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灯台下暮らし  作者: 夜寝眩
11/24

8.5

結局眠るのが遅くなった私は、それでもいつも通りの時間に目を覚ました。

昔から体内時計がしっかりしているせいか、遅く寝ても朝目覚める時間は大体一緒だ。

だから夜更かしはできるだけしないようにしてきた。


寝るには寝たが、体と頭の疲れが取れていない。今日は車で送ってもらおう。そう思いながら身支度を始めた。


駅までは少し遠いが、ピアノは案外体力を使う。普段あまり運動をしない私にとっては駅まで歩くことは体力維持に必要な事だ。それに駅までの道のりは季節を感じさせてくれて気分転換にも丁度良い。

大雨が降っている時や真夏の酷暑の日などを除いては、よほどのことがない限り私は駅まで歩くようにしている。


支度を終えてリビングに行くと植木さんが「おはようございます」とあいさつをして、朝食を用意してくれる。私も植木さんに挨拶を返してテーブルに着いた。

お母さんはもう朝食は済ませたようで、ソファでコーヒーを飲みながらくつろいでいた。

「おはよう、唯」


「おはよう、お母さん。姉さんは?」


「咲ならまだ来てないわよ。疲れたって言っていたし、まだ寝ているのかもね」


昨日の姉さんの異変が気になっていたので、朝会って様子を見たかったけれどそれは叶いそうにない。


「そっか、お母さん今日は車で学校に行くね」


「あら、どうかしたの?」


「ちょっと寝不足なんだ」


「そう、珍しいわね。昨日はしゃぎ過ぎて眠れなかったんでしょう?」

クスクス笑いながら言うお母さんが、植木さんに車の手配をお願いしてくれる。

植木さんは「かしこまりました」と言い、私の朝食をテーブルに配膳した後、家の内線で運転手に連絡を取ってくれた。


はしゃいでいたわけではないけれど、それは説明できないので、そういうことにしてお母さんの話に合わせた。


朝食を終えてから軽く身だしなみを整えて、車の用意ができるまでお母さんと一緒にソファでくつろぐ。

「お母さん、ゴールデンウィークは姉さん忙しいの?」

やはり姉さんの様子が気になる私はお母さんに尋ねる。

「そうねぇ、前半はそれなりに忙しいかもしれないわね。色々と顔を出してもらわないといけない場があるし、今のうちから紹介しておきたい方もいるしね。でも後半は空いていると思うわ。私たちもあまり咲にムリをさせたくないから、その間はゆっくりしてもらいたいわね」


姉さんは大丈夫だろうかと心配に思うが、なんだかんだ姉さんは要領よくこなすだろうとも思う。

ただ、昨日の様子が気になるので、私も姉さんにムリをしてほしくないと思う。


車の準備ができて植木さんが呼んでくれた。

「お母さんいってきます」

「いってらっしゃい、気を付けてね」


車に乗り込むと運転手が「おはようございます」と挨拶をしてくれるので、私も挨拶を返して車が進み始めた。


いつも歩いている道のりを車で進んで行く。

桜の木は緑に覆われて、歩道の花壇に植えられた花や、他の家の庭に植えられている花も綺麗に咲いていて、春だなと実感させられる。

そんな風景を見ながら車がどんどん進んで行く。


すると見慣れた姿を見つけた。彼だ。

昨日、散々私の気持ちをかき乱した彼が上着を脱いで信号待ちをしている。


「ごめんなさい。車を止めてもらえる?」

そう伝えると、運転手も気づいたのか、彼の近くに車を止めて、短くクラクションを鳴らしてくれた。

車の存在に気づいた彼がこちらを向いてくれるので、私は窓を開けて彼を呼んだ。


「修君どうしたの?遅れちゃうよ。乗ってきなよ」

珍しく時間に遅れているようで、彼は走っていたみたいだ、少し汗をかいている。


少し心臓がうるさくなる。

昨日は姉さんばかりに気を取られていたのに、今は私と二人だ。

そんな状況に、昨日のことが無かったかのような気持ちになり、彼を車に乗るように誘う。


彼は「珍しいね」なんて言うが、それはこちらも同じだ。

隣の席に移動して、彼を私の座っていた場所に座らせる。

運転手に出してくださいとお願いし、車がまた進みだした。


後部座席で二人になって、彼に遅れた理由を聞くと、私と同じような理由を言うのでちょっと嬉しくなるが、彼が姉さんの事を言い出すのですぐにそんな気持ちも引っ込んで、姉さんの異変が頭に浮かんだ。


ただ、彼に姉さんの話をするのは嫌だった。

姉さんの事は散々昨日見たのだから、今は私の事だけ見て欲しい。

そんな気持ちを抱いて、「ちょっと考え事」なんてぼかして言ってみる。


彼は「相談に乗るよ」などと訳の分からないことを言い出して、解決策がどうのこうの言っている。


(いやいや、修君だよ。そもそもの原因は)


そんな気持ちを言えるはずもなく、ただただ嫌な顔をするしかなかった。

彼は困惑しているようだったが、私も次の言葉が出てこない。


そんな私を見て、「僕が何かした?」なんて言ってくるものだから、思わず「うん」と言いそうになってしまう。

このままだと彼に言わなくていいことまで言ってしまいそうだった私は、話を打ち切って窓の外に目をやった。


流れていく外の風景を眺めながら、そういえば彼にはまだ伝えてないことを思い出した。

火曜日にオケ部と文化ホールで協奏曲をやることを。

毎年この時期に行われるなかなか大きい演奏会で、渚学園のオケ部が地域貢献の名のもとに大ホールでやるものだ。

そんなものに今年は私が出る。市の抽選に当選した人が招待されるもので、毎年人気のため、結構な倍率になる。

だが、演奏者は親族枠で特別招待ができる。私には三人分割り当てられている。

もともとはお父さんとお母さんを誘っていたが、ゴールデンウィークは忙しいので来られるかはわからない。今年は姉さんも戻ってきているので姉さんを誘っても良かったけれど、それも難しそうだ。


彼はゴールデンウィークに予定があるのだろうか。そんなことを考える。


聞かせたい相手がいないのは寂しい。

姉さんを招待しようと思っていた一枠を彼に渡そう。

なんならゴールデンウィークに一緒に出掛けるのもいいかもしれない。

さっき私を不機嫌にさせた事をこれでチャラにしてあげよう。


そう思って彼にゴールデンウィークの予定を聞いた。

私が不機嫌そうに尋ねるので彼は少したじろいでいたが、予定は無さそうだ。

なら何の問題もない。彼に来てもらおう。絶対に。


ついでに少し意地悪を思いついた。翌日は私も彼も空いているので出かければいい。

その行き先を彼に考えてもらおう。


彼は戸惑っていたが、そんな彼の困っている様子が可愛く思える。

行くところなんてどこでも良かったけれど、私のために悩んで、考えてくれることが大事だ。

なんならもっと困らせてやりたい。私の事でいっぱいにしてやりたい。そんな気持ちが湧いてくる。


もう少し困った様子の彼を見ていたかったが、気づけば学校に着いていた。

困っている彼とは反対に私の心は十分晴れていた。


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