ゴーレムの性能テスト
「来い!」
サーベルを失ったノエルは、素手で構えた。
だけどそれでは、みんなの本当の実力が測れない。
「そこまでだ。選手交代。サンゴーはノエルにサーベルを返して戻れ。ニゴーもだ。代わりにイチゴーとヨンゴー。任せたぞ」
『わかったー』
『ふっ、まかされたが、たおしてしまってもよいのだろうっす』
「いや倒すなよ。友達だから」
俺は小声でツッコんだ。
「あとノエル。イチゴーは魔法耐性が売りだから、俺の剣を使ってくれ」
俺は腰の剣を彼女に投げ渡した。
魔力を流せば炎が噴き出す、特別仕様だ。
「ふむ、先程、ラビが話していた魔法アイテムだな。我が家にもいくつかある。確かこうして魔力を流すと」
ノエルの握るロングソードの剣身から、赤い炎が立ち昇った。
「うん、これはいいな、それに……」
剣を握りしめながら、ノエルは俺の顔を一瞥してきた。
「うむ、良い物だ。ではいくぞ」
彼女の声はわずかに弾んでいた。
練習試合は仕切り直しで、再びノエルの攻撃で始まった。
紅蓮の焔渦巻くロングソードが上段から一息に振り下ろされ、イチゴーに迫った。
『えい』
イチゴーはうしろにコロリと転がって避けた。
けれど、剣身から迸る火炎に呑まれてしまう。
それでもなお、イチゴーは健在だった。
炎が通り過ぎてから、イチゴーは両手を腰に当てて、むむんと胸を張った。
『ぺかー』
擬態語をメッセージウィンドウに表示する余裕まである。
もちろんノエルは本気じゃない。
さっきからずっとだ。
だけどまったくの無傷というのは凄い。
防御性能としては十分だ。
それから、ヨンゴーがヒートソードにつかみかかった。
そして次の瞬間。
『むんっす!』
ヨンゴーは俺のヒートソードを曲げた。
くの字とはいかないまでも、明らかに歪んでいる。
ヒートソードを視線の高さに持ち上げて眺めながら、ノエルは絶句していた。
『これがヨンゴーのちからっす』
「いや俺の剣だから」
ヨンゴーに歩み寄り、頭を空手チョップでちょんちょん突いた。
『さいこうちくスキルでなおせばいいっす』
「そういう問題じゃないだろ?」
ぐりん、ぐりんと頭を手で強くなでくりながら、俺は優しく叱った。
ヨンゴーは楽しそうに両手を上下にはばたき、ハシャいだ。
一方で、ノエルは感動に震えた声を上げた。
「素晴らしい性能じゃないかラビ。これならきっと御父上も認めてくださるだろう。私から手紙を書く。次の休日、すぐにでも私と共に御父上の元へ急ごう」
らしくもなく、ノエルが子供のように目を輝かせてはしゃいだ。
けれど、俺は酷く冷めていた。
「無理だよ。ノエルだって知っているだろ? ゴーレム使いにとって、性能は二の次なんだ」
「それは……」
昔から俺の実家、シュタイン家との付き合いがあるノエルも、業界事情は知っている。
神への信仰心が薄い平民、特に利益で動く商人は、ゴーレムに性能を求める。
ただし、神への敬虔なる信徒たる貴族は違う。
彼らが重視するのはいかに女神の御心に寄り添い、女神の意に沿い、天の国に近づくかだ。
「性能がいいからって魔王と同じ魔獣型ゴーレムを使うような奴は、悪魔に魂を売った背徳者扱い。ゴーレム使いの名家、シュタイン家当主の父さんなら余計にだよ」
これは俺の被害妄想じゃない。
そもそも、俺の使役するゴーレムが魔獣型というだけで、一切の反論を許さずその場で周囲の人たちに追放を宣言するような人だ。
「父さんが大切なのは俺じゃなくて実家、シュタイン家の名声だ。俺はいなかったものとして扱うのが一番だし、仮に戻れても、きっと肩身が狭い」
自然と、語る俺の言葉は暗く、重たいものだった。
そのせいで余計な気を遣わせてしまったらしい。
ノエルとハロウィーは表情が沈み、沈鬱な表情を浮かべていた。
「なぁラビ、確認するが、貴君は貴族に戻りたいの……だよな?」
まるですがるように、ノエルが尋ねてきた。
「当然だろ。けど、シュタイン家にはこだわらないよ。貴族に戻る方法は他にもあるしな。例えば汚いけど金を溜めて貴族籍を買うとか、冒険者として活躍してどこか別の国で爵位をたまわるとか」
実際、炭素からダイヤモンドを作れば、一生お金には困らないだろう。
「貴君はこの国を出るのか!?」
鬼気迫る顔で肩をつかんできたノエルに、俺は首を横に振った。
「例えばの話だよ。貴族に戻るのに実家に固執することはないってことだ」
「そ、そうか」
ノエルは落ち着きを取り戻して、俺から手を離した。
「ならラビ、早く貴族に戻れるよう、共に頑張ろうではないか」
せっかくノエルが明るい表情を見せてくれたのに、彼女の言葉が引き金となり、嫌なことを思い出してしまう。
「どうしたんだ?」
「いやごめん、その……」
言わないほうが良い。
それはわかっているのに、前世の記憶がある俺は、貴族社会の歪みを飲み込めなかった。
「貴族に戻っても、大変なことだらけだよなって」
「それは……」
幼馴染で俺のことなら何でも知っているノエルが、言葉に詰まった。
それに、彼女自身もある意味、貴族社会の犠牲者なのだ。
保身のためには、平民よりも貴族のほうがいい。
だけど、貴族だからと言って、幸せが保証されるわけではない。
「貴族科にいた時も俺、あんまり楽しくなかったしな」
「そうなの?」
意外そうなハロウィーの問いかけに、俺は頷いた。
正直、前よりも今のほうが楽しい。
イチゴーたちと、ハロウィーといる今のほうが。
そう考えた矢先、手にそっとやわらかいぬくもりが触れた。
「だいじょうぶだよラビ。もしもラビが貴族に戻れなくても、わたしが側にいるから。だってわたしたち、チームだもんね」
ハロウィーの手の優しさに、俺は心の中の冷たい雲が晴れるような気持ちだった。
貴族社会とおさらばして、ハロウィーと一緒に、貴族でも口出しできないSランク冒険者になる自分を一瞬想像してしまう。




