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学園長への頼み事

 ばんっ、という音に呼ばれてべランダの外に視線を投げてぎょっとした。

 イースターが、顔面をベランダ窓に押し付けて鼻と唇を押しつぶしていた。

 とてもではないが、親御さんにお見せできない顔だ。


「むむー! むむー! むむむぐぅ!」

「せめてガラスから離れて喋れ!」


 俺は苦々しい顔をしながらベランダのカギとガラス窓を開いた。

 すると、イースターはまくし立ててきた。


「どうしたんですかラビ! ノエルとハロウィーから聞きましたよ! 貴族に戻れるのに死んだ魚のような目をしていると! 貴族に戻れるのに何を落ち込むことがありますか! さぁ、どんな悩みもこのイースターちゃんに話してみなさい! 我々は仲間ではありませんか!」


 腰に手を当てVサインを作ってくる。

 普段は鬱陶しいし、本省不明の存在だけれど、今だけは彼女の底抜けの明るさに救われる気がする。


 それに、彼女には恩がある。


 壇上で俺がエリザベスにハメられそうになった時、彼女は名探偵となり、俺を助けてくれた。


 今、エリザベスの放火疑惑は捜査中で、そうした後ろめたさから、レッドバーン公爵家は俺に手が出しにくい状況とも言える。


 もちろん、出しにくいだけで、やろうと思えば平民の俺一人、どうにでもなる。

だからこそ、俺は貴族入りを断れなかった。


 イースターがいなければ、俺は公爵家のご令嬢を放火犯扱いした男として、牢屋に入れられたかもしれないのだ。

 それを思えば、むげに帰す気にもならなかった。


「悩みか、そうだな。なんて言うか、俺は間違っていたのかなってさ」


 俺はまたその場に座り込んで、うつむいてしまった。


「下手な理想や正義感を振りかざさず、おとなしく兄さんに負けていれば、聖主者をエリザベスに譲っていれば、ノエルを傷つけた恨みを飲み込んでエリザベスに負けていれば、こんなことにはならなかった。兄さんは貴族のままだったし、シュタイン家は睨まれなかった。貴族と平民の溝を埋めるのは、また別の機会にすればよかった。それこそ、父さんや兄さんに迷惑の掛からない形で……」


「ラビはお父さんとお兄さんのことが好きなんですか?」


「いや、父さんも兄さんも昔から劣等生の俺のことなんて眼中になかったし、スキルを理由にあっさり追放した。愛情なんてないさ。けど……」


 王立学園に入学する前、特別可愛がってもらってはいないものの、父さんからはゴーレム技術の多くを学んだ。


 貴族やゴーレム使いとしての心構えを教えられた。


 年が近い兄さんとは、幼い頃はよく一緒に遊んだし、才能の差が顕著に表れて扱いが変わっても、同じお屋敷の中で過ごして、同じ食卓を囲んできた。


 王立学園に入学してからは兄さんが身近にいる唯一の家族で、同じ貴族科の校舎の中ですれ違えば、挨拶ぐらいはした。


 どれも、思い出とも言えない、些細な日常だ。

 だけど、その日常が、俺の日常であり普通だった。


「兄さんは俺を愛していなかったけど、俺は兄さんが嫌いじゃなかった……兄さんの人生が台無しになるのは、いやだなぁって……」


「なぁんだ、お兄さんのこと大好きなんじゃないですか」

「え?」


 俺が顔を上げると、イースターは呆れた顔でウィンクをした。


「だって、お兄さんに不幸があると悲しいんでしょ? それって、大好きってことじゃないですか? ね?」


「それは……」

「迷える子羊ラビよ、この大天使イースターちゃんからの質問です。貴方はお兄さんを助けたいですか?」


 両手を胸の前で合わせるとイースターの姿に、俺は目頭が熱くなった。


「俺は、兄さんを助けたい……でも、どうしたらいいかわからないんだ……」

「いいでしょう。じゃあ、ワタシにここ最近の出来事を、覚えている限りでいいのでゲロってください?」


「ここ最近って、どういうことだ?」


「なんでもいいんです。一時間でも二時間でも聞きますから。実家、お兄さん、エリザベス、救世祭のこと、ここ最近の出来事を全部聞かせてください。観察スキルは、聴覚にも有効なので」


 イースターは耳に手を当て名探偵のようにクールに笑った。



 それから、俺はここ最近の出来事を詳しく説明した。


 クラウスのことは避けるも、革命軍のテロを鎮圧し、学園長に呼ばれ、ゴーレムを直し、寮が火事になって追い出され、家を作り、ブランに出会い、お店を開き、救世祭当日も兄さんと出会い、兄さんの力を借りて闘技場内でホットドッグを売った事。


 全部を事細かに説明したせいで、話し終えた時には夜になっていた。


「まぁ、あとはイースターも知っての通りって感じかな。何か参考になったか?」

「う~ん、そうですねぇ、ちょっと待っててください」


 イースターは威風堂々胡坐をかきながら腕を組むと、静かに目を閉じた。

 瞑想する賢者のようにも見えるその姿は神々しく、声をかけるのも躊躇われた。

 そしてたっぷり十秒後、彼女は無敵の笑顔と共に目を開けた。


「分かりましたよ。お兄さんを救う方法が」

 俺は、イースターの助言に息を呑んだ。


   ◆


 翌朝。

 俺は授業へ行く前に、学園長室を訪れていた。


「ラビか。どうしたこんな朝早くから? 私への願い事が決まったのか?」


 書類を片付けながら、女傑然とした威厳のある態度で迎えてくれた学園長に、俺は頷いた。


「はい。イチゴーの力でお姉さんとお話ししたお礼を貰いに来ました」


 迷いなく俺が言い切ると、学園長はわずかに表情を曇らせた。


「言いたいことはわかる。貴君の兄、フェルゼンのことだろう。偉そうなことを言っておいて誠に申し訳ないのだが、あれは学園とは関係のない、貴族間の問題だ。貴君の味方をしたくても、私には口を出す権限が無い」


「いえ違います」


 俺は顔の前で手を振ってから、自信たっぷりにお願いした。


「学園長、俺の敵に回ってください!」

「……どういうことだ?」


 学園長は眉をひそめた。


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