兄の決断
そこへ、妖怪ぬらりひょんのようににゅるりんと、俺とノエルの間に一人の陰が滑り込んできた。ありていに言えばイースターである。
「ふふふ、いいですね、いいですねラビ。このまま救世主の肩書を悪用して一儲けしましょう」
「せめて有効活用と言え! ていうかあの記事を書いたのもお前だろ!?」
俺がイースターのおでこを指でぐりぐりすると、イースターは目をつぶって『いや~ん』と笑った。
『マスター、イチゴーにもぐりぐりしてー』
『ゴゴーにもなのです』
『のだー』
イチゴーたちは我先にとおでこというか、頭を突き出し、俺の足元でもちもちとお腹をぶつけ合っている。
その姿は、巣で親鳥に餌をねだるひな鳥のようだった。
「はいはい、ほれ、ぐりぐりー」
『わーい』
何が楽しいのか、イチゴーたちは俺に額を指でぐりぐりされるとご機嫌だった。
イチゴー、ゴゴー、サンゴー、ヨンゴー、と続いて、ニゴー、ではなく、しゃがんだハロウィーがスライドしてきた。
「何しているんだ?」
「え!? あの、ゴーレムちゃんのマネ」
「そっか、ニゴーはどこかな?」
俺がニゴーの姿を探すと、案の定、ニゴーはちょっと離れた場所でそわそわしていた。
ニゴーの額を勝手にぐりぐりすると、ニゴーはちょっとごきげんに体を揺らした。
そしてハロウィーがちょっと寂しそうにしている。
そしてイチゴーとゴゴーが俺の足をぐりぐりと踏んでくる。
――君たちにロボット三原則は無いのかな? 無いよね。俺が別の三原則を教えたんだもん。
「ラビ」
名前を呼ばれて踵を返すと、兄さんが穏やかな顔で立っていた。
「兄さん?」
俺の代わりに、イースターが謎の構えで威嚇した。
「警戒しなくていい、ちょっと話せるか?」
イースターを押しのけて、俺は頷いた。
「あぁ、いくらでも話そうぜ」
俺はノエルたちをその場に残して、兄さんと一緒に空き教室へ移動した。
空き教室の適当な席に座ると、俺と兄さんは向かいった。
思えば、こうして兄弟で向かい合い座るのはいつ以来だろうか。
兄さんは開口一番、やわらかい口調で言った。
「強くなったな。見違えたよ」
「イチゴーたちのおかげだよ」
「だがそれはお前が女神様から授かったお前の力だ。スキルを他人の力と言うなら、私のグリージョも他人の力なのかな?」
「いや、そんなつもりじゃないって」
俺は慌てて否定すると、兄さんは微笑を浮かべた。
「凡人が強力なスキルを得て英雄になる。世の中には数少ないがそうした例はある。その時、一部の口さがない連中はスキルを卑怯とする傾向がある。だが、そんなものは醜い嫉妬だ。身分、才能、容姿、そも、人は生まれながらに平等ではない。スキルが卑怯だと言うのは、成功者の容姿や才能、身分を妬むのに等しい。弱者の戯言だ」
まだどこか他人を見下した価値観を感じるも、兄さんなりの理屈も理解できる。
令和日本の価値観が残る俺には馴染みにくいも、スキルは才能や容姿と同じで、その人の一部という考えが、この世界では一般的だ。
俺だって、記憶が戻る前はそう思っていた。
「以前のお前はまだスキルを持っていなかった。今はもう互いにスキルをもらって、その上でお前のスキル、才能のほうが強かった。それが現実だ。ラビ、素直に認めるよ。お前は私を超えた。今はもうお前のほうがゴーレム使いとして格上だ」
「おいおいどうしたんだよ兄さん。急に気持ち悪い。そりゃ認めてくれるのは嬉しいけどさ、らしくないぞ? シュタイン家次期当主がそんなんでいいのかよ?」
照れ臭さを誤魔化すために軽口を叩いてみる。
けれど、兄さんの表情は揺るがなかった。
「私は貴族を辞めるんだ」