損するニゴー
「じゃあ、俺も行くか」
まず、ストレージからサイズを半分にしたカーボンボードを取り出した。
それをイチゴーたちの上に乗せて、俺はその上に座った。
「イチゴー、町を清掃する上で最効率のルートを計算してくれ」
俺が声をかけると、イチゴーは頭上に他人にも見えるメッセージウィンドウを出した。
『わかったー』
「そしてそのルート通りに走るんだ」
『しゅっぱーつ』
イチゴーたちは加速して、自動車並みのスピードで走った。
俺の半径十メートルは全ての泥水が回収され、地面の余計な水分も消えていく。
その様子を、通行人や作業中の人たちが仰天しながら見物していた。
ものすごく目立っている。
俺のストレージスキルは、確実にバレるだろう。
でも、これでみんなが助かるなら本望だ。
――あとの問題は……ヒマだ。
イチゴーたちに働かせているところ不謹慎極まりないけど、本気でヒマだった。
スキルを発動させたまま、ただひたすら、町中を走り続ける。
マラソンランナーがレース中とにかくヒマで辛いという話を聞いたことがあるけれど、実話だと思った。
そこへ、視界のチャット画面が更新された。
――ひまだからあそんでほしいのです。
ゴゴーからのメッセージだった。
俺はゴゴーをストレージに入れてから、膝の上に取り出し直した。
膝の上にころりと転がり出たゴゴーは、さっそく俺の胸に甘えてきた。かわいい。
「どうしたんだゴゴー?」
『あきちゃったのです』
ゴゴーは頭上のメッセージウィンドウで会話する。
「そっか、ただ走っているだけだもんな。よし、じゃあみんな、これから十五分ずつ交代だ。それでゴゴー、何したい?」
『いいこいいこしてほしいのです』
「まったく、ゴゴーは甘えん坊だなぁ」
俺は上機嫌に、まるで猫を扱うようにしてゴゴーの頭やお腹をなでまわした。
さらに、猫吸いを実践するように、ゴゴーのお腹に顔を押し付けてみる。
すると、ゴゴーはくすぐったそうに手足をぱたぱたさせて身をよじった。
『ますたー、ゴゴーがごぜんちゅうにみつけたまほうせきをどうするのです?』
「そうだなぁ、将来的に魔法アイテムを売ることを考えると、商品開発のための試作品作りに挑戦したいなぁ。とりあえず俺のヒートソード以外にも各種属性の剣が欲しいかな」
『じゃあノエルにいろいろつくってかんそうをもらうのです。こうりつにばいなのです』
「お、それいいな。ハロウィーにも頼もうか。アドバイスありがとうなゴゴー」
『ごほうびにこんやはいっしょにねてくれてもいいのですよ。むふん』
——さてはそっちが本命だな。ずるい奴め。
「いいぞ。今日は一緒に寝ような」
ゴゴーの小さな足が倍速でぱたぱた動いた。
——ゴゴーって末っ子気質だよな。
俺はイチゴーからゴゴーまで、五人のゴーレムを作った。
そして自律型ゴーレム故か、その性格は千差万別で、みんな個性がある。
イチゴーは下の兄弟たちが大好きな優しい長男気質。
ニゴーはみんなに甘いイチゴーに代わりみんなをまとめるしっかりものの次男。
サンゴーは日頃は兄に頼るのんびり屋だけど有事には頼りになる間っ子。
ヨンゴーは三人の兄を頼りつつ末っ子を可愛がる道楽四男。
そしてゴゴーはみんなから可愛がられるマイペースな末っ子。
そんな想像が膨らんだ。
けど、あながち間違っていない気がする。
——そうなると一番損をするのはニゴーだな……。
チャット画面が動いた。
――つぎはだれがますたーとあそぶー?
――ますたーのおなかでおひるねしたいのだー。
――ますたーはじぶんとひっさつわざのなまえをかんがえるっす。
――わ、われとてますたーのぶりょうのなぐさめをしおやくにたつぞ。
――まつっす。ニゴーはますたーのおやくにたちたいんすよね?
――そうだが?
――ならげんじょう、ますたーをはこぶことでやくにたっているんだから、うえにいくひつようなくないっすか?
――な!?
――それともますたーといっしょになにかしたいことでもあるんすか?
――そ、それは、その……。
――あるならちゃんとそのおくちでいってみるっす。ほれ、ほれほれっす。
――…………。
――じゃあニゴーのきゅうけいはさいごでいいっすね。
――む、むろんだ。われはますたーのおやくにたてればそれでいいのだからな、うむ……うむ……。
——やっぱり損している!?
この後、めちゃくちゃニゴーを愛でた。
◆
夕日が沈む頃。
俺は元の教会地区へ戻って来た。
町中の道路全てを回った結果、もうどこにも泥は残っていない。
道の狭い所では、家も俺のストレージ範囲に入ったので、浸水した家の床まで綺麗になったはずだ。
「ただいまー」
「ラビ、よく戻ったな。ポーションは全部配り終えたぞ」
ノエルが指先で叩いたテーブルの上は、空っぽだった。
「ありがとう。こっちもあらかた片付いたぞ」
俺の視線の先、道路を挟んだ向こう側では、住民や地元冒険者たちが整備された道に目を見張っていた。
「うぉっ、ぴかぴかじゃねぇか!」
「こりゃオレらの出番ねぇわな」
「洪水前より綺麗になっている!?」
「ラビのスキルはんぱじゃないな!」
「すげぇとしか言えねぇよ!」
「今回もラビの野郎に助けられちまったな!」
「ありがとうよ、ラビ!」
みんなの声援に応えるように、俺は笑顔で軽く手を挙げた。
「これで後は教会地区の瓦礫撤去だけだな」




