ノエルやハロウィーじゃだめだったのか?
放課後。
ラビに貴族に戻るよう命令した生徒、ウェルクス・レッドバーンは学園長室を訪れていた。
「学園長、本日はどのようのご用向きでしょうか?」
「うむ、実は貴君に頼みたいことがあってな。単純な話だ。民衆の前でラビを倒せ。それも、圧倒的な力でだ」
「ほう」
ウェルクスは興味ありげに、気持ちを前のめりにした。
「ラビを貴族に復帰させるという貴君のアイディアは素晴らしい。これで平民が勢いづくこともないだろう」
学園長は機嫌よく、浪々とウェルクスを褒め称えた。
「お褒めに預かり光栄です」
「まったく、よくやってくれたよ。だがな、仮にラビが貴族であったとしても、やはり魔獣型ゴーレム使いが伝説の救世主では風聞が悪い。そこで、ここは一つラビがたんなる一介のゴーレム使いに過ぎないことを民衆に知らしめたい。できれば同学年で人型ゴーレム使いのエリザベスが勝ってくれれば一番良かったのだが、いや、これは失言だったな。許せ」
「いえ、我が愚妹が魔獣型ゴーレム使い如きに後れを取ったのは事実。あいつには私手ずからキツイ罰を与えておきます」
「それは助かる」
「しかし、自分で言うのもおこがましいですが、私は仮にも学年、いえ、学園主席。私ではラビが負けても仕方ないと思われるのでは?」
「いや、この際、建前はどうでもいい。とにかく、何かしらの形でラビが完全敗北する様を民衆の前に見せたい。貴君のイフリートならば、それが可能だ」
学園長は、少し悪い顔で口元を歪めた。
「それから貴君の手ごたえを参考に、ラビには貴君よりも劣る生徒と決闘を繰り返させる。最初は主席だから仕方ないと思っていた民衆も、学園の強豪生徒たちに何度も負け続ける姿を見れば、救世主などではなく、ちょっと優秀なゴーレム使い程度だったと評価をあらためるだろう。貴君の決闘はその足掛かりだ。民衆の目を覚まさせる大役、引き受けてくれるか?」
学園長の提案に、ウェルクスも不敵に笑った。
「いいでしょう。このウェルクスにお任せください」
「貴君は頼りになるな。では決闘は明日。それから、フェルゼン退学の記事は差し止めておいてくれ。どうせ、まだ退学届けは受理していない。二日後の新聞に、ラビに負けたフェルゼンは退学、だがそのラビはウェルクス公爵子息がきっちり倒した、としたほうがいいだろう」
「おっしゃる通りですね。流石は学園長。では、そのように手配しておきましょう」
ウェルクスは厳格な表情を僅かに緩めて、上機嫌に退室した。
それから、学園長は足元、執務机の陰に隠れていたゴーレムに告げた。
「ラビ、計画通りに進んだぞ」
ゴーレムのロクゴーはOKと言わんばかりに、もちもちぴょこぴょこと体を弾ませた。
そして、学園長はその丸い体をこっそりと抱きしめた。
◆
校舎裏の森の奥。その切り立った崖に見下ろされた、とある岩場。
ロクゴーからの通信を聞いて、俺は小さくガッツポーズを取った。
「よし、ウェルクス先輩との決闘を取り付けたぞ」
「やりましたね」
イースターも、眼鏡の位置を直しながらニヤリと悪い顔をした。
「じゃあ、いい加減に聞かせてもらおうか。ウェルクス先輩を倒す秘策ってやつをさ」
「少し待ってください。特訓に付き合ってもらう人材がもうすぐ到着するはずなんですが……」
イースターが上空をきょろきょろと見上げると、校舎の方角から赤い影が飛来してきた。
影はまたたくまに迫り、それが深紅のロングヘアーをなびかせた人だとわかった。
何かを小脇に抱えたその人はフードを被ってから急下降。
小動物のように可愛い悲鳴と共に落下してきた。
頭から落ちてきた彼女は途中で180度転身。かかとを地面に突き出した。
烈風が吹き荒れ、俺とイースターの制服の裾が背後にはためいた。
減速した彼女は地面にやわらかく着地した。
「来たよ」
眉一つ動かさない無関心顔で、ヴァレは俺らに視線を投げた。
その小脇では、ブランが哀れな愛玩動物のように「きゅ~」と鳴きながら目を回していた。
「どうもヴァレさん。これで役者はそろいましたね」
「協力者って、ヴァレとブランか?」
「ええ。仮想イフリートには、ヴァレさんぐらいの火力が必要ですから」
言われて、俺は無残に焼き抉られ、黒い焦土と化したコロシアムの地面を思い出した。
――確かに、あれならイフリートにも匹敵するだろうな。でも。
「ノエルやハロウィーじゃだめだったのか?」