イースターとヴァンレタインの正体
ラビたちが一階で和やかな時間を過ごしている間、イースターとヴァレンタインは、こっそりと席を外していた。
二階のバルコニーに佇み、互いにやや剣呑な雰囲気で視線を交える。
「こんなところに呼び出して何の用だい? ボクは早くバニーとベッドで仲良くしたいんだけど?」
フードから溢れた長い赤毛の先をいじりながら、ヴァレは気だるげに言った。
「そう時間はかかりませんよ。貴女の正体さえ教えてくれればね」
「……へぇ、なら、そっちの正体も教えてほしいなぁ」
ヴァレは犯人を追い詰める探偵のように鋭い眼差しで、イースターに一歩、歩み寄った。
「イースター・D・エイプリル。いや、イースター・ダンジョン・エイプリル。二〇〇〇年前、女神と一緒に世界を救い、ダンジョンを作った少女であり、人として結婚して子供を作り、人として老いて死んだ転生者、宮造穂香の子孫さん」
ヴァレの言葉に、イースターはほくそ笑んだ。
「聖典にも載っていない昔話をよくご存じですね。人間の書物には一切残っていないはず。知っているとすれば、当時を見て知っている人、ぐらいでしょうか? 貴女は二〇〇〇歳のお婆ちゃんにしては若すぎますねぇ」
「見たのはボクじゃなくてボクのグランマだよ。ハイエルフを超えたエルダーエルフで、学園長のグレートグランマ、ひいお祖母ちゃんでもあるね」
「おや、では貴女は学園長の遠い従姉妹叔母さんでしたか。あまり似ていませんね」
「向こうは何度も人間の血が入っているからね。確かクォーターエルフの半分で、八分の一がエルフだったかな」
「女神の盟友、伝説のエルダーエルフ、ヴァレンティーヌさんはご健在ですか?」
「グランマなら元気だよ、心はだいぶ衰弱しているけどね。でもボクをエルフの里から出してから一〇〇年、ようやくグランマが喜びそうな報告ができそうだよ」
「イチゴーちゃん、いや、イチゴーさんですね」
「ご名答」
「どうやら、互いに名乗るまでもないようですね。お互いに二〇〇〇年待った者同士、隠し事はなしにしましょう。我々は神話の子孫同士なのですから」
「いいよ」
さらりと言って、ヴァレはフードを脱いだ。
彼女の首から上が外気にさらされた。
ルビー色に赫く赤毛が流れ出し、そこから長くとがった耳が伸びていた。
人ならざる、エルフの証に、イースターは眼鏡の奥で目を細めた。
「先祖代々、異世界転生者を助けるよう言われてきましたが、そちらもですか?」
「うちはちょっと違うかな。助けるのはもちろんだけど、監視の意味合いもあるんだ。二〇〇〇年前の悲劇は冗談じゃ済まないからね」
まるで他人事のように、ヴァレは軽く言い流すと、バルコニーの手すりに座った。
足をぶらぶらとさせる姿には、まるで緊張感がない。
「キミだって知っているだろう? 二〇〇〇年前の転生者大戦をさ」
「そうですね」
らしくもなく、イースターはやや悲嘆の声音を返した。
「とは言っても、まるでお伽話ですよ。ワタシの祖先と一緒に日本から訪れた少女、九重巴と七海渚、二人のゴーレムは人類を全ての労働から解放し、人類は一生遊んで暮らすだけの存在になった。けれど人の欲望は限界を知らずより良い暮らしを求め、腐敗し、そんな人類に魔獣型ゴーレム使いの渚が鉄槌を下した。それを止めようと人型ゴーレム使いの巴が戦い共倒れ。人類はゴーレムを失い、原始の生活を余儀なくされた。どんなにゴーレムが優れていようと、全人類を労働から解放するなんてできるものでしょうか?」
「それほどに圧倒的だったんだよ。九重巴と七海渚のゴーレムは。何せエルダーゴーレムを無制限に大量生産できたんだからね。エルフの里にいくつか現存しているけど、あんなものが何万何億とあれば、そりゃ人類に労働なんていらないさ」
ヴァレは体をうしろにかたむけ、青い空を仰ぎ見た。
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