最後の兄弟喧嘩
イチゴーが取り出したのは、とりもちのように粘着性の高い粘土の固まり。
グリージョの剣にはべっとりと粘土の塊が付着し、刃は完全に死んだ。
ならばとグリージョは右手を離し、背中の大剣を引き抜こうとする。
が、その隙を逃さず、ゴゴーが右の脇腹に頭突きを入れた。
グリージョが体勢を崩すと、ヨンゴーの幻影機能でニゴーを十人に分身させてから、全員同時にバーニア機能で突撃した。
「■■■■」
グリージョの剣撃は全て空振り、本物のニゴーの拳がグリージョの右膝を打ち抜いた。
「ッ! グリージョ!」
灰色の騎士は右膝が崩れたまま、左手の剣を離し、両手で大剣を握ると、強引に振り下ろした。
「バリアなのだー」
サンゴーのバリアが大剣を防ぎ、またもニゴーのバーニア機能が炸裂。
今度はグリージョの顔面を頭突きが穿ち抜いた。
「■■■■■■」
グリージョは大剣から手を離し、天を仰ぐようにして倒れた。
「グリージョ!」
主の意思を受け、グリージョは立ち上がろうとするも、右膝が震えている。
右膝が青いポリゴンに覆われる。
修繕する気らしい。
だけど、そんな暇は与えないと、ニゴーが二撃、三撃と続けてグリージョの右膝を殴り飛ばした。
とうとう、完全に膝が千切れて、グリージョは背中を地面につけたまま動かなくなった。
兄さんの闘志が消えかけている証拠だろう。
「ぐっ……」
「……」
悔しそうに歯を食い縛る兄さんに、俺は下手に頼んだ。
「兄さん、降参してくれないか?」
「なんだと!?」
「イチゴーたちの胸に光るオーブを見ればわかるだろ? イチゴーたちはハイゴーレムなんだ。追加機能特化だから身体能力はそれほど高くないけど、それでも前の決闘の時点で俺が有利だった。あれから俺はレベルを上げたし、ダンジョンでイチゴーたちはさらに強くなった。悪いけど、俺はもう兄さんよりも強いんだ……」
馬鹿にしているわけではなく、それが現実だった。
これ以上、実の兄をいじめたくない。
兄さんの決闘宣言に最初こそ驚いたけれど、今ではあわれみの情すら湧いていた。
「ッッ、ふざけるな!」
兄さんは右手で空を薙ぎ、叫んだ。
「この私が魔獣型ゴーレム使いに! まして最近スキルに目覚めたばかりの弟に負けるわけがないだろう!?」
「ゴーレムに姿形は関係ない。現に負けているじゃないか」
「ッ~~」
「グリージョのことは俺も去年から知っている。俺も、来年はグリージョみたいなゴーレムを召喚して戦うのかなって妄想した。兄さんのゴーレムを、バラバラにまではしたくない」
俺の言葉が兄さんを傷つけるとしても、言わずにはいられなかった。
すると、兄さんは呟いた。
「ふざけるな……ふざけるな! ゴーレムに姿形は関係ないだって!? ゴーレム使いの栄光と誇りを踏みにじるのも大概にしろ!」
兄さんの怒りを体現するように、グリージョは起き上がり、千切れた足をわしづかむと膝の断面に押し付けた。
その継ぎ目を、青いポリゴンが覆う。
「ゴーレムは女神と同じ人型こそが至高にして崇高! 魔王の扱う魔獣型ゴーレムは下劣で低俗! それこそが我々ゴーレム使いにおける絶対の法! お前も幼い頃より父上から! お爺様からそう教わったはずだ! なのに……今更それが嘘だったと言うつもりなのか!?」
――そうだったのか……。
声を嗄らさんばかりの訴えに、俺は兄さんの真意を悟った。
兄さんを傷つけた本当の理由は、魔獣型ゴーレム使いの俺が活躍しているということだったんだ。
洪水から復興させた町で互角に決闘した時や、革命軍を倒した時は、魔獣型ゴーレム使いのくせにやるじゃないかと、動揺しつつもまだ許容できたかもしれない。
だけど、俺が学園長のゴーレムと通信をしたり、兄さんも一目置いていたエリザベスの聖女型ゴーレムを倒し、Dリーグを優勝したことで、人生観が狂ってしまったんだ。
「私は人型ゴーレムこそが至高と信じ、研究し、研鑽を積んできた! ゴーレムの性能に姿形が関係ないなら、私が、いや、ゴーレム使いが二〇〇〇年間積み上げてきたものはなんだったんだ!? 間違った研究をしていたのか!?」
俺に、そして自分自身に、あるいは世界へ訴えかけるように、兄さんは感情を剥き出しにして叫んだ。
その慟哭に応えるように、グリージョは膝を直し、立ち上がった。
「違う! そんなわけがない! 人型ゴーレムは負けない。それでもなお私がお前に負けるなら、それは人型ゴーレムを使ってなお負ける程、私が無能であっただけだ! そして私は認めない。この私が、魔獣型ゴーレム使い未満の出来損ないなどと! 私はゴーレム使いの名門! シュタイン伯爵家次期当主! フェルゼン・シュタインなんだ!」
「そうだ! よく言った!」
「邪悪な魔王もどきを断罪するのだ!」
貴族たちは兄さんに賞賛の声を送り同調した。
そして、グリージョは大剣を拾い上げ、イチゴーたちに襲い掛かる。
「私は負けない! 二〇〇〇年間紡いできたゴーレム使いの歴史と品格のためにも! そして、私自身の存在意義のためにも!」
「■■■■!」
兄さんの怒りに突き動かされ、グリージョの剣は荒ぶり、壇上で縦横無尽に乱舞する。
だが、憤怒の斬撃がイチゴーたちに当たることはなかった。
ハイゴーレムとなってからも魔獣たちの素材を逐次配合し、性能を上げてきたイチゴーたちは機敏に動き、丸い体で柔軟に攻撃を避けていく。
――兄さん……。
明らかな差別発言の数々に、だけど俺は怒れなかった。