あらたなるハイゴーレム
――兄さん……。
明らかな差別発言の数々に、だけど俺は怒れなかった。
兄さんに悪意はない。
常識は時代と地域で天地ほども違う。
幼い頃から魔獣型ゴーレムは低俗だと親から教えられ、周囲も同じ考えで、事実人型ゴーレム使いの自分は優秀で周囲から期待されていた。
自身が生まれ育ったコミュニティ共通の価値観に従って生きるのは、当然のことだ。
別世界の価値観で生きる俺のほうが異物でしかない。
前世の、日本の記憶を思い出したことで、そんなこともわからなくなっていた。
だけど……。
「イチゴー、終わりにするんだ」
だからと言って兄さんの価値観を受け入れるわけにはいかなかった。
サンゴーがグリージョの股下で、バリアを膨らませるように展開。
真上に打ち上げられたグリージョを、先に飛び上がっていたゴゴーとイチゴーが地面に叩き落とす。
合わせて、真下からはニゴーがバーニア機能でロケット頭突きを顔面にお見舞いする。
グリージョは顔を半壊させた状態で空中バック転をするようにぐるりと一回転。
金属片をまき散らしながら床に落ちた。
もう、グリージョは動かなかった。
「グリージョ!?」
ヨンゴーがグリージョの頭に拳を掲げた。
『こいつをしゅうりするなら、このばでトドメをさすっす』
「っ…………」
兄さんは一瞬、拳を震わせてヨンゴーを睨みつけるも、すぐに視線を落とした。
震える拳は解け、悲壮感の漂う声を震わせた。
「そうか……ラビ、お前のほうが強いのか……」
観念したように兄さんは深く、重たい息を吐き出した。
「認めよう、お前が上だ」
敗北宣言とも取れる言葉に、俺は少しも嬉しくなんてなかった。
勝利の余韻はなく、あるのはただの虚しさだけだ。
老人貴族たちが騒ぐ中、兄さんは語った。
「ラビ、お前はお前で研鑽を積んだのだろう、だが、私も努力を怠ったことなどない。お前との決闘の後は特に、日々ダンジョンと森の深部でグリージョと共に魔獣と戦い、己のレベル上げに専念してきた……」
――じゃあ、あの時目にしたグリージョは。
先週、俺は校舎裏の森の中でグリージョを目撃した。
あれは、きっと兄さんがグリージョに言って魔獣たちを追い立てていた最中だったのだろう。
日頃はどれだけ優雅に見えても、陰で訓練を欠かさない姿勢は、流石としか言えない。
「だがな、その上で私はお前に負けた。完敗だ」
皆の前での敗北宣言。
それできっと、誰もが決闘の終焉を感じたことだろう。
もちろん俺もだ。
だけど、その上で兄さんは続けた。
「だがラビ、お前が格上であることと、私が諦めることは無関係だ」
「え?」
兄さんは顔を上げて、ほどいた拳を固めていた。
「戦場でもダンジョンでもそうだ。格上が相手だからどうした? 人は格上と闘うことで成長する。格上が相手ならば諦めるのではない、それは、ただこちらが挑戦者になるだけのことだ!」
兄さんは背筋を伸ばして拳を眼前にかざし、全身から尋常ではない魔力の気配を迸らせた。
「兄より強い弟ラビ! 私はこの場でお前を乗り越え、弟よりも強い兄となる!」
――兄さんは、まだやる気か!? いや、あれは。
紅蓮の闘志に燃える眼差しで声を張り上げた矢先、だが兄さんの表情が虚空に縫い留められた。
「なんだこれは……解放条件が満たされました? まさか!?」
息絶えたグリージョから、まばゆい光が放たれた。
目がつぶれそうな程に神々しい輝きをまといながら、グリージョは天へ召されるように体が浮かび上がった。
そして、全身のテクスチャがはがれるようにして鋼のボディがグリッド線へと変換されていく。
グリッド線が描き代わり、グリージョのフルアーマーが荘厳で威厳を感じさせるソレへと転身していく。
グリッド線にテクスチャが広がり、床に着地すると重々しい金属音を鳴らした。
重厚な質量を感じさせる威圧感に、俺は一歩下がりたい気分だった。
「うそ、だろ……」
グリージョの胸には、ハイゴーレムの証であるオーブがはまっていた。
「この土壇場で、進化した!?」
漫画なら主人公補正しか感じない展開に、俺はもとより、会場の誰もが驚愕していた。