誰?
腹に鋭い衝撃が奔った時、視界のメッセージウィンドウが更新された。それも、凄まじい勢いで。
『条件が達成されました』
『これより、イチゴーの■■■■システムを起動』
『デウ■・エ■■・マキ■稼働』
『■■■■コネクト完了』
『コード■■■■■■■■を始動します』
――なんだこれは? 読めないぞ? というかこれ、イチゴーのメッセージなのか? それに、これは。
メッセージウィンドウのイチゴーのアイコン。
その右上についている二つのエンブレムのうち、女神マークのほうがチカチカと光っている。
イチゴーの動きが止まった。
イチゴーから、ただならぬ威圧感を感じる。
それから、丸い体にブロック状のラインが走った。
そこから薄い光が溢れる。
それは、まるで何かのカギが外れて、拘束が破られるような、危険な気配がした。
「待てイチゴー、お前何を――」
俺の声をかき消すように、イチゴーから鋭い光が放たれた。
まばゆい光に俺の視界は白く飛ばされて、意識を失うような無重力感に襲われた。
気が付くと、俺は自分の部屋の天井を見上げていた。
ただし、学生寮じゃない。
実家の伯爵家の部屋でもない。
前世の、日本で高校生をしていた時の部屋だ。
子供の頃から愛用しているベッドに学習机。
本棚に並ぶ雑誌と漫画、ライトノベルに参考書。
隣のパソコンデスクのノートパソコン、テーブルの上のスマホや、床の上に転がるルンバとロボドッグ。
それに、家庭用3Dプリンタで作った巨大ロボと美少女ヒロインのフィギュア。
十五年前まで俺が生活していた部屋だった。
服装も、いつもの部屋着だ。
「なんだ、これ……?」
一瞬、今までの十五年間が全て夢だったのかと思った。
異世界転生するという、長く壮大な夢。
本当の俺は今でも日本の高校生で、この前卒業式が終わったばかりなのかもしれない。
でも、そうした考えを全て否定するような非日常が顔を出した。
「ん?」
ベッドの陰から、ピンク色の髪をした女の子が頭を出した。
歳は十歳ぐらいだろうか。
ハロウィーよりも小柄で、顔にも幼さが残る。
白いワンピース姿でベッドの上に転がり、そのままころころと回りながら俺のいる床にぽちょんと落ちた。
「えっと、君、誰?」
少女は何も言わず、にぱーっと満面の笑みを浮かべながら、俺のお腹に甘えてきた。
小さなつむじが愛らしく左右に揺れていて可愛い。
つい、そのこぶりな頭をなでてしまう。
――あたたかいな。それに体もぷにぷにだ。
少女の魅力に心を揺さぶられていると、ノートパソコンが起動した。
ハッとして顔を上げると、ノートパソコンの画面に何かがタイピングされている。
立ち上がろうとしても、少女が離してくれなかった。
仕方なく、彼女を抱き上げる。
彼女は無言のまま、満開の笑顔で俺に頬ずりしてくる。
むにむにのほっぺがとても心地よい。
だけど、今はその感触を楽しむ余裕は無い。
『こんにちは』
『ユーザー変更を承認』
『アカウント作成を完了』
『生体認証設定を完了』
スマホの初期設定画面のような文字列が並んでいる。
続けて、モニタリング会議のような画面に変わった。
『■■■■さんが招待されました』
『マイクオン』
『カメラオン』
『えーっと、これ映っている?』
途端に、パソコンから声優のようなアニメ声が流れてきた。
続けて、テレビのチャンネルが切り替わるように美少女の顔が映った。
目が大きく、長い黒髪の美しい女子だった。
「日本人?」
顔立ちが、ハロウィーやノエルのような異世界人とは明らかに違った。
日本のアイドル然とした、目を奪われるような美少女だ。
『はじめまして。私は、あ、ごめん! ちょっと待って、これ録画だから、君の質問には答えられないんだ!』
少女はたどたどしく慌てふためいて、なんだか素人動画配信者のデビュー動画みたいだった。
それか、初めて撮影するビデオレターか。
『じゃあ手短に話すけど、君はその子の……なんだろう? 親? 所有者? 飼い主? う~ん、どれも違うよねぇ。彼氏君、夫、いや、男の子かどうかわからないし、だけどすっごく可愛いからコーフンしちゃうよね♪ えへへ』
頬を緩めながら、少女はだらしなく笑った。
いったい、さっきから何がどうなっているんだ?
――その子って、この子だよな?
桜髪の少女は俺の腕の中で、俺の胴体を両手両足で挟み込んでくる。かわいい。
『とにかく、その子は君の味方だから。いっぱい可愛がってあげてね。それで、もしも悪い子になりそうだったら、ちゃんと叱ってあげてね。お願いね』
徐々にまくしたてるように話す黒髪の少女。
何故か、最後はちょっと泣きそうな顔に見えた彼女の映像はそこで終わった。
ノートパソコンの画面は真っ暗だった。
いや、俺の視界そのものが真っ暗だった。
気が付けば、胴体をしめつける感覚も無くなっている。
視線を落としても、ピンク色のつむじは見えない。
いや、体の感覚すらも失っていた。
そのまま、眠りにつくように意識が遠のいていった。




