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私が襲来!

 ずっと俺を無視していたウェルクス先輩の碧眼が一瞬だけ俺に向けられた気がした。

 俺から遠ざかる三つの背中を、俺は黙って追いかけるしかなかった。


   ◆


 父さんと兄さん、それにウェルクス先輩が会議室に消えてから、体感で二〇分弱。

 中で何を話しているのだろうと気を揉みながら、俺は独り、扉の前で待っていた。

 いっそ、小型ドローンのバグを飛ばして、盗聴してやろうか。


 そんな魔が差してきて葛藤を始めると、廊下の曲がり角から知らない男性たちが顔を見せた。


 服装から、生徒や教師ではなく、一般人であることがわかる。


「あ、ラビ君だよね? どうもー、王都タイムズの者です~」


 メモ帳とペンを持った男性が、人懐っこい笑みでこちらに駆け寄ってきた。


「昨日の救世祭、聖主者に選ばれておめでとう! 今度、最近活躍目覚ましい君の特集をしたいと思っているんだけどちょっといいかな?」


 気持ちが一瞬でブルーになった。

 今まで、俺の活躍を色々と記事にはされていたけれど、直接取材をされるのは初めてだ。


 この世界のジャーナリストモラルはあまり高くない。

文明レベルが中世から近世のこの世界だ。メディアだけ公平中立で清廉潔白な人々、なんてあり得ないだろう。


 俺のことだって、あることないこと面白おかしく書き立てるんじゃないのか?

 と俺が不安視していると、背後で会議室の扉が開いた。


「兄さん!」


 父さんに続いて顔を出した兄さんに詰め寄った。

 兄さんはまるでこれから戦地に赴く少年兵のような、覚悟を決めた男の顔をしていた。


「ラビか、その人は?」

「えっと、王都タイムズの記者さんらしいんだけど、なんか俺のこと取材したいって」


「そうか、ならちょうどいい、記事にして欲しいことがある」

 そう言って、兄さんは記者さんに堂々と告げた。

「私、フェルゼン・シュタインはシュタイン家嫡男、および貴族籍を抜け、廃嫡を志願することとした」


 もう兄さんには何を言っても届かない。

 その予感が核心になるほど、兄さんの声は力強かった。


「ほぉ、まだいたのかラビ?」


 最後に顔を出したウェルクス先輩が、じろりと俺を睨んだ。


「ならば都合がいい、そこの記者と共に聞け。命令だ。貴族へ戻れ」


 胸を張り、厳格な態度で俺に指をさしてきた。


「え!? あの、それは俺、前に断ったんですけど? それより、兄さんが貴族を辞めるほうが問題です!」


「フェルゼン後輩は貴族社会の秩序を乱した。女神様同様人型ゴーレム使いでありながら魔獣型ゴーレム使いに敗北し、民衆に君が救世主ではないかという噂、機運を高めてしまった。その罰が貴族からの除籍で済むなら安いものだ」


「そんな! いや、ならなんで俺が貴族に復権するんですか? 魔王と同じ魔獣型ゴーレム使いが貴族なんてそれこそ恥晒しもいいところでしょう」


「妥協案、というやつだよ」


 ウェルクス先輩の眉間に、深いしわが刻まれた。


「ラビ後輩、君の言う通り、下賤で邪悪な魔獣型ゴーレム使いを貴族社会に入れるなど業腹ではある。しかし、これも貴族社会の秩序のためなのだ」


 わけがわからないでいる俺に、ウェルクス先輩は続けた。


「そもそも、今回一番の問題は平民たちが分を弁えず勢いづくことだ。【平民のラビのほうが貴族よりも強く、そして救世主である】【ゴーレムの姿形はどうでもいい】この二つは国家と教会、世界を統べる二大勢力を軽んじる背信行為である。そこから始まるのは支配層へのクーデター、内乱、国力の衰退、そして隣国からの侵略だ」


 貴族目線の理論を語りながら、ウェルクス先輩は、だが、と結んだ。


「一部の平民は知らないようだが、そもそもラビは本来、名門貴族シュタイン伯爵家の出身で、魔獣型ゴーレム使うことを理由に追放になったに過ぎない」


 先輩の視線は、記者さんに向けられる。


「なので本来彼が貴族であること、また、元に戻ることを強調してもらいたい。伯爵貴族ラビ・シュタインの活躍、として宣伝すれば平民が調子に乗ることもない」


 記者さんが困った顔をすると、先輩は声を凄ませた。


「言っておくが捏造記事を書けと言っているわけではない。事実を書けと言っているのだ。実際、ラビ後輩は貴族なのだからな」

「待ってください。俺は貴族に戻る気はありません」

「それはつまり、平民が公爵家の決定に逆らうということでいいんだな?」


 そう言われては、俺も逆らえなかった。

 今とは違い、俺が貴族から追放された頃、俺はすぐにでも貴族に戻りたかった。

 それは厳しい身分社会の布かれたこの世界では貴族が絶対。

 平民の命は貴族が握っているからだ。


 貴族の、まして最大貴族公爵家に逆らったとなれば、俺の首くらい簡単に飛ばせるはずだ。


 俺の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。

 ウェルクス先輩は困惑する記者を連れて会議室に戻ってしまった。


   ◆


 放課後。

 俺は自分の家のリビングで、一人うずくまっていた。


 あれから、結局俺は貴族に戻ることが決定してしまった。

 あんなに戻りたかった貴族なのに、俺の心は晴れるどころか最悪の気分だった。


「兄さん……」


 俺がシュタイン家に戻り継ぐのか、それとも独立した貴族になるのか、それはまだ未定だ。


 けれど、兄さんの廃嫡は決定した。

 誰よりも貴族としてのプライドを重んじる兄さんは平民に落ちる。

 長男を失ったシュタイン家の名も落ちる。


 少し前までノエルとハロウィーが部屋にいて心配してくれたけど、カラ元気も出なかった。


 壁に背中を付けて、白い天井を見上げた。


「念願の貴族に戻れるのに、まさかこんなことになるなんてな……」


 自分を追放した父親と見下してくる兄さんの鼻を明かした。


 これが復讐譚なら、全てが順風満帆のハッピーエンドで、第二部が始まるところだろう。


 だけど、実際には家族に復讐なんてしても空しいだけだった。

 俺のことを好きじゃなくても、なんなら追放しても、それでも親は親で、兄は兄だ。


 特に、兄さんとはやっと和解できたのに、将来、俺が貴族と平民の溝を埋めてから貴族に戻ったら、仲の良い兄弟になれると思ったのに、その兄さんの人生を台無しにしてしまった。


「俺は、間違っていたのかな?」


 ばんっ、という音に呼ばれてべランダの外に視線を投げてぎょっとした。

 イースターが、顔面をベランダ窓に押し付けて鼻と唇を押しつぶしていた。

 とてもではないが、親御さんにお見せできない顔だ。


「むむー! むむー! むむむぐぅ!」

「せめてガラスから離れて喋れ!」


 俺は苦々しい顔をしながらベランダのカギとガラス窓を開いた。


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