争奪戦!
数日後の休日。
俺は学生寮廊下の窓から、連日続く土砂降りの雨を眺めていた。
「この雨、いつまで続くんだ?」
「僕らがクエストから戻ってから、ずっとだよね」
俺の独り言に、クラウスが返事をくれた。
なんだか恥ずかしい。
「どうしたクラウス、どこか出かけるのか?」
「まさか。ただ部屋にいてもすることが無くてね。それは他のみんなも同じさ」
振り向けば、廊下にたむろしながらおしゃべりをする生徒や、なんとなしに窓から大雨を眺める生徒が他にもちらほらと見受けられた。
「冒険者登録したばかりで、一年生はみんな休日の今日は一日中クエストだなんて意気込んでいたのに、出鼻をくじかれたみたいだね」
「だな……」
と、俺が同意すると同時に、視界の端でリザルト画面が開いた。
雨なんて気にしないゴーレムのイチゴーたちは、今日も今日とて森で魔獣狩りだ。
どんな時でも「一狩り行こうぜ」のノリで出かけるイチゴーたちは、やんちゃな子供そのままに思える。
——昔、子供は風の子元気な子ってフレーズがあったけど、あれって誰が考えたんだろう。
などとのんきなことを考えていると、廊下の奥から騒がしい駆け音が迫ってきた。
「おい! お前ら大変だぞ! 掲示板ホールの新聞見てみろ!」
俺とクラウスを含む、その場の全員が一斉に顔を上げた。
◆
貴族科校舎と平民科校舎を繋ぐ連絡棟の二階、掲示板ホールには、土砂降りに休日を潰され暇を持て余した生徒たちの喧騒が溢れていた。
「ラビ、貴君らも来ていたのか?」
「まぁな、それで今、どうなっているんだ?」
「詳しくは分からないが、なんでもこの大雨で洪水が起こっているらしい」
「洪水?」
「ああ」
そのワードに、最悪の予感が背筋を駆け上がった。
そこへ、ハロウィーの声が飛び込んでくる。
「みんな、なんとか新聞、一部だけ買えたよ!」
顔はおとなしくても意外と行動力のある女子、ハロウィーが、人混みをかき分けてこちらへ向かって来た。
その手には、半分に破けた新聞が握りしめられている。
「何があったんだよ!?」
「ちょっとてこずっちゃった」
ハロウィーは笑顔で額の汗を拭った。
「何が!?」
「ご苦労だったなハロウィー」
「うん、けっこう手ごわかったよ」
「だから何が!?」
当たり前のように通じ合っているハロウィーとノエル相手に、ちょっと疎外感を覚えた。
ハロウィーから新聞を受け取ったノエルは、両手で左右に広げた。
「ふむふむ、どうやらこの前、我々が戦った場所の堤防が決壊し、洪水が起きたらしい。あの町は水に浸り、王都も一部は浸水しているようだ」
他の生徒たちは王都が浸水していることに動揺している。
実家が王都の生徒は、自分の実家の安否を気にしていた。
けれど、俺の脳裏にはギルドで一緒に騒いだ住民たちの姿がよぎった。
「それで、町の人たちは無事なのか!?」
「住民の多くは屋根の上でテントを張り、水が引くのを待っているらしい。だが、教会区域は大規模な地盤沈下が起きて多くの人が家を失ったようだ」
「大惨事じゃないか。水で地盤が緩んだのか? それで、領主からの支援は?」
「今、軍による災害支援隊が組織されているらしい」
「なら良かった、とは言えないよな。被災者のことを考えると」
前世、俺の住んでいた日本はとにかく自然災害の多い国だった。
地震、台風、洪水。
その度、テレビのニュースでは連日、各地の被害状況と被災者の避難状況を報道して、テレビやネットのニュースにかじりついていた覚えがある。
こんなことを言っては不謹慎だけれど、令和日本では優秀な自衛隊員と優れた災害支援設備と手厚い保護活動が充実している。
一方で、文明レベルが中世のこの世界では、災害支援のノウハウも設備も足りていない。
他人事とは言え、不安になる。
「後で夕刊が届くだろう。ハロウィー、私も様子を見に来るが、売り切れる前に買っておいてくれ」
「任せて」
ノエルから銀貨を受け取りながら、ハロウィーは頼もしく握り拳を作ってくれた。
――たくましいな。
近くの売店から、友人の肩を借りながらわき腹を押さえた男子たちが数人、姿を見せた。
「うぅ、新聞の争奪戦に負けちまったぜ……」
「まさかあの小柄で巨乳の子があんなにも強いだなんて……」
「ぐっ、レバーにじわじわと効いてきた……」
「トランジスタグラマーおそるべし……」
——それはハロウィーのことじゃありませんよね? 他の子ですよね?
俺はハロウィーの純心無垢な瞳を信じ、目をつぶった。




