ルール違反
こめかみがカッと熱くなり、俺は握り拳を震わせた。
「いい加減にしろ! 騎士らしく剣で決着をつけるってお前が言ったんだぞ!」
「オレは嘘なんて言っていないぜ? ちゃぁんとこうして剣は使っているだろうが。た、だ、し、誰も魔法は禁止、なんて言っていないだろ? 剣術限定勝負なんてテメェらの勝手な勘違いじゃねえか。それとも、魔法剣士の俺に魔法禁止とか、随分手前勝手なマイルール押し付けてくれたもんだなぁ!」
周囲を取り囲む平民科の生徒たちも、そうだそうだと同意した。
「ダストンの言う通りだよな」
「おい貴族、いつから魔法禁止になったんだぁ?」
「そんなのあたしたち聞いていないわよ?」
「ここにいる全員が証人だな!」
オーディエンスの反応に、ダストンは鼻を鳴らして背を反らした。
「聞いたかよ貴族様。これが世論ってやつだ。やっぱテメェも所詮は元貴族のお坊ちゃまだな。世渡りってものがわかってねぇや」
「ッッッ~~~~。ああそうかい。わかったよ。俺らの勘違いか……」
怒りを通り越して、俺は思考が冴えた。
漂白されたように冷淡な声の俺に、ダストンは痛快そうに笑った。
「卑怯だと思うならテメェらも使っていいぜ。もっとも、実家が魔法アイテム商のオレよりもいいアイテムが都合よくこの場にあれば、だけどな」
下卑た高笑いを無視して、俺はストレージを展開しながらノエルに寄り添った。
「ノエル。このポーションを飲んでくれ」
「う、うむ」
俺が小瓶をノエルの唇に沿えて飲ませると、彼女の白い肌に刻まれた切り傷はたちどころに塞がり、出血も止まった。
彼女のまぶたも、しっかりと開いた。
「バカな……体力だけではない、傷が塞がっている?」
ノエルは目を丸くしながら立ち上がり、その場で剣を鋭く振るった。
『ハァアアアアアアアアアアン!?』
ノエルの峻烈な動きに、周囲の生徒たちが驚愕した。
「ちょまっ、は? なんであいつ立ち上がってんの!?」
「ポーションで治るのって、軽傷だけだよな?」
「体力も、回復するけど、え?」
剣を見下ろしていた視線を上げ、ノエルは俺に詰め寄った。
「ラビ、このポーションはなんなんだ?」
「俺の再構築スキルは素材があれば何でも作れるからな。校舎裏の森の薬草から作ったんだよ。それと、これは俺からのプレゼントだ」
「なっ!?」
ノエルの体が、いくつもの青いポリゴンに覆われていく。
金髪に覆われた頭を、華奢な肩を、細い腕を、豊満な胸を、長い脚を。
ポリゴンが消えると、ノエルの体は炭素繊維でできたカーボン製のスーツに覆われていた。
前世でよく見た巨大ロボアニメのパイロットを彷彿とさせるタイトなスーツの各部に、カーボン製のプロテクターを足したものだ。
彼女のボディラインに合わせた、オーダーメイド品である。
「これは、軽い……」
「炭素から作ったカーボンスーツだ。重さは鉄の八分の一。だけど強度は倍以上の優れものだよ」
ダイヤモンドといいプロテクターといい、本当に炭素は使い勝手が良い。
「それからこれも」
俺はストレージから、ダンジョンで手に入れた普通のサーベルと、ゴゴーが見つけてきた炎石を取り出し、再構築スキルでヒートサーベルを生成した。
「俺が持っている魔法石の中で、一番品質の良いのを選んだ。魔力を込めれば業火が噴き出す」
「い、いいのか? こんな逸品を貰って」
戸惑う彼女に、俺は微笑を返した。
「安いもんだ。ノエルの痛みに比べれば」
「ラビ……」
ノエルの瞳が潤み、目の端にダイヤのような雫が光った。
けれど溢れることはなく、ノエルは一度目を閉じた。
「あとこれ、俺が作ったスピードアップのバフポーションだ」
「必要ない」
ふたたびまぶたが開いた時、そこには熱い決意を固めた、最高の女騎士しかいなかった。
彼女は二本の脚で力強く立ち上がり、倒すべき敵に向かって剣を構えた。
「何にも代えがたいバフなら心にかかっている。ありがとうラビ。貴君のおかげで、先程の三倍は速く動けそうだ!」
ノエルの復活劇に周囲がざわつく。
ダストンの舎弟の五人も、表情を硬くしていた。
けれどダストンだけは、見下した表情を変えなかった。
「随分と待たせてくれたな。あんまり長いんでティータイムでもおっぱじめるのかと思ったぜ。騎士のくせに常在戦場って言葉知らねぇのかよ? あ、テメェは騎士じゃなくてお貴族様だもんな。『わたくしぃ、ナイフとフォークよりも重たい物を持ったことありませんのぉ』てかぁ!?」
ダストンに合わせて、舎弟の男子たちも次々罵倒を浴びせてくる。
ノエルを辱め、戦意を折るために吐き捨てられる、過剰に下品な罵倒。
普段のノエルには効果てきめんだっただろう。
だが、今のノエルは普段の彼女ではない。
今のノエルは、普段以上にノエル・エスパーダなのだ。
「良く喋る口だな。よほど腕に自信が無いと見える。それとも、貴君の言う所の腰の剣ばかり振って腕はお留守だったかな?」
いつもなら絶対に言わない挑発を、だけど今回ばかりは意趣返しとばかりに不敵な笑みで口にした。
「んだとゴルァッ!」
ダストンの怒声と同時に、烈風が吹き荒れた。
ノエルは慌てず、腰を落として顔を伏せ、防御姿勢を取った。
メット、籠手、胸当て、脛当てが真空の刃を防ぎ切り、刃は雲散霧消しながら通り過ぎた。
腕を下げて、ノエルが余裕の笑みを浮かべた。
「これで終わりか?」
「なん、だと!?」
ノエルが、あの電光石火を超えた雷光石火の踏み込みでダストンとの距離を一息で踏み潰した。
軽いカーボン製とはいえ、鎧をまとった彼女は本当に前よりも速かった。
観衆の、舎弟たちの、そしてダストンの目が丸く固まった。
「破ぁああああああああああああ!」
裂ぱくの気合いと同時に振り上げられたサーベルが、紅蓮の業火をまといながらダストンを直撃した。




