父親再び
笑顔で口にした言葉に、俺は耳を疑った。
「……は?」
なにかの冗談か同音異義語、あるいは、何か別の解釈があるのかとも思った。
でも、兄さんは明るい表情で説明を始めた。
「ラビ、お前は魔獣型ゴーレム系のスキルを授かっただけで実家を追放された。なら、そのゴーレムに負けた私が追放されるのは当然だ。だが父さんにも体面があるだろう。息子二人を追放よりも、私の自主追放のほうがいいだろう」
「まま、待ってくれよ兄さん! 何そんな馬鹿なことを明るく、どういうつもりだ!」
机に手をついて前のめりになって食って掛かるも、兄さんは平然としていた。
「悪いなラビ。私はお前を凄い奴だと思っている。だけどやっぱり、ゴーレム使いの矜持にかけて、人型ゴーレムが魔獣型ゴーレムよりも弱いなんて思えないんだ。だから、あれは私が弱かったんだ。ハイゴーレムでありながら、魔獣型ゴーレム程度にも負ける三流のゴーレム使い。ロバに走り負けるウマ、それが私だ。そんな男が、シュタイン家の当主になど相応しいわけがないだろう」
「待てよ兄さん!」
自らの地位よりも貴族としてのプライド、ゴーレム使いとしての矜持を優先させる高潔さには尊敬の念すら抱く。
だけど、最後のほうはわずかに声が湿っていて、危険な予感に心臓が痛くなった。
「シュタイン家はお前が貴族に復帰して継いでもいいし、クリスとか、分家の中から優秀な者を養子にすればいい」
立ち上がる兄さんに追いすがろうとすると、最後にこう告げてきた。
「これから父さんが学園に来るんだ。お前も来るか?」
父さんに説得してもらおう。
その一心で、俺は頷いた。
◆
学園の正門の前で待っていると、従者を連れた父さんが重々しい雰囲気で現れた。
「ラビ……」
その顔は俺を見るなり怒りの色を示すも、すぐに諦観の色へと変わった。
「いや、これも我が一族の運命だろう……お前は何も悪くない……お前はもう、我が家には関係のない人間なのだから……」
「え?」
その言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。
前は、家に帰ってもいいって言ってくれたのに、どうして急に関係が無いなんて言うんだ?
身に覚えはある。
俺がレッドバーン公爵家に立てついたからだろう。
でも、あれは投票結果をあいつらが捻じ曲げたからで、それにエリザベスは放火犯だった。
どういう理屈、建前で公爵家はうちに圧力をかけてくるんだ?
むしろ、あの件が原因でレッドバーンこそ世間の笑いものになって没落しても良さそうなのに。
「待っていましたよ、シュタイン伯爵」
後ろから声をかけてきたのは、俺でも知っている我が学園の有名人だった。
「ウェルクス先輩?」
長い金髪が美しい長身の美男子でエリザベスの兄、そして学園最強と言われる貴族科三年生ウェルクス・レッドバーン先輩が、俺らの前に立っていた。
「久しぶりですな、ウェルクス殿。此度は我が愚息がとんだご迷惑を」
「えぇ、まったくですね。こちらとしては、弟のラビに聖主者の勲章を授けるためにわざとフェルゼン後輩が負けたのではないかという声も挙がっておりまして」
「女神に誓い、それだけはございません。悲しいことですが、あれが我が息子の実力でございますれば……」
あの父さんが、遥かに年下のウェルクス先輩にかしこまっている。
これが国内最大貴族の次期当主となる男の身分なのかと、俺は憤懣やるかたない気持ちだった。
親の七光りなんてレベルじゃない。
言いようのない理不尽に、だけど俺は何も言い返せなかった。
ここで俺が何を言っても、きっと父さんと兄さんの立場は悪くなるだろう。
「では二人とも、こちらへ」
ずっと俺を無視していたウェルクス先輩の碧眼が一瞬だけ俺に向けられた気がした。
俺から遠ざかる三つの背中を、俺は黙って追いかけるしかなかった。