進化
だが、この地割れは三日前に俺が俺の土で埋め立てた場所だ。
俺は、自分で埋めた土を回収するだけでいい。
そして地割れは、パラケールの眼下にまで続いていた。
『だっしゅつー!』
地割れから砲弾のように飛び出したイチゴーは、杖を握るパラケールの親指を穿った。
それでも、パラケールは微動だにしなかった。
「■■」
パラケールは人ではありえない声を漏らし、イチゴーを睨んだ。
しかし、そこでパラケールの表情が消えた。
「■■……」
パラケールは空いた左手でイチゴーのお尻を支えると、目線の高さに持ち上げた。
すると、無感動な眼に被るまぶたがわずかに持ち上がり、瞳はイチゴーを注視していた。
『ぼくイチゴー』
唐突な自己紹介に、パラケールはほんのかすかに、口元を緩めた気がした。
それから、杖を握る右手でイチゴーを突き飛ばすようにして杖もろとも落とすと、パラケールは虚空へとかき消えた。
「ふん、せっかくの奇策も杖を奪うので精一杯か」
――奪った? いや、自分で放り捨てたような……。
「パラケールは帰ったが……まぁいい。どのみち、こんなマネは二度も使えんだろう。さぁ、次はイフリートの炎で灰にしてくれる!」
「ッ……」
先輩の言う通りだ。
最大戦力のパラケールこそしのいだものの、根本的な解決にはなっていない。
先輩の背後から、イフリートが、ウンディーネが、シルフが、ノームが続々と歩み寄ってくる。
絶体絶命の危機に、俺はいよいよ奥歯を噛みしめ特攻でも仕掛けてやろうと考えた。
すると、突然ストレージに新しいアイテムが入ってきた。
イチゴーたちの誰かが回収したものだろう。
それは、パラケールの杖だった。
先端に大粒の水晶がはまっている立派なそれの右には【!】がついていた。
――まさか……。
俺は、震える指先を左手で押さえながら、画面を操作した。
突然の行動に、先輩はやや怪訝な顔をした。
その間にも、画面は切り替わっていく。
パラケールの杖をイチゴーに配合した。
次の瞬間、先週、学園長のゴーレムと会話してからずっと溜まっていなかったダウンロードバーが100パーセントになり、エルダーアプリ起動、という表示が出た。
『条件を満たしました。イチゴーがエルダーゴーレムに進化します』
途端に、先輩の背後でイチゴーの体が光り輝いた。
「なんだ!? この光は!?」
先輩が驚愕に目を見開いた。
俺が見守る中、ハイゴーレムの証であるイチゴーのオーブが三つに増えた。そして三つのオーブの中に三芒星が輝く。
さらに直線的な光のラインが空間を走り、輝きは増していく。
そして無数のグリッド線が駆け巡り、見上げるような巨躯を描いていった。
グリッド線はテクスチャを得るように実体と質量を得て、この世に顕現していく。
そう、イチゴーの真横に。
「…………え?」
イチゴーは今までと変わらない、まんまるボディのままだった。
かといって、隣の全高三メートル程度の巨大ロボはまったく動かなかった。
というか、頭が無い。
どうやら、そこが操縦席になっているようだ。
まさかと俺が思う間に、イチゴーは申し訳程度の短い手足をよちよちと動かしながら、うんしょうんしょと巨大ロボをよじ登り、そして頭があるべき場所に辿り着いた。
そうするとイチゴーの体がドーム状のガラスに覆われ、中で丸い体がふわりと浮かんだ。
宙に浮かぶイチゴーが手足をもちもち動かすと、それに合わせて巨大ロボの手足も動く、マスタースレイブシステムらしい。
それにしても。
――お前はおまんじゅうのままかよ!?
俺は心の中でツッコんだ。
「オーブが三つ? まさかエルダーゴーレムになったとでも言う気か? 馬鹿な。あれは世界でも数えるほどしか使い手のいない英雄級のシロモノ。貴様のように先月スキルに目覚めた素人が到達できる領域ではない! これ以上民衆を惑わせるな!」
先輩の意思を受けて、水の女騎士ウンディーネがイチゴーに迫った。
『えい』
巨大ロボの拳が、ウンディーネの剣身と激突、。刃を砕き、ウンディーネの顔面を打ち抜いた。
メッセージウィンドウが更新される。
――ウンディーネの剣を手に入れた。