ラストボス
「すごぉい、わたしたち、こんなところまで来ちゃった……」
ほえー、と驚くハロウィーと一緒に、イチゴーたちもボス部屋の扉を茫然と見上げていた。
「わたし、昨日まで一緒に戦ってくれる仲間もいなかったのに、これもラビのおかげだね」
「それを言うならクラウスのおかげだろ?」
「謙遜しなくていいよ。僕はボスに一撃ずつしか加えていない。魔獣たちの露払いも、君のゴーレムたちがいれば問題なかった、そうだろ?」
「それは……」
「謙虚なんだね、ラビ。僕は君のそういうところが好きだよ」
俺が言いよどむと、クラウスは好意的に微笑んでくれた。
「あと告白させてもらうとね。実は今日、君らを誘った理由はもう一つあるんだ」
ボス部屋の扉を見つめながら、クラウスは神妙な声を出した。
「先輩からの情報だと、五階層のボスは高い魔法耐性を持つ動く鎧、カースメイル。僕の天敵だ」
「天敵って、魔法が使えなくても剣があるだろ?」
「ちょっと違うかな。よく勘違いされるけど、魔法剣士は剣士や魔法使いの上位互換じゃない。魔法効果を持った斬撃で戦う戦士だ」
「それって上位互換じゃないのか?」
俺がまばたきをすると、クラウスはかぶりを振った。
「いや、その戦闘技術、戦術理論は、魔法効果があることを前提に構築されている。これまでだって、炎が効かないヒクイドリ相手に冷気の斬撃を、金属の鎧で身を守るリザードマンに雷の斬撃を浴びせて勝ってきた」
「つまり、相手の弱点魔法で隙を作るのが前提になっているんだな?」
「そうだね。けれど、最初から剣一本で戦うのが前提になっていると、僕の強みが活かせないんだ。魔法剣士スキルに目覚めたのは最近だけど、僕は子供の頃から剣と魔法、両方の修行をしてきたから、剣だけの戦いに慣れていないんだ」
「ただの剣術勝負なら、騎士の魔獣のカースメイルも負けていない、か」
「うん。そしてレベルも僕と同じ十五。僕の見立てでは、実力はほぼ互角。つまり、運が悪ければ僕の負けだ」
レベルが同じ剣士二人が斬り合えば、どちらかが死んでもおかしくはない。そこで、俺らの出番というわけか。
「確かに、ゴーレムの拳に魔法耐性は意味ないよな?」
イチゴーたちへ視線を下ろすと、みんな短い腕でシュッシュとシャドーボクシングを始めた。
『じゃぶじゃぶすとれーとー』
『わんつー、わんつー』
『うつべしうつべしなのだー』
『はいきっくっす』
ヨンゴーが短過ぎる足を上げて、こてんと尻もちをついた。かわいい。
ゴゴーは待ち疲れたのか床に寝転がっていた。マイペース。
「それにハロウィーの弓もあるしな」
「うん、掩護は任せて」
ハロウィーは意気込みを表すように、ちっちゃい拳を作った。
「頼りにしているよ。じゃあ、開けるよ」
表情を引き締めて、クラウスは扉を左右に押し開けた。
広い、石造りのドーム型天井の下、両手で剣の切っ先を石畳に突き立て、部屋の中央に鎮座する甲冑が佇んでいた。
全身に無数の傷跡が刻まれた、古めかしいアンティークアーマー。
それ故に、まるで今は亡き古代の王に仕える騎士の亡霊にも見えた。
「■■」
虫の足音さえ聞こえそうな静謐な空間に、鎧が動く金属音が響いた。
カースメイルは剣を引き抜くと素早く中段に構え、王墓を守る騎士のように立ちはだかった。
レベルは十五。
一年生の俺たちには十分過ぎる強敵だ。
鋭い緊張感に心臓が高鳴る俺に、クラウスは呼びかけた。
「ラビ、前衛は僕が担当する。ゴーレムであいつの動きをかき回してくれ。ハロウィーは隙を見て掩護を頼む」
「わかった」
「任せて」
俺らの返事を聞いてから、クラウスは電光石火の勢いで駆け出した。
「喰らえ!」
クラウスが剣を横薙ぎに振るうと、巨大な炎の斬撃が奔った。
けれどカースメイルはそのまま直進してきた。
炎は鋼の鎧に当たり、掻き消える。
カースメイルは他のフロアボスを葬れる一撃を一顧だにせず、クラウスに斬り掛かってきた。
「ッッ」
重たい一撃を剣で受け止め、白刃同士が赤い火花を散らした。
「やっぱり、事前情報通り魔法は効かないのか……焼けた跡がまるで無い……」
力比べの鍔迫り合いには付き合わず、クラウスは剣を傾けて右へ受け流すと、素早く柄頭でカースメイルの腹を打った。
「■■」
鎧の体がたたらを踏んだ。
そこへ、イチゴーたちが殺到した。
鋼の背中にロケット頭突きが二発、三発とクリーンヒット。
さらにゴブリンたちを蹴散らした側転、大車輪体当たりが足を払う。
バランスを崩したカースメイルの胸板を、クラウスの剣が大きく斬り上げた。
「■■■■」
ガシャンと大きく金属音を立てながらカースメイルがのけぞると、ハロウィーが鋭く息を吐いた。
同時に放たれた正確無比の一撃は、カースメイルのフルフェイスメット、そのバイザー部分を直撃した。
弾き飛ばされた兜が宙を舞い空っぽの中身があらわになった。
首無し鎧となったカースメイルの動きが一瞬止まった。
目が無いのにどうやって見ているのか不明だったけれど、兜が何かしらの役割は果たしていたのだろう。
カースメイルは無防備にクラウスの剣を受けた。
「■■■■■■」
「畳みかける!」
クラウスの剣は止まらず、二撃、三撃、四撃と縦横無尽にカースメイルへ撃ち込まれていった。
魔法耐性がある分、物理強度はそれほどでもないらしい。
五月雨式の連撃にカースメイルの装甲は割け目だらけになり、ついには糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「やったねラビ♪」
両手でグーを作りながら、ハロウィーは俺を見上げて笑顔を見せてくれた。
クラウスも、剣を下ろして息を吐いた。
「ふぅ、なんとか勝てた。ありがとうラビ、これも君らのおかげだよ」
「あ、あぁ」
「どうしたのラビ? 嬉しくないの? わたしたち、五階層のボスに勝ったんだよ?」
ハロウィーがきょとんと首をかしげた。




