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論破スタート

 これはまずい。

 将来、貴族に復帰して実家に戻る場合、次期当主である兄さんの不興だけは買いたくない。


 元からあまり仲の良い兄弟ではなかったけれど、憎まれてはいなかったのに。

 それから、話題を変えるように兄さんは語気を強めた。


「私に代わり町の復興ご苦労だったな。だがラビ、教会にあった女神像はどうした? まさかとは思うが、何も考えずに瓦礫もろとも埋め立てたんじゃないだろうな?」


 プライドを保つように居丈高に問い詰めて来る兄さんに、俺は慌てて首を振った。


「大丈夫だって、女神像ならちゃんと俺のスキルで回収して新しい教会の中に安置しているよ」


 俺が教会に視線を送ると、兄さんは肩透かしを食いつつも留飲を下げるような、複雑な表情をした。


「そうか。ならばいい。では復興が済んでいるなら話が早い。我々は女神像を回収し、帰らせてもらおう」


 突然の内容に、俺らは絶句した。

 すぐに、住民たちはざわつく。

 俺も、理由を問いただした。


「待ってください兄さん、あれはこの町の人達のよりどころです。それになんの権限があって町の財産を持って行くんですか?」

「王室からの正式な命令だ。部隊長殿」

「うむ」


 兄さんに声をかけられて、部隊長さんは懐から一枚の書類を取り出した。


「これが王室からの命令書だ。この町の教会にて安置されていた女神像は、二〇〇〇年前に女神がお作りになった、魔法道具としても歴史的遺物としても大変貴重なものだ。なのでこの度、王室で管理する運びとなった」


 その命令には、俺よりも先に神官さんが声を上げた。


「お待ちください。あれは代々、この教会で管理してきたもの。王室の命令とはいえ、何卒ご容赦いただけないでしょうか?」


 一方的な強奪に、腰を低く頼み込む神官さんを、クラウスも掩護する。


「彼の言う通りです。たとえ王室であっても、国民の財産を奪う権利はないはずです。それとも、何か正当な理由でも?」


 町の人たちも、そうだそうだと声を上げる。

 クラウスの強気な態度に、兄さんは不敵に笑った。


「君は確か、一年生平民科首席とかでいい気になっている、クラウスとか言ったね。正義の味方ごっこかな? 言っておくけれど、これはどこぞの暴君みたいに『献上させてやる』とか『この国のものは全て王のもの』という君が好きそうな大衆向けの王政批判小説のような話ではないんだ」


「なんだって?」


 クラウスは警戒心を強め、目線に力を込めた。


「そも、あの女神像は王室のものなんだ。それを、この町に貸していたに過ぎない」

「そうなんですか?」


 クラウスの問いかけに、神官さんは首を横に振った。


「いえ、そのようなことはありません。あれは先祖代々、この教会に伝わる大切な町の宝です」


「では聞くけれど、先祖代々とは具体的に何代前にどのような由来でこの教会に来たのか、記録は残っているのかな?」


 兄さんは、見下すような口調で神官さんを問い詰めた。


「それは……」


 言葉に困る神官さんに、兄さんは口角を歪め、得意げに語り始めた。


「私の見せてもらった資料によれば、二〇〇年前の戦争で疲弊したこの町への支援として、回復魔法の女神像を貸し付けた、とある。それから返還する機会の無いままずるずると二〇〇年も経過してしまったけれど、もう限界だ。本日限りで、回収させてもらうよ」


「そんな……」


 体を教会に向け、兄さんは肩越しに神官さんに告げた。


「君の意見は関係ない。これは法に基づいた、王室からの正式な命令だ。王室相手に裁判を起こしたければ好きにするがいい。もっとも、公明正大なる裁判官様が、何の根拠もない爺さんの妄言を聞いてくれるとは思えないけどね」


 ——嘘だ。


 力無くうなだれる神官さんの背中から、兄さんへと視線を移しながら、俺は察した。


 追放されたとは言っても、俺だって元伯爵貴族だ。


 王室の事情には、少しは明るい。


 戦争が無い平和な時代、王室の権威は揺らぎやすい。


 敵国の軍事侵攻から国民を守っているという、わかりやすい存在意義をアピールできないからだ。


 だから最近、王室の権威を高めるために、神話の女神にゆかりあるモノを集めていると父さんが口にしていた。


 今回のことも、その政策の一部だろう。


 それなら、兄さんを含めた軍隊や王室のゴーレム使いが派遣されてきたのも分かる。


 復興にかこつけて瓦礫や土砂を撤去する際、どさくさに紛れて女神像をこっそりと回収するつもりだったんだろう。


「ぐっ、このままじゃオレらの女神像が取り上げられちまうぞ」

「ちくしょう、王室の野郎め」

「神官さんかわいそう」

「普段何もしてくれないくせに、税金や宝を奪うことだけはいっちょまえか」

「何が王室だ。ただの強盗じゃねぇか」


 町の人たちから不満が溢れ、攻撃的な空気が蔓延していく。


 けれど、その気配を敏感に感じ取ったであろう兄さんは教会へ向かう足を止め、振り返った。


「そうそう。言っておくけれど、私は王立学園の生徒ではあるが、伯爵貴族として、王室から正式な命令を受けて軍と共に動いているんだ。邪魔をするなら、全員公務執行妨害と国家反逆罪で逮捕させてもらうよ」


 口調は優雅だけれど、威圧を含んだ声音と眼差しに、町の人たちは声を詰まらせて一歩退いた。


 これが、この世界における貴族と平民の関係だ。


 どれだけ辛くても、平民は王族貴族に逆らえない。

 ただ、上の都合に頭を下げるしかない。


 とはいえ、法律上、正しいのは向こうだ。

 なんとかみんなを助けてあげられないかと、俺は神官さんに歩み寄った。


「あの、本当に何も知らないんですか? 女神像がこの町に来たのは、戦乱の頃みたいですけど」


「わかりません。私は、ただ、ずっと昔からこの町にあるとしか。でも、確かに二〇〇年以上前からあった話は聞かないですね」


 無理か。

 俺が頭を悩ませていると、クラウスが声を張り上げた。


「待ってください。僕らはまだ、王室がこの町に女神像を貸し与えたという証拠を見ていませんよ。そこまで言うなら、証拠資料があるはずですよね?」

「なんだって?」


 クラウスの要求に、兄さんはあからさまに機嫌を崩した。

 教会へ向かっていた足を返して、兄さんはクラウスに詰め寄った。

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