緒に食べようと思って来たんだよ」

そういってダイニングテーブルの方に視線を送る咲姉に僕はあの荷物は食材かと気づく。


「それは嬉しいけど、連絡してくれてもいいんじゃない?びっくりしたよ」

そんな僕の一言に咲姉は眉間にシワを寄せてあからさまに不機嫌そうにする。

「したよ!修ちゃん全っっっ然返信してくれないじゃない」


珍しく感情をあらわにして抗議してくる様子にたじろぐ。インターホンのモニター越しに感じた不穏な雰囲気はこれが原因だったのだろう。朝と同じように藪から出てくる蛇に、つついた僕が一番驚く。まあ僕が悪いんだけど。


「修ちゃんスマホ見てないよね。私結構メッセージ送ったけど全然既読にならないし、もしかしてわざと無視してたの?」


さっきの怒りはどこに行ったのか今度は悲しそう顔をする。情緒がおかしくなっている咲姉を目の当たりにして、変な汗が出そうになっている。じっと見つめてくる咲姉に思いつく限りに言葉を並べて釈明する。


「ああ、そういえば帰ってきて昼寝してたんだ。スマホは学校にいる時みたいにマナーモードにしっぱなしで気づかなかったかも。咲姉の連絡を無視するわけないよ」

最後は語気を強めて咲姉からの疑いを否定した。


すると咲姉はまたも態度を急変させる。

「なーんて、冗談だよ。修ちゃんはそんなことしないってわかってるよ。返信が無くてちょっと不安になったから仕返したかっただけ。ごめんね」

笑いながら言う咲姉に僕は前につんのめりそうになる。咲姉のこういう姿は見たことが無いから簡単に動揺してしまう。


「あんまりいじわるしないでよ。心臓に悪いよ」

ごめんごめんと重ねて謝る咲姉はソファから立ち上がって言う。

「お詫びにおいしいごはん作るから許してよ」

そういいながら片目を閉じて僕の隣を通り過ぎてダイニングテーブルの上に置いてある荷物を持ってキッチンに向かって行く。

「何を作ってくれるの?」

「カレーだよ。ありきたりでごめんね。でも修ちゃんの好みのカレーにしてあげるから」


そう言ってキッチンで荷物の袋から食材などをあれこれ出し始めて料理の準備を始める。

手伝おうとすると「大丈夫だからソファに座ってて」と妙に気迫のこもった声で言われてしまった。唯といい咲姉といい僕のことをなんだと思っているのだろうか、いくら家事能力が低いといっても野菜の皮むきくらい出来る。そう伝えると返ってきたのは僕に対する信頼ゼロの答えだった。

「修ちゃん野菜嫌いじゃない。一応玉ねぎとニンジンはいれるけど、そんなに仕事ないよ。むしろ修ちゃんがケガしないか気になって集中できなくなるから大人しく座ってて」

身も蓋もない言いように僕はとぼとぼ歩いてソファに座った。


ご機嫌な様子な咲姉で手際よくカレー作りをしているのがわかる。次第に食欲を刺激するいい匂いが鼻孔をくすぐりはじめる。昼寝をする前はあまり減っていないと思っていたお腹も、この香りのせいでせわしない。


「咲姉ほんとに手伝うことない?」

そんな風に声をかけるとカウンター越しに目を向けてくる咲姉は少し困った様子で言う。

「うーん後は煮込んで終わりなんだけど、そこまで言ってくれるなら道具の洗い物でもお願いしようかな。私は煮込み具合をチェックしてるから」

「わかった」

「あ、包丁は私が洗うから」

どこまでも信用のない僕なのであった。


キッチンで洗い物を始める。包丁はささっと咲姉が洗って仕舞っていた。包丁よりも僕のほうが危険物みたいな扱いだ。


「軽くこすって食洗機でいいんだよね?」

今朝、唯がやっていたようにしようと咲姉に尋ねる。

「こういう大きいものは手洗いした方がいいよ。一応食洗機に収まるけど、食べた後の食器とかが入らなくなっちゃうからね」

苦笑しながら子供に言い聞かせるようにして話す咲姉に遺憾の意を込めて見つめてみるも、気にした様子もなく僕の意は彼方へ飛んでいった。


洗い物をしながら、コンロの前で鍋の世話をしている咲姉を見ていると不意に目が合った。

僕の視線に気づいた咲姉が優しい笑顔を浮かべて見てくるものだから、なんだか恥ずかしくなって顔をシンクの方に向け直した。


「なに修ちゃん?」

何か不審に思ったのか咲姉が問いかけてくる。なんでもないと答えると、近くに寄ってきて咲姉が顔を覗き込んでくる。

「ほんとに?」

「ほんとだって、咲姉が家で料理してるところなんて見ないから珍しいなって思っただけ」


「なんだか新婚夫婦みたいじゃない?」

そう言って相好を崩し、からかってくる咲姉は本当にやりづらい。少し心臓の音がうるさくなってくる。

「からかわないでよ。どっちかって言うと姉弟でしょ、僕と咲姉は」


そう言い返すと咲姉はすっと離れて鍋の前に戻って行く。


「まあ、そうだよね」


ため息交じりの一言が僕の耳に届く。さっき見せてきた無邪気な笑顔が唐突になくなって、急な態度の変化にどうかしたのかと気になって咲姉を見ていると、何か悟ったかのような雰囲気でグツグツ煮られる具材に向かって口を開いて何かを呟いた。


「でもね、修ちゃん・・・、あなたは従弟で、私はあなたの姉じゃない」


ささやくような小さい声は、煮える音にかき消され、僕は捉えきれずに首を傾げた。



洗い物が終わり、咲姉に他にすることがあるかと聞くと「もう大丈夫、ありがとう」と言われてキッチンを追い出されてしまった。今は行き場のない体をソファに預けている。


時刻は夕食頃に近づいてきて、完成が近いカレーのにおいがお腹をそわそわさせる。そろそろ出来上がりだろうか。期待を込めてキッチンへ目をやると、咲姉がカレーの味見をしていた。一口すすって味を確かめた咲姉が一つ頷いて僕の方を見てくる。


「できたよ修ちゃん。並べるの手伝ってくれる?」

柔らかい微笑みで僕を呼んでくる咲姉に返事を返し、ソファから立ち上がってキッチンへ向かう。

咲姉が綺麗に盛り付けたカレーを二皿キッチンカウンターから受け取ってダイニングテーブルに運び、向かい合うようにカレーを置いた。咲姉はその後からお茶を入れたコップを持ってきてカレーの横に置いてお互いにテーブルに座った。


そわそわしているのが伝わってしまったのか咲姉が微笑んで召し上がれと言う。僕は頂きますと手を合わせてカレーを頬張った。

チキンカレーをベースに、よく煮込まれた玉ねぎと小さく切られたニンジン、そして僕の好物でもあるキノコがトッピングされたカレーでそのおいしさに思わず笑みがこぼれる。

「おいしい。咲姉ありがとう」

とても素直で簡潔な感謝を伝えて食べ進める。

空腹とおいしさが相まってカレーを夢中に頬張っているとき、ふと咲姉の方を見るとニコニコというかニマニマという表現が合いそうな表情で僕の食事を眺めていた。


「どうしたの咲姉、食べないの?」

「食べるよ。修ちゃんがおいしそうに食べてくれて嬉しいなって思って見てたんだー」

あんまり見つめられながらだと食べづらい。いたたまれない気持ちになりながらも、カレーを口に運ぶ。

愛情と表現していいのか分からないけれど、このカレーは僕のために作られたといいて良いほど僕好みのカレーだ。

そんなカレーを作ってくれた本人が満足してくれるなら見つめられるのもやぶさかではない。

ものすごく食べづらいけれど。

少しして僕を鑑賞することに満足したのか、咲姉もカレーを食べ始めた。

視線が途切れたことにほっとする。


「そういえば、咲姉は今日どんな所に行ってたの?」

僕の問いかけに咲姉は食べる手を止め、少し困ったような笑みを浮かべた。当たり障りのないことを聞いたつもりだったのだけれど。


「今日は吉野グループの懇親会だったんだ。そういう場に出るのは初めてだったけど知っている人もいるから・・・最初にしてはあまり緊張とかはなかったけど・・・」

そう話を区切って何か言いたそうにするも上手く話すことが出来ない様子だ。

「何かあったの?」

「まあ、よくある話だよね、将来のことを色々と聞かれたり、提案されたよ」

歯切れ悪く言う咲姉。

「将来?提案?咲姉が本家を継ぐんだよね?」


「そうだね・・・つまり・・・誰と一緒に本家を担うかってことだよ」

それがどういう意味なのかすぐに理解した。でもそれを口にすることが出来なかった。

「誰とって・・・」

僕が口に出来ずにさまよっていた言葉は、咲姉が口にして意味を持たせる。


「結婚だよ」


端的にそして明確に告げられたその言葉が僕の鼓膜を抜けて頭を揺らした気がした。


「どうしたの修ちゃん。なんで修ちゃんが動揺するの?」

動揺、しているのか。僕の様子を見た咲姉は自虐的な笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「当然と言えば当然でしょう?私も少し前までは考えてもいなかったことだけど、私一人で吉野家を支えるなんて現実的じゃない事くらい修ちゃんにもわかるよね。体面的にもそうだけれど効率を考えてもグループ企業や他社との繋がりを強めることにそれを使ったほうが効果的で合理的なんだよ」

身も蓋もない言い方で、諦めとも取れるような物言いだった。

理解はできても納得できない気持ちを抱えて、美味しいはずのカレーに視線を落として言葉を飲み込む。


「何か言ってよ、修ちゃん」

固まる僕を見かねたのか咲姉が言葉を急かしてくる。

どんな言葉を口にすればいいのか。思考が上手くまとまらない。

「そんな顔されると私の方が困っちゃうよ」

どんな顔をしているのか自分では分からなかった。顔を上げると作り切れていない笑顔をした咲姉が僕を見ていた。

「今日はまだお父さん達がやんわりと断ってくれていたから特に何もなかったんだけどね、二人からはこれからこういうことも多くなるだろうから私自身で上手く立ち回れるようにしなさいって言われちゃった」

緩く弧を描くような口で目を細めて首を傾けながらそういう咲姉は、無理をして表情を作っているようにしか見えなかった。


喉元まで出かける「それでいいの?」という言葉は飲み込むしかなかった。咲姉の表情からそれを自問していると感じ取れたから。それを僕が問うのも違う気がする。そもそも僕と咲姉の置かれている立場が全然違う。僕の立場で咲姉の将来について何か言う資格なんてないのだから。

それでも咲姉からは、僕から何かの言葉を聞きたいと訴えてきているような雰囲気も伝わってきて、どうすればいいか、あれこれとまとまらない思考が頭を巡り、咲姉の視線から逃げるようにカレーを見つめていると咲姉が会話を打ち切るように声をかけてくる。


「カレー」


「え?」

「早く食べないと冷めちゃうよ」

咲姉はそう言うと自分のカレーをすくって再び食べ始める。咲姉の視線は僕から外れてカレーとスプーンに向かっている。

答えに窮していた僕は少しほっとした気持ちと、何も言えなかった不甲斐なさを感じつつも咲姉と同じようにカレーを口に運ぶ。先ほどまで感じていたおいしさとは別に妙な雑味が入っているように感じられるカレーをざわつく気持ちと一緒に飲み込んだ。


しばし無言のままお互いにカレーを食べていたけれど、咲姉がそんな気まずい雰囲気を振り払うように僕が今日どう過ごしていたのか聞いてきた。僕は今日あったことや友人のことを話し、カレーの味や具材が良いと褒めたり、そんな当たり障りのない会話をしながらカレーを食べ終えた。



「残ったカレーは明日にでも食べてね、お皿に入れて冷蔵庫に入れておくから」


そう咲姉が片づけをしながら僕に話しかけてくる。片付けを手伝おうとしたけれど、そんなにすることが無いからと追い返され、またもや僕はソファの住人になっていた。


怠惰の化身と言われてもおかしくないほど、ソファに座りながらぼうっとしていると、片付けを終えた咲姉がティーカップを持ってやってきた。


「はい、修ちゃん。カモミールティーだよ」

「ハーブティって初めて飲むよ」

心に出来たささくれを心地良い匂いをまとったそれが少し直してくれるような気がした。

「そうなんだ、カフェインが入ってないからこの時間に飲むにはいいかなって、カレーの具材買う時についでに買ってきたの。カモミールはリラックス効果があるらしいよ」

そう言われてカモミールティーを口に含む。お茶や紅茶とは違った風味に少しの驚きつつも飲み込んだ。カモミールの香りが鼻を抜けていく。


「どう?口に合うか心配だったんだけど」

咲姉はティーカップを両手で持ちながらこちらの様子を伺っている。

「うん、ちょっと不思議な感じがするけど嫌いじゃないよ」

そう言うと咲姉はほっとしたようにしてカモミールティーを飲み始めた。

少しの間ソファに二人並んで座りながら言葉無くカモミールティーを飲んでいた。

三分の一程飲んだところで咲姉がティーカップをテーブルに置いてこちらを見ながら話しかけてくる。


「修ちゃんは明日何か予定あるの?」

「明日は友達と一緒に遊びに行く予定が入ったんだ」

「そっか、いいね。どこに行くの?」

「まだ詳しくは聞いてないんだ今日急に決まったから」

「今日ってことは、もしかしてサッカー部の子?」

「そうそう、何人かで一緒にスポーツ施設に行こうって話でさ、そういえばスマホ確認してないな、連絡入ってるかも」


そういうと咲姉の眉間に少しシワがよる。


「ダメだよ修ちゃん。明日の話なんだから早く返信してあげないと友達が困っちゃうかもしれないじゃない。今日私が連絡したときも返事帰ってこなくて不安だったんだから。そもそも・・・」

「ああゴメン、そうだよね、すぐ確認してくるよ」

どうにも蛇が出そうな不穏な雰囲気を感じ取り、僕は言葉を咲姉の話に被せてソファから立ち上がる。咲姉は不服そうに頬を膨らませているが、ここで止まると終わりの見えないお小言を頂きそうな気がしたのでそそくさと自分の部屋にスマホを見に行くことにした。


部屋に戻り、机の上に無造作に置かれたスマホを手に取った。画面をつけると通知が何件か入っている。メッセージアプリを開くと咲姉からのものが5件ほど未読のまま表示されていて、真鍋からもメッセージが届いていた。とりあえず真鍋のメッセージを確認する。

『修、明日11時に三ノ宮駅集合でいいか?』

届いた時間は今から2時間前。咲姉の指摘が無かったらもっと返事が遅くなっていただろう。僕は真鍋に『了解』と簡潔に返事を返してメッセージ画面からアプリのトーク一覧に戻って咲姉のメッセージを確認する。


『修ちゃん今日早く用事が片付いたんだけど一緒に晩ごはん食べない?』


30分ほど置いて再びメッセージが投げられる。

『修ちゃん?まだ出かけてる?』


今度は15分程後に。

『なんで返事くれないの?』

『とりあえず家に向かうね?』


そんな連投の後20分程経過してから最後のメッセージが入っている。


『もう家の前だよ』


怖い・・・怖いよ咲姉。ホラー映画のワンシーンみたいな一方的なメッセージに慄きながら、スマホの画面を閉じて再度机の上に置いた。あのメッセージを見てからソファに座っている咲姉にどう話しかけるべきか考えるのに少しの時間が必要だった。結局見なかったことにして真鍋のメッセージに返信してきたと伝えることに決めてリビングに戻った。

リビングに戻り、自然にソファに座ろうとすると咲姉が首をかしげて聞いてくる。

「連絡来てた?」

“私のメッセージ見た?”に聞こえてしまうのは考えすぎだろう。いったん咲姉の事は棚上げにして精一杯の笑顔を作って真鍋に返信したことを伝える。

「そっか、良かったね。そういう返事は早く返してあげないとね」

“私のメッセージにも早く返事してね”と聞こえてしまうのは考えすぎだ。にこやかに話しかけてくる咲姉からの妙な圧を感じつつも「そうだね気を付けないと」と相槌だけ返して、テーブルの上に置いてある飲みかけのカモミールティーでのどを潤す。


「ハーブティ結構好きかも」

最初飲んだ時は飲みなれない風味に少しの抵抗があったけれど、今一度飲んでみるとほんのり鼻を抜ける香りに心が安らぐ気がした。


「そう?気に入ってくれたならよかった。また今度違う種類のハーブティー淹れてあげるね」

「うん、ありがとう。楽しみにしてる」

そう言うと咲姉は、気分が良さそうに残りの自分のカモミールティーを飲み干してカップをテーブルに置いた。


「そろそろ帰らなきゃ」

そう言われて時計を見ると午後9時前だった。結構長い時間咲姉と一緒にいたことになるけれどあっという間だったように感じる。咲姉が立ち上がろうとしたので僕は急いで残りのカモミールティーを飲み干して咲姉を見送ろうと一緒に立ち上がった。

「そんなに急いで飲まなくても良かったのに、じゃあついでに片づけておくね」

そう言って自分と僕の分のティーカップを持ってキッチンのシンクに持っていき最後の片付けをしてくれた。

結局、咲姉が来てからほとんど何もせずに世話を焼かれっぱしになってしまった僕は咲姉の甘やかしスキルの成長ぶりに感嘆するしかなかった。


「それじゃ、帰るけど、ごはんちゃんと食べなきゃだめだよ」

僕の周りには僕以上に僕の食生活を気にする人が多い。

「大丈夫、大丈夫」

「絶対大丈夫じゃない・・・」

「なんで皆僕の事を信用してくれいないんだろうね?」

「・・・」

ジトっとした目と無言の圧がすごい。

「今日は本当にありがとう咲姉。カレーおいしかったよ」

話を切り替えて精一杯の笑顔で咲姉に感謝を伝えると、処置なしといった感じで軽くため息を吐いてから咲姉は笑顔を作った。

「うん、食べたいものがあったら言ってね。また作りに来てあげるから」

そう言ってくれるのは嬉しいけれど、今日散々甘やかされたばかりで素直にお願いするのに気が引けた僕は、ありがとう、と感謝の気持ちだけを伝える。

咲姉の表情は「遠慮しなくていいよ」と無言のうちに伝わってくるようだった。


咲姉が玄関で靴を履いて外に出ようとして気づく。近いといっても良い時間だ、咲姉一人で夜道を歩かせてしまうことに居心地の悪さを覚えた。

「あ、僕送っていくよ」

そう言った僕にドアに手をかけようとした咲姉が嬉しそうな笑みを浮かべながら振り返る。

「ふふ、ありがとう。でも迎えを呼んでいるから大丈夫だよ」

そう言ってドアを開け、軽い足取りで外に出る。閉まろうとするドアの間から

「じゃあね。おやすみ修ちゃん」と夜に向かって歩きながら少し振り返り、小さく手を振って消えていく。ガチャリとドアの閉まる音が、残された僕一人の家にやけに大きく響いている気がした。


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