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革命

「僕は、君個人に話があるんだ」


 あくまでも穏やかな、やわらかい笑み。

 なのに、何か底知れない強制力に促されるように、俺は首を縦に振った。


   ◆


 俺が連れてこられたのは、とある空き教室だった。


 誰もいない朝の教室。


 しんと静まり返るそこは、普段から使われていないせいだろう、春なのに生き物のぬくもりを感じない、ひんやりとした空間に思えた。


 互いが歩く僅かな足音や衣擦れの音まで鮮明に聞こえる部屋で、クラウスは椅子を引いた。


「まぁ、座ってよ」


 俺に着席を促すも、クラウスは腰を下ろさなかった。

 一番前の席に座る俺の前に、机を挟んで佇んだ。


 ドラマなら、キーパーソンから何か重要な秘密を明かされるような独特の雰囲気を感じ取り、俺は身構えた。


 それで、クラウスが俺の部屋を訪ねてきた時のことを思い出した。


 ——もしかして、イチゴーたちのことか?


 俺がそう危惧した途端、クラウスは口を開いた。


「まずは夢への第一歩、おめでとう」

まるで警戒を解くような、親し気な声音だった。

肩透かしを食った俺に、クラウスは滑舌良く、滔々と語り始めた。


「君の夢は貴族に戻り生活の安全を担保する事。そして平民から恨まれないよう彼らを助け信用を得て、ゆくゆくは君を通して貴族全体のイメージアップをする事。そして貴族と平民の溝を取り払う事。一昨日の件で、それは半ば成功したと言ってもいい」


 目線の高さを気にしてか、クラウスは俺を見下ろすような立ち位置から離れ、教室の窓に歩み寄った。


 自然、俺の視線も下がる。

 頭の高さは変わっていないのに、互いの距離ができれば自然と目線が合う。


 なんだか不思議だ。


 逆に、同じ目線の高さだと思っていた相手に近づくと、実はまるで違う所を見ていた、なんてこともありそうだ。


 場違いな想いを現実に引き戻すように、クラウスは言葉を続けた。


「少なくとも、あの町の人たちはラビを元貴族だからと嫌わない。平民科の生徒たちも、多くが君を英雄視し始めている。救いのヒーローである君は、平民のスターだよ」


 それは言いすぎだよ、と言おうとして、クラウスは窓側の壁にもたれかかった。



「革命軍に入らないかい?」



 まるで放課後の遊びに誘うような気安さで、クラウスはさらりと口にした。


 緊張感のない、穏やかな口調と姿勢に、俺は一瞬理解が追いつかなかった。


 何かを聞き間違ったか、同音異義語かとも考えた。


 それか、俺が思っているのとは違う意味の革命軍か。


 自分たちが史上最年少のSランク冒険者になって冒険者業界に革命を起こそうぜ、みたいな。


 けれど、クラウスは毒気の欠片もない微笑のまま、ポエムを朗読するように口を動かした。


「君も今回の件で分かっただろう。僕ら平民が、王族貴族にどれだけ虐げられているか」


 俺が思い出すのは、女神像を強制徴収しようとする兄さんの顔だった。


「僕ら平民は生活の為、社会を回す為に働いてお金を稼ぎ、生産をしている。なのに、それを王族貴族は徴税という名目で強奪し、逆らえば剣を振るってくる。彼らはただの強盗だよ」


 仮にも元貴族の俺が、貴族の必要性を説こうとすると、クラウスは機先を制するように言葉を続けた。


「敵国の脅威から国民を守るのが王族貴族の責務。とは言っても、その敵軍だって貴族じゃないか。この世に貴族がいなければ、そもそも争いなんて起きない」


 クラウスは短く息を吐いた。


「僕らから徴税したお金も、公共事業で僕らに還元されるのはごく一部で、大半は王族貴族の贅沢の為に浪費されている。彼らが働かずに領民から巻き上げた税金で買うドレス一着、宝飾品一つで、平民の家庭が何か月食べていけると思う?」


 優しさはそのままに、クラウスの声音は徐々に暗く、深く落ちていく。


「ラビ、僕は世界とは国の集合体であり、国とは人だと思っている。建物や立派なお城があっても、無人の王都はただの廃墟だ。けれど森の中の洞窟で寝泊まりしていても、そこに大勢の人が暮らすなら国たり得る。だけど王族は、国とは自分たちの事だと思い込んでいる」


 声音に、ほんのわずかな憎しみが宿った。


「他人の命と財産を自分の所有物だと勘違いした世界最大の強盗集団。それが貴族であり、頂点に君臨するのが王族だ。王族がいる限り、この国は、世界は決して平和にならない」


 壁に預けていた背中を離して、クラウスは真摯な声音で俺に訴えた。


「僕はいつも夢に見るんだ。王族も貴族もいない世界をね。誰もが自ら生産した物と稼いだお金を自由に使い、誰から威圧されることもなく、笑顔で生きていく社会。はっきりと言おう、貴族こそが、差別の温床だ。それはラビ自身もよく理解しているはずだよ」


 まっすぐに俺の眼と向かい合いながら、クラウスは語調を強めた。


「同じ貴族同士でも、上級貴族が下級貴族を差別する。君のように、スキルが家の恥だからと追放する。兄弟でも容赦なく決闘をしかけてきた君のお兄さんもそうだ。爵位やスキルで他人を迫害し弾圧する貴族社会が、君は憎くはないかい?」


「それは……」


 憎くないと言えば、嘘になる。

 イチゴーを召喚しただけで蔑み、実家を追放された時は、理不尽すぎて何も考えられなかった。


「だからラビ、王族や貴族たちからこの世界を取り戻す為に、僕と一緒に革命軍に入ろう。世界中で苦しむ平民たちの為だけじゃない。ラビ、君自身を救う為にも。君にはその力がある」


 クラウスの声が、僅かにその速度を速めた。


「君のスキルで強力な武器を作り、平民冒険者たちに配る。そうして平民冒険者たちが貴族よりも活躍するんだ。そうすれば、冒険者としての成功で威厳を保っている彼らの権威や存在意義は失われる」


 姿勢を正して、クラウスは軽く拳を作り俺にかざした。


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― 新着の感想 ―
まあ、それは相手が貴族であるか無いかは関係なく、組織が大きくなれば権力も富も一部へと集中していくのは、国も企業も変わりない話なのだけど。
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