ひどいぜ兄さんww
「どーぞー♪」
兄さんがソファに腰を下ろすと、イチゴーは笑顔で目の前のテーブルにコーヒーとチョコを配膳した。
「食ってくれよ。味はみんなが保証する」
「とてもおいしいのです。むふん」
と、言いながらゴゴーが勝手に兄さんのチョコを食べ始めた。おいおい。
心の中で俺がツッコんでいるとも知らず、ヴァレまでチョコを二つ手に取ると、ブランを連れてその場を離れた。
彼女なりに、配慮してくれたつもりなのだろう。
俺はヴァレが座っていた場所に着席すると、テーブルを挟んで兄さんと向かい合った。
「物まで食べるとは、本当に人間そっくりだな」
ゴーレム使いだけあり、好奇心が湧いたらしい。
兄さんはヴァレに付き従うゴゴーの背中を興味深げに見つめた。
「皆、二階へ行こう」
ノエルが俺らに気を遣い、みんなで席を外そうとしてくれた。
けれど、兄さんがそれを止めた。
「気遣い無用だ。いまさら守るプライドも無い」
それから、兄さんはコーヒーとチョコレートを一口ずつ口に含んでくれた。
「どうだ、兄さん。これが今、庶民の間で人気のコーヒーとチョコレートだぜ、代替品だけどな」
俺が歯を見せて笑うと、兄さんも笑みを見せてくれた。
「救世祭の時は味わえなかったが、新鮮なものだな。気に入ったよ」
「そりゃよかった」
俺が安心すると、兄さんは申し訳なさそうな、だけど後ろめたさのない、純粋な声をくれた。
「……今回はお前に助けられたよラビ。ありがとう」
「頭を上げろよ。俺ら兄弟だろ?」
「ラビ……」
これが、憑き物が落ちたような顔、とでもいうものだろうか。
兄さんは呪縛から解放されたような晴れやかな顔を見せてくれた。
「それで、俺に届け物ってのはなんだ?」
「ああ。ゴーレム協会理事会と、王室の連名で、お前に招聘状が届いている」
兄さんがふところから取り出した封筒を受け取ると、王印による蝋封がなされていた。
貴族と言えど、目にする人はほとんどいないだろう。
俺は封を開けると、中の書類に目を通した。
「内容はそこに書いてある通りだ。イチゴーたちを連れてゴーレム協会へ出頭。そこで本物のエルダーゴーレムと認められたらお前をゴーレム協会最高幹部、ならびシュタイン家から独立した公爵家へ叙勲するというものだ」
兄さんの言葉に、ヴァレ以外の四人が、がたりと椅子を鳴らした。
キッチン側のテーブルを見やると、ヴァレ以外の四人が驚愕の顔で固まっている。
無理もない。
公爵家と言えば、レッドバーン家と同じ、王族という例外を除けばこの国の最高階級だ。
国内においては、神にも等しい存在と言えるだろう。
けれど、俺はその招聘状をソファの上に放り捨てた。
「いらね」
また、四人がざわついた。
兄さんも、目を丸くする。
「いいのか? 公爵になれる機会だぞ?」
「ああ」
俺はコーヒーを一口すすり、こともなげに頷いた。
「だって明らかにイチゴーたち目当てじゃないか」
カップをテーブルに置いて、俺は呆れ口調を続けた。
「イチゴーたちの体を、知らない連中に引っ掻き回されて、王室の都合でエルダーゴーレムの力を振るわされる。その矛先は、罪のない人々かもしれない」
「それはそうだが」
「貴族に弾圧された人々によるクーデターの鎮圧、隣国を侵略するための道具にされるかもな。国家のためにゴーレムを使うのはゴーレム使いの矜持だし、俺も昔は、戦争へ投入されるようなことがあっても仕方ないと思っていた。けどさ」
ハロウィーたちに甘えるサンゴーたち。
そして、今もソファの隣に座って、俺の膝を枕代わりにしてくる愛らしい幼女姿のイチゴーを見つめて、俺は頬をほころばせた。
「この子たちに、人殺しなんてさせたくないよ。そこまでして手に入れる価値のあるモノなんて、あるわけないさ」
俺がイチゴーの頬を指でぷにぷにつつくと、彼女は幸せそうにもちもちと笑い、兄さんは諦めにも似た溜息を吐いた。
「お前に負けた理由が、わかった気がするよ。なぁラビ、本当にシュタイン家はお前が継がないか? 正直、もはやすべてにおいてお前のほうが上だ。私よりもお前のほうが――」
「おいおいやめてくれよ」
兄さんの言葉を遮り、俺は手を横に振った。
「俺は当主なんてガラじゃないよ。それに、俺はいつか貴族に戻るかもしれないけど、今は平民のままがいいんだ。そういう話はよしてくれ」
すると、俺の気持ちが通じたのか、兄さんは優しい笑みを浮かべてくれた。
「……そうか。言われてみればそれもそうだ。お前に当主の仕事が務まるとは思えん」
「だからってそれも酷いなおい」
なんて、ツッコミを入れながら、俺と兄さんは笑い合った。
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