財産と命、どっちも大事
「これで後は教会地区の瓦礫撤去だけだな」
喜ぶ他の住民の笑顔を想像して、俺は肩透かしを食った。
道路よりも手前、ノエルたちと同じ教会地区の境に集まった人々は、みんなケガこそしていないものの、表情が優れない。
夕日に赤く染まったせいか、その姿は悲壮感すら漂って見えた。
「みんなどうしたんだ?」
俺の疑問に、クラウスが答えてくれた。
「きっと、この人たちはみんな教会地区の住人なんだよ。ラビのおかげで町は綺麗になったし傷も癒えた。でも、みんな心の拠り所である神殿と女神像を失っただけでなく、住む家も財産もないんだ」
「復興が終わっても、行く場所がないわけか……」
次いで、ハロウィーが声を曇らせた。
「他の地域と違って、教会地区の復興は難しいもんね」
ハロウィーに釣られて、あらためて教会地区を見渡した。
泥の中に沈んだ瓦礫の荒野を前に、ノエルとクラウスも眉間にしわを寄せる。
「全ての泥を掘り返し、空っぽにしてから埋め立てる。年単位の作業になるな」
「放っておけば水分が蒸発するならいいけど、草原方面から延びる地下空洞から水が流れ込み続けているんだ。このまま沼地として残り続ける可能性のほうが高いだろうね」
本当に復興なんてできるのか、そんな予感に誰もが言葉を失い、周囲は重苦しい空気で満たされていた。
ある日突然ホームレス。自分に置き換えてみると、堪らない気持ちになる。
夕日の下、背後に広がる瓦礫だらけの沼地を一瞥してから、俺はみんなに声を張り上げた。
「みんな安心してくれ! これから俺が、みんなの家と財産を回収するから!」
誰もが顔を上げる中、俺は地盤沈下した教会地区へ跳躍した。
靴底が沼地に触れると、泥が掻き消えて俺はそのまま落下した。
瓦礫、泥、土砂、水を対象に指定してストレージスキルを起動。
すると、俺は地盤の安定している地点で着地した。
「お、ここが沼底か。そんで」
硬い地面をトントンとつま先で蹴ってから顔を上げた。
周囲からは、泥や土砂、瓦礫が津波のように俺に迫って来るも、距離は一向に縮まらない。
半径一〇メートル。
俺の領域に近づいた存在から順にストレージへと消えて行った。
まるで風呂の栓を抜いたように、地盤沈下区域から泥と土砂が消えていく。
しばらくすると、水位ならぬ泥位がだいぶ下がってくる。
「う~ん、ストレージの容量足りるかなぁ……」
俺がストレージと呼んでいる素材貯蔵庫スキルの容量も、無限ではない。
町中の泥も含めて、いい加減容量オーバーだ。
泥位が下がると回収効率も下がるし、ここからはイチゴーたちの出番だ。
俺はまたイチゴーたちの運ぶカーボンボードに座ると、地下空間を疾走し始めた。
まるでローラー作戦のように。
さらに、イチゴーたちが走りやすいよう、俺は地面の高さもそろえるように土をストレージに入れていく。
すると、地盤沈下地域がまるで水を抜いた空っぽのプールのような見た目になっていく。
深さ六メートル、縦横数キロずつの、巨人のプールだ。
――ますたー、じゅうびょうごにそざいちょぞうこがいっぱいになるのー。
「よし、ギリギリ収納できそうだ」
高速道路を走る自動車並みのスピードで、地盤沈下地域の端をなぞるように駆けていくと、やがて町の敷地から出て行ってしまう。
「この先が堤防で、俺らがドレイザンコウと戦った場所だな。みんなストップだ」
イチゴーたちにブレーキをかけさせてから、俺は奥へと続く地下洞窟を睨みつけた。
「まずはここを塞がないと、雨の度に町の地盤に水が流れ込むからな。よっ」
回収した土砂を材料に3Dプリンタスキルで、洞窟に厚さ十メートルの土壁を、いやむしろ石垣を作った。
洞窟の壁面との隙間には、土を詰めておく。
それを五回繰り返した。
これで、地下空洞から水が浸入することは二度とないだろう。
そのまま、俺はストレージ内の土と石から水分を抜いた状態で、3Dプリンタの材料にして地下空間を埋め立てていく。
俺らの通った場所に、次々超巨大ポリゴンが生えて来ては、立方体の土塊を形成していく。
頑丈な土壁で固めるようなことはあえてしない。
そんなことをすれば将来、土木工事がやりにくくなる。
そうして走り回ることおよそ三〇分後。
俺は階段を作って地上に上がり、最後の一マスを土塊で埋めて一息ついた。
「ほい、完成だ」
振り返ると、そこには地平線まで続く綺麗すぎる更地があった。
もはや、地盤沈下の面影は一切ない。
まるで、箱庭ゲームでもしているような気分だった。
なんとかクラフト、とかが有名だよな。
「強度はちょっと固めの地面程度にしておいたから、新しく家を建てる時の土木工事に問題は無いはずですよ」
呆れ顔のノエルとハロウィー、それにクラウスとは対照的に、町の人たちは全員、愕然としていた。
「あと、ここにあった物は全部俺が回収しておいたんで、泥をよけて綺麗にしてお返しできますから、後で持ち主探しをしましょう。こんな風にね」
俺がストレージから、試しにタンスを一つ出してみる。
すると、誰かが声を上げた。
「あ、あれうちの洋服ダンスじゃないか?」
一人のおばさんが駆け寄り、引き出しを引いた。
「まぁ嬉しい。中の洋服も綺麗なままだわ。初めて旦那に買ってもらった思い出の服なんだけど、もう諦めていたから本当に助かったわ。感激しちゃう!」
テンションの高いおばさんの近くで、中年の男性がにこやかに笑っている。
仲のいい夫婦だ。
「待ってくださいラビさん。ではもしかして、役場の書類なんかも!?」
素っ頓狂な声を上げる町長さんに、俺は頷いた。
「もちろん。泥で汚れる前の、綺麗な状態でお返しできますよ」
「それは助かります! 役場にはこの町の貴重な記録も数多く保管されていましたから!」
「お役に立てて何よりですよ。じゃあ皆さんの私物を一気に出しても混乱すると思うので、とりあえず家具類だけ出しておきますね」
綺麗な更地に、大量の椅子やテーブルを出した後に踵を返した。
「あとは堤防だな。あれを直さないと、また元の木阿弥だ」
「えぇ!?」
仰天する町長さんを残して、俺はイチゴーたちに街の外へ運んでもらった。




