土曜日3
そろそろ時間となったので僕と唯はサッカーグラウンドにやってきた。
そこはグラウンドというには規模が大きく、観客席が少ないことを除けば、テレビで見るサッカースタジアムにかなり近い作りになっていた。それを目の当たりにしたとき僕は目を丸くして唯を見た。唯も同じ様子で見返してきたので互いに苦笑いを返しあった。
ピッチ上ではすでに試合相手を含めた両チームがそれぞれピッチを半分ずつ使い、ストレッチをしたり軽くパス回しをしたりアップを行っていた。
僕と唯は観戦席に座ってそんな様子を眺めていた。
少しして両者がベンチに戻って行く。両チーム監督が何かを選手に話しているように見える。おそらく最終的な陣形と作戦を確認しているのだろう。
そして両チームの選手と審判がピッチ中央に集まり挨拶を交わす。ここまでもテレビで映っている光景と変わりがない。コイントスで渚学園のボールからスタートするようだ。選手それぞれ割り当てられたポジションに向かう。真鍋は右サイドバックの位置にいる。中央にボールが置かれ、主審の笛が鳴るまでの静かな緊張感がピッチを覆う。
笛が鳴った。
今回の渚学園チームは新戦力の評価とポジション適性の確認が主目的になっていると彩音さんは言っていた。ピッチ上での動きと、指示を出している状況を見ると、どうやらトップ、ハーフ、バックにそれぞれリーダー格の選手がいて、その他は一年の有望株と二年の次期主力選手の構成になっているように見える。ゴールキーパーはわからない。
前半の試合は双方様子見の展開が続いた。渚学園側もボールを回しながら連携を確認するようなプレーが目立つ。互いに隙を見て攻撃を仕掛けるが上手くいっていないようだ。そんな中、真鍋の様子が気になった。どうも前に出ようとしている気配がある。おそらく先輩であろうセンターバックの選手が真鍋に声とジェスチャーで自制を促しているのがわかる。この人はしっかりと周りが見えているようでディフェンダーとしての仕事をしっかりこなしながらディフェンスラインをしっかり調整して時折カウンターのきっかけを作っている。素人の僕から見ても彼が優秀な選手であるとわかるような動きをしている。
「修君、真鍋君なにか言われているようだけどどういう状況なの?」
「たぶん真鍋は点に絡むような動きをしようとしてるんだと思う。あのセンターバックの人はそんな真鍋に足並みを揃えるように注意しているんだと思うよ。真鍋のポジションが隙にならないようにね」
「真鍋君はいつもあんな感じの動きをするのかな・・・でもそれなら注意されないだろうし」
唯がやや難しい顔をしながらつぶやく。
「そうだね、きっといつもと動きが違うんだろうね」
真鍋はきっと焦っているのだろう。彼の希望ポジションはフォワードだ。今回の試合目的が彩音さんの言っていた通りならここで結果と可能性を示すことが出来れば希望するポジションとレギュラーが近づくはずだ。でもサッカーはチームプレイだ。与えられた仕事をしっかりとこなさなければならない。個人として優秀でもチームの連携を乱すプレーは良くないはずだ。真鍋もそんなことは分かっているのだろうが、高校に入って初めての実戦とあって、上手く立ち回れていないというか、空回り気味になっているようだった。
双方得点がないまま前半が終了してハーフタイムに入った。
真鍋は監督から何か言われているようだ。悔しそうな表情を浮かべながらも監督の指摘に頷き返している。
「真鍋君大丈夫かな、監督っぽいひとから何か注意されているようだけど」
「うーん、ちょっとチームプレイが出来ていないようだったからね。そのあたりを注意されてるのかもしれない。後半も出られるといいんだけど」
ひょっとしたら後半はメンバーを入れ替えて真鍋の出番は無いかもしれない。そんな風に思いながら渚学園のベンチを眺めていると、真鍋と監督やりとりに彩音さんが割って入って監督と話始めた。監督は彩音さんの話を聞き終わると真鍋に短めに何かを言ってチーム全体に向かって何かを話始めた。
チームがまとまって返事を返してピッチに戻り、それぞれのポジションに着く。真鍋は交代されなかったようだ。前半と同じ位置にいる。
後半開始の笛が鳴る。
先ほどのハーフタイムで作戦変更があったのだろう、左サイドのトップとハーフに主力級の選手が配置されている。ディフェンスの配置はそのままだ。後半開始早々、左から攻勢を強める渚学園。それに応じるように相手チームも左側を固めてマークを厳しくしていく。そんな中、ほんの数舜相手チームの右サイドに隙ができた。そこに真鍋が走りこんでいく。
右サイドからの強烈なサイドチェンジのパスが通る。真鍋は何とか食らいついて足元にボールを寄せる。真鍋の突出に相手チームが一瞬動揺する。相手チームの意識と陣形が崩れた瞬間だった。
真鍋はそのまま前にドリブルで切り込んでいく。前方からディフェンスが迫る。真鍋はノールックで後ろにバックパスを出す。受けたのはセンターバックの選手だ。いつの間にか渚学園のディフェンスをミッドフィルダーがカバーする陣形になっている。パスを受けた選手は迷うことなくダイレクトに左前にボールを蹴る。絶妙なタイミングだった。オフサイドにならないギリギリで蹴られたそのボールを主力級の選手が相手のディフェンスすり抜けて受け取る。そのままシュートを放ちゴールネットを揺らした。
わあ、と唯が歓声を上げる。
「すごいね。しっかりサッカーを観るのは初めてだったけどこんな風になるんだね。ボールが流れるように動いて見ていて気持ち良かったよ。チームプレイって感じがしていいね」
少し興奮気味に話す唯に頷き返し、真鍋を見る。彼も明るい表情で得点を喜んでいるようだった。
そこからは渚学園が主導権を持つ展開となった。意表を突かれた相手は左だけでなく右にも意識を向けなければならなくなった。明らかに真鍋を意識しているようだった。そんな真鍋は調子を取り戻したのかディフェンスの仕事をしっかりこなしながら時には前に出て敵の注意を引き付ける動きをしていた。チーム全体としてしっかり機能している動きに見えた。その後渚学園が追加で一点を入れてゲーム終了の笛が鳴った。
ピッチの中央で互いのチームが挨拶を交わしてベンチに戻っていく。渚学園のベンチは明るい雰囲気で勝利を喜んでいるのがわかる。真鍋も嬉しそうにその輪に加わっていた。少しして選手たちがベンチから部室棟につながる通路に入って行くのが見えたので僕と唯も部室棟に戻ることにした。
部室棟のロビーに戻り、ソファに座りながら試合の感想を言い合って時間を過ごしていた。
サッカー部はミーティングルームで試合の振り返りをしているようだ。
「観戦席でサッカーを観るのは初めてだったけど楽しかったよ。来てよかった」
「そうだね、僕もこうやってサッカーを見るのは初めてだったけど、臨場感が全然違うね。それに応援してるチームが勝つとすごく気持ちいい」
唯はニコニコしながら首を縦に振って同意を示す。
「真鍋君も活躍できたみたいだし余計に嬉しいね。ちゃんと評価されるといいんだけど」
「そうだね、前半は少し空回り気味で活躍していたとは言いづらいけれど、後半はしっかり仕事をして、得点にも貢献できていたように見えたから評価されるんじゃないかと思う。真鍋だけじゃなくて、あんな風にチームに良い立ち回りをさせる作戦が光ったとも見れる。ハーフタイムで彩音さんが監督と話していたのはその作戦に関わることなのかもしれない。だとするとチームが勝ったことも、真鍋が活躍出来たことも間接的に彩音さんの功績によるところにあると僕は思う」
率直な感想だった。前半と後半では明らかにチームの動きが変わった。特に真鍋の前に行きたいという思いが作戦に活かされているようにも見えたから。それが見事にはまって得点に繋がったことになるけれど、監督が彩音さんの意見を受け入れた結果だとすれば、そこには確かな信頼関係があって、彼女の影響力が強いことの証明でもある。アドバイザーという役職名にもうなずける。
僕の感想を聞いた唯はあからさまに面白くなさそうな顔をする。
「まぁ、それはそうかもしれないけどさ。一番頑張ったのは選手の皆だよ」
やけに突っかかる言い方をする。唯が彩音さんのことを良く思っていないのがよく伝わってくる。ほんの少しの時間言葉を交わしただけなのに、唯にこんな態度をとらせるのは一体なにがあるのか、九宝院という家に警戒しているのか、彩音さん個人を警戒しているのかわからない。でも今の唯の発言には完全に同意できない。なぜなら、選手が戦いやすいように環境を整えたことが大きな意味を持つからだ。そんなことは唯もわかっているはずだ。わざわざ藪をつつくようなことはしたくないので何も言わないが。
「そうだね。後半の選手の動きは良かったと思う。みんなサッカーを楽しんでいるのが伝わってくるようなプレーだったからね」
「だね。みんな輝いてた」
そう言って唯は穏やかな笑みを浮かべた。
しばらくしてミーティングルームからサッカー部の人たちが出てきた。監督とおそらくコーチ陣と思われる人たちの後に彩音さんと他数人の女子が出てくる。おそらく朝言っていたマネージャーたちだろう。僕達に気づいた彩音さんが軽く手を振ってくる。僕は軽く会釈を返すが隣の唯は何も見なかったかのように彼女を視界に入れようともしていない。露骨過ぎるだろうと思いながら苦笑するほかなく、彩音さんもそんな唯を見て困ったような笑みを浮かべているのが分かる。僕はこちらに視線を送りながら歩き去っていく彼女にもう一度軽く頭を下げた。
真鍋が出てきた。こちらに気づいたようで歩み寄って来る。
「修も吉野も今日は来てくれてありがとな。今日はもう部活は終わりなんだ。これから部室に戻って着替えてくるんだけど、二人とも今日予定は空いてるのか?」
「僕は空いてるよ」
「私はピアノの練習していくよ。真鍋君がサッカーしてる姿を見て私も頑張らないとって思えたから。いい刺激になったよ。ありがとう真鍋君」
朗らかに笑いながら語りかけて真鍋は少し恥ずかしそうにして鼻の先を指先でかいている。
「ぱっとした活躍はできてないと思うけど、そう言ってもらえると嬉しいな。じゃあ修、着替えてくるから待っていてくれ、一緒に帰ろう」
「わかった」
真鍋は部室に向かって歩いて行った。
「じゃあ私も行こうかな。今日は気が済むまでピアノと向き合ってみる」
いつになく張りきった様子で唯が言う。
「うん、でもやりすぎないようにね。もう本番も近いんだから」
「わかってる。程々にするよ」
じゃあねと言って唯は歩き去っていった。
ほどなくして制服に着替え終わった真鍋がやってきた。
「悪い、待たせたな。吉野はもう行ったのか?」
「うん、なんか張りきっていたよ」
そうか、と真鍋は苦笑い気味に答える。
「活躍できたとは言いづらい内容だったんだが、まぁ吉野のやる気に繋がったならいいか。じゃあいこうぜ」
そう言って真鍋と歩き始め、部室棟を抜けて学園のエントランスに向かう。
「そういえば修は高等部に入学してから部室棟とサッカーグラウンドに来た事あるのか?」
ないよと答え、今日じっくりと色んな施設を見て驚いたことや、唯も同じような感想だったことを伝える。
「だろ?俺も最初驚いた。漫画みたいな環境だってな」
実際漫画みたいな環境だと僕も思う。
エントランスで靴を履き替えて外にでる。最近の五月はかなり温かい。グラウンドは日除けがあったのでちょうどいいと思ったけど、日にあたると暑さを感じる陽気だ。
「なあ修。本当はなんで今日見に来てくれたんだ?」
ビクリとして立ち止まり、真鍋を見る。真鍋も立ち止まって、やれやれといった風に肩をすくめて笑いながら言う
「そんな反応するなよ。お前が他人から一歩引いて接してるのなんてとっくに知ってるよ。だから今日来てくれたのが俺の事を応援するって理由だけじゃないって事はわかっているんだ。別にそのことを攻めてるわけじゃないんだ。ただ、友達としてお前の事を知りたいって思ってるんだ」
確かに真鍋の言う通り。純粋に真鍋を応援するという理由だけで今日来たわけではない。
僕自身のための理由もある。根っこのところにあるのは姉との距離が空いてしまったことに起因する。
姉と距離があいてしまった今、僕は自分がどこに立っているのか分からなくなった。
寄りかかっていた木が無くなり、自分が立っているだけで精一杯になった。その時、依存とも言ってもいい程姉という存在に自分の存在を預けているのだと自覚した。
そう自覚してしまった僕は自分自身には何もないことを明確に思い知らされた。
姉が遠ざかる程に僕の存在が否定されているような失望感が僕を支配した。
姉は『修が離れていっている』なんて言ったけれど、結局のところ僕からは姉が離れていっているようにしか見えなかった。
姉の近くにいることが僕の存在証明だった。姉には才能があって、そんな姉を追っている自分にも同じような才能があるように錯覚して。
才能ある姉の弟という事以外に自分に何があるのか、いくら考えても自分に何か取り柄があるわけでも無かった。
だからと言えばいいのか、真鍋が羨ましかった。真鍋は自分以外の誰かに自身の存在証明をゆだねている訳ではなく、自身の能力によって存在を証明している。そんな真鍋がまた一歩踏み出そうとしている所を見れば何かきっかけのようなものが見つけられるかもしれないと思った。
真鍋にこんなことを言うべきか迷う。
「なあ修、難しく考えすぎなんじゃないか?俺はお前が何に悩んでるのかは分からない。でもお前の人となりはある程度知っているつもりだ。俺の想像を超える馬鹿なことで悩んでいる訳でなければ何かの助けになれるかもしれない」
そんな風に勤めて明るく言う真鍋には少しの緊張がうかがえる。
「真鍋、僕は君が羨ましいんだ」
うつむきながら絞り出すかのようにそう切り出す。
「僕はずっと姉さんを追ってきた。それが今までの自分だった。でも姉さんが目の届かないところに行ってしまうような気がして。実際もう縮めようもないほどの距離が開いてしまったようにも思う。そしたらさ、気づかされたんだ。僕には何も無いって。確かな才能と優れた能力を持った姉さんと違って僕自身には何も無かった。自分一人じゃ自分の存在を肯定できなくなった。でも真鍋は一人で存在証明をしている。自分の能力で自分の存在価値を見出しているんだ。すごいよ。僕にはできないことだ。だからそんな真鍋が必死になっている所を見れば僕も変われるきっかけが出来るかもしれないと思ったんだ」
全てを言いきって顔を上げると真鍋は目を見開いてパチパチとまばたきしていた。
「え?何その反応」
「いや、すまない。修の悩みが以外過ぎて驚いたんだ。でもそういうことか。確かに今の話を聞く限りでは修には何もないように聞こえるな」
あっさりと肯定されて驚きと共に寂しさと悲しさを混ぜた感情を抱く。真鍋は続けて言う。
「でもそれは修から見ての話だ。俺から見た修は何もない人間なんかじゃない」
真鍋は力強くそう言う。
「そもそもだ。確かに俺はサッカーで強くなろうとしているしそう努力しているつもりだ。俺はそのことに価値を見出しているんだ。でもな、サッカーに全く興味がない人からしたらどうだ?つまりサッカーに価値が無いと思っている人たちだ。もちろん世の中にはそういう人たちだっている。それは修にもわかるだろ。そういう人からしたら俺がしていることはただの時間の無駄遣いなんだ。そういう人は別のことに時間と労力を割くんだ。勉強したり、他の趣味に時間を使ったりな。でもそれでいいんだ。結局のところ価値があるか無いか決めるのは自分自身だ」
そう言って一度話を区切って僕の方を見ている真鍋の表情は真剣そのものだった。
「修は梨沙さんに追いつけない自分しか見ていない。見れていない。そもそも梨沙さんは本当に離れて行っているのか?むしろ修が焦って違う方向に向かっているんじゃないか?自分で言うのもなんだが、今日の試合中の俺を思い出してみてくれ、前半の俺は功を焦って空回りしていたように見えなかったか?」
「確かに、前半の真鍋はそういう風に見えたけど・・・」
「似ていると思わないか?今の修の状況に。俺は完全に自分しか見ていなかった。結果を出したいと焦ってチームの輪を乱した。失点にこそならなかったからまだ良かったものの、あのままだったら俺はポジションを問わずにレギュラーが遠のいていただろうな。本末転倒も甚だしい。修もそういう状態だと思えないか?」
「空回りしていると?」
「少なくとも俺にはそう見える」
きっぱり言い切る真鍋。
「そうだとして、僕はどうしたらいいんだろう」
「逃げるなよ、修。ちゃんと向き合うんだ、梨沙さんと。梨沙さんがどこにいるのか、しっかり見つけない限り何も解決しないと思う。逃げる理由を探そうとするな」
力の籠った瞳と声音で告げる真鍋にはっとする。
姉と距離が出来てからしっかり顔を見て話ができていただろうか。姉が話そうとしないからと言い訳をして向き合うことをどこかで諦めていたのではないか。
「真鍋の言うことにも一理あるかもしれない。僕はちゃんと姉さんと向き合っていなかったのかもしれない。姉さんが帰ってきたらきちんと話をしてみるよ」
「良いと思う。なんであれ当たってみなけりゃ分からない事もあるさ」
僕の言葉を聞いた真鍋は口の端を上げて微笑んだ。
「ところで、帰ってきたらって梨沙さんどこかに行っているのか?」
そう聞かれて姉が親の仕事に付いて行ったことを教える。
「そうなのか、じゃあしばらく修は家に一人か?」
「うん、そうだね。連休の後半まではそうなると思う。一応、唯の家にお世話になることも提案されたけどさすがに断ったよ」
「ああ、それは良い判断だと思う」
真鍋はやけに納得したようにうなずいた。
「そういえは修、連休はなにか予定があるのか?」
「今のところは火曜日に唯の演奏会に行くのと水曜日に出かける以外の予定はないよ」
そうか、と真鍋が頷く。真鍋には水曜日の事を相談したのでそのことについて何か言うつもりはないようだ。
「修、明日サッカー部の奴らと遊びに行くんだが一緒に遊ばないか?今のところ俺を含めて五人でそんなに大人数ってわけじゃないから修も馴染みやすいと思うんだ。それに、遊ぶところがスポーツ施設だから偶数じゃないとチーム分けが少し難しくなるんだよ。修が来てくれるとありがたいんだけど、どうだ?」
「要は人数合わせってことだね」
「言い方が悪いな、修のために一人分空けておいたんだ」
「じゃあ僕が行かないっていったらどうするつもりだったのさ」
「困る!」
堂々とした宣言に力が抜けそうになる。
「だから来てくれ」
おそらく真鍋は僕の事を気遣って誘ってくれているんだろう。気遣いは嬉しいけど面識のない人と遊ぶというのは少し抵抗がある。少し迷っていると、そんな僕の内心を見抜いたかのように真鍋が付け加えるようにして言う。
「心配するなよ、同じクラスの東と南がいる。あいつらと少し話したことくらいあるだろ。大丈夫だって」
東と南は同じクラスで真鍋と同じサッカー部だ。真鍋との繋がりで話したことはある。
「おせっかいかもしれないけどもう少し交友の輪を広げてみないか?」
「おせっかいなんて思わないよ、真鍋には感謝してる。行くよ」
ほっとした様子で真鍋が息を吐く。
詳細は後でスマホでやりとりすることにして僕達は再び歩き始める。真鍋と友人となってからこうして一緒に帰るのはなんだかんだ初めてだ。
僕たち二人は学園を出た。
駅に向かう途中も電車の中でも真鍋と会話が途切れることは無かった。真鍋はサッカーの事を分かりやすく説明したり、質問にも答えてくれた。そしてどうやら今日の試合の後半の展開は彩音さんが提案したことだったようで、サッカー部での彼女は監督やコーチ、選手に至るまで信頼されていて、その存在はかなり大きいもののようだった。
真鍋とは降りる駅が違うため電車で別れる。僕の家の最寄り駅のほうが早い。
「じゃあまた明日。後で連絡するから」
「うん、また明日」
家に着いたのは昼ご飯を食べるには少し遅い微妙な時間だった。外は汗ばむ陽気で、べたついたままではいたくなかった僕は、家に上がってすぐに部屋に戻って着替えを取り、シャワーを浴びた。
何か食べようかとも思ったけど、朝ごはんをしっかり食べたおかげかそこまでお腹がすいたわけでも無かった。それよりも眠たかった。今朝早かったせいなのか、普段と違うことをして疲れたのか。とりあえず軽く昼寝をしようと自室のベッドに潜り込んだ後、僕の意識はあっさり途切れた。
何か音が鳴っている。おぼろげながらにインターホンが鳴っているのだと気づいて目を開けると、カーテン越しに窓から差し込む光が朱色に染まっている。時計を見ると二時間程寝てしまったようだった。
ベッドの上でぼんやりしているとまたインターホンの音が鳴る。荷物が届く予定も、来客の予定も無いはずなのに。そのうち鳴りやむかと思ったけれど、そうは問屋が卸してくれないようだった。急かすように鳴り続けるインターホンにうんざりした気持ちでベッドから起き上がる。気だるい体を一階に持っていき、モニターを覗く。
心臓が跳ねる。
笑っているようで笑っていない咲姉がモニター越しに僕を見つめていた。




