復讐者
ハロウィーの手の優しさに、俺は心の中の冷たい雲が晴れるような気持ちだった。
貴族社会とおさらばして、ハロウィーと一緒に、貴族でも口出しできないSランク冒険者になる自分を一瞬想像してしまう。
それから、どうして何故だか不機嫌なノエルに気づいてしまう。
「あのノエルさん?」
「……」
ノエルは悲しそうな寂しそうなすねたような、複雑な、だけど間違いなく不機嫌な顔で、俺のことを睨みつけていた。
「ふゃっ!? ちち、違うんですノエル様! これは別に、わたしとラビはあくまでもチームメイトでこれに深い意味は無いんです!」
ハロウィーが俺と握手した手を突き上げると、ノエルはますます不機嫌になる。
――なんだ? 女子にしか見えない何かが見えているのか? AIチャット先生教えてください。
『ますたーにぶいー』
――え、お前女子側なの?
イチゴーの性別に疑問を持っていると、一発の暴風音が耳をつんざいた。
「なんだ!?」
俺らが振り向くと、サンゴーが宙を待っていた。
地面は削れ、何かが爆発したようだ。
「サンゴー!」
地面に落ちたサンゴーを、大きな足が踏みつけた。
「おいおいマジかよ? こんな雑魚ゴーレムにお前らがやられたって? フカシじゃねぇだろうなぁ?」
「ほ、ほんとですよダストンさん」
「あのゴーレムたちすげぇ強いんですって」
サンゴーを踏みつけるのは、ガタイが良くコワモテで、平民科の制服を着た男子生徒だった。
制服の校章についたリボンの色から、二年生であることがわかる。
背後には、前にハロウィーを襲いイチゴーたちに負けた男子五人が並んでいる。
五人の言動、腰の低さから察するに、どうやらダストンと呼ばれるコワモテの男子はあいつらのボスらしい。
「サンゴーちゃん!」
「サンゴー!」
ハロウィーとノエルが悲鳴を上げた。
サンゴーもメッセージウィンドウを飛ばしてきた。
『おもたいのだー』
「クッ」
サンゴーは頑丈さ重視だ。
大したダメージは受けていないだろう。
だけどパワーは特別強化していないせいか、それともあのダストンの力がよっぽど強いのか、サンゴーは仰向けのまま胸を踏みつけられ、動けずにいた。
「戻ってこい、サンゴー」
俺はサンゴーをストレージに入れて回収。救出した。
「ちっ、ゴーレムって好きに出したり引っ込めたりできんのかよ。便利だなぁおい!」
ガラの悪い外見の期待を裏切らず、ダストンは太い眉を逆立てて俺のことを睨んできた。
「いきなり俺のゴーレムを攻撃してお前なんなんだよ!?」
相手は上級生だけど、ここまでの蛮行をされて、敬語を使う義理は無いだろう。
すると、ダストンは鼻を鳴らして、ぶっきらぼうに答えた。
「最近森でそいつらを見かけるんでな。めざわりだからうろつかせるなって命令に来てやったんだよ」
「めざわりって、うちのゴーレムが何かしたのか?」
「オレ様の狩りに支障が出るんだよ! そんなチビデブゴーレムにうろつかれたらなぁ!」
そんなわけもないだろう。
おおかた、舎弟たちに泣きつかれて元貴族の生徒をシメに来たといったところだろう。
「いいか? これは上級生からの命令だ。これからは森でそのゴーレムを見つけるたびに壊してやる。嫌なら二度とゴーレムを使うなよ」
「そういうことをしたら、お前も先生から目をつけられるんじゃないのか?」
「荒事上等のこの王立学園で、平民同士の喧嘩にいちいち教師がでばってくるかよ。そういうのは当人同士で話し合って解決してくださいで終わりだ」
ダストンの言うことは事実だろう。
クラウスがカフェで相手にした生徒は貴族科の生徒だった。
それに引き換え、今回は互いに平民同士。
多忙で貴族出身ぞろいの教師たちが、真面目に取り合ってくれるとは思えない。
「はっ、正論過ぎてぐうの音も出ないようだな。テメェも元貴族なら、ちょっとはここを使えよここを」
自分の頭をトントンと叩きながら、ダストンは嘲笑してきた。
「惨めだなぁ。前は貴族のボンボンで何かあってもパパが助けてくれたのに。ようこそ貴族様、オレら平民の世界へ」
わざとらしく恭しい所作で腕を横に動かし、ダストンは歓迎のポーズを取った。
それで背後の五人も、まるで狩りに成功した盗賊のように高笑った。
――ッ、どうすればいいんだ。
俺が判断に迷っていると、助け船を出すように勇ましい声が割って入ってきた。
「そうか、ならば正真正銘、貴族が相手になろう」
男子並みの長身から太陽にきらめく長い金髪を揺らし、前に進み出たのはノエルだった。
彼女は凛々しく背筋を伸ばし、俺とダストンの間に仁王立ちした。
「私はエスパーダ子爵家、ノエル・エスパーダ。貴君の蛮行の一部始終をこの目に収めた。下級生への恫喝行為は見過ごせないな。このまま職員室に引っ立てられたくなければすぐに立ち去るがいい!」
立て板に水とばかりによどみなく滔々と言い切った。
正直、俺の十倍カッコイイ。
つい、惚れそうになってしまう。
ダストンは一瞬鼻白むも、ノエルの胸元、おそらくは校章についたリボンの色から一年生であることを見抜くと、わざとらしく下品に笑った。
「ホルスタインかよ!? なに詰まってんだそれ? 制服裂けてんじぇねぇか!」
「ッッ、裂けてなどいない! 騎士を愚弄するか!?」
この手のからかいは日常的にされるノエルだけど、かといって慣れるものではない。
目つきは険しく闘争心は折れていない。
けれど、頬は赤く、無理をしているようで、さっきまでの凛々しさに欠けた。
それを好機と見たのか、ダストンは下卑た動きで挑発してきた。




