物的証拠論破
俺が頭を悩ませていると、クラウスが声を張り上げた。
「待ってください。僕らはまだ、王室がこの町に女神像を貸し与えたという証拠を見ていませんよ。そこまで言うなら、証拠資料があるはずですよね?」
「なんだって?」
クラウスの要求に、兄さんはあからさまに機嫌を崩した。
教会へ向かっていた足を返して、兄さんはクラウスに詰め寄った。
「言葉には気を付けたまえよ平民。証拠なら王室の重要資料室に厳重に保管されている。それをおいそれと外に持ち出せるわけがないだろう。それとも何かな? その書類を見せた途端、奪い取って燃やそうとでも企んでいるのかい?」
「そんなつもりはありません。ですが、公務を執行するというのならば、それなりの証拠は必要では?」
一歩も引かないクラウスに、兄さんは声に静かな怒気を込めた。
「無礼者。私はゴーレム使いの名門、シュタイン家次期当主として王室より直々の依頼を受けている。この件に関しては王の意思だ。私を疑うということは陛下を疑うも同じと心得よ。それとも、不敬罪で打ち首にされたいか?」
「っ」
クラウスは悔しそうに歯を食いしばり、言葉を呑み込んだ。
一方で、俺は兄さんの言葉が嘘である確信を得た。
——普段、兄さんは理詰めで相手を叩きのめす。なのに、頑なに証拠を見せようとしない姿勢。やっぱり、王室がこの町に女神像を貸し与えたなんて嘘だな。
おおかた、この町の女神像の由来がわからないのをいいことに、王室が貸し与えたという都合のいい歴史を捏造しているのだろう。
王室の権威を高めるため、女神にゆかりある遺物を集めるべく、事実を捻じ曲げてまで国民の拠り所を奪うなんて最低だ。
クラウスの言っていた、王族貴族に苦しめられる平民、というのがよくわかる。
俺は悩んだ。
状況は王室側の有利だ。
それに、俺の将来を考えるなら、ここで兄さんには歯向かわない方がいい。
俺はこの町を復興させた。
ドレイザンコウだって討伐した。
もう十分だ。
勝算もないのに、この町のために俺の将来を閉ざす必要はない。
そう自分に言い聞かせるも、納得できない自分がいた。
「せめて女神像の由来がわかれば」
虫が囁くような声で俺がそう漏らすと、イチゴーが膝に甘えてきた。
チャット画面が更新された。
――ストレージのなかにしょるいがあるよー。
「え?」
――いまけんさくするー。
俺の視界に、勝手にストレージウィンドウが開いた。
【並び順:新しい順】と表示されて、瓦礫と一緒に回収された物だけがピックアップされた。
さらに【種類:書類】と表示されて、書類関連だけがピックアップ。
そして【製造時期:二〇〇年前】と表示されて量が一〇〇分の一以下になった。
最後に【検索ワード:女神像】と表示されて、一枚の書類が表示された。
『こんなんでたのー』
ハイゴーレムになった時に与えたストレージスキル権限で、イチゴーは勝手にストレージから古い羊皮紙を取り出した。
頭上のメッセージウィンドウを出すイチゴーに、ハロウィーが気づいた。
「イチゴーちゃん、それなぁに?」
ハロウィーの言葉に、周囲の視線が集まった。
みんなが注目する中、差し出された羊皮紙を受け取ると、俺は神官さんに手渡した。
「あの、これアイテムボックスに回収されていたんですけど」
「え? ……!?」
羊皮紙を一目見て、神官さんの顔色が変わった。
「あの、フェルゼン殿!」
「なんだい? まだ歯向かうのかい?」
兄さんは勝者のように胸を張った。
「いえ、そういうわけではないのですが、こちらの書類によれば、女神像は王室からこの町に下賜されたとありまして」
「は?」
下賜。
つまりは、権力者が下の者に恩賞として物品を与える、あげるということだ。
目を丸くして固まる兄さんに、神官さんは書類を広げて見せた。
「こちらの古い記録によりますと、二〇〇年前の大戦で、この町が重要な働きを行い、その恩賞として王室から癒しの女神像を与えたと、このように王印も押されている、正式な書類です」
「そんなバカな! ぐっ」
兄さんは鬼気迫る勢いで駆け寄ってきた。
けれど、書類に目を通すと、ぐうの音も出ない程に息を呑み歯を食いしばった。
「そんな、バカな……いや、矛盾している。さっきはゆかりを知らないと言っていたじゃないか。何故都合よく貴様に有利な証拠が出て来る?」
兄さんが書類を鋭く指差して反論すると、神官さんは俺を見やった。
「それがその、ラビ殿が」
「ごめん、役所の瓦礫を回収した時、俺のゴーレムが見つけたんだ」
「なんだと?」
兄さんが怒りをあらわに表情を歪めて、俺を睨んできた。
正直、結構怖い。
俺は自分がどうするべきか考える。
兄さんに迎合するべきか、それとも真実を貫くべきか。
すると、兄さんは怒りを押し殺すように喉の奥をうならせた。
「ふん、こんなものは捏造だ。どうせこれも、お前のスキルか何かだろう? 家を作れるなら書類も作れるのだろう」
そこでクラウスが口を挟んできた。
「そう言うなら、そちらこそ証拠を見せたらどうですか? 少なくとも、こちらは王印付きの公式書類を提示しているんです。そちらも公式書類を提示して、どちらが本物か、鑑定スキルを持つ人に確認してもらいましょう」
「無礼者め。私は王命を受けて動いているのだぞ。平民の屁理屈に付き合い鑑定スキルで白黒つけるだと? 平民風情が王室と同等のつもりか!? 平民の難癖にいちいち付き合っていたら王室は身動きが取れなくなるではないか!」
それらしい理屈を並べ立てる兄さんに、クラウスは冷静に、そして毅然と言い返した。
「なら、貴方もこの場で書類を偽造してみせてください」
「ッ、平民、それはどういう意味だ?」
「ゴーレム使いのスキルや魔法で書類を偽造できるなら、貴方もこの場でやってみせてください。それとも、ラビにできることが貴方にはできないのですか? もちろん、それならそれでも構いませんよ。兄より優秀な弟なんて世の中にはたくさんいますからね」
クラウスが涼やかに微笑むと、周囲の人たちも尻馬に乗っかった。
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