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「イチゴー、ニゴー、サンゴー、ヨンゴー、ゴゴー! 行くぞ!」『おー』


 クラウスが涼やかに微笑むと、周囲の人たちも尻馬に乗っかった。


「確かにそれもそうだよな」

「書類の偽造をしてみてくださいよ貴族様」

「別に恥ずかしがることはありませんよ」

「そうですよお貴族様。弟にできることが自分にできなくてもいいじゃないですか」

「人には得手不得手がありますから」

「それにラビのゴーレムは規格外ですから」

「そうそう、ドレイザンコウを倒して町を復興させるスーパーハイゴーレムだからな」


 ドレイザンコウを倒したのはノエルだけど、町の人たちは口々に俺のゴーレムを褒め称えていく。


「ハイゴーレム?」


 兄さんが怪訝な顔をする。

 その足元で、イチゴーがむむんと誇らしげにお腹を張った。

 兄さんの視線が、イチゴーの胸元のオーブに留まった。


「ふん、何がハイゴーレムだ。どうせガラス玉か何かを埋め込んだイミテーションだろう? 無知な民衆を騙して楽しいか?」


『ちがうもーん、ほんとうにハイゴーレムだもーん』


 イチゴーのメッセージウィンドウを挑発と取ったのか、兄さんの眉間に深い縦ジワが刻まれた。


「偽物が……ラビ、こうなったら決闘だ! 女神像はゴーレム。ゴーレムを賭けてゴーレム使い同士、決着を付けようじゃないか!」

「えぇ!? そ、そんな無茶苦茶な!」


 一瞬の間に、二つの考えが入り乱れた。

 俺に勝ち目はない。

 兄さんの実力は、俺の遥か上だ。

 しかも、俺が負ければ女神像は奪われてしまう。


 だからと言って、もし俺が勝てば、町の人たちは喜ぶけれど兄さんの仕事は失敗。

 王室におけるシュタイン家の評判は落ちて俺が実家に戻れる可能性は消え失せる。

 俺はどうすればいいんだと、目の前の選択肢に体が硬くなってしまう。

 そこへふと、ノエルが耳打ちをしてきた。


「やったなラビ。ここでフェルゼン殿を倒せば、貴君が次期当主になれるかもしれないぞ」

「!?」


 その考えは無くて、青天の霹靂のような衝撃が頭を襲った。


 ——そうだ。今まで俺は、父さんに貴族への復帰を認めてもらえるような働きをしようとばかり考えていた。でも、俺が兄さんよりも優れていることを証明する、というのも、一つの手なんじゃないか?


 劣等生の俺からすれば、兄さんは雲の上の存在だ。

 だから今まで思いつかなかった。


 けれど、もう昔の俺じゃない。


 みんなの力を借りてだけど、ダンジョンでコマンダーメイルを倒した。

 草原でドレイザンコウも倒した。

 イチゴーたちはみんなハイゴーレムになった。

 兄さんでさえ、まだハイゴーレムにはできていないはずだ。


 今なら、勝てるかもしれない。

 そもそも、俺がわざと負けたからって実家に戻れるわけじゃない。

 なら、兄さんに勝って、兄さんよりも優秀なことを証明した方がよっぽど勝算がある。


「ラビは関係ないでしょう。これはこの町の――」

「クラウス。いいんだ」


 俺はクラウスの肩に手を置くと、彼に耳打ちをした。


「これはチャンスだ。あのまま王威を振りかざしてゴリ押しされたら勝ち目はない。だけど向こうから決闘を名乗り出てくれた。これに勝てば、大手を振って正当性を主張できる」


 クラウスは少し考えるそぶりを見せてから、言葉を鞘に納めた。


「君の言う通りだ。ラビ、ここは任せてもいいかな?」

「ありがとう……」


 俺は兄さんと向き合って、自分の口を開いた。


「わかりました、兄さんの決闘を受けます」

「いい度胸だ。場所は教会の前のスペースでいいだろう。今日は仮にも兄である私は、お前に真のゴーレム使いの実力を見せてあげようじゃないか」


 さっきまでの狼狽ぶりはどこへやら、兄さんは俺との決闘がまとまるや否や、余裕の表情で颯爽と移動し始めた。


 俺相手なら勝って当然。

 そう思っているに違いない。


 なめられていることには少しムカつく一方で、兄さんなら当然だとも思う。

 兄さんの知る俺は、シュタイン家の劣等生で学園の成績もパッとしなかった。


 それに引き替え兄さんはシュタイン家の優等生で、周囲からも将来を期待される自慢の嫡男だ。


 不遜でも過大評価でもなく、正しい評価だ。

 俺は一度、みんなを振り返った。


 同じ貴族でおおっぴらには応援できないノエルも、平民だからこそ逆らえないハロウィーも、眼差しを見れば、俺の勝利を願ってくれているのが分かる。


 町の人たちも、俺の勝利を願ってくれているのは明白だった。

 みんなの期待を一身に受けながら、俺は兄さんの待つ教会前に足を運んだ。

 みんなのために、そして俺自身のために、この戦いは負けられなかった。


「素直に私の前に立ったことは褒めてやろう。だけど、それは蛮勇というものだ。いでよ、我がゴーレム、グリージョ」


 兄さんの足元に光のラインが走り、円を描いた。


 続けて内側に幾何学模様が入り、地面から空中に光のラインが無数に飛び上がった。


 光はグリッド線のように鎧の騎士を描き、テクスチャが張られるようにして実体を得ていく。


 三秒と経たず、そこには鋼の騎士が姿を現した。

 灰色の甲冑は左右の鞘から剣を抜き、二刀流の構えで静かに臨戦態勢を取った。


 見ただけでわかる。

 そして知っている。

 見掛け倒しではなく、あのゴーレムは本当に強い。

 だけど、俺のイチゴーたちだって負けていないはずだ。


「イチゴー、ニゴー、サンゴー、ヨンゴー、ゴゴー! 行くぞ!」


 五人はちょこちょこと俺の足元に整列して、『おー』と一斉に拳を突き上げた。


 ——同じ鎧の騎士なら、ダンジョンで六本腕のコマンダーメイルと戦っている。いくら兄さんでも、アレよりも強いことはないはずだ。


「ふん、相変わらず粗末で貧相なゴーレムだね」


 イチゴーたちの姿に、兄さんは余裕を取り戻したのか、いつもの気取った態度を取り戻す。


「そのブタやオークのように短い手足で、一体何ができるんだ!? 行けぇグリージョ! お前の力を見せてやるんだ!」


 鋼の騎士が無言のままに駆け出し、一息に距離を詰めてきた。


 ——え?


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