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2巻進行中

 少し時間は遡る。


 ダストンとの決闘が終わった後、俺は先生たちに事情を説明し終えてから男子学生寮に向かった。


 色々と大変な目に遭わせてしまったノエルとハロウィーを労いたくて、俺から提案した。


 すると、ノエルはニゴーを、ハロウィーはサンゴーを抱きしめながら頷いてくれた。

 なんて素直な正直者だろう。


「ただいまー、なんて言っても誰もいないんだけどな」


 と、俺がふざけるとヨンゴーが俺の前に回り込んだ。


『おかえりっす。おふろとごはんとよんごー、どれにするっすか?』


 まぁるい体でぴょこぴょこ飛び跳ねるヨンゴーに、俺は微笑した。


「出迎えてくれるのか? ただいまヨンゴー」


 俺はしゃがんで、まんまるボディで唯一、平らな頭をなでまわした。

 するとヨンゴーは偉そうに胸を張ってくる。

 そしてゴゴーは何もしていないのに頭を突き出してきた。

 だけどゴゴーもなでてあげる。かわいいから。


「待っていたぞラビ、一日お疲れ様だったな」

「おかえりラビ、今日はどうだった?」


 何故か、ノエルとハロウィーまでお出迎えごっこを始めた。


 ——これは人間がAIに取って代わられる日も近いか。


 などと、不謹慎な冗談が頭をよぎる。


「ただいま二人とも、そんで二人もお疲れな」


 誰かにおかえりと言ってもらえる生活を夢見ながら俺が笑うと、ノエルも頬を緩ませた。


「此度の勝利は貴君のおかげだ。そうだ、このカーボンスーツというのを返さねばな」


 ノエルはダストンとの決闘で俺が装備させた全身スーツ――巨大ロボットのパイロットが着るような物――に身を包んだ自身の胸元を見下ろした。


「いや、それはノエルにあげるよ。ノエルの体に合わせて作ってあるし、俺じゃ持て余す」

「そうか。だが一度脱ごう。このままでは帰りも目立つ」

「あ~、みんなけっこう見ていたよねぇ」


 ハロウィーはちょっと表情を曇らせた。

 文明レベルが中世から近世止まりの異世界で、流石にパイロットスーツは奇抜だったらしい。


「ふむ、これはどうやって脱げばよいのだ?」

「伸縮性があるから、そのまま襟を引っ張れば脱げるぞ」


 ノエルが首元に手をかけてスーツを引き延ばし、両肩を出しながら腕を抜く。

 なんとなく、その姿から目を逸らした。


 スーツの下には制服を着ているのだけど、なんとなく、服を脱ぐ姿は見ない方がいい気がした。


 すると、ノエルが声を硬くした。


「いや、視線を逸らされると逆に恥ずかしいのだが」

「あ、ごめん」

「気にしないでくれ。それがラビの美点だ」


 余計な気づかいではあったらしいが、ノエルは少し嬉しそうにしてくれた。


「あれ? イチゴーちゃん?」


 ハロウィーの声に俺とノエルが視線を向けると、イチゴーはぽてんと床にお尻を付けて動かない様子。


 丸い目は横棒になって、まぶたを下ろしていることを描画する。


「眠ったのか?」

「いや、イチゴーたちに睡眠は必要ないんだけど……」


 前に俺と一緒に眠ったことはあるけど、それは娯楽みたいなものだ。

 つい小一時間前、ダストンの舎弟たちを気絶させた光や、生前の部屋で出会った謎の少女のこともあり、俺はどうしたんだと不安になった。


 ゴゴーがちょこちょこと歩み寄り、イチゴーとお腹を合わせた。


『んー、アップデートちゅうなのです』

「なんだ強制アップデートか」


 生前のノートパソコンを思い出して安堵しながら、ますますITっぽいなと思う。


 ——でも、タイミング的にあの女の子と無関係じゃないよな?


 熟考に入ろうとすると、ノエルの声に引き戻された。


「ラビ、アップデートとはなんだ?」

「ん? ああ、体の調子を整えるために寝ているんだよ」

「よかった。今日はイチゴーちゃんがんばったもんね」


 ハロウィーが笑顔になると、ノエルも頷いた。


「うむ、ラビだけではなく、イチゴーにも助けられたな。この恩は必ず返そう」

「本当だよ。イチゴーちゃんはわたしたちの小さな巨神兵だね」

「おいおい、それは言いすぎだろ」


 イチゴーをベッドに寝かせようと抱き上げてから、俺はハロウィーの言葉を笑って受け流した。

 だけどその後、俺はまったく同じ言葉を言われて、冷静ではいられなくなった。



 彼女たちと別れてから一時間後。

 夕日の差し込む俺の部屋を訪ねてきたクラウスは穏やかな表情で口を開いた。


「でもね、僕は思うんだ。悪漢から少女を守るために行使された救いの光。それはまるで女神じゃないかって」


 クラウスの足はゆっくりとベッドに向かった。

 そして、ぐっすりと眠るイチゴーを見下ろした。


「君はまるで小さな巨神兵だね」


 聖人のような笑みで彼はそう言った。

 俺の背筋に戦慄が走った。


 ――クラウスはイチゴーの秘密を知っているのか?


 イチゴー。

 俺の自律型ゴーレム生成スキルで、最初に生み出されたゴーレム。


 その正体の情報には俺でもアクセス権限がない。

 さらに、一瞬でダストンの舎弟たちを無力化した謎の光。


 その中で俺が出会った、知らない幼女と少女。

 メッセージウィンドウに表示された女神のエンブレムと、謎のエンブレム。

 クラウスはその正体を知っているのかと、疑問が口を衝いて出そうになる。


 ――待て。本当に聞いていいのか?


 一抹の不安に、ふと口が重くなった。

 これがクラウスのかまかけだったら。

 クラウスの正体が俺の敵だったら。


 最悪の想像をする一方で、進まなければ何も始まらないと、俺は慎重に言葉を選んだ。


「え? イチゴーって女神の巨神兵の仲間なのか? もしかしてクラウスって鑑定スキル持ちか? だったらもっと詳しく教えてくれよ」


 ——どうだ、ちょっと台詞がわざとらしすぎたか?


 精一杯のとぼけた演技をした結果。


「まさか、ただの感想だよ。鑑定スキルってあれだろ? 対象の詳細情報を知ることができるっていう。だけど僕のスキルが魔法剣士スキルなのは知っているだろ?」

「二つ持ちなのかなって」

「あー、世の中には複数のスキルを持つ凄い人もいるらしいね。残念だけど僕は凡人さ」


 爽やかな笑顔で謙遜する。

 一年生平民科首席様が凡人なら他の生徒はなんなんだというツッコミは呑み込んで、俺も愛想笑いを返した。


「なぁんだそうなのか。てっきり俺のイチゴーが巨神兵の仲間なのかと思ったよ。もしもそうなら実家を追放されずに済んだんだけど、まぁ世の中そんなに上手くいかないよな」

「……」


 俺の物言いに、クラウスはこちらを注視してきた。


「さっきも聞いたけど、やっぱり貴族には戻りたいのかい?」

「そりゃあ、いつかはな。でも繰り返しで悪いけど、今回の一件で色々学んだよ」


 つい数時間前の出来事を振り返り、俺はイチゴーの眠るベッドに腰を下ろした。


「平民科の生徒たちが元貴族の俺に向けて来る態度を見ればわかる。貴族って本当に嫌われているんだな。でも、あれってそれだけ平民が苦労しているって証拠なんだよな?」


 後ろ盾を失った元貴族の俺にいちゃもんをつけてきたダストン。

 そのダストンを応援し、俺の、そして現貴族のノエルの敗北を望む生徒たち。


「俺が貴族に戻っても、平民の人たちは今日と同じ感情を俺に向けて来るんだよな。それは、なんか辛いや」


 他人の評価なんて気にするなと言う人もいる。

 でも、無条件に俺を嫌い憎む人たちがいるというのは、やっぱり心苦しい。

 それが、身分からの不幸であるがゆえのものなら申し訳なくも思う。


「それで思ったんだ。どうせ貴族に戻るなら、みんなから愛される貴族になりたいって」

「愛される?」

「ああ」


 眠っているイチゴーのまぁるいお腹をなでながら、俺は頷いた。いいなで心地だ。


「例えば、俺が冒険者として平民のみんなを助けて、同じ貴族でもラビは違う、みたいに思ってもらえたらなって。それでもしかしたら、貴族全体のイメージアップに……なんて、俺にそんな力はないんだけどな、あはは」


 いくらなんでもそれは夢を見すぎだ。

 現状、俺はちょっと強めのゴーレムを五体操れるだけの、一介のゴーレム使いに過ぎない。


 大勢の人々を救う英雄を夢見るのは、ラノベの読みすぎだ。

 つい口から(あふ)れた妄想を俺が愛想笑いで誤魔化す一方で、クラウスは意味深な笑みを浮かべた。


「そういえばラビ、明日はみんなで冒険者登録の日だったね」

「ん、おう」

「それが君の夢なら、平民を助けるクエストを中心に受けたらどうだい?」


 クラウスの何気ない提案に、俺はイチゴーのお腹をなでる手を止めた。


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 2巻作業中です。

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