ゴゴーは仰向けに転がって、楽しそうに短い手足をぱたぱたと動かした。
――ノエルになら言ってもいいだろう。
俺は彼女に一歩近づくと、声を潜めた。
「他人には言わないで欲しいんだけど、イチゴーの能力で材料次第で魔法アイテムを作れるんだよ」
「何?」
俺が近づくとやや頬を赤くしたノエルが、冷静な顔で顔を近づけてきた。
「実際、いま俺が使っている剣もこの前、炎石を使った剣にしたんだ。魔力を流すと、炎が噴き出すぞ」
「ほぉ、魔法の剣か」
流石は騎士様。武器には興味津々だ。
「ああ。武器は作れるし素材は集めてくれるし、戦いでも守って良し攻めて良しの万能選手で助かっているよ」
俺の言葉に呼応して、イチゴーたちはその場でシュッシュとシャドーボクシングを始めた。
『だっこー』
ゴゴーは俺の脚に抱き着いていた。マイペースだ。
「……なぁラビ。そのゴーレムたちの性能はそんなに高いのか?」
「え?」
事件現場を観察する探偵のように鋭い目つきで、ノエルはイチゴーたちを見下ろした。
「この子らは丸くて愛らしいが、私の知る戦闘用ゴーレムとは趣が大きく異なる」
俺の家族が使う、武装騎士型のゴーレムを考えれば、ノエルの疑問はもっともだ。
「悪いがこの子らの力を見たい。一緒に訓練場に付き合ってくれないか?」
いつもの調子を取り戻したノエルからの申し出に、俺は快く頷いた。
「いいぞ。じゃあみんな行こうぜ……」
甘えてくるゴゴーを抱き上げようと見下ろすと、ヨンゴーがゴゴーをちょこんと突き飛ばしていた。
ゴゴーは仰向けに転がって、楽しそうに短い手足をぱたぱたと動かした。
それからイチゴーが手を貸して起き上がらせると、今度はイチゴーがゴゴーをちょこんと突き飛ばす。
そしてまたゴゴーが楽しそうに手足を動かした。
イチゴーとヨンゴーも愉快そうに体を上下に揺らした。
「何をしているんだ?」
『さっきゴゴーがころがるのをみておもいついたっす! ゴゴーをたおすととってもたのしいっす!』
『ゴゴーもたおされるとたのしいことにきづいたのです』
『ますたーもするー?』
「そっかー、じゃあ部屋に帰ったらしようかなー」
背後でハロウィーとノエルが囁いた。
「ラビは何をしているんだ?」
「ラビはイチゴーちゃんたちの言葉がわかるみたいなんです」
「なんだそれはうらやましいな」
「ですよね」
——もしかして俺、はたから見るとヤバい人?
そんな一抹の不安がよぎった。
◆
ノエルが案内したのは、外の訓練場だった。
訓練場と言っても、特別な器具は無い。
日本の学校にあるグラウンドが近いだろうか。
何も無いだだっ広い地面が広がる場所。
その周囲は、高さ三メートルほどの土手に囲まれている。
だけどそこには、多くの生徒が集まっていた。
放課後の自由な青空の下、そこかしこで生徒同士が剣や槍を打ち合い、時には魔法を放っている。
魔法は流れ弾が他の生徒に当たらないよう、端っこの土手近くで使用するのがマナーだ。
訓練場を囲むように盛り上がった土手には草一本生えていない。
定期的に整備されるものの、無数の魔法痕が広がり、その上に矢が突き刺さっている。
「よし、ではさっそくだ。軽く手合わせをしてみよう。そっちは何体でもいいぞ」
言って、ノエルは腰のサーベルを抜いて中段に構える。
ノエルはスピード重視の騎士で、手数と巧みな剣裁きが真骨頂だ。
なので、俺はまず、サンゴーとニゴーをぶつけてみる。
「ニゴー、サンゴー、思う通りに戦ってみろ」
『しょうち』
『わかったのだー』
「では、開始だ!」
ノエルが身体を沈めると、その場から弾かれたように跳び出した。
速い。
俺は今まで、ノエルよりも速い生徒を知らない。
最速の踏み込みから放たれる最速の突き。
サーベルの切っ先がニゴーを捉える。
けれど、ニゴーは初手を見切っていたように、ひらりと横に避けた。
「何!?」
速さ、だけじゃない。
ニゴーは最初から、どう動くか決めていたように見える。
目標を失ったサーベルを素早く引き戻し、ノエルはサンゴーの横を通り過ぎて振り返る。
予想外の動きに、だけどノエルはすぐに切り返した。
滑らかな二撃目が、今度はサンゴーを襲った。
『ふせぐのだー』
サンゴーは丸い胸板でサーベルの切っ先を受けた。
鋭利な先端が、サンゴーの丸みに逸れて脇腹へ。
サンゴーは腕を下ろしてわきを締め、サーベルを抱えた。
「ッ?」
他のゴーレムにできる芸当じゃない。
体の曲面で逸らすだけで威力を殺し切れるほど、ノエルの突きは甘くない。
強度に特化した、サンゴーの装甲ならではだ。
まして、抜き身の刃を脇に抱えるなんて、正気じゃない。
「はっ!?」
ニゴーの気配に気づいたノエルは、サンゴーに捕まったサーベルから手を離し、バックステップした。
一瞬前までノエルの立っていた空間を、ニゴーの拳が通り抜けた。
「相変わらずすごいな……」
「うん、ノエル様の身のこなし、すごいよね」
ノエルの立ち回りに、ハロウィーはやや興奮気味だった。
「それもだけど、剣を手放したことがだよ」
「え?」
「普通、騎士は剣に固執する。だけどノエルは、サーベルを捨てて回避に回った。あの判断は、並大抵の騎士にはできない芸当だ」
それはノエルが、剣は民を守るための手段であると、割り切っている証拠だ。
本当に大切なモノがなんなのか、彼女には見えている。
「来い!」
サーベルを失ったノエルは、素手で構えた。




