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灯台下暮らし  作者: 夜寝眩
13/22

10


家に帰ってきた私はリビングに向かう。キッチンで夕食の準備をしている植木さんが私に気づいて迎えてくれる。


「お帰りなさいませ」


「ただいま植木さん。お母さんと姉さんは出かけているの?」


「はい、昼頃からお二人で出かけて行きましたよ。明日からの準備があるそうで。夕飯までには戻るそうです」


ところで、と植木さんが微笑みながら話を切り替える。


「今日は何か良いことでもありましたか?ずいぶんと機嫌が良さそうですね」


私が生まれた時にはもう吉野家の使用人として働き、幼い頃から私たちの世話をしてくれている彼女は、第二の母と言っても過言ではない。そんな彼女は私の感情の機微に鋭く、彼女に隠し事をするのは難しい。


私が隠したつもりでいる感情にも気づいているようだ。

「うーん、別に何もないよ?明日から連休だから気が緩んでるだけだと思う」


「左様でございますか。そういえばその連休ですが、演奏会以外に何かご予定がありますか?」


微笑ましいものを見るようなまなざしで見てくるが、言外に隠し事はできませんよと伝わってくる。こういうときの彼女は少し意地悪だ。

「そうそう、今日友達と連休の話になって、遊びに行こうってなったんだ」


「それはようございましたね。いつ行くかもうお決まりですか?」


「演奏会が終わった後だから、木曜日以降かな、まだ詳しくは決まってないんだ。これから皆で決めるところ」


「では水曜日はゆっくりされるのですね?」


しまった。と思ったが出た言葉は取り消せない。


目は口ほどにものを言うとはこのことなのだろう。自覚できるほど目が右往左往している。


「まあ、水曜日もひょっとしたら予定がはいるかも?」

「そうですか、また決まったら私にも教えてくださいね。必要なものがあれば準備しておきます。では、夕食の準備を進めておきますので」


彼女は楽しそうに言い終えると夕食の準備に戻った。

私の態度でなんとなく察したのだろう。正直これ以上聞かれたくないなと思っていたところで会話を打ち切ってくれたので、引き際は完璧だった。私はほっとしたが、まんまと彼女の手のひらの上で転がされていたような感じではある。でも嫌ではなく、ちょっとした戯れと気遣いを感じるこういうやり取りが心地良いと思う。


「いつもありがとう。植木さん」

そう感謝を伝え、自分の部屋に向かった。

自室に戻り、着替えたあとベッドに身を投げる。枕に顔を沈めながら「ちょっとやり過ぎたかな」と独り言ちる。冷静に振り返ると今日の自分は少し情緒がおかしかった。


彼と一緒に登校することになって、最初は何気ないやり取りだったはずなのに。彼が頓珍漢なことを言うものだから思わずああいう態度になってしまった。恥ずかしい。でもあれは彼が悪いと思う。


なぜ彼は私の感情の地雷原をあんなに無意識に、悪気もなく踏み進むことができるのか。もはやわざとやっているのではと疑いたくなるレベルだけれど、もちろんそんな訳はなく、単純に彼が私に興味がないということの示しているかのようで。そう思ってしまうと私の気持ちはどうしようもなく揺れてしまう。


思い出すとやるせない気持ちになり、ベッドの上で足をバタバタさせる。


ため息が一つ。


その後のことはもう感情任せの勢いだった。あまりにも自分勝手で強引に彼を私の都合に巻き込んでしまった。

かなり気を使わせてしまったはずだけれど、彼が構ってくれるということを嬉しく思ってしまう自分がいる。良くないことだとは思っているけれど、どうしようもない。


だいぶ重い女になってしまったと思う。ホームルームの後の事だってそうだ。


水曜日の事を考えておいてと言ったばかりだったのに、ちゃんと考えてくれているのだろうかという不安が頭から離れなかった。その不安を解消するために今日も一緒に帰ってそこで確認しようと思っていた。

でも今日は、朝から友人達に連休の予定を聞かれ、後半は空いていると伝えると遊びに誘われた。友人との関係も大切にしたい私はその提案に乗って話が盛り上がり、休み時間や昼休みも、どこに行こうか何をしようか話をしていた。


最終的にどうするかをまだ決められていなかったのでホームルームが終わった後、また友人達と連休の話をしていた訳だが、彼がそそくさと教室から出ていくのが見えたので私は家の用事があるからという常套句を使って彼を追いかけることにした。友人達もそれぞれ家の用事に巻き込まれることが多いので、また後でねと言って快く見送ってくれた。


教室から出てすぐに彼にメッセージを送り、速足で彼を追いかけた。教室を出てそう時間がたっていないのですぐ追い付けるだろうと思っていた。彼から返信があり、すぐさま『待っていて』と返信し、足を速めた。


思った通りすぐに彼に追いついた。ちょうど彼は立ち止まってスマホを操作していたようで、そんな彼に近づき声をかけようとした直前に私のスマホの通知音が鳴った。彼は驚いた様子で振り返り、私を見た。彼はぎょっとした表情で私を見ていたがそんなに驚くことだろうか。

彼に予定を考えてくれているか聞いてみると返答に少し間があったので、まさか何も考えてくれていなかったのだろうか?と不安になってしまったけれど、まだ決められていないから答えに詰まっただけだと知って安心した。


私の無茶振りに彼は困っている様子で、その時少しやり過ぎたかなとも思ったけれど、私のために悩んでくれていることが嬉しかった。そう思ってしまうのはやっぱり性格が曲がっていると思う。


枕に顔を沈めた状態でまたため息を吐く。


駄々をこねる子供だ。こんなことではいつか彼に呆れられてしまうのではないだろうか。

でも私のことを考えて、困り顔をする様子を思い出すとどうしようもなく私の心は満たされてしまう。ダメだなと思いながらベッドの上で足をパタパタさせる。

恥ずかしさと嬉しさを行ったり来たりする気持ちを落ち着かせ、枕から顔を上げる。


ふとスマホが目に入り、通知ランプが点滅していることに気づいた。彼と合流してから通知音が鳴らないようにしていて、家に帰ってからもそのままだったと思い出し、寝転がりながらスマホを見る。

メッセージアプリを開けてみれば、連休中に遊ぶ約束をしている友人達がグループトークで何曜日にするか、どこに行くかとやり取りしていた。途中、話が逸れて普通のおしゃべりになってしまっているが、学園では大人しい様子の友人達がアプリの中では姦しく騒いでいるのはなんだか新鮮で面白い。ただ、かなりの量のメッセージがやり取りされていたので、話がどこまで進んでいるのか確認するのに少し時間がかかった。ようやく話の流れを理解して私もその中に加わる。

その中で、泊りでどこかに行かないかという提案がされた。

泊りで遊ぶつもりはなかったのであまり乗り気にはなれないが、他の面々は乗り気のようだ。


彼との用事が終わった後であれば何でもいいかと思いかけて、姉さんのことを思い出す。それに昨日見た姉さんの様子も。


連休の前半は演奏会の準備などがあり姉さんとの時間を作ることが難しくなってしまう。後半は空いているとお母さんは言っていたが、泊りで遊びに行くとなるとさらに難しくなる。

どうしたものかと考えている間にも友人達はアプリの中で盛り上がっていて、木曜日から土曜日の三日間の予定で、友人の別荘に行かないかという話になってしまっている。

私に確認するようなメッセージがあったのでひとまず『親に確認するから少し待って欲しい』とメッセージを飛ばして一旦アプリを閉じた。


友人達も私の予定を考慮して提案してくれているのだから、それを無下にするのは心苦しいし、すでに連休の後半は空いていると言ってしまった手前、なんとも断りにくい。出来ても日数を短くするとか。日帰りで行けるところの代案を用意するかくらいだ。

とりあえず、『親に確認する』という時間稼ぎで先延ばしにしているが、今日は情緒が暴走気味で疲れていた私は、考えることを放棄してスマホをベッドに放り投げた。使わなくなった頭を枕に預けると早々にまどろみの中に意識が沈んでいった。


扉をノックする音で意識が浮上する。


「唯様」


自分の名前を聞いて目を覚ました私は返事を返して時計をみる。小一時間程眠ってしまったようだ。


「そろそろお食事の時間です。他の皆さまはもうお揃いですよ」


そう言われて体を起こし、植木さんにすぐに行くと答えると、返事と共に扉から足音が遠ざかっていく。

ベッドから降りて体を伸ばす。少し寝たおかげで頭がすっきりしている気がする。手で髪を撫でて乱れていないことを確認してから私はダイニングに向かった。


ダイニングのテーブルには帰ってきていた両親と姉さんが席に着いていた。


「皆おかえりなさい。ちょっと寝ちゃってた」


あいさつと少し遅れた理由を説明して席に着く。前に両親、隣には姉さんが座っている。


「珍しいわね、学校にも車で行っていたし、大丈夫?」


「ん?調子がわるいのか?」


両親がそれぞれ心配を口にする。


「ううん、明日から連休だから、ちょっと気が緩んじゃったのかも。体はどこも問題ないよ」


「そうか、演奏会もあるし根を詰め過ぎないようにな」


お父さんがまだ心配そうにしているので、大丈夫だよと念を押す。


「そういえば唯、オケ部とやるんだって?言ってよー。すごいじゃない!今日お母さんから聞いたときはびっくりしたよ。見に行くから楽しみにしてるね」


なんだろう、私の気にし過ぎだったのかな。私の知っているいつもの姉さんが隣で笑っている。その様子に私は少しあっけにとられた。


「そういえば姉さんには言ってなかったっけ?ごめんね、昨日言っとけば良かったのに色々あって言い忘れちゃって。来てくれるのは嬉しいけど、姉さん忙しいんでしょ?大丈夫?」


そう言って姉さんの様子を窺う。


「大丈夫だよ。お父さんとお母さんは用事で行けないみたいだけど、私はその日空いてるから、代わりにしっかり唯の雄姿を目に焼き付けるから」


オーケストラを後ろにピアノを弾くのは凄く見栄えが良い。でもやっぱり私が出す音を聴いて欲しいと思う。


「そうなの?じゃあちゃんと聴いててよ」


そんなふうにやりとりをしていると、やっぱりいつもの姉さんだなと感じる。やはり気にし過ぎだったのだろうか。


「私たちも行きたかったのだけどね、どうしても都合がつけられなくて・・・ごめんなさいね、唯」


お母さんが申し訳なさそうに眉尻を下げ、お父さんも少し困った顔をしている。両親が私の事を想ってくれているのはわかっているし、吉野家の都合を優先せねばならないことも理解している。ただ、寂しくなかったと言えば嘘になる。両親が私を愛してくれているように私も両親を愛しているから。だからそんな二人に私の演奏を聴いてもらえないのは正直寂しい。だからだろうか、姉さんが来てくれるというのは嬉しい。


「大丈夫だよ。忙しいのは知ってたし。まあ、来てくれたら嬉しいなぁくらいには思っていたけど。今回は姉さんだけで我慢する」


「なにようその言い方はー。お姉ちゃん悲しいなー」


棒読みに気味に姉さんが口を尖らせる。


「ふふ、姉さんに来てもらえると嬉しいよ本当に。正直、来てくれるの修君だけだと思ってたから」


「・・・やっぱり修ちゃんくるんだー、唯が誘ったの?」


妙な間を少し不思議に感じたが、誘ったか否かという質問に対する答えを考える。誘ったと言えば誘ったことになるのだが・・・。


「誘ったというか、話の流れでね。どうせ連休暇なんだから見に来なよ。って言ったら行くって」


そう、話の流れでそうなった。無理強いはしていない。と思う。


「そっか、連休は修ちゃん暇なんだ?」

「うーん、どうだろ」


明日は共通の友人である真鍋君が学校で試合するという事で、一緒に見に行く約束はしているけれど、それ以外はまだわからない。でも彼の様子見る限りだと連休はおそらく暇な日が多いと思う。そうありのままを姉さんに説明して、ふと気になって姉さんに聞く。


「姉さん、修君に用があるの?」

「え?」


姉さんの表情が一瞬固まって、またも妙な間ができたことに私も困惑して同じことを口にする。


「・・・え?」


何か間違った事を言っただろうか?彼の予定を聞いていたはずだから私は知っていることを答えただけだし、姉さんが彼に用があるのか聞いたことも会話の流れとしてはおかしくないと思うのだけど。


「相変わらず二人とも修の事が気になってしょうがないみたいだな、でもあまり修を困らせないようにな。まあいまさらか」


お父さんが呆れ交じりに苦笑する。

そんな風に話している間に植木さんが食事をテーブルの上に並び終える。お父さんがいただきますと言って家族の食事が始まった。


食事をしながら、両親に連休に友人達と泊りで遊びに行きたいと伝えるとあっさり許可がでた。なんなら友達との時間は大事にしなさいとまで言われて拍子抜けしたくらいだ。


「泊りっていつから行くの?」


「まだちゃんと決まってないんだ、お父さん達に確認してからにしようと思って。皆は木曜日から土曜日までって言ってるんだけど・・・」


「そっかー、私も唯とどこか行きたいなーって思ってたんだけど、また今度になりそうだね」

姉さんが残念そうにするので、私もいたたまれなくなってくる。


「姉さんはいつ頃東京に戻るの?」


「私もまだ決めてないけど、土曜日あたりには戻ろうかなと思ってるんだよね。でもそうすると唯とは一日も一緒にいられないし・・・」


そう言い淀む姉さんを見て私は一つ提案する。


「なら金曜には戻ってこようかな、なら土曜日は一緒にいられるでしょ?」


「嬉しいけど、新しい関係は大切にした方がいいと思うんだよね、だから今回はそっちを優先しなよ」

その分ちゃんと楽しんできてね。と姉さんが明るく言う。


「あ、水曜日はどう?演奏会が終わったお疲れ様会みたいな。どこか行かない?私午後からなら空いてたはずだから」

その瞬間私はビクっとする。姉さんが不思議そうに私を見て、両親に自分の予定を確認する。


「そうね、午後は空いているわよ」

二人で出かけてくればいいと両親が言う。


「あー・・・ごめん、水曜日はまだはっきりとは決まっていないけど友達と予定があって・・・」


姉さんの提案を断ることに申し訳ない気持ちになるし、嘘をついている訳ではないけれど少し言いづらい。でも彼と出かけると家族に話すのはちょっと恥ずかしく正直に言えない自分がいて、つい顔が少し下を向いてしまう。


窺うように顔を上げると、深く黒い瞳が私を見つめている。背筋にゾクっとしたものを感じ二の句が継げなくなる。

でもそれは一瞬の出来事で次の瞬間にはいつもの姉さん目に戻っていた。


「そうなんだ、うーん残念だね、まあ会おうと思えばいつでも会えるんだし、また今度にしよっか」


自然に聞こえるその声は軽く、さっき感じたものはなんだったのか自分でもわからない。


「学園で唯がどんな風に過ごしているのか聞こうと思っていたんだが、上手くやれているみたいだな。人との繋がりは大切にしなさい。それが巡り巡っていつか唯を助けてくれる。きっとな」


お父さんが言う通り人との繋がりは大切だと私も思う。特に渚学園という場所には国内有数の名家の人たちが数多く通っているし、能力の高い人が多い。そういう人たちと今から繋がりを持っておくことはきっと有益なのだろう。そういう打算もさっきの言葉には含まれているのだと思う。ただ私にはその繋がりを家のため使う機会があるのかわからない。そういうことはきっと姉さんの領分だ。そう考えてしまうと私が学園で繋がりを得たとして、一体なんのためになるのだろうかとも思う。


私はどういう人生を歩みたいのか、今はわからないし想像できない。吉野家という大木の枝葉となりうるのか、それとも種子となって離れ、別の木となっていくのか。

お父さんの何気ない言葉から、ふと自分の将来に思いを馳せてみるも、結局自分にはまだ何も無い事に改めて気づかされるだけだった。


「うん、そうだね大切にする」

私はそんな当たり障りのない返事をするしかなかった。


その後の食事は連休中の家族の予定のすり合わせを行いながら進んで行った。姉さんの予定は最初の3日間に集中していて、後半は空いている日が多かった。姉さんとの時間を作ろうと考えていたのに、私は間が悪いなと思う。


「そうそう、連休中は陽子さんと梨沙が友也さんのところに行くって連絡があったの。それで修ちゃんが1人日本に残る事になるのだけれど、一応うちに来てもらってもいいわよとは言ってあるのよね」

まだどうなるかわからないけれど、一応頭に入れておいてね。と、突拍子もなく母さんに告げられ、頭が思考停止する。一瞬置いて思考が再開するが、混乱してまともな思考になれない。


(え?)

「え?」


脳内の言葉と姉さんの発する言葉が重なった。


お母さんは補足するように説明する。

「友也さんの仕事が少し詰まっているらしくてね、陽子さんがそれをフォローするためにスイスに行ってくれるそうなの、梨沙がついて行く理由は詳しくは知らないのだけれど、おそらく勉強のためだと思うわ」


申し訳なさそうな表情でお父さんが続けて言う。

「友也には申し訳ないと思っているんだが・・・。今回の案件については友也以上の適任がいなくてな・・・」


お父さんは次の言葉を選ぶように間を空けて、少し真剣な表情に変わる。私もようやく事態を理解し始める。


「友也代わりを務められる程の人材というのはそうそういないだろうと思っていたが、今回梨沙が一緒に行くと聞いてちょっと嬉しかったんだ」


どうやらお父さんは梨沙さんが友也さんの後を継いで吉野家を支えてくれることを視野に入れてくれていると思っているのだろう。珍しく難しい顔をしていたお父さんだったが梨沙さんの事を話はじめると表情が緩んでいくのがわかる。


「もちろん梨沙がやりたい事をやってくれるのが一番良い。今回の事は梨沙にとって自分の人生と向き合う良い機会だと思う。友也もきっと同じことを思うだろう。まあ正直に言うと吉野家を一緒に支えてくれる道を選んでくれると私としては嬉しいと思ってはいるが・・・」


友也さんの代わりがいないということに相当危機感を持っているのだろう。ぎこちない笑みを浮かべているが、その言葉には重みがあった。


「そう・・・。確かに梨沙ちゃんも進路を考えなきゃいけないしね・・・」


姉さんにも思うところがあるのか、浮かない表情と声で梨沙さんの将来について口にして、少し空気が重くなる。


「でも修ちゃんがうちに来るって言うのは、しばらく泊まるって事?」


伺うように発した姉さんの言葉で、私は差し迫った危機を思い出し、どうすべきか考え始めた。


「うん?そういう事になるが・・・」

何かに気づいたかのように、あー・・・、と言って少し言葉に詰まり困ったような表情になるお父さん。おそらく昔のような感覚で彼を家に泊めようとしている事に気づいたのだろう。昔から一緒にいた従弟とはいえ年頃の娘たちへの配慮が欠けていた。といったところだろうか。


「修は日本に残って一人になるだろう?長期間という訳ではないが、未成年の修に何かあった時にフォローできるのは私たちだけだ。であれば一人の間はうちにいてもらった方が安心できる。私も友也たちもな。少しの間なんだが・・・。まずかったか?でも昔はよくうちに泊まりに来ていたし、昨日だって楽しそうにしていたじゃないか」


お父さんは困ったように姉さんに説明する。


「うん、別に問題はないよ・・・ただ急に言われてびっくりしてさ・・・」

姉さんもお父さんの表情を見て苦笑を浮かべる。


「全然大丈夫だよ。うん、修ちゃんが来るのは大歓迎」

姉さんはそう言って最後は喜んだ様子で受け入れた。それを見てお父さんもほっとした表情になっている。


「唯も問題ないか?」

と次は私に確認を取ってくる。


大いに問題だ。


先ほどからずっと考えているが、どう考えてもまずい状況だ。

正直いつもの私でいられる自信が全くない。今日ですらあんな醜態をさらしているのに。

更に悪いことに、さっき水曜日は友人と予定があると言ったのに「なんだ友達って修ちゃんのことだったんだー、別にそう言ってくれればよかったのにー」と、ニヤ付きながらからかってくる姉さんの反応が目に浮かぶ。なんならその後、余計な追求までされる始末になり両親からもいらぬ詮索をされる可能性が高い。そして鈍感チタン合金の彼が私に気を使えるとは思えない。

ともすれば彼が聞かれたらなんでも答えるAIbot君になるのは当然のことで。彼にしてきた私の言動が全て家族に漏洩するのはもはや確定的であり、そんな状況は端的に表現すれば地獄である。

そんな最悪な脳内シミュレーションをしてみると、あんまりにも墓穴を掘るのが上手すぎる展開となって、どうしてこうなった?という言葉が頭の中をぐるぐる巡る。


後で彼に連絡して、余計なことを言うなと釘を刺しておくか?でも彼が余計な事が何なんなのか理解できるとは思えない。じゃあ余計な事とは何かを彼に教えるのか?どんな地獄だそれは。自分で気づけ、と脳内で彼にツッコミを入れることしか出来ない。


もはや詰み。


それにしてもお母さんはなんでもっと早くに言ってくれなかったのか。それこそ私の予定を姉さんに話す前に言ってくれれば良かったのに。他人のせいにして現実逃避したくなる。悪気が無いのはわかっているが、恨めしく思ってしまう。


「唯?修となにかあったのか?」

答えに窮する私にお父さんが心配そうに聞いてくる。


「う・・・ううん、何もないよ、全然大丈夫。修君が家に泊まるのっていつぶりだろうなあとか考えてた。結構久しぶりじゃない?最近は家に来ることはあっても泊まる事ってなかったからさ」


とりあえずそう誤魔化してみたものの、この状況を打開できる案が全く思いつかなくて。そんな私を見かねたのか姉さんが会話に入り込んでくる。


「うーん、そういえばそうだよね。初等部の頃以来じゃないかなーあの頃は二人とも可愛かったなー」

話を繋ぎながら少しズレた事を言った姉さんに意識が持っていかれて姉さんを見やる。しょうがないな。と言いたげな優しいまなざしで見つめられ力が抜けていく。


「なによその言い方は、今は可愛くないみたいに聞こえるけど?」


ごめんごめん、と姉さんが微笑みながら頭を撫でてくる。


「そういう意味じゃなくて、二人とも大人になったなあって思ってさ。だからこそちょっと気まずさがあるんじゃないかなって、修ちゃんも唯も両方ね」

上手い言い方だ。さすが姉さんだと感心する。

昔とは違うと。だから今の状況でもう一度考える必要があるのではないか。そういう意味を柔らかくしてお父さんに伝わるようにしてくれているのだなとわかる。そういうことなら私は余計なことを言わずに姉さんに任せたほうがいい。そう判断して、私は私が言いそうなことを意識して言葉にする。


「まあ、ちょっとね。でも嫌ではないよ。修君って結構ズボラなところあるし、心配になるのは私も一緒だから、修君が来たいって言うなら私も大丈夫だよ」

こういう言い回しなら角が立たずに済むはず。


「すまないな唯。少し配慮が欠けていたかもしれん。まあまだ確定している訳ではないし、修がどう考えているのかも含めて後で陽子さんに確認しておこう」

そうお父さんが言う。これで少し猶予ができた。食事が終わったら彼に連絡してうちに来ないように誘導してみようと決める。それ以前に彼がそれを望んでいないことも十分考えられるが、いずれにせよ心の平穏を保つために確認は必須だ。


私は内心ほっとして姉さんの方を見る。これでよかった?と言いたげに少し首を傾けながら微笑んでいる。そんな姉さんに私は軽く頷き返し、互いに笑みを返しあった。


そんなこんなで食事を終えて自室に戻った私は友人たちとの連絡を後回しにして彼にメッセージを送る。今日は少しくらい姉さんとの時間を作れると思っていたのに、それどころではない。まずは状況の確認からだと思い、椅子に座って彼にメッセージを送る。友人達からの通知がいくつかあったが全て無視した。

『連休中一人になるって聞いたよ』

既読がつかない時間にやきもきしながらスマホの画面をジッと見つめ続ける。少したってから既読が付き返信が帰ってくる

『うん、僕もさっき聞いたんだけど姉さんが母さんに付いて行くらしくて』

そう返信があった瞬間、彼がスマホから目を離す隙を与えないために私は高速でメッセージを送り返す。

『みたいだね、お父さん達はうちに来ればいいって言ってたけど』

『大丈夫だよ。心遣いはありがたいけど僕もある程度一人でやれるから』

そのメッセージをみて私は心から安堵した。

『そう?遠慮しなくていいからね。何かあったら頼ってね』

実際は大いに遠慮していただきたい気持ちだったが、そんな事が言えるはずもなく当たり障りのない返信をして息を吐く。


とりあえずは大丈夫だろう。


私は椅子から立ち上がり伸びをすると再び座ってスマホを手に取る。溜まっていた友人たちのメッセージに目を通して、両親の許可が下りたと返信する。それを受けて友人たちはまた予定について盛り上がり始める。

私は途中でお風呂に入るからと、適当らしいことを言って私はスマホを机に伏せて置いた。

ため息を一つ吐いて天井を見上げる。


今日も疲れた。振り返ると今日は空回りの一日だった。


ままならないなあ、と思いながら肩の力を抜いて深く呼吸をする。


今からでも姉さんのところに行って少し話そうかなと思いつく。連休中はタイミングがあまり無さそうだし。

立ち上がろうと体に力を入れようとして夕食の姉さんの様子を思い出す。

一瞬だけれど私を見る目が違った気がすること。

彼が連休中に泊まりに来るかもしれないと聞いて私程ではないが少し動揺していたこと。これについては姉さんも急のことで驚いただけだろうと思う。最後は普通に受け入れていたし、私に気を使う余裕すら持っていたから。


昨日の事も私の考えすぎだったように思うけれど、やはり久しぶりに姉妹で一緒に時間を過ごしたいと思った私は椅子から立ち上がり、部屋を出た。


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