でもこいつ放火犯じゃん?
だけど、自分で自分を肯定できる、他人からの賞賛を受け止められることに感動してしまう。
――おっと忘れていた。
俺と一緒に賞賛されるべき子らを、イチゴーたちを壇上に呼び出した。
階段下で待っていたイチゴーたちがぴょこぴょこと飛び上がりながら壇上に上り、そして俺の前に並ぶと、会場の人たちの前でくるくるころころと踊り始めた。
その光景に、会場はさらに盛り上がった。
そして、どこからともなく誰かが叫んだ。
「きゅうせいしゅー!」
すると、一人、また一人と復唱して、さざなみが津波になるように、会場はその声でいっぱいになった。
『救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主! 救世主!』
いつかまた現れるという伝説の救世主と俺を重ね、みんなが救世主コールを叫び続けた。
さっきの今だけど、流石にそれは言い過ぎだと表情がこわばった。
伝説はあくまで伝説だし、世界は闇に包まれていない。
魔王もいないのに救世主だけいても仕方ないだろう。
だけど救世主コールはいつまでも続き、だんだん収集がつかなくなってきた。
ここで一流の芸人ならばお客さんを鎮める何かができるのだろうが、俺にそんな器量など望むべくもなかった。
だが、無限に続く救世主コールは一発の爆炎にかき消された。
壇上ではなく会場、集まった王都民の頭上で、紅蓮の炎が咲き乱れた。
『エリザベスなのです』
ゴゴーにズボンを引かれ、ステージの下に視線を落とした。
そこには、半壊したディーヴァを抱え、俺のことを睨んでくるエリザベスが佇んでいた。
その奥から、次々と貴族たちが殺到してきた。
「意義あり!」
「そうですぞ宰相殿!」
「こんなものは無効です!」
壇上に現れたのは、いずれも豪奢な服に身を包んだ老人たちだった。
宰相に口出しをすることに加え、その身なりから、きっと侯爵や公爵などの上級貴族だろう。
宰相は眼鏡の位置を直し、クールに告げた。
「投票結果ですので」
ビジネスライクな宰相とは違い、貴族たちは裁判官のように厳格な態度だった。
「投票結果がなんだ! 救世祭において、魔獣型ゴーレム使いが聖主者など倫理上許されん」
「救世祭は今を遡ること二〇〇〇年前、天上の女神様が我ら神の子と同じ人型ゴーレムを以て、魔獣型ゴーレムを率いる魔王を倒し世界を救ったことを祝う祭りである」
「それなのに魔王まがいの魔獣型ゴーレム使いが聖主者として勲章を受け取るなど言語道断である。彼の名前が王室の公式記録に残ってもよいのですか?」
「投票結果ですので」
まさにゴーレムよろしく、宰相は同じ言葉を繰り返した。
どうやら、宰相は規律、ルール絶対至上主義らしい。
「宰相殿、私からも意義を申し立てる!」
俳優のように良く通る美声に、老人貴族たちが頬をほころばせた。
「おぉ、これはレッドバーン卿」
「救世祭実行委員長殿自ら」
「皆の者! 鎮まれ! レッドバーン公爵様のお言葉であるぞ!」
――この反応、まさかこの人、レッドバーン家当主か!?
上級貴族の人のこの対応、それに、エリザベスと顔立ちが似ている。
それなりの年ではあるものの、エリザベスが男で壮年になれば、こんな感じかもと思える美丈夫だった。
「宰相殿の言う通り、投票の結果、民はその少年、ラビを選んだ」
老人貴族たちの顔に緊張が走るも、それは一瞬だった。
「だが、これが市長や村長を選ぶものならばいざしらず、此度の投票は救世祭の主役、女神の後継たる救世主代理を選ぶもの。そこに、女神の敵たる魔獣型ゴーレム使いを選ぶのはあまりにも筋違いである。宰相殿はルールに固執するあまり、物事の本質を見誤っている」
威厳のある口調で、レッドバーン卿が活舌良く主張すると、他の老人貴族たちも追従した。
「レッドバーン卿の仰る通り!」
「そもそも同じDリーグ決勝進出者なら聖女型ゴーレム使いであり教会からも信頼厚く、王立学園一年主席、レッドバーン卿のご令嬢エリザベス殿がおられるではないか!」
「エリザベス君の得票数は二位。聖主者となる資格は十分にありますぞ!」
老人貴族たちの言葉に、会場からは「その通りだ」と賛成の声が次々上がる。
もっとも、騒いでいるのは全員貴族や教会勢力だろう。
逆に、一般の人たちはどよめいている。
エリザベスは得意満面で、壇上に上がってきた。
「そういうわけですラビ。その勲章を渡していただきましょうか。それは、貴方如きがつけていいものではありませんのよ」
――まずいな。
このままだと、投票結果を握りつぶしてエリザベスが聖主者に選ばれてしまう。
俺の名誉はどうでもいい。
それよりも、こういうことがあると、また貴族と平民の間に溝ができてしまう。
革命軍が、前回のあいつらだけとは思えない。
民衆の声を無視して、貴族の意向で祭りの主役を決める。
それがまかり通れば、革命軍に加入する人は増え続けるだろう。
だから俺は、ルールを重視してくれる宰相が苦虫を噛み潰したような顔をしていることを確認してから、口火を切った。
「でもエリザベスって学生寮放火犯ですよね?」