ウェルクス戦開幕!
学園長に頼みごとをした二日後の放課後。
俺はまた、王都中の人が集まるコロシアムのバトルフィールドに立っていた。
救世祭が終わるとコロシアムも閑散期なってしまうため、スケジュールは簡単に取れた。
客席を埋め尽くす一般のお客さんたちは、三日前に救世杯優勝者で聖主者に選ばれた俺の試合が見られるとあり大盛り上がりだった。
逆に、貴族用のゴールド席やダイヤモンド席を埋め尽くす観客は、最近調子に乗っている平民が負ける姿見たさに集まったらしく、ウェルクス先輩への声援が目立つ。
「ラビ後輩、よく逃げずに来たな」
「い、いやぁ、逃げずにというか、学園長命令には逆らえないと言いますか」
先輩の油断を誘うため、俺はあえて無力な小市民を演じてみた。
「あのぅ、ちなみに俺が負けたら貴族に復帰後に何か罰則は……」
「ふん、心配するな。これは元より貴様が負ける姿を晒し、貴様が救世主などという妄想から目を覚まさせるのが目的だ」
「よかったー。だって学園主席のウェルクス先輩に勝てるわけないですし。聞きましたよ、救世杯のエキシビジョンマッチでも圧倒的だったって。あ、でも一撃KOは許してくださいね。簡単に負けすぎても八百長を疑われますし」
「情けない男だ。だがいいだろう。貴様は仮にも我が妹を倒した男だ。多少は貴様の実力にも興味がある。初手は譲ってやろう」
「ありがとうございます」
俺はわざとらしく頭を下げると、少し下がった。
やがて、試合開始の鐘が鳴ると、俺はストレージからイチゴーたちを取り出した。
一方で、ウェルクス先輩は両手を左右に広げ、声高らかに叫んだ。
「来たれ! 炎の精霊イフリートォ!」
先輩の呼びかけに応じて、空間に紅蓮の光が奔り、幾何学模様を内包した円、召喚陣を描いた。
その中から、全身に炎をまとった筋骨隆々の男が現れた。
これが噂に名高い、ウェルクス先輩の最強スキル、精霊使いだ。
召喚術とは、人間を遥かに超える超自然的存在、精霊の力の一部を借りる高等魔法だ。
けれど、先輩のスキルはその精霊の完全召喚と使役を可能とする。
ライオンに勝てる猫がいないように、人が精霊に勝てるわけもない。
まして、先輩が召喚できるのは四大精霊の一角、炎のイフリートだ。
Aランク冒険者が相手でも、先輩なら互角以上に戦えるだろう。
だけど、俺には勝算があった。
「行くぞみんな!」
ストレージからイチゴーたちに魔法剣を装備させると、初っ端から全員に魔石の魔力を解放させた。
次の瞬間。
五人同時に最大魔力で二本の剣を振るい、水流と冷気を放った。
兄さんのグリージョの時の比ではない。
五倍の氷河がイフリートに殺到し、余波だけでバトルフィールドが凍土に覆われていく。
同時に、俺は横に走った。
氷の津波がイフリートに衝突すると、紅蓮の灼熱が一瞬で氷河を水にすらさせず水蒸気へと昇華。水蒸気爆発が起こり、フィールドが霧に覆われた。
――よし、イースターの作戦通りいくぞ!
この二日間の特訓を思い出す。
イフリートを倒す必要はない。
俺が戦っているのは、あくまでもウェルクス先輩だ。
だから、水と氷の合わせ技でイフリートの動きを少しでも抑制。
水蒸気爆発の衝撃と霧で先輩の耳と視界を塞いでいる間に、本人を直接討ち取ればいい。
ちょっと卑怯だけど、俺が勝つにはこれしかなかった。
イチゴーからゴゴーの五人は、事前に録音しておいた俺の疾走音を再生しながら散会。
五方向からウェルクス先輩に迫っているはずだ。
霧の中でも、先輩の居場所は探知機能を持つゴゴーが教えてくれる。
――マスター、そのまままっすぐなのです。イフリートもまだうごいていないのです。
――この距離なら、俺の腕でも当たるだろう。
魔力を検知されないよう、俺はストレージからボウガンを取り出すと、目の前の霧目掛けて引き金を引いた。
――当たれ!