ちょっと話があるんだけど
貴族科校舎と平民科校舎を繋ぐ連絡棟にある掲示板ホールには、朝から生徒たちがごった返していた。
「すんげぇええええええええええ! ドレイザンコウってBランク冒険者が相手にするような魔獣だろ!?」
「期待のニューフェイスって貴族科の誰かだと思っていたけど、ラビたちだったんだな」
「クラウスと貴族科のノエルも一緒にいたみたいだけど、ラビが中核を担っていたのか」
「町長から表彰されて教会の記念碑に名前を刻まれたって、これって町の歴史に名前が残るってことだよな」
「前もああいう奴が未来の英雄になるんだろうなって思っていたけど、もう歴史に名前を残してんのかよ!? どんだけだよ!」
「オレ、最初はラビの奴、気に喰わなかったんだけどさ、元貴族だし。こうなってくると、なんだか素直にどこまで出世するのか見てみたくなるよ」
「あ、その気持ちわかる。いや、こんなこと言うと小物っぽいけどさ、なんか同級生が有名人になるのってテンション上がるよな?」
「というかあいつゴーレム使いだろ? 家ってスキルや魔法で作れるのか?」
「名門シュタイン家だし、土魔法の英才教育でも受けていたんじゃないのか?」
「ハイゴーレムって、確か王室直属のゴーレム部隊クラスだよな?」
「マジで? あいつなんで平民科にいるんだ? さっさと卒業しろよ」
「とにかくすげぇよ。すげぇとしか言えねぇ!」
「オレ、今からでもチーム組んでくれって頼もうかな? 明日は貴族科との合同授業だし」
「やめとけって、オレらなんかじゃ相手にされないって」
みんなの騒ぎを、掲示板ホールへ続く廊下で立ち聞きしていた俺は、なんとなく出て行きにくかった。
なんというか、盗み聞きをしている気分だ。
——いや、あれだけ堂々と言っているんだから盗み聞きも何もないんだけどさ。
二年の不良生徒、ダストンとの決闘の時は俺やノエルが負けるのを期待していたクセに、えらい手の平返しだ。とはいえ、これこそが俺の目指すものでもある。元貴族だからと嫌われていたけど、今ではプチ英雄扱いだ。
この調子でいけば、いずれ俺が貴族に戻ってもやっかまれたりはしないだろう。
俺が将来に期待を寄せると、廊下で貴族科の生徒たちとすれ違った。
「ちっ、平民落ちがいい気になって」
「貴族社会でやっていけないからって平民にごますりなんて品がないね」
「ハイゴーレムだってどうせデマだろ?」
その言葉で、胸中に冷たい雲がかかるのを感じた。
平民を助ければ、平民たちから感謝されてヘイトを向けられなくなる。
そう思ったけれど、今度は逆に貴族から煙たがられている。
もしも、俺が貴族に戻ったらみんなから言われるのだろうか。
平民にこびへつらった、ごますり貴族だと。それは辛い。そう俺が落ち込んでいると、背後からハロウィーの明るい声がかかった。
「ラビ」
ぽん、と背中を押されて振り返ると、小柄な愛らしい姿で俺を見上げるハロウィーが立っていた。
彼女を目にするだけで、暗い気持ちが少し明るくなる。
「良かったねラビ。もうみんなラビの話題で持ちきりだよ」
「うん、まぁ、な」
「さっき向こうの廊下でも、ラビの作る家が話に出ていたよ。ラビがいれば大工いらずじゃないとか、工務店の仕事なくなるんじゃないかって。わたしも思うんだけど、ラビって将来自分の工務店を開いたら成功するんじゃない?」
「う~ん、それはちょっと考えているんだけど、他の人の仕事を奪うのは気が引けるから、仕事の量はセーブしようかな。とりあえずハロウィーの実家には立派な城壁と堀をお友達価格で作らせてもらうよ」
「お友達価格って、二割引きとか?」
きょとんと首をかしげた。かわいい。
「これからも俺のクエストに付き合ってくれたらそれでいいよ」
「それって取引になっているのかな?」
「じゃあ俺が困ることがあったら助けてくれよ」
「うん、それならいつでもいいよ」
ハロウィーは優しい笑顔で、ふにゃっと笑ってくれた。かわいい。
「おい、あそこにラビがいるぞ」
「え、ほんと!?」
「おいラビ! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
「明日貴族科とダンジョンで合同授業だろ? オレと仮チーム組んでくれよ!」
俺らの存在に気付いた生徒たちが、一気に廊下に駆け込んできた。
迫る人の波から逃げ出そうと、俺はハロウィーの手をつかんだ。
「ふゃっ!?」
ハロウィーが赤面して、そして横の通路から金髪の美少女が流れるようなロングヘアーと、その他もろもろを揺らしながら凛と現れた。
「貴君達。ラビに何か用か?」
男子と変わらない長身。
雄々しく伸びた背筋。
色々と迫力ある体。
金色に輝く長髪。
勇ましい碧眼。
凛々しい声。
その全てが庶民を威圧する絶世の美少女騎士、ノエル様の姿に、平民科の生徒たちは立ち止まった。
「あ、いえ、用って程でも」
「別に、ねぇ」
「あ、先約があるならどうぞ」
「そうか、では失礼する」
ノエルは必要以上に毅然とした態度で俺の手を引くと、そのまま掲示板ホールに入った。
「ありがとう。助かったよ」
「貴君も大変だな」
これも有名税かと、俺はちょっと視線を伏せた。
「あ、ごめんハロウィー、手ぇ握りっぱなしだった」
「ふゃっ!?」
俺が手を離すと、ハロウィーは正気を取り戻したようにハッとした。
「う、ううん全然! むしろ、いや、なんでもないよ。あはは」
ハロウィーは何かを誤魔化すように笑った。
不思議に思いながら前を向くと、ノエルがちょっと寂しそうな、悩むような、複雑な表情をしていた。
何で?
俺が不思議に感じていると、また、俺の名前が呼ばれた。
「ラビ」
でも、今度は野次馬じゃない。
聞き慣れた爽やかな声は、クラウスのものだ。
「おークラウス」
ハロウィー、ノエルに続いて、クラウスもすっかりお馴染みのメンバーだ。
最近は、このままクラウスともチームを正式に組みたいと思っている。
「どうやら、この前の件ですっかり人気者みたいだね。僕の名前がかすむくらいさ」
「平民科首席のスター生徒が何を言っているんだよ」
謙遜するなよと、俺が世間話でもしようとすると、クラウスは少し真面目な顔を作った。
「ところでラビ、話があるんだけど、授業が始まる前にちょっといいかな?」
「俺はいいけど、ノエルとハロウィーは――」
「ラビ。悪いんだけど、二人には席を外してほしいんだ」
珍しく人の言葉を遮り、クラウスはじっと、俺の眼を見つめてきた。
「僕は、君個人に話があるんだ」
あくまでも穏やかな、やわらかい笑み。
なのに、何か底知れない強制力に促されるように、俺は首を縦に振った。
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